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転生ヒロインの使命は、悪役お姉さまを守ることです!  作者: 鳴田るな
承:四天王制圧編~vsモナモリス
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3-09.イカ戦、決着

 かくも冒涜的な光景を目の当たりにした時、人類と言う矮小な存在に一体何ができるというのでしょう? 許された唯一の行為は、おぞましく吐き気を催す人為の及ばぬ存在の出現をただ茫然と見守るのみ。そう、だたそれだけ……。

 しかし私の脳がそんな風に一時停止状態に陥っている間にも、まことに残念ながら名状しがたき物体どのは再生を続行しているようでした。


 そりゃな。イカにしろ神話生物にしろ、相手が状況を把握するまで待ってあげるような、ポーズ状態になったら空気読んで一緒に止まっててくれるような思いやりが存在するわけありませんもんな。それともセオリー通り変身中なら待ってくれただろうか。微妙なところですね。

 うん、迷宮探索始めてからずっと感じてはいたことだけど、この世界は狂気が過ぎていて不親切と親切の基準がまったくわからん。先の見えない閉鎖空間をひたすら目的地まで進んでいくだけの本来の迷宮と、こんな風にド派手な罠やゲソを超越した何か見てはいけない物との戦闘不可避のダンジョンと、どっちの方が私にとって有難かったんだろう――。

 イカの猛攻が迫る間、混乱している私の思考はそのように今優先するべきではないことに一生懸命回路を回して現実逃避に励んでおりました。


 けれど優秀なのは我が肉体。

 先ほど判断より先に動いてほぼ反射的にレーザービームもどきを避けた私の身体は、今回も迫ってきた謎の塊から避けつつ別の足場に移動するという割とアクロバティックな技量が求められる芸当を、私の頭がフリーズしている間にもきちんとこなしてくれていたのです。約10年の鍛錬の結果がこれだよ。すごいよね。もっとほめてもいいのよ。


 無事に着地してから一拍遅れて意識が戻る。と同時に、視界と意識が一瞬で戻ってきて――私は自分が触手攻撃を避けられたこと、そして代わりと言っては何ですが、近くの相方さんが逃げ遅れて今まさに犠牲になっている所を認識してしまいました。


 ぽかんとしていた表情から、あ、やべ、とでも言いそうな顔に、素早く胴の辺りを絡めとられて空に連れていかれた先輩の顔が変わり、そして彼もその辺でようやくちゃんと判断できる状態に頭が戻ったようです。


「う、うわあ何するんだやめろ離せ――ぎ、ぎやああああああ!」


 一本の触手に捕らえられた先輩に、一斉にうねうねが襲い掛かって絡みつき、ひたすらにうねうねと――にゅるにゅると――うぞうぞと――あ、えっと……。


 よし、この案件は凍結だ。

 世の中には、当然描写されてしかるべきと言うかただのノルマと言うかこれを描写せずして何を語ればよいのかと言う、そうたとえばお姉さまの美貌と賢さと(長いので中略)と言う魅力も存在すれば、今現在起きているようなワンコの窮状と言う、明らかに描写しなくていいものと言うのも存在するわけでして。


 うむ。先輩はもはや姿が見えないほど、触手のあたたかきアグレッシブな抱擁に四方八方から包まれてしまった。奴はもう手遅れだ。今日もいい天気だ、ふう。


 ……いかんいかん、それで終わったらダメでしょ! 具体的な惨状の描写放棄は仕方ないにしても、さすがに仮にも知り合いの窮地を、見た目と付随する効果音が気持ち悪いからって理由で見なかったことにしてスルーするのは、人としてどうかと思うよ! いろんな意味ですごく触りたくない気持ちはよくわかるんだけども!


「せ、せんぱぁーい!」


 とりあえずモザイクかけたい状態になってる触手の塊の中の人の無事を確かめたくて絞り出した声が、生まれたての小鹿のごとくブルブル震えている。なぜだ、まぎれもない絶賛大ピンチなのに、どうして自分の叫び声がなんとなくコメディチックに聞こえるのだ。ついに視覚的暴力に屈して私の頭がイカれたか。と言うか、生まれたての小鹿みたいに震える声ってなんだ、自分で自分の言ってることが意味わからん。

 あとどうした先輩返事がないぞ、ただの屍になってるのか、やっぱりもう手遅れなのか。たぶん触手の思惑としては、絞殺だの圧殺だのしたいんでしょうが、ワンコの打たれ強さからしてあれだけでトドメに至るとは到底思えませんね。そう考えると、彼は単に触手と戯れているだけな気がしないでもないんですが。



 と、余計な事を思っていたことに対する天罰でしょうか、突っ込みでしょうか。


 前よりも明らかに動きの良くなったイカ(ってもう言えない気がする……)の触手がびゅんと飛んできて、私は咄嗟に剣をふるいます。しかし一撃目と二撃目は問題なく打ち払えたものの、三撃目が一瞬だけ対応が遅れ――鞭のようにしなやかに飛んできた打撃に、私の身体は軽く吹っ飛ばされ、池の中央に近い部分からかなり端に近い部分まで宙を飛んでから、水中に勢いよくダイブしました。


 必死に剣を手放さないようにしながらもがき、なんとか触手に襲われる前に水面に顔を出した私は間一髪、水中から襲って来たイカの脚に手をかざして素早く何度か攻撃の呪文を唱えます。不発もありましたが二発は追ってきた相手に向かって放たれ、直撃には至らなかったけど水中で怯んだような気配を感じます。

 稼いだ時間に急いで一番手近な足場に、咳き込みながらも這い上がる。ここが奴の陣取ってる中心部から結構離れたところにあるせいだろうか、触手の動きが鈍いし追撃も甘いのが幸いしました。


 ……うん。今だけは喧嘩中だけど、素直に礼を言っておきます、ディガン。さすがNINJA、まさか渋るあなたを拝み倒して習得させてもらった古式泳法をこんなところで使う日が来るとは思ってなかった。なんでそんなもん習ってるんだお前って、あの時の私は今よりもちょっと若くてですね。私の中に封印していた中二魂が少しばかりうずいてしまいまして。古式泳法の響きに多大な浪漫を覚えてしまってですね。

 いや、でも人生何が役に立つかわからない。結果オーライだからそれでよしとしよう。


 しかし今のでポケットの中に忍ばせてた魔石も全部おじゃんになってしまった。いよいよ後がない。先輩は触手にうねうね絡まれてもうなんか原型見えないし、一体これからどうしようか――。


「アデル!」


 と思っている私に、近くから控えめですがしっかりした声がかけられました。咄嗟に振り返ると――あら、そんなところにいたんですか、モナさん。私本当に端の端まで飛ばされたんですね。今の今まで空気でしかなかったあなたの声が聞こえる位置にまで来てしまっていたとは。

 先ほどまでは距離があったのでいまいち彼の様子を窺えていませんでしたが、悪魔の羽を使って飛ばす前とそう変わらない――若干やつれてるかも? でもそれぐらいかな――なご様子にひとまずどこか安堵を覚えます。


「ご無事でしたか、正直道中でお姉さまに見捨てられやしてないかとかあのイカに呆然自失している間にいつの間にかいなくなってる可能性も無きにしもあらずでしたので、何よりです。では引き続きそのまま小さくなって下がっててください。あれ、どう見ても我々の担当ですので、非戦闘民さん」


 びゅっと魔剣を一振りしながら言い終えると、眼鏡の眉がぐぐっと寄せられたのが見えます。


「そんなことわかってる。アデル、あいつの目を狙うんだ」


 えっ、パードゥン? と思わず振り返れば、存外落ち着き払った眼差しが返ってきます。


「さすがにあの化け物に心当たりはない……けど、何度も切りつけたりしていたことは、無駄ではなかったと、思う。水中から本体が出てきたのは大きい……正体はわからずとも、倒す目途はつく。古来から、大きな一つ目の化け物は、目を潰せば致命傷を負わせることができる……そういうものだ」


 緊急事態だから気持ち早めに回る舌に私は少々ぽかんとしてしまいます。眼鏡はにゅるにゅるしている以外は特に変わった動きを見せていないイカにチラッと目をやってからこちらに戻します。


「それとあれは……接近すれば激しく抵抗するが……こうして離れていると途端に興味を失くす。だから、こうやって話すくらいの時間は……あると思う。餌食になっている近衛はその……孤高の銀牙? ……なら」

「あ、はい先輩ならたぶん大丈夫ですので、ご心配には及びません」


 独り言や間が混ざった彼の癖のある喋り方を聞いているうちに、私も落ち着いてきました。

 あとすまん、犬。ちょっとこっちが片付くまで頑張ってて。どうせ頑丈だし回復力高いからちょっと粘液まみれになるかもしれないけど平気平気。一応後で助けに行く予定ではありますし、遅刻するだけですから我慢して。


 と私が脳内で結論付けて眼鏡に傾聴姿勢を取ると、彼は励まされるように一生懸命喋ろうとします。


「この迷宮の設計者の癖……なんだ。殺意に満ちた、底意地の悪い、理解不能なものように見えるが……根底にあるのは単純な構造、王道嗜好、解の期待。……つまり、ひねくれ者気取りの……本当はかなりの正直者なんだと、思う。そういう要素が大きい。だから発想がわかってしまえば……驚くほど単純な手で、対処ができる」


 言われてみて、ふと今まで通ってきた罠の数々を思いだします。

 眼鏡の言ってること、わからない部分もありますけど……確かに罠は即死の奴もあるから凶悪っちゃそうなんだけど、結構発想がベタな奴が多かったというか、解除法は単純でしたね。だからあのイカもどきも、割と露骨に出てきたどでかい目玉を叩けば倒せると。あそこを狙えと。なるほどね、私も確かにその説に異論はない。


 しかし、この人地味になんだけど、あのイカにも先輩の大惨事にもほとんど動揺してない。神殿でも思ったけど、何気に相当メンタル強いな眼鏡。

 そんなことを思いながらまじまじ見つめていると、急に眼鏡が視線を下ろします。


「わかってくれたら、その……できるだけ早く、終わらせた方がいい。……彼女はきっと、今もすでに……かなり無理を、しているから」


 目を見開いた私に、眼鏡は一瞬だけこちらに視線を寄越してからまた、どこかすまなそうに逸らし、そして唇を噛みしめます。


「……言葉や態度は冷たかったが……ここに来るまでずっと、足手まといの自分を庇ってくれたことは……確かだから」


 ポツッと漏れ出た独り言のような言葉を聞いたのは私の背中。


 振り返った先では、イカが醜い巨体を時折揺らしながら吠えている。ぐりぐりと動く眼球が、接近する私の方に向いた。


 待たせましたね。今行きますよ。


 足場を何度も蹴って着実に距離を詰めます。触手が飛んでくるのを剣で薙ぎ払うと、すっと自分の身体の中から何かが抜けて行った感触がある。

 ――モッさん。早く終わらせなければいけない都合があるのは、私も同じなんです。魔石の蓄えは尽きている――ならばあとはこの身体から、絞り出していくしかない!


 しかしイカの動きは先ほどよりも早く強く、凶悪になっており、数もいつの間にか最初の10本どころじゃなく、数えるのがアホらしくなってくる感じのとんでもないことになってました。触手本体と火の玉の猛攻を受けると、巨体の中央で揺れている眼球どころか、その足元の身体の部分にも迂闊に近づけません。さっきのレーザーをなぜか撃ってこないのは幸いなのですが。


 ――イカが吠えている。どこか苛立ったように、奴は眼球をぐるぐる回し、触手をこねくっています。


 私は額に浮かんできた汗と上がってきた息の感覚に、ぎゅっと唇を噛みしめます。これはもう、ある程度の被弾は覚悟して突っ切るしかないのか。


 ――と、化け物の叫び声の調子が何か変わりました。


 どのタイミングで救出しようかと、さっきからちらちら視界に入れていた、先輩(もう全然中が見えないので推定)をぬるぬる包み込んでいる触手の群れ。それが歪にたわみ――一瞬後に、内部から破裂する!


「この、調子、乗んなあああああ!」


 そんな先輩の遠吠えと、ぶちぶちぶちぃっ、と言うものっそい痛そうな音と一緒に。ビギィグギヤアアアアア、となんかいかにも苦しそうな叫び声のバリエーションが増えてます。イカだけに。……何を言っているんだ、私は。


 それにしても、すげえ。おそらく四方八方から触手で窒息させられていたと思われる先輩でしたが、今や完全に瞳を真っ赤に変化させ(あ、言い忘れてましたけど、あの人興奮して凶暴になると普段はショッキングピンクの目の色がより赤くなるんですよ)、絡みつく触手を片っ端から、その……うん……知らなかったなあ、触手って千切れるだけじゃなくて、握りつぶせたり、殴ったり蹴ったりで粉みじんに吹っ飛ばせたりするものだったんですね。


 イカの体液にまみれ、全身に怒りを燃えたぎらせながら暴れている姿はまさにそう、月光様降臨。さすがのイカも微妙に引いてるらしいテンションである。

 まあでも自業自得だね、先輩のスイッチ入れるまで調子こいてぬるぬるした海洋生物の方が悪い。好きでぬるぬるしてたんじゃなくて、圧殺したかったのにしきれなかっただけなのかもだけど。


 しかしこれで触手のかなりの部分が先輩に散らされている状態になったとはいえ、問題はどうやってあのでっかい口の真ん中の舌の上に鎮座している眼球までたどり着くか。イカの身体を駆け上がっていってすっごいジャンプすれば届かないことはないと思うんだけど、あいつの側面すっごいぬるって滑りそうだし、跳んでる最中に攻撃されたらそれこそ回避できない。失敗したら口の中まっさかさま、目も当てられない。でもそんなこと言ってる場合じゃない、行くしかないのか――。


 と、思っている私の耳にパキパキと不穏な音が、そして背後からひたひたと冷気が押し寄せてまいりました。


「ビィィィィィィギィィィィィィィィィィ!」


 イカが再び叫んでいる。それはさながら、私たちが奴を見て最初にあげた絶叫に似た響き。

 思わず振り返った私は、戦闘中でしたが――束の間、その光景に見とれてしまいました。



 彼女は少し離れた足場から、両手を広げ、ワインレッドのドレスをはためかせている。

 普段はまとめられている髪は先ほど髪飾りを失ったせいか、今はふわりとたなびき、まるで漆黒のマントのように彼女を覆っている。

 吐息が漏れ出すようにその口からこぼれるのは、繊細な歌声。小鳥が囀るような調子でありながら、思わず手を止めて聞き入りたくなるほどのただひたすらに美しい旋律。


 ――けれどその声は、魔を操る呪文。

 彼女の立っている足場を起点として、池がみるみる凍っていく。それはまっすぐこちらへと伸びていて、イカを包囲するように広がる。対抗するように動かそうとした触手が氷に触れた瞬間、一瞬で固まった。先輩にすっかり気を取られていたせいもあるのでしょうか、あっという間にイカは氷に変じた池の中に飲み込まれ、苦悶の唸り声を上げています。


 ふと、私の前に氷柱が立つ。いや、柱と言うよりもこれは――階段。

 認識したのと同時に、私の身体はそこを駆け上がる。イカの目がこっちに向き、奴が何事か騒いでいる――それがどこか遠くのことに感じる。


 びゅん。右から触手が飛んできましたが、素早く銀の影が動いたかと思うと再度イカの悲鳴が上がる。

 バキン。左から飛んできた火の玉は、突如私の横に出現した氷の柱に当たって砕ける。


 何度かありそうだった妨害はすべて事前に防がれ、私はついに階段の終点、目標の目の前まで到達しました。


 目と目が合う。至近距離、嬉しくない。でも、妙に気分が高揚している。悪い気持ちではない。――悪い気持ちであるはずが、ない。


 氷の上だから滑らないように、その部分だけ最後に気を付けて、私は階段の頂点から空に身を踊りだす。


「うあああああああ!」


 そのまま声を上げ、狙い通りに剣に落下の勢いと全体重をかけ、ありったけの魔力を込めて――出し惜しみなく、上から巨大な目玉をまっすぐ刺し貫く!



 ざしゅっ。



 身体に感じる確かな手ごたえと、少し遅れてやってくる多大な疲労感、一気に身体から力が抜けていく感覚がやってくる。


 けれど真下から上がる断末の叫びに、私は確かな達成感を覚え――。

 ああでも、実は結構ぎりぎりだったみたい。最初に何度も悪魔の羽を連発したのが、ここで来ちゃったかな。まだ箱、タッチできてないから、倒れられないのに――。



 私はそのまま、重力に従って落ちていく身体と一緒に深い闇の中へ、抗おうとした意識も遠くなる気配を感じました。

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