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転生ヒロインの使命は、悪役お姉さまを守ることです!  作者: 鳴田るな
承:四天王制圧編~vsモナモリス
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幕間 嫌い嫌い、大嫌い

 だん、とそれなりに鈍く強い音が響いた。


 スフェリアーダは無感動に、怖い顔でやってきたかと思うと有無を言わさず自分を部屋に連れ込んだ男を見上げる。腕を引っ張られた時に慌てて掴んできたショールの色が藍色だった事の方がむしろ気になっていた。

 今はこの色を身に付けたくなかった。ちゃんと目につかない場所にしまっていたと思っていたのに、なんてこと。黒と間違えたのかもしれない。

 ショールを羽織ったとは言え、淡いミントグリーンのネグリジェは薄く、少しだけ寒い。


 だがリオスはそれらには構わないらしい。白系のシャツにブラウンのズボンという格好はスフェリアーダの服より厚い。ラフと言えばラフだが、彼女が今着ているような寝るための服と言うよりは、軽くどっかその辺を歩く用の服だ。それのせいもあるのか、あえて震えそうになる肩を押さえる彼女を無視しているのか。暖炉どころか灯りすらつけようとしないから、まあうっかり忘れているだけかもしれない。


 どちらにせよ、男はまるで逃げ場をなくすように、あるいは威圧するように片手を自分の脇の壁についている。

 で、それがどうしたと言うのだ?

 この程度で怯えてやるほどの可愛げなど元から持っていない。

 とは言え多少は媚びてもいいかも、いやむしろ媚びた方がいいのだろうが、生憎今は気分でないのだ。被る猫ならいくらでも持っているが、素の彼女は内向的であまり大騒ぎしない性格である。

 なので彼女は相変わらず、心底どうでもいいものを見る目で男を見上げていた。


 リオスは微笑んでいたが、目は笑っていない。スフェリアーダの表情読み取り機能にエラーがなければ、この顔は割りと怒っている方だ、と検出されている。

 彼女は彼の顔が好きではない。造形も表情も、むしろ反吐が出る勢いで嫌っている。実際口汚く罵るなんてことは醜くはしたないので、せいぜい広げた扇の下でこっそりその顔歪め鼻よ曲がれ、瞳よ本物の宝石になってしまえ――等々、かわいらしい呪詛を念じているだけで済ましているわけだが。

 喜べばいいのか嘆けばいいのか、かぶり続けた仮面のせいで外面の取り繕いだけは自分でもうまい方だと自覚がある。


 我ながら徹底していて呆れを通り越し笑うしかないが、仕方なかろう。

 約20年。もう少し別のものになろうと努力しようとした時もあったし、束の間でも憂鬱な自分を忘れさせてくれる愛しい人もいた。けれど、自分は結局そんな女だと知った。悟った。


 さて、そんなことはどうでもよくて、この状況をどうしたものだろうか。やる気は全く起きないものの、このままでは埒があかない。仕方なくぼんやりとした思考を回し始める。

 この男はとにかく怒らせると面倒だ。と言うか存在自体がめんどくさい。地獄に落ちろとか過激な事は言わないから、フッと朝露が蒸発するように消えてほしいと思う。ま、そんな個人的感情はさておき、関わってしまった以上最善策は適当に従順であることだ。結構単純だから好きにさせていると思わせておけば安泰である。


 と、知識でわかってはいるのだが。

 顔を見ればつい反抗的な態度になってしまうのは、諦念、嫌悪感、それともずっと引っ掛かっている違和感、一体どの仕業なのだろう。


「……何か?」


 不本意ながら無言の意思を読み取って会話の契機を作って差し上げる。ふん、と男が鼻を鳴らした。


オレに話すこと、あるよな」


 なるほど、ご主人様は犬のリードを引っ張って首輪を絞めて、マウントのつもりか。小心者め。

 予想通りと言えば通りの言葉に、彼女は目を伏せてふっと対外交渉用に口元を歪める。


「さて、心当たりがございませんわ」

「ありすぎてか? 手がかりをやるよ。ガールシード。――ほら、自分の碌でもない所業を少しは思いだしたんじゃないのか?」


 彼女が動きを止めると、リオスドレイクの雰囲気が徐々に剣呑なものになる。


「……だんまりか」


 苛立ち交じりの言葉に、ため息を尽きたいのはこっちだ、とスフェリアーダは思う。


 バレているとは思っていた。城内の事はおよそ全て国王に筒抜け、この国ではそういうものである。加えて彼女は男の所有物だ。契約を結んだときから、自分の事はいつも見られているものと思っているし、実際当たらずとも遠からずだろう。えらく買い被られているようでもあるし。面食いだからどうせ顔か体つきを気に入られたんだろう。

 しかし、今までグチグチ言ってこなかったからてっきり放置が続くと思っていたところでこれだ。今更文句を付けてくるのか、だったら最初から言っておけ、と舌打ちの一つでもしたい気である。

 まあ、そのような下品な事をできる外面ではないので、やっぱり内心でご主人様は将来禿げればいいと思う、と可愛い呪いを一つ追加しておく。

 直後にリオスが首を傾げながら頭に手をやったが、たぶん気のせいだろう。


 そんな風に思っていたら実際にハア、とごまかせない程度に大きなため息が出てしまった。やはりと言うかなんというか、ますます相手が不機嫌になったのがわかる。


「気に入らなければ一言命じればよろしいではないですか。オレの言う事を聞け。そのようにおっしゃっていただければ、わたくしに刻まれたあなたの証はすぐにでもそのように作用いたします。わたくしに一度もご命令を下していないのは、あなた様ご自身ではございませぬか」


 苛立っているのはスフェリアーダだって同じだった。今の声にもはっきりそれは出ただろう。


 乱暴に強引に踏みにじるならそうすればいい。そうされることには慣れている。なのにこの男ときたら、時々強硬策に走るが基本はこのように柵の外から様子を窺っているよう、彼女にとってはテンポがつかみ切れなくて実に不愉快である。

 焦らしているつもりか? まったく嬉しくない。

 同じ痛みなら、予測できる方がいいに決まっている。準備する時間があれば最低限心構えができるし、うまくすればぎゅっと口を引き結んで黙っていられる。


「そんなに乱暴にしてほしいのか?」


 低い声に口元を緩めてしまうのは、予想が当たって可笑しいのか、諦念がそうさせるのか。


「さて。ですが我が主、奴隷をいかに扱おうと、あなた様の権利でございましょう?」

「だが、義務じゃない。だったら、使うか使わないかはオレの意志次第だ。……そうじゃないのか。安売りはよせ。やってほしくもないことを挑発するな」

「使わない権利にどれほどの意味があるのでしょうね」


 ――これは間違いなく怒ったな。

 彼女はますます唇を吊り上げる。そう、片手をあげて、頬を張って、組敷けばいい。それなら予想できるから、きっと耐えられるはず。

 だが、男は肩を怒らせるように上げた後、はあっと盛大に息を吐き出し、彼女から身を離して腕を組んだ。顔は顰めたままだし明らかに不機嫌になってはいるが――それだけだった。


「あのさ。ぶっちゃけね、八つ当たりしないでほしいんだけど」

「……何のことでございましょう?」

「隠し通しているつもりか? 今月に入って明らかにミスが増えた。……なんだかんだ、姉妹だな」


 リオスがミス、と言いながら指さしたのはスフェリアーダの肩のショールである。彼女は何も答えなかったが、濡れ烏の羽のような色の目をつと細めた。


 互いに探るようなまなざしが交錯し、今度はエメラルドの方が動く。


「はーん、なるほど。少しずつ癖がわかってきたぞ。都合が悪いことになると、あんたはそうやって黙って笑う。それで大抵の相手は、騙すか黙らせるかしてこれたんだろうな」

「…………」

「本当に憎くなった、腹が立ったってんならオレに言えることなんか何もない。だけどそうじゃないだろ。なんであいつを突き放した? 余計な姉妹喧嘩なんかすんなよ」

「…………」

「ガールシードのこともそうだ。どうしてわざわざ巻き込んだ。保険のつもりか?」

「…………」

「やっぱりそうか。オレはリターンも望めるが、何しろリスクが高い。だからローリスクの安全圏を抑えておきたい――そういうこと、か」

「独り言はお済みですか?」


 相手のわずかな反応を見ながら畳みかけるように続けたリオスは、不意に浮かべられた満面の笑みとともにバサッと切る言葉で返されて一度完全に表情を失くす。

 が、こっちもすぐに立ち直って非常にいい感じの笑顔になった。アデラリードが俗に言うところの、腹黒爽やかスマイルに。


「はっはっは、そーかそーか、お前そういう奴だったな――チッ、男だったら殴り飛ばしてやんのに、この野郎」


 後半は聞こえないように小声で言ったつもりらしいが、聞き届けてしまったスフェリは思わず忍び笑いが口から漏れ出るのをこらえられない。

 訝しげに睨みつけられて、皮肉っぽく桃色の唇を動かした。


「何をためらう事があるのです? そのようになさいませ。あなた様らしくもない事を。思うままに奪い、蹂躙し、屈服させればよろしいではございませんか」

「何度も言わせるつもりかスフェリアーダ。もう一度言う。やめろ。そうやって自分を安く売るな。らしくないのはお前の方だろうが」


 腹立たしげに首を振ってから、男はエメラルドの瞳をぎらっとぶつけてくる。スフェリでなければ多少は怯んだかもしれない、激しい炎が見え隠れする目だった。


「欲しくもない物を欲しいなんて言うな。惜しい物を惜しくもないなんて言うな。オレはそういうのが大嫌いだ。……自分を大事にできない奴は、大嫌いだ」


 壁にもたれかかったまま、彼女はふとぽつりとつぶやいた。


「リオス様はご自身が愛おしいですか」

「当たり前だろ、人間だれしも自分が可愛い」

「ではわたくしは、根っからの人でなしなのでしょうね」


 暗がりの中から返ってきた反応は、めずらしく困惑の色が濃いらしい。思わず伏せていた視線を上げ、苦笑した。


「ご自分が愛おしい陛下には理解できませんか?」

「わかんないね。お前といい忍者といい――まあアデラリードもその傾向若干あるけど。なんでお前ら揃いも揃ってマゾいの? 自分も他人も傷つけて、何が楽しいんだ?」


 何度目になるだろう、ため息をこっそり吐き出しながらスフェリはすっと眉を寄せる。


「陛下、あなたの方こそ八つ当たりではございませんか? わたくしに何かしたところで、失ってしまったあなたの過去がどうにかなるわけではございませんのに」


 その瞬間、空気が変わったのを彼女は感じた。エメラルドの瞳はかつてないほど揺れ、大きく見開かれている。

 ああ、やっちゃったかな、失敗したな、と思う一方で、スフェリは自分の顔が歪むのを抑えられない。


 たとえほんのわずかだったとしても、今、確かに。

 この男を抉ってやった。それは彼女に、ほの暗い愉悦をもたらす。もっともっと傷つけばいいと、澱んだ黒い染みが心に広がっていく。


 ――が、男はショックも受けていたようだが、同時に少々スフェリが期待していたのと別方向の反応を示しつつある。


「――そうか。そういうことか」


 まるで何かを確信するかのように彼は一人で頷いて、彼女を改めて上から下まで眺める。

 ……何だろうか。

 スフェリがじっと相手の出方を見守っていると、少し考えてから王は覚悟を決めて口を開く。


「確信したよ、スフェリ。君は前世持ちだ」


 さほど大きくない声だが、深夜の空気にしみ通ってよく響く。

 風がかたんと窓を揺らし、スフェリは一度大きく息を吸った。


「……陛下ったら熱でもございますの? わけのわからないことを仰るのね」

「そうやって妹の口も封じたんだな。触られたくない話題は黙らせる、か。奴は素直だからな、簡単に転がせただろうよ。オレはそうは行かないぞ」

「心当たりのないことで責められても、わたくしにはどうとも致しかねますのに」

「じゃ、なんでオレの過去について言及できた」

「ご存じではございませんの? わたくし、少し見えすぎる目を持っていますの。あなた様と同じように。……それだけですわ」

「そうか。だけどそれだけじゃないだろ。君は明らかに、オレを前から知っている。アデラリード同様に」


 がたたん、と今度はさっきよりも大きく窓が揺れた。スフェリがショールを押さえる手をぎゅっと握る形に変える。

 リオスの緑色の目は、それをじっと瞬きもせずに見つめていた。


「前からずっと思ってたんだ……これではっきりした。君は最初に会った時からオレを見てない。いや――オレを通して別の誰かを見ている。お前の言うあなた様とか陛下――それは本当は『誰』のことを言っている。オレを一体、『誰』と比べているんだ、スフェリアーダ」


 スフェリは一度目を逸らす。急に風が強くなったせいで軋む窓が気になったのだろうか。そのあたりにゆっくり視線を彷徨わせてから、ひたと王を見上げる。


「それはご命令ですか、ご主人様?」

「……ただの質問だよ」


 リオスが顔を顰めながら返すと――瞬間、黒曜石がカッと輝いた。


「では、わたくしからも質問を。あなたはどなたなのです?」


 急に言われてリオスは少々ぽかんとした顔になる。

 スフェリアーダはその顔を見つめながら――けれどやはり、男の顔を通してどこか遠いところを眺めながら、夢うつつに語るように言葉を繰る。


「わたくし、あなたがわからない。確かにリオスドレイク、そのはずでしょう? なのにおかしなことをする、わけのわからないことを言う。まるであなたは――」


 しかし途中で言葉はぶつりと切れる。緊張したままリオスが待っていると、やがてふっと彼女は笑った。思わず目を奪われる、愛らしくて――それなのにどこか寂しげな微笑みだった。


「大嫌いです、リオス様。今も昔も……これからも、ずっと。わたくしは好きにします。それが気に入らないのでしたら、いつでも契約を発動させてくださいませ。喜んで従いますゆえ」


 そう言い捨てたかと思うと、スフェリアーダはすっとリオスの横をすり抜けていなくなってしまう。あまりにも当然のように行動がなされたのと、いきなりすぎたせいで対応が遅れたリオスは、はっと一人残された部屋で頭をかきむしる。


「あーもー師匠以上に意味わかんねー、なんなんだあれ! 自己完結すんな! オレはちょっとしか推測できなかったっつの! アデルやっぱりあれを天使だって言うお前の目は節穴だ、どこ見て言ってんだよ、いっそ師匠に取り換えてもらえ――」


 罵声はボヤキに変わり、そして深い深いため息へと続く。


「わかってますよ、構わなきゃいい、はいはいわかっていますとも。その方がお互い幸せですね」


 髪をかきむしっていた手を顔面に、目を覆うように持ってきて彼はポツッとつぶやく。


「――でもさ。やっぱオレ、お前が気に食わないんだよ。黙ってられない程度には、さ」


 指の隙間の瞳はぎらぎらと、狩りの前の捕食者の輝きを放っていた。

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