3-ep4.お姉さまのおっしゃることには 前編
さて、私アデラリードは、恥ずかしながらそれなりに方向音痴であります。しかし、自分の部屋に戻れなくても、お姉さまの部屋にはたどり着ける、それがシスコンレーダー、くおりてぃい。これこそ愛のなせる奇跡の力なのです。もっと褒めてもいいのよ。
……まあ、種明かしすると、前にあったじゃないですか? 落し物探索魔術。あれをですね。お姉さまの部屋の扉にそっと仕込んでおいてですね。うへへ。……と、扉だからセーフですよね? やましいこと何もしてないもん、お姉さまの部屋にすぐに行きたいときにちょっと場所のナビゲーションに使ってるだけだもん! 本人には一切なにもしてないもん!
まあそんなわけでして、ふふふ、今の私には見える、見えるのだよ! お姉さまのお部屋への最短コースが、勝利への道のりが! だから後は全力疾走あるのみ、あるのみ! あえて普段の三割増しにテンション上げめで行きますよ、そうでもしないといろんなネガティブスイッチ入りそうですから!
……いや、あのね、褒めていいとは言いましたけど、思いつくままけなせとは言ってないです!
わかってるわかってる、自分が変態で世間的客観的に見て気持ち悪いアイタタな存在なのは事あるごとに自覚してます、わかってます。だからそれ以上罵倒しないで、何かが地味にすり減る! ネガティブスイッチ入っちゃう!
おほん。ともあれ、私は心を無にして城の廊下を走っていきます。時々すれ違う人達の反応なんて構ってられません。警備の騎士が、「なんだ今の風と共に去っていった化け物は!?」「落ち着け、よく見ろ。暴走中の仔馬だ、ほっておけ」「なんだ仔馬か、なら放っておこう」ってやりとりをしていたりとか、「ひいっ!?」「跳ねる栗毛――仔馬ちゃんだわ!」「なんだ、仔馬ちゃんだったのね、ふう」って女性の悲鳴が聞こえたりした気がしないでもないですが、全部気のせいだと思って突き進みます。
そして、長いような短いような時間と空間を越えて。
「お姉さまああああああ!」
漫画にでもしたらすさまじい効果音が付きそうな勢いで、お姉さまのお部屋に突撃、侵入します。
えっ、ノック? と言うか相手は病人? 寝てる可能性の考慮とかはって?
……あ。あー……うん。
思い出したのは、入ってからでした。
やっぱり勢いだけに任せると碌なことがないね。猪突猛進も時と場所と機会を考えてだな。と言うか、どうしようこれ、出直した方がいいんだろうか。いやいや、その方が馬鹿みたいだろう。ここはもう、押し通すのです! 押して参れ、アデラリード! なんか違う気がするけど、もうここまで来たら開き直れ、私!
まあ、そんな風に覚悟を決めて突き進んでいったら、お姉さま、何かを悟ったようにベッドの上で私を待っていらっしゃったのですけどね。
はっはっは――。
ん?
えっ。
目をこすっても光景変わらない。お姉さまめっちゃスタンばってる。奇襲作戦成功かと思いきやばっちり迎撃用意済みだ。どうしよう予想外すぎる。
――と言うか、三つ編み、三つ編み! お姉さまの下ろし三つ編み、なにこれ超レアご馳走様です! あと寝間着がピンク、ピンク! 鎖骨! お化粧もしてない天然のお姉さまをそのままお届け! テイクアウトとお触りは受け付けておりませんので、しっかり視覚記憶に焼き付けていってね、ガッデム!
おい妹よ、しっかりしろ、なんかだんだん脳内実況がおかしい方向に行ってますよ。いつものこと? 殴られたいのか貴様。大丈夫か私の判断力、息してるか。イエス、アイワント鼻血噴きそう。よし、全然だめだ。落ち着け。深呼吸だ。ぜーはー、ふーはー、すーはあ。よし落ち着いた。
いやですね。寝間着も鎖骨ももちろん見たことあるけど、こんな真昼間の明るいところは初めてでして、うあああ、可愛い、色っぽい! ゆったりしたシルエットながら、谷間や腰の括れを強調するドレスとはまた違った大人の色気がですね。と言うかお姉さま、寝間着でも丸く主張なされてますね。さすがお姉さまです。同じような服を着ると全面的にすとーんと真下に落ちていく私とは大違、あれなんか涙出てきたどうしてだろう。やめよう、なんか深く考えたら精神値減りそう。
やかましい思考回路をようやく打ち切り、静かにベッドの上で身を起こしてこちらを見つめるお姉さまを見つめ。
そのまま、見つめ合う事数十秒。
……あっ。
そうだ、勢いと情熱に任せて飛び込んできたはいいけど、この後のこと何も考えていなかったー!
「アディ」
どっ、どどどどどうしよう、せめて最初にかける言葉かやる行動くらいは考えておけばよかった、お姉さまのレア装備に目がくらんでなんも出てこねえや。そもそも何しに来たんだっけ。本当にどうしようもないな私。とりあえずご無事なお姿が拝見できたことだけでもう満足したので、これからむせび泣いて感動を表明したら帰ります状態なんですけど、むせび泣いてる間に冷たい目のお姉さまに「誰がここに入ってきていいって言ったの? 出て行って」とか、「気持ち悪い目で見ないでくれる?」とか言われたらなんかどうしよう、マゾじゃないから全然ドキドキしない、普通に立ち直れない!
「アディ!」
「ひゃっ!?」
強く呼びかけられて、私の両肩が跳ねます。何と言う事が、お姉さまがお言葉をくださっているのに無反応とか不敬であるぞ妹よ!
思わず敬礼していると、真黒な目が私を見据え、数度瞬き、それからため息の音とともに伏せられました。
「……そこでぼーっと立っていないで、こちらにいらっしゃいよ」
「ひゃい!」
ぽんぽん、とお姉さまはご自分のいらっしゃるベッドの端を叩いて仰ります。行けと。よし、行こう。私はなぜか全身ガッチガチに緊張しつつも、ぎくしゃくその場所までたどり着きます。
……間近で見ると、やはりお姉さまは少々いつもより血の気が薄い、と言うか貧血気味なように見えます。しゅん、と途端に湧き上がっていた心が沈んでいきますが、次の瞬間お姉さまが笑ったのでふっとまた浮き上がります。お姉さま前にすると躁鬱レベルで浮き沈み激しいな、私。
「顔色は悪くないようね。体調は?」
「わ、私は大丈夫なのです! そそそれよりも、おねっ、おっ、おっ――」
「はいはい、アディ。ちゃんと聞いてますからね。なあに?」
どもりまくる私にお姉さまがかけてくださるお優しい声にブワッとくるものが。私が興奮してまくしたてると彼女はいつもそう言うのです。ちゃんと聞いてる、大丈夫よ、と……。
ああだめだ。目頭が熱くなったところでこらえようかとも思いましたが、もともとこの部屋に入ってきて滞在を許された時点で涙腺なんてゆるゆるなのです。あっさり関を破った涙は情けないぐらいに目から溢れ出て伝い落ちていきます。
「おねざまがっ――ずびっ、うっ――目がら塩水ぎゃっ、うううっ、ずびびっ!」
「……お拭きなさい」
「ではお言葉に甘えで、ずずずっ、すうっ――」
お姉さまはどこに用意なさっていたのでしょう、ハンケチーフなど私に差し出してくださいます。……これ、絹のレースっぽくないか。さすがお姉さま、小物が繊細。ど、どうしよういつもやってるようにやったら破れるかも。いやでも景気よく行っておかないとスッキリしないし、といざゆかんと鼻を当てチーンとやろうとした瞬間、こつんと頭を突かれました。
「こら。前から言っているでしょう。いくら武官だからって自分の身なりや動作を粗野にしていい道理はないんですからね。このわたくしの前でそんな下品な所作は許しません。レディらしく、つつましくなさい」
「……ふぁい――はい」
睨まれたのでふぬけた返事を思わず直します。……そういえばスパルタモードのお姉さまってこんな感じだった、だから私あっさり武官学校に馴染んだのかもしれない。
ところでお姉さま、その扇子はどこから出したのですか。ベッドの脇にでも置いてたのですか。いや、お姉さまと扇子は切っても切り離せぬ深い絆で結ばれておりますからね、別にひょいっと現れてもおかしくはないのですが、いかんせん文脈的に――うん、やっぱりさすがお姉さまで片づけようとしたけど、寝起きの病人がいきなりパッと出せるアイテムじゃないですよね、それ!? それもスタンバイさせていたの、用途は? 何に使うおつもりだったのですか? まさか、妹迎撃用!?
私がそんなことを考えながら扇子とお姉さまお顔に視線を行ったり来たりさせていると、彼女は肩を落とします。
「……わたくしに用があってここに来たのではなくって? 聞きたいことがあるはずでしょう」
あっそうだ。色々なんか衝撃を受けていたけど、本題に入らなければ。
「あの、お姉さま」
私はまず何から話したものかと迷って。
「その、私にこのように優しくしてくださってよろしいのですか?」
なぜか言うに事欠いて、そこから切り出したのでした。
あれ、これ返答によっては、せっかく和やかムードになってるこの場が光の速さで修羅場るんじゃない。大丈夫か、私!?
とは言え口から出たものは引っこまない。私は覚悟を決め、早くもきりきり痛み出した胃を押さえながら、お姉さまをそっと――と言うよりも、ビクビクと形容した方が正しいような態度のまま、見つめました。
彼女はどこか空中をしばらく見つめていたかと思うと――ふっと、視線をこちらに戻して笑います。相変わらず彼女の笑顔はいまいち読み切れないので、この時点ではまったく油断も安心もできません。ごくっとつばを飲み込んだ音が大きく響く。
呼吸すら止まりそうな緊張感の中、愛らしい桜色の唇がゆっくりと開きました。




