3-ep9.終わりよければ……?
彼の姿を見て一番最初に感じるのは怒りか悲しみか、まあその辺の感情かなと思っていましたが、意外にもこみ上げてきた一番強い感情は安堵でした。
そう。
だってこの人も、放っておくと死んじゃうタイプだったんだし。あれが今生の別れとか目も当てられない。とりあえず、(細かいところは知らないけど)五体満足健康そうでよかった。そんな気持ちがじわじわと私の中から湧き上がってきていました。……少しだけ目じりが熱くなるけど、奥歯を噛んでこらえる。それはそれ、これはこれ。再会は素直に嬉しいが、それで全部許すほど私は人間ができていない。
今回は少なくともカッとなって一時のノリで絶縁化したりはしないぞ。冷静にお話しして決着をつけるんだ。感情任せで十分痛い目は見た。おかげでどれほどの期間この人の顔を見なかったと。キルル先輩のゴタゴタの前のことからカウントしたら何か月ぶりになるんだろう。数えたくもないよ。
大きく動揺を表した彼ですが、表情は真顔だし答える声は案外落ち着いているように聞こえました。
「悪いのはすべて、私です」
「うん、だからそれをやめてって言ってるんですよね、私は」
その台詞の方向性はなんとなく予想できてた。だって態度が安定の後ろ向きなんだもの。と言うわけで私の迎撃はとても迅速でした。
へろへろ飛んできた初球をべしりと叩き落とすように言うと、ディガンは案の定狼狽えたように情けない顔になります。
……うっ。久しぶりだから忘れてたけど、相変わらず私はこの人の灰色の目に弱いな。なんか見ていると落ち着かなくなってくると言うか、無性に罪悪感がこみ上げてくると言うか、いやなおもいでがよみがえりそうになるというか――。
なんでだ、私は別に悪いことしてないでしょ。しっかりなさい。
「ですが――」
「ですが、じゃない。……あのね、私は今、別に謝罪を求めているわけじゃないんですよ。まあ、確かに投げられたことは怒ってますけど、投げられたこと自体にじゃなくて、理由がわからないから納得できてないんです。だからあなたに、どうして、なぜ、を聞いているんです。わかるように説明してって言ってるんです」
間違ってもキンキンまくしたてないように、かっとならないように自分を宥めつつ、私は気持ち低めの声で喋ります。できれば彼が安心できる宥めるような優しい感じとかだとベストだと思うのですが、あいにくそこまで人間できてないし取り繕う技術も気力も足りていないもので。機嫌悪そうに聞こえるかもしれないけど、しょうがない。
ただ、やっぱりちょっといつものテンションに比べるとだいぶ低いせいか、相手の反応はいまいち鈍く思わしくありません。
「申し訳、ありません」
「……はあ。埒が明かないなあ。リピート再生がいかれたオーディオじゃないんだから」
「……?」
「ツンデレ同様アデラリード用語ですのでお気になさらず」
「……はあ」
しかしビークル、こんな時こそビークル。あれ、なんか違うな。ビークールか。しっかりしろアデラリード。ほらアホらしい事考えてたらいつも通り落ち着いてきた。んーでも、私がほぐれてもなあ。喋ってくれる人がほぐれてくれないとやっぱダメだよな。
「よーし、わかった。次にすみませんって言ったらお仕置きってことにしましょう、そうしましょう」
「す――は、今なんておっしゃいました?」
「今度謝ったらお仕置きしますって言いましたよ。まあ最後まで言わなかった場合はノーカウントにしますけど」
「……お仕置き、とは?」
「さて、鼻をつまみますか、デコピンにしますか、はたまたしっぺか。その時になったら考えましょうかね」
「ご冗談を」
「試してみます?」
「…………」
まあ、最後の台詞だけは思わずちょっと笑いながらになっちゃったけど、咳払いして気を引きしめなおします。謝罪の言葉を封じたら途端にフリーズしたなこの忍者。さてここからどうしたものか。
「せめて答えられないのか、答えたくないのかぐらいは、教えてもらえると嬉しいんですけどね」
ため息混じりに呟くと、彼は再び大きく瞳を揺らしますが、もうあと少しと言うところでどうにも喉から言葉が出てきてくれない模様。注意深く反応を窺うに……どっちも、なのかな。なんでこの人この場から逃げたそうな……うーん? そうだなあ、罪悪感のありそうな? 顔をずーっとしてるんだろう。あ、でも今確かに口が動いた。
「はい? すみません、小さくて聞こえなくて。もう一度お願いします」
「ディザーリオ卿は、なんと。……あなたに話をした、と聞いています」
……先輩ェ。友人と断言した相手から苗字敬称付き呼びである。モッさんとも友情の温度差が感じられたが、こっちもなのか。彼らが固すぎるのだろうか、犬が馴れ馴れしいのか。うーん、どっちも、かなあ。
ディガンは相変わらずひどく居心地の悪そうなそぶりのままですが、先ほどよりは瞳が揺れていない。直視したくなさそうに彷徨っていた視線が、今は私の顔と私の足元の辺りをゆったり行ったり来たりしている。まあ、本当は顔に合わせていたいんだけどやっぱり直視できないってことなのかなあ。なんでいつの間にかこんなにまで私嫌われたんだろう。へこむなあ。
ああ、でも、なるほどね。情報量のチェック。交渉の基本ですよね。私は答えるまでに少し考えます。
「ええとなんでしたっけ。なんかあなたが私に後ろめたいところがあって、そのせいで顔も見せないまともに話もできない、って感じだった気がするんですが。まあ、その後ろめたいことの中身は本人に聞けってことでそれ以上詳しくは教えてもらってないので、ここにいるわけですけども」
考えた結果、比較的素直にお伝えすることにしました。途端にまあ侍従さんの目が遠くなること。
「それだけですか?」
「だけ?」
「……いえ」
「んー、そうだな。他はええと、あなたがウルルと決闘をして勝った、とか」
あ、これはそこまで動揺してないっぽいな。割かしリアクションが平常心モードっぽい。いいんだろうか、男と男の約束だったろうに。
「黄色いバラを贈ってくれたとか」
なぜこっちで噴き出した。
「あいつっ、あれほど言うなと、何度も……!」
なんか後ろ向いてぶつぶつ呟いてるけど私の方まではちょっと何言ってるのか聞こえないや。
「わかんない人だなあ……」
思わず小さく口に出てしまったのが聞こえたのでしょうか、びくりと彼が肩を震わせます。……なんなんでしょうねえ、本当に。この何とも言えないやりづらい雰囲気。どうもディガン相手だと色々なテンポが狂う。
「一つ確認していいですか」
「はい」
私はどうしても力が入ってしまう身体を宥めるように、一度大きく深呼吸します。何かの気配を察知したのでしょうか、ディガンが今度こそちゃんと聞く体勢になってくれました。ピリリと空気に緊張が走ってから、私の言葉がゆっくり響き渡る。
「私が嫌いで投げたわけでは――」
「そんなはずはない!」
ディガンは私に被せるように声を荒げましたが、すぐに我に返ったように止まるともごもごと歯切れ悪く小さく続けます。
「そんなはずは、ありません。あなたのことを、そう思うはずが……」
特に後半が横向いてるし下見てるしごにょごにょしてるしで、全然何言ってるのか聞き取れなかったんだけど、まあ否定してくれたってことだけわかったからよしとしよう。
……表情筋が自然と緩んできそうになるけどなんでだ。まあ嬉しいのはわかるけど。知らないうちにガーディアンズの片割れに愛想つかされてたとかが原因だったら割と真剣にへこんだ自信あるもんな。
「じゃあ、どうして? 何がいけなかったんですか?」
ようやく余裕の出てきた私がじーっとみていると、彼は相変わらずの消極的な態度のまま、それでもポツリポツリとつぶやきます。
「……言ったら、幻滅します」
「え、誰が? 何に?」
「あなたが私に、です。それと確実にお怒りになられるでしょう」
「えっ。そ、そこまで言われるとね。もう逆に知らないことが怖くて仕方ないんだけど?」
「……では、いかなるご命令も受け賜ります。死ねとも消えろともご自由にお命じください」
本当に何したのあなた!? 私が投げられた理由ってそんな深刻な何かがあるの!?
固唾をのんで答えを待っていると、ついにディガンは語りだしました。
「……人狼と、戦った後のことです」
「ああ、はい。ひょっとして私が倒れて意識失くしてる間?」
「はい。その時……」
「うん」
「その、時……」
「…………」
「その、と、き………………」
「あーもう気になるから一気に言って!」
「あなたに薬を飲ませる必要があったのです!」
焦らされた私が叫ぶように急かすと、彼は答えます。……が、あまりにも急だったもので私は完全に目が点になりました。
「……ん?」
「あの時、原因不明の病か怪我に倒れて。呼びかけても応えがなくて。レプティクスの秘薬を飲ませるのが最適だと、それぐらいしかできることはないと判断しました。……しかし」
ああ、レプティクスてワンコ戦で私が飲んでた丸薬の通称ね。うん、まああれ、外傷だの状態異常だのを飲んだだけで治してくれるとんでも万能薬ですからね。前世でほら、アクションゲームの主人公が謎の薬を飲むとたとえ瀕死状態でも全回復するとか、あんな感じ? 滅茶苦茶希少なのと、用法容量ミスると身体の自浄作用が全面的にイカれる劇薬なので普通の場所だと手に入りませんが。あ、私はもちろん師匠からもらいました。
まあ、原因不明でぶっ倒れた奴にとりあえずの処置としてぶち込むには結構いい判断なんじゃないのかな、うん。
「気絶していらしたので――あの時は、ああするしかないと。ですが、私はあなたに取り返しのつかないことをした――」
――その時、アデラリードに電流走る。
いや。
まさか。
いやいやいや。
ちょっと待て。今何か変なアイディアロールが成功した。ディガンの諸々の反応と、当時の状況ほんの少しを噛み合わせた結果、なんか絶対ありえない可能性が浮かんだ。今の今まですさまじく鈍かった思考回路に何の間違いか電流通っちゃったと言うか。
ここに来る前に見た最後の駄犬の変な言葉がリフレインされる。
「いやでも、あれは、本人からは言い辛いから多少は仕方ないと思うんだ、うん。少なくとも俺はあいつの気持ちがすごくよくわかるんだ、うん」
待て待て落ち着け。よし深呼吸。
「あのね。違ってたら全力で拒否、じゃない否定してほしいんですけどね」
落ち着けと言うておろうに、深呼吸と言うておろうに、なぜ勝手に動くのだ口よ。
そしてディガン、今までも十分キョドってたけどどう見ても前科持ちの顔で構えないでお願い。嫌な予感しかしない。
「ひょっとしてあなたはあれですか。私に丸薬を――くっ。口移しで、薬を飲ませたと。で、その時は必死だったから気にしてなかったけど、後から色々問題に気が付いて――それで、その、色々混乱して? 思い悩んで? 結果として散々私を避けまくった挙句に投げたと。要するにあれは、気まずさ故と言うか、すべてはそう――照れ隠し、とでも?」
お願いだから頷かないで。違うと言って。間違っても耳真っ赤にして弱々しくうなずくとかやめて。
と、全力で願っている時に限ってその通りのリアクションが返されるものですよね、知ってる。
つまり、まとめるとだね。
私がここ数か月間地味に苛まれていたことの原因がこんなどうしようもないもので。
こんなくっだらない事でずーっと揉めに揉めていて。
事情は分かったよ、だったらそれ正当医療行為だよ、胸張ってよ変に照れるなよ! とか。
と言うかそんな理由で投げ飛ばすってやっぱひどくない!? 微妙に許せない! とか。
ああでもあの時すぐに言い訳しようとしてたね、それを遮って顔も見たくないとか言ったの私だね、じゃあここまでこじれたの自業自得なのかよ、それ絶対納得いかないんですけど! とか。
総合すると、この数か月のモヤモヤした時間をどうしてくれるんだ貴様は! と言う万感の思いがこみ上げてきて。
「ディガンのばかーっ!」
気が付いた時には私は絶叫しながら、ビンタをしっかり彼の頬にお見舞いしていたのでした。




