3-01.最大の味方は最大の敵って、誰かが言ってた
そろりそろりと立ち上がり、ストレッチや屈伸を軽くして、腕をぶんぶんと回す。
うん、大丈夫。頭が少しだけまだぼーっとしている気がするけど、問題ない。行ける。
私は身体を動かすついでに軽く装備を確認します。服は直前、モナさんと湖畔で話していた時まで着ていたもの、つまり洗ったばかりの紺色の一張羅で変わらない。着なれている奴や騎士服とも迷ったんだけど、やっぱり一番気分がパシッと決まるこの服で挑むことにしたのだっけ。
肩から下げていたバッグは、一瞬持ってこられなかったかと焦りましたが、足元を見ればさっき倒れていた場所のすぐ近くに転がっていました。拾ってほこりをはらってから中身をチェック。こっちも特に失くなっているものもなさそうで、問題なし。動作チェックは……まあ、今すぐじゃなくてもいいか。
よし、頭痛が痛い状態がだいぶ長かったのは文句の一つや二つ言いたいところですが、最初のイベントに比べれば破格にいい待遇、好スタートですよ、私。何より今回は初回プレイではないのです。一回経験済みのアレをできる限り思いだして仮説を立てて対策してますからね。
え? すっごい冴えてるじゃない、私らしくもない、どうしたのですって?
そりゃ、私らしくなくて当然です。今回の事、主に朕の発案なんですからね。
いやそんな、私にあえて強制イベント起こすなんて全力で地雷を踏み抜く事思いつけるわけないじゃない。思いついても前向きにプラン考えるわけないじゃない。カニバルエンドのトラウマ抉られたり、体力が削れたりたまに体の一部が削れたり、消耗品が減っていくのと同時にメンタルゴリゴリ削れたり、慣れない説得なんかしてごっそり何かが減ったり――もう一回あの経験したいなんて、誰が思うかっつの。
……わかってますよ、どうせ私はアホとか残念とか言う形容詞がついちゃう感じの脳筋肉体派ですよ! 一応ポジション的には元ヒロインなのにね!
だがしかし、無知の知なるものが世の中にはあるのであって、要するに自分が馬鹿だと言う事を正しく認識できている私は、単なる馬鹿、そう、自覚のない馬鹿よりも優れている――。
……あれ、自分を慰めれば慰めるほど、目からなんか零れ落ちていく。おっかしいなー、ふふっ、ぐふっ。やめよう、この件に深入りするのは。
しかしそもそも奴が爆発させたかったリア充ってのが、モナモリスとお姉さまのことだってわかった時点で、私としても異論はなかったわけでして。と言うか奴の言う通り、片棒担がざるを得ないわけで。ですがそのために、あえて強制イベントを起こすとかなんて普通に思いつけないわけで。
そんなわけで、あの時のスペシャル悪人面から、流れるような作戦会議移行にいろんな意味で仰天している間にそのまま乗せられ、奴からスラスラ出てくる話にほえーと思っていたら気が付いたらすっかり乗り気になってたとか、別にそんなわけじゃないんだからね。
不意にしげしげ見つめられて、「お前ってギャーギャー派手に騒ぐ割にチョロい残念な奴だよな」って言われて初めて我に返ったとか、そんな事実は――。
はいすみません、紛れもない事実です、おのれ朕。
言えば言う程自分が情けなくなることに気が付いたので正直に吐きます、おのれ朕。
しかし奴、なんであんなこと思いつけたんだろう。師匠やお前の話聞いて考えた、とか言ってましたけど。ひょっとしてフラメリオ、私には話してなくて朕には話している情報とかあるのかな?
そうだ、朕と言えばもう一つ。
「いや、概要はわかったですけど。あなたがモナさんとお姉さまを別れさせる動機がない気がするんですが、なんでそんなことする気になったんですか?」
一通り話が終わってから浮かんだ私の当然過ぎる疑問に、奴はこう答えたのです。
「えー、だってあいつら組んで牙向けて来たら、王様危なくなりそうじゃん? 不安因子は先に潰しておくに越したことはないっしょ」
相変わらずの腹黒スマイルでしたが、私は奴の目がふっと細まり、眉がぐっと寄ったのを見逃しませんでした。
――ほほーう、少なくとも聞かれるのが嫌な質問なのか、これ。
「何、朕の顔になんかついてる? それともただの観賞?」
茶化すような言葉に何言ってるんですか、といつものように適当に返しながら、私はひそかに思ったのです。
朕は暴力的で理不尽だけど、割と頼りになる事もある。まあぶっちゃけワンコがどこかにおいてきてしまった兄貴属性っぽいところがあって――私がこれを言わなくちゃいけないのはすげー癪ですが――リオスは味方であるのなら、とても頼りになる人だ。頭は回るし、取っ組み合いで私が連戦連敗なのは言わずもがな、ちゃんと会話してくれるし、きれいごとだけじゃなくて実用考えて動けるし、魔法は使える。味方だったらこれ以上頼もしい人はいないかもしれない。
そう、味方だったら。
朕にからかうようにチョロいと言われた時、弾けたようにいろんなことが浮かんで、気が付いた。
確かに私は以前よりもずっと、こいつを憎くは思っていない。最初会うまで抱いていた朕王のイメージはとっくに塗り替えられていて、私はこの「転生者のリオス」をむしろ認め、頼りにしている節すらあるのかもしれない。
だけど。
だけどどれほど親しく近くに感じても、あいつはまだ私に隠していることがある。ふとした言葉が、仕草が、空気が、彼の作っている壁を思い出させる。
ちょうど、さっきみたいに。
人当たりの良さそうに見せかけて、けしてそれ以上内側にいれようとしない一線。
もしも入り込もうものなら――確実に無傷ではいられないだろう、虎穴。
それに。
たとえ彼がどんなに親切で、協力的で、ひょっとしたら好意的なのだとしても――あの人は、リオスドレイクだ。
私がアデラリードである以上、お姉さまの守護天使である以上――絶対に、それを忘れてはいけない。近づきすぎちゃいけないんだ。
リオスはわたしのさいだいのてきになるひとなのだから。
……えーと、でもあれだ。その辺の小難しい話は無事帰ってから煮詰めることにしよう。なんであれ、おっぱじめちまったものはしゃーない。今はこっちのことが優先。
よし、二度目のイベント、気合い入れていくぞ!
そうやってぱんぱんと両頬を叩いてから、まずは現在地、薄暗い周囲の様子を見回して探ります。
私のいるところは小部屋のようになっていて、四方には誰が灯したのでしょうか、松明が輝いているおかげで室内がそこそこ見えます。逆にあれが消えたら、真っ暗で何もできなくなりそうですね。
それ以上は何もなし。三方は殺風景な岩の壁、残りの一方にドアもない入り口がぽつんと一つ。出口から外は暗闇でよく見えません。天上もむき出しの岩づくりで、私が思いっきりジャンプすれば届くかもしれない程度の高さです。頭をぶつける心配はありませんが、結構低いと言うか、窓とか一切ないこともあってそこそこ圧迫感があります。
今回のステージはそんなわけでして、前回とは変わって建物の内部です。まあ、半分くらい天然の洞窟ですけどね。
おそらくここは王宮の地下水路から続くラビリンス。もしくは実物ではなく、それを模した特設ステージといったところでしょうか。まあ、キルル先輩の時の諸々からしておそらく後者なんでしょうが。
さて、緊張しながらそろりと入り口に近づき、まずは部屋の外に床を漁って拾えた小さな石を投げてみます。カン、コロン。あ、よかったいきなり落とし穴とかそう言う事はないらしい。油断はできないけど。
私がそっと室内から首を出すと、たちまちボッと音を立てながら部屋の外に火が灯りました。左右は私が両手を広げられるくらい、入り口からまっすぐあちらがわに一方通行の道が闇の中に伸びている。恐る恐る警戒しながらも一歩一歩歩いていくと、一定間隔ごとに松明が音を立てて点灯し、行く先の道を照らします。
なるほど、最初は一本道か。ってそれよりも、なんだこのオート照明設計は。まあ、親切なのはいい事です。どうせいつか心折に変わるって知ってるけど。ハハッ、笑えない泣きそう。
しんとした空気の中を一人実況をかましながら、私は退屈な一本道を歩いていきます。それなりに歩いて進展がないことに飽きてきた辺りで、ようやく再び部屋のような所に到達しました。
小部屋に入ると、こちらから見て左側の壁にもたれかかっていた人影が朗らかに手を振ってきました。
「やあ、アデル」
フラメリオは私が立ち止ると、やや退屈そうな顔立ちからふっと表情を和らげます。
「今回はとても落ち着いているね。いい傾向だ」
「まあ、二回目ですし、仕掛け人ですし、色々準備してきましたし」
「それもそうか」
私は肩を竦めて息を吐いてから、賢者を睨みつけました。
「で、今度はどういうルールですか? さっさと説明してください」
賢者は微笑みゆっくりと身を起こしてから口を開きました




