3-ep1.大賢者の言うことには
前回の先輩の時は三日間ずっと寝こけていたらしい私でしたが、今回は一日程度、もしくはそれよりももっと短時間で済んだようでした。なぜすぐに分かったかって言うと、日付と時間が両方わかる賢者特性謎の技術時計が、起きたらどうあがいても視界に入ってくるような位置に置いてあったからです。イベントが起きる前、モナモリスと会話をしたときは確か夕方だったはず。で、今はその翌日、時刻はお昼を少し過ぎた頃らしいですね。
……んーと、親切って言うんだろうか、コレは。露骨すぎて何かの意図を感じる、微妙な気持ちになる配置だな。
「ああ、その時計を置いてったのはリオスだよ。『やったねチビ助、これで一人でも起きられるよ!』とか言いながら」
首を傾げているとフラメリオの声がして、合点が行きました。なるほどそれで見た瞬間からイラッと来たわけか。おのれ朕めが。的確に私を煽りよるわ。
だがしかしアホめ。アディさんは大人、できる子。今更こんな見え見えの挑発になぞ乗るものか――。
「アデル、物に八つ当たりはやめたまえよ」
悔しい、もはや条件反射で手が出ちゃう! 私って本当に馬鹿!
と言うわけで許せ、時計。君に罪はないが、君を配置した奴がムカつくのだよ。ていっ。
しかし賢者ルーム、しかも前回同様魔法陣の中での起床と言う事は、気が付いたら全部終わっていたってわけだ。イカは倒せただろうとして、その後は結局どうなったんだろう?
そう言えば、アトラクション式迷宮とか、最終的になんか精神ががりがり減るような化け物まで出てきたこととかで散々脱線したけど、そもそもあれはモナさんの自由のために起こした行動なのであって、目的はちゃんと果たせたんだろうか。なんかあの状況的に、お姉さまが先にゴールしたような気がするんだけど。だって私気絶してるんだから、タッチなんてまず無理じゃないですか。夢遊病だったらありか。あいにく心当たりがないなあ。それでなければ、気を利かせたワンコが颯爽と私を抱えると、意識を失っている私の手をそっと箱に……リオスだったらあり得ても駄犬だからなあ。これもたぶんないだろうなあ。
……うわあああ改めて取り返しのつかない失態だよ、これ! なんてことだ。勝負しかけておいてこのザマて。ダサいとかそう言う次元じゃない。ありえない。最後の最後で気絶落ちって――あーあーあー、どうしよう! 流行らない、流行ってないから気絶系山猿とか! なんでよー! 私の馬鹿、馬鹿、大馬鹿! うわあああああ――。
唸り、叫び、奇声を発しながらごろごろ転げ回って頭を抱えていると、魔法陣の傍らで何やら本をあれこれ広げて読んでいたフラメリオが顔を上げました。
「やあ、アデル。身体の調子はどうだい」
「身体だけはばっちりです! 心は荒んでます! 自己嫌悪と罪悪感が、」
「なるほど、それは良かったね」
「…………」
スルーどころか会話の途中で無理矢理打ち切りやがったぞ、この賢者。おかげで少し落ち着いたけど。結果オーライだけど。前から思ってましたけど、その問答無用で頭から冷水ぶっかける的な解決法、もう少し何とかならないんですかね。師匠といい兄弟子といい、私の扱い雑すぎない!?
カー、と音がしたのでそっちに目をやると、師匠の制作物の一つである白いカラスが鳴いただけのようでした。やあ、カラスさん。神殿ぶりですね。今は特に憑依されている様子はなく、自律モードらしいですが。フラメリオの肩に乗って頭のあたりを突いているようですが、師匠は安定の無反応である。なんか見てて寂しくなってくるから少しは構ってあげて。
しかしまあ、精神面はそれなりにダメージ受けてるとして、本当に――身体はスッキリ、健康そのものだ! むしろぶっ倒れる前より元気になってる気さえしてくるんですけど。なんだろう?
私が魔法陣の中からよっこらせと身を起こし、軽く伸びをしてからぴょんと外に出ると、役目は終えたとばかりに円形の陣は光を失い、やがて薄くなって消えていきます。師は私が魔法陣から出ても特に寄ってくる様子もなく、出入り口の方をついっと指さしました。なるほど、問題ないから出てっても構わんってことか。
いやー、それにしても羽が付いたようにピンピンしているな。実際私、羽ついてますけどね。付いてるんじゃなくて憑いてるんだけどね。
しかし本当に、とにかく身体は快適で仕方ない。前回意識が戻ってからも胸やけがしばらく続いたことに比べると、なんて素晴らしい健康状態なんだ。こんなに身体が軽いなんて、キャッキャウフフ――。
ってちょっと待て。騙されないぞ。さすがに逆に心配になってくるレベルだから、コレ!
「あの、師匠。あれこれ質問していいですか」
「吾輩に聞くよりも、当事者の所に行った方がいいんじゃないのかな? 身体は動くんだろうしね」
返されて一瞬考えます。お姉さま――は、一番の心配事項とは言え押しかけても門前払いを食らいそうですね。というか第一、よくよく考えれば私、彼女に真正面から喧嘩売ったんだよな。普通に危ない目に遭わせたよな。今更過ぎるし実行の前に散々考えて、あれっきゃないとは思ったからやったんだけど――。
肝心の落ちがあれである。
これはヤバいな。お姉さま傷つけといて何の成果も得られなかったとかちょっとその辺の窓から身投げした方がいいレベルだな。
「ここに窓はないよ、アデル」
同意するように師匠の横でカラスが一声鳴く。そうか、賢者ルームだもんな。
――ってだからいつも言ってますがホイホイ心を読むなと! 私が精神操作系の魔術の才能壊滅的だからって馬鹿にして、くっ!
まあ色々言いたいことはあるけど、いったん保留にしよう。キルル先輩の所に行って聞きだしてから色々やっても遅くない。
……えっと肝心のモッさんは、うん。ごめん。最悪二度と合わせる顔がないかもしんない。せっかくここんところの私、前より成長できててすごいとか思ってたのに、これだもの。情けないなあ……。
「方針が決まったのなら向かいたまえ。まだ昼だしね」
それにしても今日の賢者はなんとも淡泊だ。さっきからちょいちょい読書の方に夢中になってますし、今は私のことよりあっちに関心が向いてるんでしょうかね。何読んでるのかまでは、怖いので覗き込みませんが。
「えーと、その、じゃあお世話になりましたが、これだけ確認させてください。あなた、私に何かしました?」
「君たち弟子二人は、何かあるとすぐに師匠を疑うなあ。そんなに吾輩は怪しいかね」
「超怪しいですよ? と言うか、怪しい事がアイデンティティですよ? 常に黒幕オーラ出てますよ? 大体全部師匠のせいでもまったく違和感ないですよ? 自覚ないんですか?」
「そうだったのか……ふうん、なるほど」
彼は呆れた顔をした後まくしたてるように私が答えると、何とも形容しがたい表情で、でもたぶん面白がっているらしい声を上げています。私は注意深く彼の顔を見つめたまま話を続けます。
「だってなんか、おかしいほど目覚めがいいんですもん。これ絶対なんか前回と違う手続き入ってますって」
「ははあ、それに気が付くとは。本当にレベルアップしたねえ、アデル」
あの小さかった子が、みたいな目で頷くのやめーや。無性にイラッと来るでしょうが。あとやっぱり何かあるのか。
フラメリオは首を傾げて喋ります。
「んー、まあつまりはね。君の現状はいわゆる一つの身を削る愛、過保護のたまものってことだよ。だから感謝したまえよ、ものすごくね」
私は思わず目が点になった後、半眼になってしまいました。
何を言ってるんだこの男は。つまりあれか、盛大な恩を売っていくスタイルって奴なのか。師匠がこんなんだから、兄弟子もああなるんだよ。確かに借りを作り続けている私も情けないっちゃそうですが、こういう態度で来られると素直に頭を下げたくない気分になるのが人間でして。
……まあ、下げますけど。私大人ですから。大人ですからぁ!
「ありがとうございます」
謝礼の言葉を吐き捨てられ、睨みつけられた形になった彼はしばらく私の顔をしげしげ眺めていましたが、不意にふっとその表情が――なんか人を小ばかにしてる感じのものに変わったんだけど!?
「少しはできるようになったと思ったけど、やはりアデルか。まだまだだね」
「なんですって!?」
食ってかかろうとした私でしたが、不意に師匠が笑顔から真顔になってこちらをまっすぐ見つめてきたので、思わずつられて黙ります。
「アデル。君はスフェリアーダに、たった一人の姉に、一体何を望んでいるんだい? 生か? それとも幸せか?」
えっなんでこのタイミングでお姉さま。
と思わないわけでもないですが、私の口は頭が難しい事を考え始める前にスラスラと答えを返します。
「両方ですよ。決まっているじゃないですか。幸せに生きてほしいんです」
「ふうん。では、一つしか選べないとしたらどうするかね」
フラメリオはまだ黙りません。カラスが鳴きながら彼の肩から飛び去っていきました。……なんか様子が変だぞ? 妙に輝かしい金の瞳を前に、私は前傾姿勢になります。
「ないなら探すまでですよ、別の選択を」
「なるほど」
今度は沈黙。私が少し彼を見つめていて、今のは何だったんだ、でも何もないんなら緊張して損した、と気を抜こうとした瞬間。
「いいかい、アデル。アデラリードにスフェリアーダは救えないんだよ」
本当に何気ない事のように、賢者は私に言い放ったのです。私はあまりに軽いその調子に、へーそうなんだーで一瞬流されかけたほどでした。けれど言葉の意味を悟って、先ほど以上にカッと身体が熱くなるのを感じる。
「――っ、何をっ」
「いい子だから黙って聞いておいで。今言ったことは定義の問題だ。そう、設定なのさ。全てを望むのなら、君はいつか知らなければならない。彼女が生きられない理由を。それが本当は何を意味しているのかも。その時が来たら、言われたことだって全部わかるようになるだろうよ――ただ、君の場合さらに事情が複雑だから、もう少しごたつきそうなんだけどね。まあ、だからこそとても面白いんだが」
唇に手を当てるジェスチャーをしてから、魔の師である人は黄金の目を光らせ、読み取れない表情のままとつとつと、時折独り言のように話すのです。その声が、妙に頭にこだまする。
「うん、でもそうだな。これは覚えておくといい。いかなる魔性、奇跡を用いようとも、一度起こした出来事は覆らない。壊れた物を直すことはできるし、そっくりのものを作ることだってできる。だけど二度と元通りにはならない。それはこの世の絶対法則だ。――だから選択する時は、慎重に、かつ大胆に、ね」
カー、とカラスが鳴きながら賢者の肩に戻ってきました。異様な雰囲気はなりをひそめ、彼は再び手元の本に視線を移します。
「吾輩が言いたいのはそれだけだよ。では、さっさと行きたまえ」
次の瞬間、私はぽかんとした顔のまま見覚えのある昼の中庭に突っ立っていました。
あのマイペース、今度は自分の用が済んだからって強制ログアウトかよ! なんなんだ!
私は宙に拳を振り上げようとしますが、その手は力なくフラフラと落ち、顔を覆います。
……あれ、まず間違いなく、とんでもない助言と言うかヒントだったよな。安定の電波語だったけど。言ってることの意味もさることながら、このタイミングで情報開示された理由は何だ――?
と考え込みそうになりましたが、ごしごし顔をこすって意識を現実に戻します。
いや、そっちも超大事かもしれないけど、後に回してもいい問題だろう。私が一番優先しなきゃいけないことは、モナモリスイベントの結果確認。フラメリオに言われたことだってもちろん忘れないようにしないといけないけど、今はまず、キルル先輩の所に――。
と、足を踏み出した瞬間。
「アデル、良かった」
びしっ、と私の周りの空気が凍り付きました。
ぎぎぎと音が鳴りそうな勢いでぎこちなく振り返り――。
中庭の向こうから心当たりのあり過ぎる眼鏡が接近しているのを悟ると、くらりと一瞬私の意識は遠くなりかけたのでした。




