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転生ヒロインの使命は、悪役お姉さまを守ることです!  作者: 鳴田るな
承:四天王制圧編~vsモナモリス
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幕間 揺れる水面 前編

 しかしさもありなん、と言うよりも当然と言ってしまえばそうである。彼は城内のことを誰よりも知っているだろうし、服従の契約で繋がっている主従なのだ。探すことなど造作もなかったに違いない。



 ……もう一人自分を比較的容易に発見できそうな人物に心当たりがないわけではないが、あれは今の所見せに来る顔がないのだろう。


 まったく、思い出すだに腹立たしい。あの大うつけめ、いつまでグダグダやっているのかとせっかく人が気を利かせてセッティングまでしてやったのに、さらに拗らせて帰ってくるとは一体どれだけ要領が悪いのか。


 しょんぼり小さくなった男に報告を受けた時、あらゆることを笑顔でスルーするさすがの彼女も怒った。かなり具体的に怒って、思わず少々手元にあった扇子など、華麗に振りかぶってからまっすぐ相手の額に投げつけてしまった。多才な彼女は投擲にも例外なく優れていたようで、扇子は狙い違わず一番尖った部分から芸術のように吸い込まれていった。頭を押さえて無言で悶絶している彼に、自分の手を借りずに妹と関係を修復しろ、それができないのなら二度と我々の前に姿を見せるな、と言い渡してからもうどのくらいになるのか。まったくわかっていない。そういうところが、大うつけだと言っているのに!


 ……自分はあの男を甘やかし過ぎたのかもしれない、と彼女は思う。妹に厳しくしきれないのはもう仕方ないとして、おそらく無意識のうちに彼にも肩入れをしてしまっていたのだろう。

 だからもう、必要以上の情けはかけない。ここで男が見せられないのなら、残念ながらかねてから本人にも言い続けているように、切り捨てるしかない――。



 そんなことを一通りつらつら考える余裕があるほどに長い沈黙が過ぎた。

 相手が依然として黙って見下ろすばかりなので、仕方なくこちらから声をかけてみる。


「……何か、御用ですか」

「御用って言うか。こんなところで何してんの?」


 男はしゃがみ込み、頬杖をついてこっちを覗き込んでいるらしかった。返事の方はすぐにやってくるので、話したくなくて黙り込んでいると言うより、話題に迷って相手の出方を窺っていたような沈黙だったらしい。

 彼女は思いつくまま適当に返した。


「……御覧の通り、寝ております」

「ふーん、いい趣味してやがるな。凍死とまでは行かなくても風邪ひくからな。この季節にこんなところで上着もなく寝てたら」

「今夜、どうしても星が見たかったのです」

「ほー、そりゃあ生憎の曇り空で残念だろうな」

「星は見えずとも、雲に透けて朧月が美しいかもしれません」

「朧にも見えてないぐらいばっちり曇ってるんですがね。第一、うつ伏せじゃ空は見えないぞ」

「そうでしたわ。空ではなく、この場所の土の様子を急に観察したく――」

「うん、あのね。自分でもわかってますよね、大分苦しいって。誰が信じるんだよそんな嘘。と言うか半分くらい意識朦朧としてません? 大人しくここら辺で白状しときなさい。リオスさん別に怒ったりしないから」


 たぶん、彼は話しながらだんだんイラついてきている。顔が徐々にいつもの笑顔になりつつあるし、口調もかろうじて威厳と威圧に満ちるものから、なんともチャラチャラしい軽薄な感じに変わっているから。この軽い調子で話す時の男が、特に彼女は嫌いで苦手だ。どうにも掴みがたく、相手をしにくい。


 あと、若干朦朧としかけていたのは確かだった。強く瞬きして戻ってきたときに、ようやくまともに見えてきた光景によって、自分が城の湖のほとりに倒れていたのかと気が付く。道理で寒い。それとさっきのどこかやわらかな足音は、土を踏むものだったのか。


「……ともかく。わたくしは、ここにいたい気分なのです。一人で、静かにしていたいの」


 会話をするのも億劫だが、黙り込むのも癪である。本心でないとは言い切れないこともない、そんなことをうそぶくと、男の顔がずりっと顎を支える手から下に滑り落ち、彼はがくんと項垂れる。そこではーっ、と盛大に息を吐いたかと思うと、もう一度上げた顔はどうやら呆れかえったものになっていた。


「お前ねえ。意地っ張りもTPOと自分の状態をわきまえて、大概にしなさいよ。なんで素直に体調不良で倒れてます動けませんって言わないの」


 やっぱり聞くまでもなく、こっちが言うまでもなく状況をわかっているじゃないか。わざわざ言いに来るなんてどんな嫌味だ。それに人の弱みに付け込むような性根の癖に何を、と冷たく見上げると、男は頭を左右に振ってからかがみこむ。


「まったく、世話の焼ける……」


 次の瞬間、彼女は自分の身体が何かにふわっと包まれたかと思うとひっくり返され、ぐるぐる巻かれ、そして最終的に抱き起されて浮き上がったのを感じる。


「何をなさいます――!」

「いや、ちょっとここはさすがにアレだから、移動しましょ――って言うか、熱っ!? お前ねえ、やっぱり普通に発熱してるじゃんか。中入ってあったまりましょ、ね」

「違います、冷えててちょうどいいの、これでいいの――下ろして!」


 事態を把握した瞬間暴れ出していた。うつぶせの状態からまず男の羽織っていた上着――たぶんマントだ――をかけられ、それからごろんと仰向けに転がされ、上着に包まれて抱え上げられたのだ。横抱き、つまり俗に言う姫抱きの恰好で。


「駄々っ子か!? 病人は大人しく言う事聞いてなさい!」

「絶対に、嫌です――!」


 冗談ではない! このまま屋外で倒れているのもどうかと思うが、体力気力ともに尽きている状態でこの男の好きにさせたら絶対に碌でもないことが起こる。と言うか、他は我慢できてもこいつは、この男にだけは何もできずに好き勝手されるのが嫌だ! 無駄と分かっていても、そんなわけで彼女は全力で抵抗をせざるを得ない。


「ってちょっとやめなさい、変に暴れんな、このっ――おい、落っことしちゃうでしょうが馬鹿!」

「それで構いませんわ、今だけは馬鹿でいいわ、むしろそうしてくださいませ。わたくしは外がいいの、ここにいたいの、ここで寝ていたいの――!」

「何その唐突に生えたワイルド令嬢設定!? やっぱお前絶対今熱でおかしくなってるでしょ、被る猫の種類間違えてるって、それ妹の方のキャラだから!」


 しかし前はすぐに張り手を決められたり最悪魔術が使えたが、今は外套で包まれている上に、とにかく身体が言う事を聞かない。せいぜい足をじたばたさせる程度しかできなかった。普段だって力の差があるのにこの体たらくである。

 当然、男はささやかな反抗に生温かい目になるが、それだけだ。ただ、バランスが不安定なせいか片膝をついた状態から立ち上がり切れずにいる。


「馬鹿言ってんじゃありません。一緒にちょっとお部屋戻るだけだから!」

「馬鹿を言ってるのはあなたの方だわ、誰があなたなんかと、離して――げほげほっ、ごほっ!」

「だーもー、だから大人しくしてなさいって言ったのに」


 決着は暴れすぎたスフェリの身体に限界が来たことでついた。一気に大人しくなった、と言うよりも顔色を悪くしてぐったりした彼女を前に低くぼやきながら、彼は今度こそ立ち上がる。


「くっそう、HPもMPもゼロのくせに。そんなにオレが……嫌いだよね、うん、知ってる。……ハア」


 この短時間の攻防の間にもコツをつかんだのか、一瞬の隙をついて片手は背中から回して外套越しに肩ごと二の腕を、もう片方の手はひざ下にしっかり入れられ両足を、スフェリアーダはがっちり固定されてしまった。暴れたせいで自らの体調が悪化した事もあるのか、彼女は押し黙る。彼は荷物が大人しくなると、すたすたと屋外から屋内へ、それから迷いなく廊下を歩いていった。


 角を何度か曲がったところで、不意に警備の騎士にすれ違いそうになった。スフェリは思わず身を小さくしたが、リオスが何かの術でも使っているのだろうか、相手はこちらに気がかなかったようだ。歩いていく二人の近衛騎士の会話が遠ざかってほっと力を抜くと、頭上からふっと笑い声のようなため息が降ってくる。

 ――しかし彼女にはもう、それに対して反応する気力が残っていないらしい。相手が無言のままぐったりしているのを悟ると、何かを期待しているように見えなくもなかったリオスの顔がぐっと引き締まる。一連の表情変化は、抱えられている方からは見えないのだが。


「……どこへ行くの」


 弱々しいながらも独り言のような声が上がった時、眉間にぐぐぐっと寄っていた皺がどこか安堵したように和らいだ。しかし、それも彼女からは見えていない。かけられる声がどこかうきうきしたものであることも、判然としない意識の中では聞き取れていない。


「とりあえず、部屋?」

「……わたくしの、ですか」

「ほう、オレに入られるのが嫌か。露骨な。だけどそこじゃないなら、オレの部屋か、じゃなきゃ賢者ルームか。最初のはお前にとっちゃ論外だろ? 次の奴はごめん、なんかフラーがわがまま言ってて。それにあそこにはアデルもいるんだ。お前は行きたくないだろ? えーと、後はどうなる。でなければなんだ、医務室か神殿にこのまま連れてかれたいってか。翌日からのゴシップが楽しみだな、深夜に王様に抱えられてやって来たとか、さぞかし暇人たちが噂話に尾ひれを――あれ、スフェリ?」

「…………」

「えっと、うん。話題提供者の方が先に音を上げちゃうの? いいんですかそんなことして? ん? おーい」

「…………」

「よし、オレは落ち着いている。と言うか、いや、ないっしょ。オレの腕の中だぞ。やめとけってコラコラ、いやいやないってそうだよね、本人もわかってますよね。そんないくら疲れてるからって、大っ嫌いで天敵な奴の前で無防備な状態になるなんて、はっはっは――」

「…………」

「……あの。えっ。マジなの? あー、うん。……そっかあ。う、うわあー……」


 暴れたのがトドメになったのか、どうやら本当に体力が尽きてしまったらしい。意識を失った彼女には、話し相手がいなくなってから挙動不審になりながらまくしたてた後、勢いを失ってしゅんとなった感じがしないでもない男の姿は見えない。一瞬後には誰も見ていなくても気を取り直したように澄ました顔をしていたが、彼を見慣れている人物なら眉間の皺の数で不機嫌っぷりを悟るような表情だった。





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