2-5.いやちょっと私一人を置いて行かないで
さてさて、私アデラリードがお庭の井戸から汲んできた(あ、普通に飲める奴ですよ大丈夫)お水を片手にとてとてと帰ってみると――あっ侍従たんが目を覚ましている!
「お姉さ――」
私は喜んで駆け寄ろうとして、はっと止まりました。
なんだか二人ですでに話してますよ? ちょっとだけピリッとしたシリアスの香りがしますよ?
「――……」
「……!」
「……」
会話内容までは聞こえませんが、侍従たんはやっぱり物憂げ、というかちょっと険しめのお顔。お姉さまも――ちょっ何そのお顔とっても冷たい!
今までに見たことのないツンっぷりですよ。どうしたのお姉さま!? まるでご成長後のアデラリードに今日から袂を分かつ宣言した後の悪女スフェリアーダを思わせるかのような、雪の女王のごとき美しく凍れるお顔。まだ10歳のロリなのに。こんな澄ましたお顔しててもなんて美幼女なの。さすがお姉さま!
……ごめんなさい二人とも。
アデラリードは一人盛り上がってきたので、ここでお二人の会話を立ち聞きいたします。
だってだって、お姉さまと侍従たんの会話なんて聞いてみたいじゃないですか! 原作では侍従たんはアディの方に構いっぱなしだから、ほとんど接点なかったんだもの! でも二人とも大好きな方だったんだもの! まさに夢の共演ですよ!
おっと、いけない。こっそりと茂みに身を隠してですね。耳を澄ませるとですね。
「――わたくしじゃないわ。妹のアデラリードよ」
あれっ。スタンバーイしたらさっそく私のことが話題に。何のお話でしょう?
「……ですが、実際に助けてくださったのはあなたなのでしょう?」
「アディが言ったからよ。わたくしだけだったら見捨てていたわ」
ふむふむ。なんとなく話の流れがつかめたような? まだよくわからないような?
それよりも、いやん……ツンとしたお姉さまもやっぱり素敵……普段はいわゆるデレ状態しか見てないからこう、ぞくぞくとくるものがありますなあ、うふふふふふふ、あらいやだ、よだれ。
引き続き聞き耳です!
「同じことです。いくら大事な妹君の頼みとはいえ、あなたは見捨てることだってできた」
「頑固な方ね? 礼ならアディに言ってって――」
「……優しい人だ、あなたは」
しかし、こんだけ冷たい顔に冷たい声であしらわれてるのに、侍従たんもめげないなおい。というか侍従たん、なんかとっても熱っぽくないですかい視線が。気のせいでしょうか。まだ疲れてるのかな?
いやあ、にしてもこの二人、横で見てると本当に絵になりますわあ。
やつれた風情の優しそうな美形に、ツンツン美人ロリ。
侍従たんは――前世で言うところの、キャラバンってやつでしたっけ。ほら、砂漠のラクダ乗ってるような方たちが着てるような雰囲気の服なのです。バンダナに肩とひじを覆うような短めのマントに、あとはズボンとシャツにベルトみたいな? ちらっと腰のあたりには、帯剣してるのが見えます。
大してお姉さまは、薄桃色のふわふわした、露出低めのお花みたいなドレス。ご成長後の攻撃的な赤と黒基調のドレス姿ももちろんお似合いでしたけど、お姉さま意外とこういう系も行けるんですのね。とってもいきいきした愛らしい小貴婦人の出来上がりです。
……って、おっと。穴のあくほどこのツーショット堪能していたら、侍従たんが何やら起き上がっていますよ?
「助けていただいて申し訳ないが、一度ここを離れる必要があります」
「あら、残念。せっかく可愛い妹が、あなたのためにお水を汲みに行っているのに。そのくらい待っていたらどう?」
「いえ……このような下賤のものとは、なるべく接点が少ない方がいいでしょう。できれば直接お礼を申し上げたいが、時間もないのであなたの方からお伝え願えないでしょうか」
「そう。ではその通りに。わたくしは何も見ていないし、何もしていないもの。でも妹にはちゃんと伝えておきますわ」
あっと侍従たん、このままどこかに行ってしまうのですか? せめて一口だけでも飲んでったら――いやでも、このタイミングでお二人の間に飛び込んでいいものか――。
「――小さな姫君。無礼を承知でお尋ねします。あなた様のお名前は?」
……ん? あれ? なんか今迷っている間に事態が進んだぞ?
ちょっと待った。強烈な違和感が――なんかこう、私の中の突っ込みセンサーが作動したがっている感触が――。
そうだよ。侍従たん、なんでおもむろにお姉さまに跪いてるんです?
そしてやっぱり気のせいじゃないですね、どう見てもお姉さまのことなんかこう――情熱的な目で見つめてらっしゃいますよね?
お姉さまは相変わらずツンツンモード全開のまま、静かにお答えになります。
可愛いのに冷ややかな声って反則ですね。聞いてて悶えそう。もう悶えてた。さすがお姉さま。
「まあ、あなたの名前をわたくしは知らないのに?」
「申し訳ございません。自分にはあなたに名乗れるような名前がないのです」
「それでも、わたくしには名乗らせるの?」
「お願いです。――どうか今一度、お慈悲を。小さな姫君」
……小さな姫君。
ああそうか、違和感これか。
原作のあなたは彼女を密かにそう呼んでいましたものね。アデラリードのことを呼ぶときに。あなたのことを助けてくれた大事な人のことを――。
……ま、まってください?
私が冷や汗だらだらで硬直している間に、お姉さまが――まだまだロリっ子ながら、艶やかな――悪女なスマイルを浮かべ、凛とお答えになりました。
「わたくしはスフェリアーダ。スフェリアーダ=シアーデラ。……さあ、名無しのお方。気が済んだのならお行きなさい」
すると今まで深刻で真剣な顔だった侍従たんが一転、晴れやかな笑みになりました。
「スフェリアーダ……今はかないませんが、この御恩は、必ず。いつか――私の命に代えても、お返ししにまいります!」
速報です。ええ、確信しました。たぶん確定しました。
侍従たんがお姉さまとの間にフラグを建築したようです。
どんどんぱふぱふめでたいー……って。えええええええええええええええっ!?
あっちょっ、風のようにさっさといなくなんないで侍従たん! せめてあれです、セーブとロードをば! 私、この状況に一人置いて行かれてます! なんだこのとてつもない蚊帳の外感。むしろ私いらない子感。完全に出るタイミングを逃したら、なんかすべてが終わっていましたよ!?
後には優雅にその辺座ってるお姉さまが、ぽつりと独り言をおっしゃります。
「そう。……では期待せずに楽しみにしているわ。どうせこれきりなのでしょうからね」
ま、ままままま、ちょっ、ちょっ、ちょっと待ってください。いえ待ってくれないのはわかってます、わかってますから私が落ち着きます。
そうよアディ、深呼吸深呼吸、すーはーすーっ、げほぐほごっふう、うえっぷはー、すはー、ぜー、はー! よし行ける。大丈夫、手が震えてても大丈夫、私は元気な子風の子、さあ戻っておいでいつものアデラリードさん!
えーと? つまりこれはあれですか? この解釈であってますか?
本来なら、アデラリードとの間に立つはずだった侍従たんフラグが、お姉さまとの間に移ったと。
……おっ、おおー……おっふう!? えっ、そんなのありなんですか? あり得るんですか!?
わ、わかりました、最初から今回の件について、落ち着いて振り返ってみましょう!
侍従たんが倒れてるのをお姉さまを二人で発見して。
お姉さまにお願いして。
お姉さまが回復魔術使って。
私がお水を汲みに――。
『あら、それだったら私が持ってくるから、あなたこの人見てらっしゃいな』
……ひょっとして、ひょっとしなくても。
え、あの、これ――分岐だったんですか!?
ひょっとして原作ではあのまま大人しくアデラリードが言うこと聞いて、お姉さまがお水汲みに行ってる間に侍従たんが起きて、それでアデラリードの方を恩人と勘違いすると。原作アデラリードはぽえぽえですから、たぶん名前を聞かれたらお姉さまみたいにツンすることもなく普通に答えていたでしょう。
わあお。なんだろう、とっても混乱してます、今の私。
輝かしい侍従たんの感動の過去の実際を知って、いろんな意味で涙が出そうです。
とりあえず、一言。
侍従たん、やっぱり原作の君は命を懸ける相手を間違えたよ。アディさん横で見てただけだもん! 結局なんもしてないもん私!
……もう一回落ち着こうか。
いやしかし、だがこれは結果オーライなのではないか?
だってハイスペックNINJAというとっても強力なお姉さまのガーディアン2号がゲットできたのですし。あ、1号はもちろん私です。いくら侍従たんでも譲れませんよ。
そうですよ、侍従たんはもともとアデラリードにはもったいないお方だと思ってましたが、お姉さまだったら不足なしですよ。大体、実際の恩人もお姉さまのわけですし、道理だって通ります。
ああ、そうか。うん。結果オーライ、オーライです! むしろ、お姉さまガードが私だけでなくなるのです。しかもあんな心強く心清らかな侍従たんですよ。
いや、完璧じゃないですか。問題ない所か、こっちの方がいいじゃないですか。
そう、これでよかったのです。ファインプレーですよ、アデラリード! ようやくお姉さまと私のバラ色の未来のために一手打てました! やったね!
……なぜでしょう。結果としていい選択が行われたはずなのに。
何か自分が取り返しのつかない事をしたような、とてつもなく、嫌な予感がしますっ……!