3-ep3.武官と文官の言う事には 後編
目的の東屋は城名物の湖が一番美しく見える場所……とまでは行かないかもしれませんが、まあ湖に映りこむ城など、中々綺麗な光景が見えるような部分に位置しています。その分少しだけ歩く必要があるのですが、特に早朝、日が上るときにこの場所から見ると、普段は特に好ましいとも思わない城が朝日を受けて非常に美しく見える……と言うようなことを、私はかつてお姉さまからお茶会でお聞きしたのでしたっけ。
緑色の六角形の屋根の下に誰も先着がいないことを遠くから発見すると、我々武官の間にひとまずほっとした空気が流れます。主にもうモッさんを歩かせなくて済む、と言う点で。
到着すると早速中央部の円形テーブルを囲むような椅子に、東屋についた順番、つまりキルル先輩、私、そしてモッさんの順に腰かけます。三人で座ったのであまり席順は関係ないかもしれませんけどね。
互いに軽く視線を彷徨わせあってから、真っ先に咳払いして口を開いたのはキルル先輩でした。
「俺たちがこっち側に戻ってきたのは昨日の夜、晩飯より少し遅いあたりだったかな。……あ、ちなみに俺がお前に呼び出された時間は確か、日が暮れてすぐのあたりだった。鍛錬が終わってちょっと備品チェックみたいなことしてたら、急に足元が光って気が付いたらお前の前で正座してたって言うか」
「――と言う事は、戻ってくるときはお二人一緒に戻ってきたってことですか?」
「ああ」
私の問いにキルル先輩は肯定の声を上げ、モナモリスは無言で頷きます。
「お二人はどういったご関係で? 知人ですか? 友人ですか?」
「まあ前までは、顔と名前を知っているぐらいだったな。モナモリスもだろ?」
やはり眼鏡は無言で肯定します。ちなみに否定もしくは考え中の時はノーリアクションです。わかりにくいのでもうちょい二つには違いを出してほしいところです。
しかし、全く違和感なくモナモリスと会話のキャッチボールを続けることのできる、何気ないワンコのコミュニケーション能力を感じますね。そうだった、この人本来なら典型的面倒見のいいお兄ちゃんキャラだものね。なぜか最近ヘタレにしか思えなくなっているけど。あと次男ですけど。それに思い返してみると、ワンコ三兄弟の一番上、つまりキルルウルルのお兄さん、未来のディザーリオ伯爵は、下の二人と違って口数少なく物静か、そんな設定だった気がしないでもない。身内で慣れてるから、この手のだんまり系も全然面倒見の守備範囲内ってことなのかな。
そんなワンコのことをちょっと考えつつ、私は情報整理しながらぽつぽつと、会話のボールが落ち、沈黙で気まずくならない程度にラリーを返します。
「じゃあ私がさっき中庭に戻ってくる前に、お話しして仲良くなったってところですか?」
「まあ、そんなところかな?」
モアイは再び首を縦に振るだけ。よかった。これでノーリアクションだったらどうしよう、やっぱ私が空気読んでなんか身体を張った芸でもしなければならないのか、と一瞬ドキドキしましたよ。
「キルルでいいって言ってるのに苗字で呼んでくるけどな……」
しかしワンコはもう一声吠えました。あ、これに関しては眼鏡さんノーリアクションだ。まあ、好感度が足りていないのだろう。安定の無表情につーんとした眼鏡と、邪険にされてしゅんとしてる先輩の図だ。二つとも見慣れているから放っておこう。ワンコはもう偉大な鬼畜様のせいで邪険にされるの慣れてるから立ち直り早いし。
私がスルーすると、思った通りキルル先輩は自力で気を取り直して再開します。
「俺たちは二人とも……なんだっけ、イベント? それが終わってからにさっきの中庭に送られたんだ。お前の姿が見当たらなかったんでちょっと探したんだが、まあ……探そうとした直後に、残りは心配しなくて大丈夫だって、カラスが言ってだな」
「カラス? カラスが言うってどういう……ああ、そうか。師匠ですか」
私が納得すると、先輩は頷き、今度はぽそっとモナモリスが声を上げます。
「……喋る白いカラス、興味深かった」
「あれ、人工物、と言うか錬成品ですから生物じゃないですよ。アルビノは稀に生まれても成長する前に淘汰されるのが常ですからね」
「人工物? アルビノ?」
「師匠のお手製品、ごくごく希少に存在する本物に限りなく姿を似せた、中身は別物の偽物です。アルビノは先天的に色素が極端に少ない個体のこと、目は赤に毛や肌の色は白になります。と言ってもこの世界では魔法が存在しますから、別にアルビノじゃなくても白い髪だの赤い目だのは普通にいますけど――っと、話がずれた。ええと、そっちの話はまた今度でお願いします」
モナモリスは私が打ち切ると残念そうな顔をしましたが、優先事項については見解が一致したのか、無表情ながらもテーブルに身を乗り出し微妙に目を輝かせていたのを、すごすごと初期位置に戻って腕組みし、ぐっと顎を引きます。
代わりに今度は私がテーブルに身を乗り出し、バンバンと叩いて主張します。
「と言うか、こちらが一番聞きたかったのはそう、お姉さまの事ですよ! 大賢者が保証したってことは、ご無事でいらっしゃるんですね?」
「――あ、ああ。うん。えっと」
先輩が私からいったん視線を逸らすと、眼鏡の方をちらっと投げます。……あれ? なんか二人の間に漂う空気が、気のせいでしょうか、不穏と言うか、戸惑っていると言うか? ともかく何とも言えないモヤモヤした空気を挟んで無言で方針を検討し合ったお二人は、結局モナモリスが口を開いたので、文官が事情を説明すると言う事で見解が一致した模様です。
「……そう。君の姉と、あの奇妙な出来事のこと。話さなければ、いけない」
文官が重々しく前置きするので私も神妙に待ちます。
「結論から言えば、勝負は……君の姉の勝利で、終わった。君が気を失っている間に、彼女が箱に触れた――」
「待てアデル、早まるな」
内容を把握すると同時にすかさず東屋の外に行こうとした私の服を、予測していたらしい先輩がすばやく手を伸ばしたかと思うとがっちり掴んで引き止めます。
「離してください先輩、やはり私のようなゴミなど湖の藻屑にでもなってしまえばいいのです! とりあえず寒中水泳はせねばならぬ――」
「わかった、わかったから、最後まで聞いてからでも遅くないだろ、座れ! あと発狂すんな! モナモリスが続きを話せないだろうか!」
「発狂なんかしてません、本当に発狂してたらこんなもんじゃ済みません――」
「いいから座れシアーデラ、上官命令だ!」
「はい、すみませんでした! ……あれっ?」
「……あ、そうかこれが有効なのか。なるほど」
私は束の間ジタバタ抵抗してましたが、武官の癖、偉い人に怒鳴りつけられる、ないし強い口調で命令されると反射的に返事して言う事を聞く癖が発揮され、自分が何をしているか把握する前にはちゃんと初期位置に戻ってビシッと背を正していました。そして言った本人もなんか今有効性を認識していると言う。さすが我々脳k……げふんごふん! アホの子違うよ、ちょっと肉体派なだけの武官組ですよ。手を出してから後で考える、の典型ですね。まあ結果オーライなら何でもいいんですよ、ハイ。
モナモリスが我々武官を、「やだ、野蛮人」とでも言いたげな若干呆れた目で見つめていた気がしないでもないですが、我々二人がちゃんと座ると、気を取り直したように続きを進めます。
「……続ける。確かに、勝負は紛れもなくスフェリアーダの勝利で終わった。だけど君の姉は、その……自分との契約を、解除した」
「……は?」
私は思いもかけない情報に、思考回路が全面的にフリーズしかけたのを感じます。すんでのところで踏みとどまりますが、やっぱり完全な理解には至っていない。
「え――言ってる意味がちょっとわからないです。どういう……?」
「だから、でもモナモリスが言ったとおりなんだよ。つまり、えーっと――」
「君の姉は迷宮探索の勝負自体には勝利したが……自分との縁は打ち切った。だから、アデルと自分は勝負に負けたが、賭けには勝った……そういう、ことだ」
キルル先輩が唸っている間に、モナモリスが淡々とまとめてくれます。私はそれを聞きながら、さあっと視界がモノクロになっていくのを感じていました。
「……お姉さまは私に、もう自分のことは構うなと仰った」
震える唇で言葉を紡げば、さらに何かを言おうとしたモナモリスが黙ります。
「はむかうなら容赦しないとも言った。実際、私はおそらく彼女と迷宮で再会したときに、幻術の類をかけられて妨害された。でも――でも、結局。あの怪物を倒す時に、氷で助けてくれた……」
ぽつっとつぶやくと、二人は私に向けていた視線をなぜか逸らします。
「……お二人とも、何を隠しているんですか?」
自分の声が低くなっているのがわかります。
「お姉さまはご無事じゃないんですか? あの後……本当は何が起きたのですか?」
囁くような声は少しかすれている。表情は感覚で、すっかり強張っているのだとわかる。
男二人はどちらも先ほどまでとは変わった硬い表情のままです。先に言いにくそうに口を開いたのはキルル先輩の方でした。
「その。スフェリアーダがさ……お前が倒れてからすぐに、モナモリスとの契約を解除して。それで――お前のことを治療したんだ。……その後、倒れるように箱に走っていって――俺たち全員こっち側に帰ってきた」
そんな、と唇の端から言葉がうっすら出て行きましたが、私の心はそうか、と納得していました。
妙に調子のいい身体。二人がさっきから時々妙な目配せをする理由。フラメリオの言葉の意味。
――君の現状はいわゆる一つの身を削る愛、過保護のたまものってことだよ。だから感謝したまえよ、ものすごくね。
――少しはできるようになったと思ったけど、やはりアデルか。まだまだだね。
あの電波。わざとわかりにくい言い方して、試したんだ。私が気が付くかどうか。
ふつふつと湧き上がってきそうになった怒りは、一つのキーワードを深く認識した瞬間一気に凍り付きます。
身を削る愛。
削る――!?
今度こそ、私は素早く立ち上がります。
「すみません、お二人とも。せっかくここまで来て、お話をってことだったのですが……ごめんなさい、また今度でいいですか」
「アデル」
「……アデル」
キルル先輩どころかモナモリスまで。けれど止まれない。
「門前払いかもしれない。無駄足かもしれない。追い返されるかもしれない。そもそもすぐに気が付けなかった馬鹿で能天気な私には、そんな資格ないかもしれない。でも――」
じわっと視界が歪む。いつからだろう? 瞼を閉じても、微笑むあなたの輪郭はぼやけてしまう。
それでも、我慢してきた。だってお姉さまは私を邪魔だって、いらないって、言ったんだから。わかってた。出来の悪い妹の面倒が重荷だって、本当は最初っからずっとわかってた。
心がどうしようもなくぽっかり虚ろになっても、周囲にはおどけて笑っていつも通りにふるまってみせた。昔みたいに追いかけてももう待ってくれないのだから。
いつもそう。あなたはわたしをおいてとびたっていってしまう。とおく、はるかとおくへ。
なのに。
――なのに。
本当はまだ、後ろを振り返っていたのだと、私の知らない間に戻ってきてくれていたのだと、わかってしまったら。
蓋をしてぎゅうぎゅうに閉じ込めようとしていた気持ちが、あふれ出す。
「会いたい――今すぐお姉さまに、あいだいっ!」
会って、もう一度微笑んでほしい。
でなければ、アデラリードはダメだ。お姉さまが健やかで、幸せそうに笑ってくれなきゃ、私は――こんなにも、ダメなんだ。
絞り出した声はしわがれて裏返り、悲鳴のように空を切り裂く。
今度は二人のどちらも、東屋を出て行く私を止めようとはしませんでした。




