3-05.これは、近い
連続更新一つ目です。
落ちるのと同時に、私は素早く頭の中にイメージを作って唱えます。
「ベニット!」
光とともに、先輩の胸のあたりに布切れが出現しました。――よし、一番得意な召喚魔術だもの、絶対成功すると思ってた!
「ネクト・ウィンド・エマナント――アンブルフルーラ!」
素早くたたみかけるように呪文を唱えると同時に腕輪とアンクレット、それから耳飾りの片方から一気に力が抜ける感覚がする――さすがに痛い出費だ。
布切れは先輩の胸部と腹部を覆うように巻き付き、そこから音を立てて膨張すると、空中に傘のように広がってたわむ――。
さすが私、一発で成功させた! もう大事なところで噛む子なんて言わしぇない――ってなぜ今ここでやらかしたし!?
ってそんなことはどうでもいい、今忙しいんだから!
即席のパラシュートもどきは、気合いと必死さと、ゴリ押し頼み博打戦法と先達に悪口を叩かれつつも質より量だ! 戦法で鍛えていた魔力が功を奏したのでしょうか、狙い通り先輩の落下は止めましたが、私の方はまだ落ち続けそうになり――。
「アデル!」
今度はさっきと逆、先輩が落ちていく私を引き留めます。空いた両手でしっかり掴まれた手首の感触に続いて、がぐぐんっ、と再び腕から肩にかけてかかる大きな反動。けれどそれぐらいで済み、私達二人の身体は安定したようでした。
しかし、身体鍛えてかつ衝撃を逃がす感じの防御の術使っといてよかったね、私。もうこの場面になってから三回ぐらい、本当なら肩抜けるなり骨折するなり脱臼するなりしてそう。
ともあれ、パラシュートもどき作戦成功により、ひとまず問答無用で転落死な展開は回避できたようですが、それでもこのまま落ち続けていいはずがない。今の所まだ暗闇に包まれていますが、絶対下はろくなもんじゃない。この段階はあくまで時間稼ぎ、次の手を思いつかなければこのままジリ貧で落ちるだけ。と言うか既にもう建物の十階分ぐらいは落ちている気がしないでもないんだけど、さあここからどう挽回したものか――。
「アデル、右下だ!」
考えている私に、上から何やら声が降ってきます。咄嗟に言われた方を見ると――なんでしょう、あれは? 竪穴のつるつるした壁の中に、一か所ぽつんとこれ見よがしに入れそうな穴があるのです。
このタイミングで落とし穴の壁面、上るのは困難であろう垂直な壁に存在する横穴。大きさと雰囲気としては、今まで通ってきた通路がもう少し小さくなったのを途中で切り取った、そんな感じっぽい。つまりもしかすると新しい通路、少なくとも途中の足場にはなり得そうな場所。
罠か。救済措置か。この距離だったら少し反動をつけて飛び降りれば――。
迷ったのは一瞬。
「先輩、あの横穴、先に入ります。せーの、で離してください。入ったら誘導します」
「よし、わかった。行くぞ――せーのっ!」
ここまで一緒に罠をくぐってきた仲ですし、私達二人とも肉体派ですからね。言葉にするよりも行動で合わせた方が早かったりする。
穴の中に飛び込んでごろごろ転がると、パッと辺りにオート松明照明が点灯します。とりあえずそれ以上何も起こらないことだけ頭の片隅に感じつつ、起き上がってすぐに入り口に取ってかえす!
「カム・フィーロ!」
今度はさすがに一回では失敗したらしく、三回唱えたところで私の手からするすると紐のようなものが伸びていき、先輩の足首にくるっと巻き付きます。そこまで確認したところで手繰り寄せると、穴の中央あたりにいた先輩は壁に接近し――どうにかこうにか間に合って、彼も無事私の隣に来ることができました。
二人でぜーはー言いながら、とりあえず邪魔なのでなんとか四苦八苦して布を取り外し、今の場所で追撃が来ないか確認し――どうにかこうにか、ようやく安心できることができました。効力を失った装飾品を外して投げ出し、息を吐き出してどすんと座り込む。
どっと疲れた。この短時間で私わりかしオーバーワークした気がする。半分くらいダメかと思った。
「……なんとかなりましたね」
「ほんとだ、もうだめかと思ったのになんとかなったな! すごいぞ、さすがはアデルだ!」
先輩が嬉しそうにぱしんと私の肩を叩いてきましたが、私は思わず逃げるようにしてそっぽを向きました。
「?」
彼は訝しげに首を傾げますが、私の前に回り込むと納得したようにくしゃっと破顔しました。
「何だお前、照れてんのか?」
「違いますよ何言ってんですか自惚れてんじゃないですよ駄犬の癖に生意気にゃっ――!」
最後の最後でガチっと言う派手な音が鳴り響き、私は顎を押さえて黙ります。
――うるさいな、茶化されたり上げて下げるな褒められ方に慣れてるけど、ドストレートはこそばゆくて仕方ないんですよ。これだから天然は、なんで頑張った私がこんな居心地の悪い思いをせねばならんのだ! と騒ぐ私の悪魔心と、どう見ても八つ当たりです、本当にありがとうございますと窘める天使の心が心の中でやり合っている。
「噛むほど必死に否定しなくても」
「ちはひまひゅっ!」
「はいはいわかった、じゃあそういう事にしておこう」
もがもが答える自分がどうあがいても情けないのと、なんか妙に先輩じみている先輩が――そうだこのワンコ、名称だけじゃなくて実質も先輩だった――でもなんだろう、こう目の前で大人の対応みたいな事されると、そんな微笑ましい目で見守られると、ものすごい悔しいんですけど! リオスと違って邪気が一切ないのがなんか無性に余計に腹が立つ、一発殴りたい!
「さてと。照明が点いたってことはおそらくこの先も道にはなってるのかな……」
じんじんする舌をなだめ、気持ちも少し落ち着いたところで飛び込んだ横穴の先を見つめます。試しに警戒しながら――特に地面の床が少しばかり盛り上がってないかとか、その辺に全力で目を凝らしながら――少し歩いて行こうとすると、暗かった先の通路に明かりがぱっと現れます。
一応こっちも通行が想定されている通路ではあるのか。
「先輩、行ってみましょうか」
「なあアデル。なんとかして上の通路に戻れないかな?」
私が声をかけて進んでいこうとすると、急に背後のワンコがそう言い出しました。ん? 落っこちたのを反省してるのかな?
「えっと。普通に通行できるみたいですし、あっちに挑むよりはもうこの横穴を進んでいった方がいいかと思うのですが。ひょっとして、先が行き止まりになってる可能性とか考えてます?」
「いや……どこかに繋がっているんだとは思う。でもさ、無理にこのまま進む必要はないんじゃないか?」
「……確認しましょうか。今の所私たちに残された選択って、なんとか頑張って元の所に戻ろうとするか、ダイビングを再開するか、大人しくここを進んでいくかですよね。確かにこの先もトラップだらけかもしれませんが、それは戻っても変わらないわけで、だったら一度落ちるリスクがあるふりだしに戻るもしくはダイビングではなく、このまま進んでいくのが一番だと思ったのですが――」
私は喋りながら先輩の渋い顔を見ていて、ふと気が付きます。
「何か臭うんですか?」
「……わずかにだが」
先輩は一度言いよどみ、まだ見ぬ通路の先に目をやってから戻し、それから続けます。
「この道の向こうから漂ってきてるのはたぶん……死臭だと思う」
ピンと来ている私は素早く質問しました。
「ひょっとしてそれ、こう、最近のものじゃなくて長年溜まってるような感じの奴と言うか、そんなのだったりしませんか」
「どうだろう? 確かに、あまり最近のものには感じられないかもしれないが……」
答えを聞いて、私はすっと手を上げ提案します。
「先輩。鼻のいいあなたには申し訳ないのですが、このまま進みたいです。できるだけ嫌な臭いのする方に」
「極悪の罠だと思うぞ?」
私は少しだけ、さっきフィーバーして凍えきって落ち着いた心がまた、徐々に熱い方向に流れていくのを感じていました。
「かもしれませんが、もしかしたら落っこちて正解だったかも。案外、ここがゴールへの最短経路なのかもしれません」
不思議そうかつ不安そうな顔をしていますね、先輩。無理もありません。ただ――たぶんこれ、結果的にいい事だったと思うんです。
実は先輩に警告されるまでもなく、私もこのいかにも怪しい通路の先からはなんだかいやーな予感が感じ取れているのです。こう、今までこの迷路の中で散々感じていた危機感とはまた別の、じわじわ心にしみてくる感じの嫌悪感とでも申しましょうか。
言うならばそう、女の勘がですね、ビビッと来てるのですよ。




