3-00.なう・ろーでぃんぐにつき
穏やかな光を背に闇の中へ。
泳ぐように進んでいくと、ようやく違和感の正体、音源が発見できた。
驚いた。『彼女』じゃないか。
私はその人をよく知っていた。まさか直接会える時が来るなんて思ってなかったけど。というか、不可能だったはずなんだけど。
夢かな。奇跡かな。まあ、どっちでもいいや。
どうしたの?
私はそう呼びかけた。彼女は一度大きく身体を震わせてから、振り返る。
もう一度驚いた。やっぱり『彼女』はよく知っている人だったけど、明らかに違う。
――おまえはだれ。
聞き返されて答えようとしたところで初めて気が付いた。あれ、そういえば私って誰だっけ。
――まよえるしびとのたましいか。
『彼女』がそんなことを呟いたので、一つすとんと胸に落ちた。
そっか。私、死んじゃったんだ。うわあ、ヘマやった。もうちょい長生きしても良かった気がする。
別にいつ死んでもいいような、取るに足らない平民ではあったのだけど。
――なぜここにやってきたの。
ぼんやりした私の意識に、『彼女』のとげとげしい声が刺さる。私は結構会えてうれしいんだけど、向こうにはあまり歓迎はされてないみたいだ。なんと、せつなし。
――おまえのせかいはこちらじゃないわ。さっさとあっちにかえりなさいよ。じゃま。
なんかよくわからないけど、怒られているっぽい。そう言えば死ぬ前も私、ずっとこんな感じで誰かに怒られてた気がする。いい気分はしないけど慣れてるからどうと言う事もない。私はたぶん死ぬ前と同じようにへらっと笑った。
だって、聞こえたから、ほっとけなくって。
『彼女』は不機嫌そうに目を細める。そこでようやく気が付いた。
そうか、色が違うんだ。片方はどんより濁った黒、片方は眩しいぐらいの金。そんな配色じゃなかったよね?
あと、ついでにもう一つ。背中に羽が6対ある。3対は純白。もう3対は漆黒。
そんなもの、元のあなたは持ってなかったと思うんだけどな――。
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ぼんやりした意識が浮上してくると、だんだん慣れてきた疲労感やら気持ち悪さやらがこみ上げてきます。
これはあれですね。いわゆる一つのなう・ろーでぃんぐ状態でしょうかね、私の身体が。頭は特に痛くもなく結構意識ははっきりしてるんですけど、今動くとなんか口から出そうなのでしばらく寝っ転がったまま待機です。おさまれー、胸やけよー。でてくれるなー、胃袋よー。……なんか以前より引きが遅いな。まあいいか。
そういえば私、影が薄いからってモナモリスのルートの話については全然していませんでしたね。
ちょうどいいです、今から起こることのおさらいにもなりますし、身体が回復するのを待ちがてら、彼の情報について整理しましょうか。
そもそもモナモリスと言う男は当初、アデラリードに良い印象を抱いていません。好感度はむしろマイナススタートです。最初は話しかけてもひたすら無視されます。
どれだけ態度でお前は嫌いだを示し続けようと、ひたすら構ってくる女に一言二言声を発するようになったのが運のつき。やがて悔しいでも構っちゃうな口喧嘩の仲に、そしていつの間にか欠かせない存在に変わっている。
モナモリスの正規ルートをざっくり説明するとそんな感じです。
……あれ、なんかすでに壮絶な違和感が。私の知ってるモアイとなんか違う。ま、まあいい。原作と今私のいる世界で色々ずれが生じてるのはもうわかってることだし。
さてさて、彼自身も成り上がり、と言うか養子縁組で手に入れた貴族の位であるのですが、最初っから生粋の貴族と王族を嫌っています。それが初期にアデラリードにいい印象を持っていない理由ですね。
まあ皆さんご存知でしょうけども、私って伯爵令嬢としては相当に外れ値な奴じゃないですか。関わっていくうちにその辺知ると、少しずつ態度が軟化していくんですよね。
で、まあどうしてそう彼が貴族とかが嫌いなのかって事を説明するために、とある一家の物語をつらつらと話してまいりましょう。
あるところに、不愛想ながらも非常に優秀で王様からも結構覚えめでたかった、そんな王宮医官がいました。その二人の若い息子たちはそれそれが書庫担当の文官、そして医官見習いとして活躍していました。
けれど、悲しいかな彼らは貴族ではなく、庶民階級の出身だったのです。それがいろんな間違いの元でした。
まずは王妃様の出産に失敗し、生まれてくるはずの子を流産させた責任を取らされ、医官が左遷されました。処刑コールが結構すさまじかったのにも関わらず左遷で済んだのは、王様が庇ったからとかなんとか。本当に信頼されていたんでしょうねえ。
再就職先は王都から遠く離れた、代々小競り合いを繰り返している隣国との国境近く。移民や貧民の多い地域でした。そこに派遣されて一年もしないうちに彼は死んでいます。一説によると過労死。また一説によると、逆恨みした患者に刺殺された。どっちにしろ一時期の栄華を思えば大層な転落ぶりですね。
少しだけ上記の顛末に蛇足を加えておきますと、本来なら王妃様の担当はやんごとなきご身分出身の医官長だったはずでした。それが鶴の一声でどこの馬の骨とも知らぬ男に乗っ取られ、さぞかしプライドがずたずたにされたことでしょう。色々ゲスい推測が可能ですね。まあもっとも、この医官長も件の医官が左遷されてまもなく、なぜか急病で辞職してるんですがね。
それで済めばよかったのですが、悲劇はその息子の医官見習いまで続きます。彼は父親の死から数年後、王女に毒を盛った罪で投獄され、三日後に獄中で死んでいます。まあ、おそらく拷問官の手が滑ったんでしょうね。
なおこれにも蛇足を加えておくと、毒を盛られた王女とやらは結局ピンピン生きており、敵対勢力だった侯爵家が別の罪人の自白によって黒と断定され、一家ごとばっさりやられています。
つまり権力闘争に巻き込まれて貧乏くじを引かされたってところでしょうかね。本当に何か考えがあって共犯していたのか、それとも不運な人選の結果だったのかは定かではありませんが。
文官であった兄も謹慎処分となっていましたが、弟が死んだのとほぼ同時に自決しています。死因は喉をナイフでざくっと。素人の手にしては、妙に綺麗な切り口だったらしいですけどね。でもまあ、自殺だって調べた人たちが言うんだから自殺なのでしょう。王宮ってそう言う場所ですから。
ところでその文官ですが、非常に仲のよかった妻がおりまして、ちょうど事件が起きた時に彼女は大きなお腹の身でした。諸々の事件が起きてからすぐに姿を消してしまいましたが、どうやら逃亡先で男の子を出産し、密かに神殿に預けたようなのです。
その神殿に残された孤児は長じて利発な少年となり、とある子爵家に縁あって引き取られることになります。
もうお分かりいただけたでしょうか。この残った男の子こそ、今のモナモリス=ガールシード卿です。
……え、全然地味じゃない経歴じゃないかですって? そりゃだいぶ不愛想になっても仕方ないと? そう言われてみれば、割と陰惨なバックグラウンドですね。
まあでも幼少期から青春時代にかけてを、叔父さん叔母さんとか腹違いの兄弟と、毒盛ったり生き埋めにしたりバーベキューしようぜ、お前肉な、的な事やってた朕に比べるとやっぱりそうハードでもない気がしてくると言うか。ってあいつは今どうでもいいんだってば。モナモリスのことだよ今は。
ちなみにこれらの情報は、条件をクリアした状態でイベント【どうして文官に?】を起こし、モナモリスの答えに「それは本当に?」→「うそをついてる目だわ」→「証拠を見せる」と畳みかけることによって、観念した本人が淡々と説明してくれます。条件が足りてないとそもそも選択肢自体が出現しないか、畳みかけてもはぐらかされるんですけど。
なお条件とは、好感度がかなり高い、証拠品(モナモリスの祖父か父についての記録)を事前に探し出しておく、イベント【眼鏡をしている理由は?】で「顔を隠したいから」を選択(なおこのイベントは最初にモナモリスに主人公が会いに行った時に起こる奴です。第一イベントからルート分岐の罠がある件)、【一緒にお勉強】でモナモリスの質問に全問正解する、等々でして……。
いや、一応フォローしておくと、キルル先輩の狼化イベントといい、別にノーマルエンディングでいいのならここまで厳しい判定は必要ないんですよ。トゥルーエンドに至る道のデフォルトが死んで覚えろな心折設計なだけです。それだけなんです。と言うかモアイの要求が全体として地味に高いんだよ!
そう言えばこのルートのアディさんは、賢さパラメーターめきめき上げないと文官がデレないんで、頭キレッキレキャラになってます。彼は馬鹿はほっとく男ですから、キルルルートとは打って変わった鋭さで攻めないといけないのですよ。
ふふふ、あの時のぽえぽえと同じだと思うなよ! 同一人物だけど! やればできるんですよ、ちょっと色々出し惜しみしてるだけで!
脱線したので戻ってきてと。
そんなこんなで、モナモリスが文官になった契機は、自らのルーツを、そして家族の真相を探りたいとの動機からだったのです。まあことごとくが周囲に妬まれて嵌められた口なんですが。
それに上で語ったような事は、物心ついたころには知ってたらしいですけどね。分別がつく年齢になってどうしても自分の親のことが知りたいと言ったら渡してくれと、母親が消える前に書き残した形見の手記があったそうで、そこに色々恨みつらみがつづってあると。原作でも好感度が最大だと、重要イベントの最中に実物見せてくれますね。
あとこれが一番重要なんですけど、そのたった一つ残された生みの親の手がかりの末尾に、私は王宮に戻って家族の無念を晴らす、的な事が書いてあるのですよ。だから彼は、ここに来ればもしかしたらお母さんの手がかりが得られる、うまく行けば再会もできるかもしれないと思っているわけですね。
で、モナさんをそのお母様と再会させるってのが、トゥルールートに至るための重要イベントなわけですが。
はい? そんなの決まってるじゃないですか。生きてるわけないじゃない。狂気の原作なんですよ。
白骨化した左手と、両手で抱えられる程度の妙な装飾が施された箱。彼女が遺したそれらを回収する、それがモナモリスルートの重要イベントです。
え、ただの探索ゲーか、随分簡単そうだなって?
対策しておかないと多分普通に詰みますよ。何せ遺体と遺品が落ちてるの、トラップだらけの迷宮の中なんで。
さてそろそろ一通りおさらいはできたし、身体は大分マシな感触になってきましたし、いっちょ起き上がって仕事を始めますか。
どうせまたルール説明があるでしょうし、まずは某仲介人を探しましょう。




