3-ep6.進む関係 前編
ごくっ。喉が大きく鳴りました。たぶん目はハートマークになっていますね、これ。
だって、気持ちよく晴れた外、目の前のテーブルには私の大好きな空色のクロスが広げられ、その上の大きなお皿には山ほど積まれた色とりどりの菓子の山なんて状況。テンション上がるに決まってるじゃないですか。いや、もう、最高です! サクサク系クッキーからふんわりスポンジのケーキ系まで。しかもわああ、カリカリ砂糖パン!
あ、私お紅茶の良し悪しは未だによくわかってないんで、そっちはお二人が好きに選んでください。お菓子の吟味で手一杯ですんで。
「ほ、本当にいいんですね? 好きに選んじゃっていいんですね?」
「いーのいーの。今日はあんたのためのお疲れパーティーなんだから!」
獲物に飛びかかる前に一度礼儀正しく確認を取ります。ゼナさんはにっかり笑い、フィレッタははにかむように微笑んだ頷きました。
ならば、食ってよし!
「わーやったー、いっただきまーす――おいひーい!」
手早くカリカリパンを一つつまんで口の中に放りこんで頬を押さえている私を横に、ゼナさんがフィレッタに声をかけています。
「ほら、食べた食べた! フィレッタもね」
「わ、私はそこまでは入りませ――」
「そんなこと言ってるからいつまでも凹凸ができないんだ」
ビシッと言われた言葉に我々十代の空気が固まり、互いにもの言いたげな視線を交わらせてから、なんとなーく示し合わせたようにそっと机上をスライドさせて、ゼナさんの方に向けます。
相変わらずプラプラと行儀悪く足を組んで頬杖をついて、彼女は鼻歌交じりに最初のお菓子をどれにしようかな、と幸せそうに選んでいました。その顔から目を下げていくと、なだらかな曲線がバンと主張し、くびれがきゅっとしまり、そしてやっぱり最終的に主張しています。本当、お尻のライン出やすいデザインしてるよなあ、あの服……。
なんとなく自分に視線を戻す小娘たちは、ぺたぺたと同じ部位を比べて触ってみたり、ため息をついてみたりと思い思いに敗北感を示しています。
「アデル君、私、やっぱり足りないかしら?」
そのうちに、じーっと自分の胸元を見下ろしていたフィレッタが顔を上げたかと思うと真剣な目で問うてきました。
「足りないってあの、えっと?」
「キルル様は、物足りないとか思ってらっしゃらないかしら?」
少しはにかんでから我が親友が言う事を今すぐ聞き流してなかったことにしたい。
だからなんでよりにもよって私に聞くんだ、そんなことを! 奴の胸の趣味なんざ興味ないよ知らんよ! でもほかに聞ける相手がいないからだね、知ってた!
「いや、あの、少なくとも私よりはあると思うし、別にそのままでも……」
親友が隠しきれない落胆の表情になったので私も途中で黙ります。
あ、ここと比較しても意味ないですかそうですか。素のマジレス反応って地味に傷つくなあ、ハハッ。これだから天然は。お菓子食べて気を紛らわせよう。スコーンうまうま。クリームうまうま。……泣いてなんかないぞ。いいんだ、私武官だから!
でも、その、顔見てれば何考えてるか大体わかるからあれなんだけど、フィレッタさんや。ゼナさんもどうかと思うけど、お姉さまと体型比較なんてしちゃだめだよ。あの人、黄金比とあざとく計算しつくされた歪みの塊でできてるから。天然のアドバンテージの上に、私には到底真似も理解もできない技術と努力を色々盛ってるから。勝てるはずないから。
そんな風に、私がカリカリのパンの感触と直後にやってくる甘味を楽しんだり、親友の悩みについて思いを馳せたりしていると、ゼナさんが猫さんクッキーを口に放り込んでから言います。
「まーでも、結婚式までにもう少し太っても罰は当たらないと思うよ?」
追い打ちしないで、この人本気にするから! と言うかその顔はあれだな、悶々と悩む後輩の様子を見て悦に浸る先輩の図ですね!?
案の定もはや泣きそうな顔になるフィレッタに、さすがにこれはと慌ててフォローを入れます。
「いや、先輩ロリ体型でも大丈夫なぐらいなんで問題ないです、全然守備範囲です」
だって奴はどっちかと言うと脚フェチなのだよ。こけた妖精姫の脚に悩殺された事実で察することもできるし、うちの婚約者の可愛すぎるポイント(誰も話せとは言ってない)を箇条書き形式で挙げていくと、「あと、足が小さくて細くて……」って絶対二回以上言うから確定した。
あの駄犬、聞き流している私の前ならともかく、同じ過ちをいつかフィレッタの前でやりそうで怖い。でもフィレッタも普通に怒らず受け入れそうだからそれも怖い。「私の足でよろしければ……」とか言いながらはにかみつつちょこっとドレスをつまんで先輩悩殺してそうだから怖い。
まあ二人が仲良くいってれば、もうなんでもいいんじゃないですかねえ。あとは各自が私に逐一経過報告にさえ来なければ。
「ロリ!? えっ、孤高の銀牙君ってロリコンだったの!?」
「ちょっとアデル君、どういう事っ!?」
と言うかあれだ。私ったら急いでフィレッタを慰めようとした結果、なんか物言いを間違えて盛大に二人に誤解を与えたらしい。別に犬の株が下がっても構わんのだが、あれでも一応先輩だし上司だし今回手伝ってくれた人だしフィレッタの未来の旦那様だし、最低限のフォローはしておくか。
約20センチ身長差のあるスレンダーな恋人に夢中になっている事からして、ロリコンであることは否定しないが。
そんなこんなで駄犬の脚フェチ趣味について華麗に回避しつつ、ロリコン疑惑はほんの少しだけ残りつつもとりあえず払拭され、我々お紅茶パーティーの会の女子たちはきゃいきゃいと会話に花を咲かせております。
「いやー、それにしても解決したらしくてほっとしたよ。一時はどうなることかと思ったからね」
「本当に、本当に良かったね、アデル君!」
「ご心配おかけしました、お二人とも……」
私がぺこりと頭を下げると、二人ともやわらかに笑います。ゼナさんはチラッと空の椅子に目をやってからこちらによこします。
「で、スフェリの調子はどう? ちゃんと復帰できそう?」
フィレッタも横で心配そうな顔をしています。二人は、と言うか何があったのか知らない人たちは皆、お姉さまは激務が祟って過労でぶっ倒れたって思ってますので。……いや、あながち間違えてないんだけどさ。
そしてお姉さまが見舞いの面会をことごとく適当に理由つけて追い返してしまうもので、今日お紅茶パーティーをこうして開いたのは、半分は私達姉妹の仲直り良かったねパーティー、もう半分はお姉さまの様子を私から聞くことが目的なようでした。
ああ、そういえば、ええ。私たち二人はあの後ちゃんと復縁いたしましたよ? だから私はこんな風にのんきに女子会なぞに興じているわけですので。まあその辺の細かいことに関しては、追々ってことで。
「ええまあ、大事を取って三日程度は様子を見ますが、それ以降は通常業務に戻ると。ですから明日には戻ってきますよ」
「え、もう?」
「むしろ翌日から立って歩こうとしたのを皆して止めた結果の貴重な三日なんで……」
「あの子は放っておくと、本当にぶっ倒れるまでやるからなあ。いい機会だし、一か月くらい閉じ込めておいたら?」
「閉じ込めるて、ええー……」
「ゼナさん、それは私たちが困ります……」
私たちの控えめな言葉に、ゼナさんがくいっと眉毛を上げます。
「いーや、君たち侍女一同もいい機会だぞ。なんでもかんでもスフェリスフェリ、だからこういう時に困るんだからね」
「で、でも――」
「でもも何もない。侍女長が倒れた原因は、当然彼女本人の責任だって大きいが、それをさせた周りにだって一因はある。スフェリだって人間なんだよ?」
――にんげん?
おなじにんげん?
なにもしらないくせに。
「いつも元気だからって、いつまでもそれが続くわけじゃないんだ。一人になんでもかんでも任せるのはこれを機にやめな。君たちは自分ができることまで彼女に投げてるよ。よくわかったろう」
「は、はい……」
「……ま、でも友人なのに弱味を吐ける相手でもないらしい私が偉そうに語れることじゃあないか」
「そ、そんなこと――」
「いや。やっぱりそうなんだなってわかった。……あの子、私には強いところしか見せてくれないだなって。まあだから、姉妹喧嘩が終わって実にほっとしているよ。やっぱあの子には妹がいないと――アデル?」
「アデル君? どうかした?」
「……え? あ、ああ」
私ははっと我に返りました。なんだろう。今、ゼナさんが話している途中からなんかぼーっとしてたみたいだ。いかんいかん。私は首を振って元気を取り戻します。
「でも、本当に仲直りできてよかったね、アデル君」
「まあ、絶対一時的なもので最終的には元通りになるって私は信じてたけど。なのにフィレッタがさ、ずーっと私にしょんぼり言うんだよ。アデル君が元気ない、アデル君が笑ってくれない、このままじゃ本当に姉妹が――」
「あ、ああー! 言っちゃダメです、ゼナさん、ダメ!」
かしましく私達は騒いでいましたが、不意に視界に入ってきた人物に私は黙ります。
「――おっと?」
「あれ?」
次にゼナさんが素っ頓狂な声を上げ、直後にその視線を不思議そうに追った我が親友が、勢いよく椅子から立ち上がります。
「キルル様!」
あ、これは。
と思った瞬間、案の定コケッと効果音が付きそうな感じに椅子の脚に引っかかった彼女の上体が投げ出され、すごい勢いで飛んできた銀の影にキャッチされます。
「あ、危ないだろうが!」
「すみません……」
えーと、なんで奴がここに現れたのかはともかく。大方運よく非番になれたから空気読まずすっ飛んできたんでしょ。はいはいバカップルバカップル。安定の赤面合戦になってるリア充は放っておけば二人の世界を構築するからいいとして、問題はこっちだこっち。
「あーっ、そうか今日だったのか! す、すみません、ガールシード卿!」
ぺこぺこ頭を下げるゼナさんと、むっつり怖い顔で微妙に汗だくになりながら、両手に重たい本と資料らしきものを積み上げているモナモリス。なんか前も見たなこの光景。
そしてあの時は疑惑段階及びスルーした案件は、お姉さまの裏付けを得られて確証に至っている。ゆえに以前はただただ困惑していた私ですが、今回は状況も自分のすべきこともわかっています。
私はふう、と息を一つ大きく吐いてから、モアイの顔を思いっきり睨みつけました。
まったく世話の焼ける眼鏡め。この貸しは高くつけますからね、覚えときなさいよ!




