3-04.作戦名:ガンガン行こうぜ
アデラリードと言う人間は――と言う事はもちろん私のことであるわけでして、つまりこれは自分語りもしくは大いなる自省でもあるわけですが――あまり深く物事を考えない性質です。だって一生懸命考えても頭痛くなるだけで大体結論出ないんだもの。
だったら私が挑んでも無駄手間、くよくよしそうな小難しいことは、そういうことがいかにも得意そうな他の人――幼少の折はお姉さま、学園に通い始めてからは適当な周囲に、ここに来てからはゼナさん等々に――と言った感じで、昔から困った時の私の戦法は、あなたはどう思いますか、と言う疑問の形を取った実質丸投げだったのです。
今思い返してみると、何という頭脳縛り。これはひどい。生きている間しか動かせないはずの脳をこれほど存分に遊ばせていてよいものか。よいわけがない。だから今、こうなっている。
いや、でも待ってください。私だって一応シリアスに考えて行動してる時もありますよ。どうしても必要に迫られればですけど。大体追い詰められてる時かロンリーな環境の時に限ってますけど。そして慣れないことをして安定の頭痛に後で苛まれたりもしますけど。
でもねえ、性根が平和主義者なわけですし、逃げ場があるなら逃げるに越したことはないというか、人間適材適所、人材があるなら頼って何が悪いというか。
だからそう、人を頼るのは悪くない。それ自体はたぶん、いけないことではない。
問題点があるとしたら、人選と局面をちゃんと吟味しなかった己の詰めの甘さの方ではなかろうか。
もう一声言うのなら、すぐに調子に乗る癖を抑えきれなかったこの仕事しない自制心の相乗効果もこの残念な結果の元だったのでしょう。
うん。でもこう、さっさといい気分になれて盛り上がれるのは美徳、やはり長所にカウントしていいんじゃ。
――なんて言ってすぐに自分を甘やかし、隙あれば他人を頼って生きてきた結果がこれなんだよ、いい加減直視しなさい!
全身に脂汗が浮かぶのを感じながら、私の思考は回ります。いや、ちゃんと回ってるんだろうかコレ。混乱しているだけかもしれない。
まだそんな事を考える余裕があると感じるべきなのか、それともあまりに絶望的状況に現実逃避しか取る手がないと言う事なのか。
ずるっ。
いやーな音と感覚に、これ以上凍えることはないと思った全身にさらに震えが走ったのがわかる。本能的な危険信号が鳴りひび――くまでもなく、絶賛大ピンチなのはどう見てもわかっている、と言うかさっきから抜けそうなこの右肩にずっしりくるアレな感じで、感覚器官からスタートした信号が脊髄の辺りにお届けされてリターンし、筋肉さんにゴールしている。最終司令、死ぬ気で掴んどけ、とのメッセージを。
あ、それじゃここで、私の状況を説明しますね。
左手でキルル先輩の手首をひっつかみ、右手で大の男と私、二人分の体重を支えて落っこちないようにぶら下がっているのですよ。落ちた先の様子? ここからでは見えませんね。大方この迷宮の作りからして、剣山とかピアノ線的な何かとか、そんな笑えない落ちにでもなってるんじゃないですか。落ちるだけに。
と言うわけでこんにちは皆様、今日も冷や汗いっぱい、そして文字通り崖っぷちのアデラリードで――。
ずりりっ。
ってやばいやばい、なんでこんな悟りを開いた大ピンチ実況してるんだ私、というか全然うまい事言えてないぞ、じゃなくてどう考えても今考えるべきことこれじゃない、落ち着け。
あ、そうか。今の私、一見冷静になってると見せかけて実は大混乱中だってことだ。焦り過ぎておかしな方向に思考が暴走している。ならばまず、鎮静化させなければ!
こういう時はあれですよ、フィナ――フィボ――ボッチ――ええと、なんだっけ。とりあえずあれ、となりの数をどんどん足していく奴。どんな時も心を落ち着かせてくれる魔法の数列って誰かが言ってた。誰かは忘れた。
よっしゃ、数字の神様来たれ、鎮まれ、私の思考!
1、1、2、3、5、8、13、21、34、55、100、200、400――。
あれ、おかしいな。途中からなんか別の計算になってr、
ずっ。
あかん。また少し身体が下がった。おかしなエセ方言が飛び出すくらいあかん。
ミリ単位の些細な動きでしょうが、自分の掌からなんか、と言うかたぶん生命線が出て行った感触がして、ざざっと現実に意識が戻ります。
「アデル、俺のミスだ――手を離せ! お前まで一緒に落ちるぞ!」
下でキャンキャン吠える駄犬の声が――さっきから聞こえてはいたんですが、軽めの自失状態になっていたらしく、今ようやくその内容が認識されたって感じです。ごめんワンコ、私今こういう状態なので、答えてる余裕がちょっとないです。
ええ、駄犬はやっぱり駄犬でした。期待なんかするんじゃなかった。
違うな。責任転嫁はやめよう。迂闊に丸投げして放し飼いにしてしまった私が悪かったのです。
まあ、うん。ここに来るまで色々うまく行き過ぎて、二人とも調子に乗っちゃったんですよね。
香炉の置いてある部屋に第二のチェックマーカーを付けた私達が、変わり映えのしない迷路を時々行き止まりに当たりながらも順調に進んでいくと、今度はぐつぐつ煮えたぎる川にたどりつきました。たぶん落っこちたら火傷じゃ済まない感じの。
私の記憶の範疇では原作ゲームにこんなもん登場してなかったはずなのですが(罠だらけと少々誇張表現で言いましたが、原作の本ステージは基本的に真っ暗でところどころ床に穴が開いており、入り組んでいるせいで天然の迷路になっている、基本はそんなところでしたから)、まあなんとなくわかってはいた。派手にした方が盛り上がりますもんね。相変わらず謎の技術による松明の照明で明るさは確保されていますから、そのかわりの課題ってところなんでしょうか。
先輩が熱さを確かめている最中(手を突っ込んであちっとかやってましたけど、直後にしゅうしゅう言いながら一瞬で色が変わった手が再生していく様子とセットにして、見なかった事にしました)、私は解決策を求め、軽く周りを見渡してすぐに把握します。
川の中には対岸への橋の代わりとでもいうように、ちょんちょんと飛び石が配置されておりました。試しに一番手前にぴょんと飛び乗って様子を窺ってみます。予想できてましたが、ずっと上に乗り続けていると川の中に沈んでいく仕様な模様。私が岸に逃げ帰ると、重さを失った石はまた川の中に浮かんできます。オーケー、テンポよく沈む前にこの上を飛んで行けってことですね。
もちろん、身の軽さに定評のある私は慢心せずうっかりにも気を付けて挑みましたから普通にこなせましたし、先輩も駄犬とは言え一応孤高の銀牙、最初の一石か二石は少し危なかったですが、その後はコツをつかんだようで問題なく渡っていらっしゃいました。
その後も、部屋に閉じ込められて上からゆっくり天井が落ちてくるというベタな状況では、先輩が受け止めている間に私が落ち着いて解除スイッチを探すことでクリア。普通人間の力程度じゃ押さえられず絶望するパターンだと思うんですが、そう言えばリミッター解除したワンコは人間じゃなかった。素直にすげえや。
二階のスイッチと一階のスイッチを同時に押さないと開かない扉は、階段がなかったので先輩が私を二階に放り投げることで無事に到達、協力して無事に通過。
他にも、私しか通れないような小さな穴に入って仕掛けを解き、後から先輩を迎えに行ったり、ちょっと高さのある段差を私が先に登らせてもらって上から先輩を引き上げたり――と、我々なかなかいい感じに連携プレーで奥へ奥へと進んでいったのですよ。
あとはまあ、時々飛来物の不意打ちがあっても、私は咄嗟に飛びのくことで回避しました。反射神経は悪くないのよ、ふふん。
一方先輩はそういった時、大体顔面で受け――いや避けましょうよ、なんで微動だにせず無駄に男らしく受け止めてるんですか――そして数秒後に何事もなかったように顔を拭って「大丈夫だったか、アデル」とこちらを気遣ってくるのです。あの、すでに乾いているとは言え、頭から血をだらだらしている人に言われたくないんですが。
血染めの月光のもう一つの名前の由来を知った気がしました。そのどうせ頑丈だし傷ついたところで治るしみたいなスタイル、もうちょいなんとかした方がいいと思いますよ、キルル先輩。
そう。
そうですね、あまりにもうまく行き過ぎた時って、逆に警戒するべきところですよね。
それがなんかもう、二人ともテンション上がっちゃって――まあ、状況がちょっとハイになりやすかったってのもあったんでしょうが。
まさかこう、幾多の罠を潜り抜けて来て、ここに来て床のスイッチ踏んで落とし穴に引っかかるとか、そんな割とくだらない罠のせいで一番のピンチを迎えるとは。
古典的って馬鹿に出来ないですね。身を以て味わっている私が言うと、説得力あるでしょう?
と、思っている間にも、ずるずるとゆっくり私たち二人は下に落ちていく。
今必死に体重が軽くなる魔術ってなんだったっけとか、打開策を思いだそうとしてるんですが、真っ白になってうまく出てこない。重くなる方ばっかり思いだしてしまっているありさまだ。壁を駆け上がるとかしがみつくとか、と思いますが、案の定落とし穴の側面だけ妙につるつる、これじゃそっちの作戦は無理だ。
かろうじて直前に筋力強化し、落ちていく前に先輩をつかまえ、空いている手で穴の淵に縋り付くことは間に合ったので今首の皮一枚状態なわけですが、それも長くない。生理的反応のせいで止まらない手汗がダメだ。それのせいでさっきからじりじりと、逆に滑っていってしまっている。もう最初から半分くらいしか手の面積が地上に残ってない。
じゃあ乾かす? 乾かしたら今度は摩擦に耐え切れずに皮膚が剥がれるだけか。考えろ考えろ、なんか思いつけ――。
「アデル――」
下を見てしまうと危険なので意識して上ばっかりに視線を上げていましたが、あまりに必死な声に思わず反射的に下を向いてしまいました。
思いつめたピンクの瞳と合う。
「手を離せ。お前はまだ、やることがあるんだろ。俺の馬鹿に付き合う必要はない」
静かに発せられる声。真剣な目、そしてなぜか笑っている顔。
そうよ。
みすてちゃえば、いいじゃない。
ゲームオーバーになるだけよ。
同時に頭の中で誰かが笑っている。私はぐっと奥歯を噛みしめた。
舐めないでくださいよ。こんなの迷うまでもないんです。
「ふざけんな」
私は応じるように、ぐぐっと握りしめる手にさらに力を込める。
「あのですね、ここまで来て何言ってるんですか。嫌ですよ。あの時あなたも私も生きるって決めた。生きたいって思ったし、言った。ミスしたなら後で取り返せばいいんです。そう簡単に諦めません――」
今回はゲームの敗北による死はない。けれど、ゲーム中に死ぬ可能性なら普通にある。だったらここで手を離せるわけがない。
あの時ならともかく、今のあなたは私の親友の未来の旦那様、そしてどんだけかっこ悪かろうが情けなかろうが、大事な先輩。そういう人の手を、自分だけが助かるために離すような女だと思ってんのか。だから駄犬なんだ、あんたは!
ってかっこつけたいけどそろそろ全部限界、残念ながら時間切れみたいなので、そこの台詞は省略して大事な部分だけ伝達しておきましょう。
「だから祈ってください、先輩――飛びます!」
私が叫ぶのと同時に握力と摩擦が同時に限界に達し、私たちの身体がふわっと宙に投げ出される感覚がしました。




