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3-2.色々あったなあ……まだ途中ですが

 爽やかな初夏の風の中、一人、また一人と制服姿の生徒が、門から外へ飛び出していきます。普段は締め切られており、そして今は開け放たれている重厚なそれは、左右に獅子の像が見張りをしており、さながら前世の阿吽像のようで地味にぐっとくるデザインなのです。


 今はそう、学期末。一つの年の区切りです。

 前世風に言うのなら学校は9月始まりですから、これから夏の間長いバカンスを過ごして、それが終わると新学期なのです。


 寄宿舎からすべての生徒たちは実家へと帰省し、家族との時を過ごします。

 しばしの別れの時に、私はしみじみと今までのことを思い返します。


 3年。もう、もしくはまだ3年。

 夏が終わってまたこの学び舎に戻ってきたとき、私は4年生です。今がちょうど、6年間の真ん中なのです。



 はあ、年の節目ってのはどうしてもこう、昔を顧みるものです。なんだかこうして校門のところに立っていると色々思い出しますね。



 まず、お姉さまが学校に行ってしまってから一人いろいろ好き勝手していた二年間。


 思えばウラシアと爺やには結構迷惑かけました。

 あの二人口に出したことはありませんが、絶対この悪ガキこの野郎ってずっと思ってたでしょうね。今でも思ってるかもしれません。


 社会勉強のため、いろんなところを見て回りましたからねー。

 最初は一人で勝手にお屋敷を出て行ってはうろちょろしてたのですが、爺やにばれて拳骨食らってから、二人が仕事のついでやお休みの日に一緒に連れて行ってくれるようになりました。

 ……ついでにノルマのように出先で美味しいもの食べさせてくれたので、私は二人の言うことよーく聞きましたとも。餌付け? 手懐け? やはり胃袋を掴まれたら人間勝てませんよ。悲しいかな、生理欲求は第一です。


 でも代わりに、私も二人のお仕事内緒で手伝ってあげたりしましたよ。

 伯爵令嬢でしたら必要ないスキル、むしろあっちゃダメなスキルですが、私将来は田舎で悠々自律生活をたくらんでいますからね。そうすると家事スキルは必須ですよ、やはり。お姉さまのお世話だって私がするのだし。むふふ、今から楽しみです。

 ……その時は爺やもウラシアも一緒についてこないかなあ。二人だったら歓迎するんだけどなあ。



 それから、ここへの入学を決めた時のバーサス両親戦……。


『な、なんと――婦女子が軍人なぞ、とんでもない!』

『そうですよアデラリード、正気に戻りなさい!』

『いくらご興味ご関心のないこととはいえ、私が淑女なんて柄でないことはとっくにご存じだったはずですが』

『ああそうとも木登りばっかりしおってからに、可愛い女の子を産んだはずなのにと、ひょっとして取り替えっ子なのかと、母さんがどれほど心を痛ませてたことか!』

『ほーう後だしジャンケン、初耳ですね! それに取り替えっ子も山猿も上等ですよ! むしろその方向でお願いします!』

『ああアデラリード。昔からわけのわからない子だと思ってはいたけれど、ついに何か悪いものにでも憑かれてしまったの?』

『やはり無理にでも神殿に引っ張って行って祓ってもらうべきなのか……』

『あ、お気になさらず。あながち間違いでもないですが、別に悪いものじゃありませんよ。大体神殿に行ったぐらいじゃたぶんこれ落ちません。ともかくもう入学は決定ですから。それも特待生ですし』

『おお神よ、私の不徳をお許しください――お願いですから、娘を正気に戻してくださいませ!』

『残念ながらこれ、いたって平常心での言葉ですお母様――あっついにキャパオーバーでお倒れに』

『ゆ、ゆるさーん! 絶対に許さんぞ、そんな勝手――!』


 ……ああ、昨日のことのように内容が浮かんでまいります。


 思えばちゃんと話したの、あれが初めてだったかもしれないですね。全然話せないかそうかの一言で済むと思ったらあんな感じのヒートアップ口論になりましたから、結構びっくりしました。


 あの後お姉さまがちょっと黒いオーラ発しながら乱入してらっしゃらなかったら、一日中親子喧嘩してたかもしれません。

 さすがお姉さま。でももうあんな笑顔、二度と向けてほしくないです。久しぶりに、朕王じゃなくてお姉さまの方が正規ルートのラスボスだと言うことを思い出させていただきました。



 まあおかげで、前よりは両親と多少話せるようになりました。

 すれ違っても無視から、すれ違ったら社交辞令は言うくらいの仲に進化しましたよ。

 なんか今のところ、社交辞令以上の会話したらまた口論に発展しそうなのでお互いにそこで止まってますが。

 口論に発展したらまた激おこお姉さま召喚しちゃいますからね。

 我が家のヒエラルキーはやっぱりお姉さまが頂点ですからね。



 そして、ここに初めて来てからあっという間の3年間。


 不安を押し殺して、手荷物を引きずりながらくぐった校門。

 寮の同室者たちと思った以上にうまく行って、ほっとして爆睡して次の朝たたき起こされたこと。

 同輩の男連中と取っ組み合いしては、保健室の先生に溜息つかれたこと。

 寮母のおばちゃんが、いっつもおいしいご飯を作ってくれたこと。

 教官の先生にあんまりにも頭ばこばこ叩かれるので、頭を叩いた場合のデメリットについて熱く語ってから、私への折檻のバリエーションが増えたこと。


 それからそれから、特待生ですから、文武両方とも気が抜けなくて、無理しすぎて一回倒れたこと。

 なんか予想外にいろんな人から見舞われたこと。普段私のこと物みたいにポンポン投げてくる先輩から果物届いたときは何の冗談かと思いましたよ。ついでに妙なフラグを立てられそうになったので、さりげなく冷静になってもらってお友達に戻ってもらいました。こっちは朕王対策で忙しいんですから、申し訳ないけどあなたの相手なんてしてられないんです。というか、どうせ青春するのならもっとほかの可愛くて普通の女の子にしなさい、まったく。


 お姉さまの御手紙をもらって、はしゃいでいたら姉妹がいることがばれたこと。

 山猿の姉ちゃんは山猿とばかりにお姉さまについて馬鹿にされかけたので、私とはるかに次元が違うお方だと語って聞かせ、ちょっと語りすぎて相手を連日寝不足にさせ、それ以来伝説のシスコンと言う二つ名を賜ったこと。


 ……うん、まあ、まだあと3年あるんですけどね。もっと思い出せばキリがないですけどね。


 まだオープニング前だってのに、地味に濃い数年間だった――。


「じゃあな、チビ助!」

「あばよ、チビ助!」

「チビ助、お前のねーちゃんと仲良くな!」


 ……って余韻に浸ってたらこれか! この悪友どもが!

 ぽんぽんと、見覚えのあるニヤニヤ顔たちが私の肩か頭を叩いては追い越していきます。そして入学時は同じくらいだった背も、地味にだんだんと追い越されています。

 おい馬鹿やめなさいアデラリード。そんな空しくなる補足してどうするのです。うっ、涙なんて湧いてきてません! これはただの塩水です!


「チビ助、実家帰ってもちゃんと食うんだぞー!」


 わっ人の頭ぐしゃぐしゃにしないでっ! ……って、いつもの先輩じゃないですか。


「だからチビって呼ばないでください!」

「この間、二年生に後輩扱いされてたじゃないか。認めろよ」


 うるさいですよ。どうせ一年生と同じ背の高さと顔立ちですよ私は! もうすぐ四年生なのに!


「あれはあの二年が節穴だったのです。それに先輩もご存じのとおり、私の身体能力をもってすれば、背の高さのカバーなんて余裕ですよ」

「ほう。んじゃ、ほれ。ここにタッチしてみ、ん?」


 くっそおおおお、届かないっ! 絶妙に届かない! こんなにジャンプしてるのに! 

 頭三つ以上身長差ある奴が頭上に手を上げるなんてずるいですよ、腕の長さのリーチも全然違うのに! って、だから笑うなあっ!


「ううっ……!」

「わかったわかった、悪かったって。それに確かにお前の身体能力は体格フォローしてるって、大丈夫だよ」


 ……別に褒められたから許すなんて、そんな私チョロくないですよ。

 にっにやけてなんかないですよ……!


「まあでも、卒業までにはもう少し伸びるだろうって。だからしっかり食えよ」

「食べてますよ? ほかの人と同じかそれ以上に食べてる自信ありますよ!?」


 なんでだからそんなお前ら全員、視線が生温かいんだー!



 ぜーはー……なんだか妙な徒労感に苛まれつつも、私は家路を急ぎます。

 また一段とお美しくなられたであろう、お姉さまにお会いするのが楽しみです。普段野郎か雌ゴリラの園に在籍している身、周りがマッスル全開ですから、たまには癒しの時間がほしいです。



 門を出た私は手荷物をぶら下げ、きょろきょろと周りを見回します。

 あっちこっちにお迎えの保護者達が来ていて、私の迎えもたぶんどこかに――あ、いましたいました。すぐに見つかってよかった。


 我が家のメイドさんは、いつも通りじみーな馬車の傍らで、白と黒の使用人服に身を包み、頭全体を包むような帽子の下にきりっとしたお仕事モードの顔を浮かべています。

 彼女はそばかすを気にしてるようですが、私は愛嬌あっていいと思うんですけどね。


 向こうもこっちをちょうど見つけたらしいです。

 手をぶんぶん振って合図すると、苦笑してぺこっと頭を下げます。


 ――って、おや? 


「お帰りなさいませ、アデラリード様」

「ただいま、ウラシア! ……その人は?」


 私が聞くと、ウラシアはにっこり微笑み、傍らの方はお辞儀します。


「お初にお目にかかります、お嬢様。少し前からご実家の方でお世話になっております」

「新しい召使さんですよ、アデラリード様。今日は御者としてついてきてくれたんです」


 はい。ごめんなさい、言われるまでもなくそれは察して、というか存じております。すっごくよく存じ上げております。


 こうして並んでみるとやっぱりセオリー通りと言いますか、背が高いですね。しゃんと伸びた背筋、けれど物憂げで控えめな伏し目、見覚えのある召使の服装。

 やはりその動作にはご本人の品格がにじみ出ているとでもいいましょうか、明らかにこの国の貴族階級を遠く離れた見た目なのに粗野なところがありません。それでいて――すごい、まったく隙が見つけられません。


「そっか、よろしく。名前は?」

「――ディガンと申します。以後お見知りおきを、アデラリード様」


 おそらく彼らの見た目では、私は普通に笑ってうんと頷いたのでしょう。


 その本心は、ですか? よろしい、再現して差し上げよう。うるさいですからミュート推奨ですよ。忠告はしましたからね。




 いやああああああああはああああああああああああああ!

 侍従たん侍従たん侍従たん、あの日からアデラリードはずっと、ずーっとあなたを待ってましたよおおおおおおおお!

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