3-ep2.武官と文官の言う事には 前編
焼き土下座か、スライディング土下座か、ジャンピング土下座か、それが問題だ。
眼鏡が視界に入った瞬間、一瞬本当に止まるかと思った心臓は一拍おいてから再開、むしろすごい勢いで早鐘を打ち出し、続いて私の頭の中は前世式謝罪法一色に染められました。それに釣られるように反射的に膝を屈しそうになり――。
そこで一度はっと正気に戻ります。
おいやめろ、早まるな。落ち着け、私。いくらモアイでも、罪を数える時間ぐらいはくれる。
と言うかそうだ、視界に入ったからって、あの人歩くの遅いからまだ慌てるような時間じゃない。ここにやってこられる前に脳内作戦会議を済ませるのです。
大体ですね、なんで私が有罪なこと前提になってるんですか。そそ、そうですよ、もっ、もしかしたら寝ている間に颯爽と箱タッチを決められていて、華麗に成功させていたりするかもしれない――。
いや、ないでしょ。と言うかそれはさっきの賢者ルームで唸ってた時に、まずないだろうって自分で打ち消した可能性じゃない。
逃げ道を探そうとした私の小賢しい抵抗は、やはり私自身の良心によってばっさり切り捨てられました。良心は畳みかけます。
認めるのです、アデラリード。どう考えてもあなたは状況的にギルティです。ささ、わかったら何事も先制攻撃。大人しく土下座をですね――。
と、思っている間に時間切れになったようです。案外来るの早かったね眼鏡さん。私が表向きただの棒立ち、内面的には良心とずるい心の有罪無罪審議中だったせいもあるかもしれませんが。しかし相変わらず、大して急いで走ってきたように思えない割に、私の前でぜーはー言ってますねあなた。もっと鍛えた方がいいと思うよ。
……脳筋乙? やかましいですよ! 身体がなければ心だって生まれないんです、健康優良児万歳!
で、だ。いよいよ眼鏡が、額にうっすら浮かんだ汗をぬぐったかと思うと、かがんだ姿勢から身を起こし、眼鏡ごしにじっと見つめてきます。中庭に一気に立ち込める緊張感。そしていよいよ逃げ場がない。もう覚悟を決めるしかない。行ける行ける、私の猪突猛進と敏捷性と恥を忘れることができる心たちならやってくれるはず。うん、彼らがサムズアップしてるのが見えるぜ!
よっしゃやる気出てきた、さあ見晒せモアイ、アデラリード一世一代の大技、ジャンピングスライディング、からのローリング土下座――!
と私が意気込んで飛び込み姿勢に入った瞬間でした。
「アデル、戻ってきたのか?」
モアイとは別のよく知っている言葉が聞こえて、私は地面を蹴る一歩前で踏みとどまります。
「……こっち。ここに、いる」
それに対してモアイが返事をすると、少し先の木々がガサガサ揺れてひょっこりと銀髪の武官が姿を見せます。
「良かった良かった、今回は案外早かったんだな――」
ワンコはしかし、満面の笑みから少々困惑気味の表情に移ります。
「あのさ、お前。何しようとしてるんだ? 誰かに飛びかかる練習か?」
私はどう見ても怪しいダイビング一歩前の姿勢からささっと背筋を伸ばし、咳払いして顔をきりりと澄ませました。
「アデラリード式飛び込み術の予行練習です、お気になさらず」
「……そうか?」
「……飛び込み術」
先輩は首を傾げ、モアイの方も私の言葉を繰り返しながら訝しげに目を細めています。
「知らないのですか、眼鏡。よろしい、説明して差し上げましょう。飛び込み術とは相手に親愛の情をダイナミックに伝える方法でありながら先手を打って相手を捕らえる護身術でもあり」
「えっとモナモリス。これたぶん、アデルにとって触れられたくない話題らしいから、気になってもそっとしておいてやってくれないか。どうしようもない言い訳だろうと、論破されると地味に根に持つんだよ、こいつ」
「……了解した」
ちょっとワンコ、私が今ここで作った飛び込み術の解説の途中でネタ晴らし兼大人の対応を、小声とは言えよりによって本人の目の前で眼鏡に吹き込むの、やめてくれませんか!? こちらの立場がなくなるじゃないですか!
私が台詞を途中で切らしたまま汗をだらだら垂らして固まっていると、キルル先輩の方からモナモリスが私にもう一度向き直ります。
「……続きは?」
「はい?」
「親愛の情を伝える秘術でありながら、先手必勝の護身術――」
「モナ、モナ! そっとしておくってのは、追求もアウトだってことだから!」
「あ……すまない、純粋な好奇心。そうか、論破だけでなく、追求自体が駄目……だった、のか」
「……」
「……だが、非常に興味深い。聞いたことのない術だった」
「聞いたことなくて当たり前だって、どう聞いても口から出まかせだったろ!?」
「……ではアデルのオリジナル、か? しかしそれなら、創始者本人から話が聞ける――」
「もう、やめてやってくれよぉ! よく見ろ、アデル小刻みに震え始めてるじゃないか!」
「……あ。すまない。わかった、残念だが、これで止める」
「……」
なんだろう。こっちの踏んでほしくない所をあえて踏み抜いてくる朕だの師匠だの、わかってやってる彼らと違って、この二人は根は優しくて思いやりがある常識人だけど、天然同士なんだな。そうかこれが天然の本気。ある意味わかってつつかれるのより、ずっとダメージに来ますね、ふふ。だって本人たち、これなんの悪気もありませんからね。純粋な好奇心と、100パーセントの善意ですからね。まあ発端は私だから自業自得なんだけど、まさか駄犬と眼鏡にここまでMPを削られる日がやってくるとは。
うん、学んだ。モアイの前で余計な事を言うのは、止そう。ほんのわずかな悪気もなく、抉られる。
キルル先輩の登場からの諸々のやりとりで大分落ち着いた、と言うか軽めの恐慌状態から今度こそ正気に戻った私は、目の前のモアイとちょっと離れた部分の先輩を交互に見比べます。
「と言うか私の方こそ、なぜお二人が同時に出現するのか疑問に思っているところなのですが」
とりあえず心を全力で鎮めつつ震え声で尋ねると、さもありなん、と言った風に男二人は顔を見合わせて頷きます。
「そうだな、えっとどこから話したものか……あのさ」
「ディザーリオ卿。長くなりそうだ。このままここでの立ち話は、たぶん疲れる。……ここは、神殿――」
「あ、神殿はパスでお願いします。今行ったら私、浄化されかねない気がするので」
「どういう事だよ!?」
「……」
眼鏡の提案に素早く却下の意を唱えると、彼は黙り込みましたが無表情に不満を浮かべて私をじーっと見つめてきます。キルル先輩の方は素早く反応しました。フィレッタ関連じゃなければいい突っ込みしますからね、この人。
「いや、まあなんて言うか、要するに行きたくないです、ハイ。……ってモナモリス、途中で切られたからってそんなに怒らなくてもいいじゃないですか。あなたもともと喋るのが遅いんですよ」
「……怒って、ない」
「あの、二人とも落ち着いて……ええと、そうだな。だったら湖近くの東屋に行こう。先着がいる可能性はあるが、いなければあそこで座って話せるんじゃないか」
「……遠い」
キルル先輩が慌てたように私たち二人をとりなそうとすると、今度はモナモリスがぽつっと呟きます。私はふっと自分の顔が――まあお世辞にも善人とは呼べない風に歪むのを感じました。
「なるほど。ではあの程度の距離も歩けない虚弱文官様のために、不肖ながら小汚い武官が足となって差し上げましょう。さ、抱っこかおんぶ、それとも担架、どれで移動したいですか? ご要望にお応えしますよ、キルル先輩が」
「――えっ、俺!?」
「どうしても私がいいと言うのなら、チビの女子に運ばれたいって頭下げて仰るのなら、考えて差し上げないこともないですけどねぇ!」
「やっぱり地味に根に持つ奴だな!?」
「気のせいですよ、先輩」
「……お前さ。最近特に思うんだけど、顔といいやり口といい、だんだん陛下に似てきてないか――おいっ、脛を集中的に蹴るんじゃない! さすがに痛い――!」
乱闘を始めた私たちを前に、モナモリスは一瞬呆れて遠い目をした後、仕方ないなとでも言いたげに深く息をついて一言ぽつっと漏らしました。
「……わかった。歩く」
こうして平和的に意見が一致した私達は、お互いの事情を聞いて答えるべく、てくてくと移動を始めたのでした。
モヤシに合わせて、それはもう亀のようにゆっくりと。
……これ、提案通り運んでいった方が良かったなと微妙に私が後悔したほど、ゆっくりと。




