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転生ヒロインの使命は、悪役お姉さまを守ることです!  作者: 鳴田るな
承:四天王制圧編~vsモナモリス
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3-10.あなたの思い通りになんか、させない 後編

「アデル君」


 控えめな呼びかけに、私はカップを下ろしてにっこりとほほ笑んでみました。


「なんですか?」

「……ううん、なんでもないの」


 フィレッタが何か言いたそうにしてから結局首を振ると、今度はゼナさんがテーブルの上を慌てたようにつつき、口にぽすっとお菓子を突っ込んできます。


「アデルちゃーん、ほら、美味しいお菓子だぞー」


 とくに抵抗もしないでいると、口の中に広がるのは甘くやわらかなスポンジの感触。

 けれどどうしてでしょう、私が感じるのはそれだけ。いつもなら何があってもすぐにいやしてくれる乙女の味方、まろやかな舌上のハーモニーを感慨なくもそもそと咀嚼して、飲み下す。なんて作業的な事でしょう。


「アデル――」

「ゼナさん」


 ゼナさんが困ったような顔で私に何か言おうとするのをフィレッタがそっと止めたようでした。ぼんやりと、親友が首を横に振って悲しそうな顔をしているのが見えます。

 彼女たちは顔を見合わせ、ちらっと私の向かい側を窺ってから、ほぼ同時にため息をつきました。


 変なの、そこには今日、誰もいないのに。

 ああ、違うや。

 今日だけじゃなくて、ここ最近ずっと、か。


 季節がすっかり寒い頃合いになってきているせいでしょうか、妙に身体が冷える。と思ったら、飲み込むために口にした紅茶がすっかり冷えていたことにようやく気が付きました。


 ……たった一人、少ないだけ。それ以外はいつも通りのお紅茶パーティー。

 なのにどうしてこんなに寒くて、こんなに静かなんでしょう。

 変なの。私は紅茶の残りを飲み込みます。

 変なの。一人少ない、それだけじゃないですか。


 カップの底に成分が溜まっていたのでしょうか、妙な茶葉の苦味が口の中に残ります。けれど私は、それに顔を顰めることもなかったのでした。砂糖の甘味に頬を緩ませることがなかったのと同程度には。




「ふざけんな、お前今日もう帰れ」


 私から一本を取ったウルルが不意に怒ったように言いました。

 変な人。自分から打ち込みやろうなんて言ってきたのに。まあ、確かに今のやられ方はみっともなかったですけど。ほとんど棒立ちのまま首取られたようなものですからね。


「ウルルの言う通りだ。今日はやめておけ」

「つか、一週間くらい休暇取れ」

「そうだそうだ、そうしとけ」


 ウルルだけじゃない。鍛錬場にいる周りの騎士たちが口々にそんな声をかけてくるのです。


「このままじゃお前が怪我する。な?」


 怒った顔から今度はちょっと心配そうな顔で、ワンコ二号はそう言ってきます。

 駄犬の癖に生意気な。まだ昼です。打ち込み二本やっただけじゃないですか。全然元気です。

 ――そんなことを言い返すはずだった気がしないでもないですが、私は頭を下げるととぼとぼと装備をときながら歩きます。


 何ですか、皆して。

 私は全然大丈夫なのに。


「アデル、えっと……」


 水道で汗をぬぐっている私に、同じく終えた――と言うよりも、終わらせてきたらしいキルル先輩が話しかけてきます。ワンコ二号に引き続き今度は一号か。なんなんでしょうね、まったく。

 こちらの手元あたりにちらちら向けられている彼の視線が気になって追うと、私は水道を出しっぱなしにしていたようでした。あれ、おかしいな。ちゃんと蛇口捻ったと思ってたのに。


「はい、なんでしょう?」


 止めてから私が微笑みを浮かべて聞くと、彼はこちらの顔をじっと見てから、困ったような顔になり、


「……その、えっと」


 としどろもどろになります。変なの、どもったりして。私、何もおかしいところなんてないのに。


 にしても、恋人になったからかな。フィレッタと困った時の顔がそっくりだ。はは、なんだか変なの。――全部全部、変なの。


 私がそんなことをぼんやり思いながら見つめていると、彼はぎゅっと眉を寄せたかと思うと、「待っててくれ!」と叫んでどこぞに走っていきます。


 私がなんとなくそのままに突っ立っていると、戻ってきた彼は少々人のいない端っこの方に手招きして、何かを差し出してきました。


「……なんですか、これ」


 こちらが眉をひそめると、先輩は強引に私の両手をばばっとつかみ、開かせて、それを握りしめさせます。


「元気出せ、は言うべきことじゃないのかもしれないけど」


 先輩は私が困惑したままそれを見つめていると、そんな風に頭を掻きながら言いました。


「お前は一人じゃない。……話したくなったらいつでも話してくれ」


 何を話せと言うんでしょうか。そしてそれが彼が私に受け取らせたこれとどう関係してくると言うんでしょうか。全然言ってることがわかんない。

 私がうろんに彼を見上げると、そのまま去っていくかに見えた身体がぐりんと半回転し、再び鬱陶しい顔が見えます。


「あのな、ゴールドに近い黄色はな、希望? らしいから。そういうことだから。いいか、それ捨てんなよ。飾れよ。大事にしろよ。頼むから! 捨てたら――っぶね、じゃない、お、俺が! そう、俺が不憫だからな!」


 そんな捨て台詞を吐いたかと思うと、彼はびゅんといなくなってしまいます。


 青いリボンが結ばれた黄色い薔薇を両手に、残された私は途方に暮れました。


 何、あれ。というか、何、これ。


 手の中に残る花は、どこかの庭園から取ってきたのでしょうか? あまやかな香りがふわりと鼻孔をくすぐり、動かないはずの心をどこかほんのりと揺らします。


 らしくないなあ、というかこんなことしてフィレッタは大丈夫なのか、とか、なんだこの状況、とか、あれ絶対裏がある態度だよ、とか、逆にフィレッタが渡してあげてって託したってことなのかな、とか。なんとなく浮かんで消えていったりはするんですけど、どうにも考えはまとまらない。

 それよりも、この花が――なんだかそう、うるさくて。


 ――こんなの。

 ――希望なんか。


 そんな風に思うのに。

 振りかぶった右手から、私は結局それを放ることができなくて。


 結局私は先輩の「俺が不憫」発言が気にかかったからでしょうか、気が付くと薔薇を自室に持ち帰って花瓶に活けていたのでした。


 自分でも、無駄な事してるなあ、と思いながら。


 でも、花に罪はないから。

 どうせすぐに枯れてしまうだろうけど、その間だけ。


 なんて、誰に対する言い訳なのかもわからずに。




「アデル、今からちょっとおいで」


 師匠からそんな呼び出しがあったのは、いつのことだったでしょう。

 仕方なしに眠い目をこすりながらのろのろと出かけていくと――今一番か二番目くらいに会いたくない鬱陶しい奴が、仁王立ちで待っていました。

 賢者の鍛錬場でも、ひどく目立つ鬣のようなオレンジ色。


「……なんですか」


 私が顔を顰めるのをいつも通り特に気にした様子もなく、奴は何かを放り投げてきます。咄嗟に受け取ると、それは模擬戦用の剣でした。


「鍛錬しましょ、弟弟子君」


 ひらひらと、自分も鍛錬用の剣を振りながら奴は言います。私が無言で突っ立っていると、奴は不意にふっと目を細めて――。


 殺気!


 反射的に反応したのは訓練を重ねてきた身体。私が咄嗟に握りなおして防ぐように前に構えた剣がガキンとすさまじい音を奏で、衝撃がビリビリと手元を襲います。

 が、そのすぐ直後。

 体勢を立て直そうとした私の脇腹に、ぶんっと空を切って足が飛んできました。


 容赦のない回し蹴り。


 よけきれず、うまく受けることもできなかった私は息が止まるのを感じながら吹っ飛びます。

 ダアンッ! 床に投げ出された身体が悲鳴を上げている。

 かろうじてそっちの受け身は取った。でも、息ができない。咳き込むのさえうまくいかない。酸素不足なのか、視界がちかちかとして、脳が危険だと信号を発している――。


 そんなことに構っていられない!

 私はほとんど勘だけで地面を転がりました。


 ダンッ! 床を踏み抜く音。たぶん狙われたのは腹。あんなん食らったら胃の中のものが全部出るに決まってる、と言うか既に出そうなのになんつー追撃を――。

 私はびゅんっと再び空が切られる音に、一度考えるのをやめることにしました。


 迷ってたら、殺される!

 必死に飛び起きた私に、重たい一撃が上から降ってきました――。


 ガキン、ガキン。

 剣の鳴り響く音。両腕にずしりと響くそれらを必死に受けて、やり過ごして、けれど数発に一度は食らってしまう。派手に吹っ飛ばされ、投げ飛ばされ、そのたびに歯を食いしばって飛び起きる。


 なんでこんなことしてるんだろう。

 鍛錬?


 叫びながら身体ごと突っ込んだこちらの攻撃を、身体を捻って避けた奴が視界から消えたかと思うと、背中に衝撃。避けた所から回転してこっちの後ろに回り込んだらしい――。


 私、何してるんだろう。

 こんなのリンチじゃないか。


 バシッと叩かれた衝撃のまま前に数歩よろめいて、たまらず倒れそうになるのをなんとか両手をついてこらえようとする。背後から迫る勢いに、反射的に剣を握りしめて振り向きざま薙ぎ払う。


 ギインッ!


 なんでこんなこと――。

 なんで私――。


 一際高い音とともに、右手の握力が消えた。私の手の中にあった剣が弾き飛ばされて飛んでいくのが視界の端に見える。妙な体勢で応戦した上に追撃を受けた私はバランスを崩し、後ろ向きに倒れこむ。私の上に馬乗りになったリオスが、左手で私の襟首をひっつかみ、右手にしっかり剣を握りしめなおしたかと思うと、まっすぐにつき下ろす――。


 ガンッ。


 ぎゅっと目を閉じた私がごく近くで発生した音と予想に反して衝撃が来ないことに薄目を開けると、剣は私の耳のすぐ横に突き立てられたようでした。

 はっはっと鳴り響く自分の息が耳にも肺にもうるさい。どこもかしこも痛くてたまらない。


「それで終わりか?」


 ぐいっと襟首を絞めて、奴は囁くのです。


「アデル。本当にそれで終わりなのか?」


 終わり? 終わりって、何が。

 ぐるぐると視界がまわる。きっと酸素が追い付いてない。そりゃ、最初の一撃からしてあばらの一つぐらい持ってかれてる気がしますし、なんなんですか。


 ほんと、だからなんなんですか。

 なんで私、こんな目に遭わなきゃいけないんですか。

 あんた、何がしたいんですか。


 ぐるぐるぐる、頭もまわっている。けれどなんだろう、私の身体の奥から、何かが唸り声を上げて鎌首をもたげる。


 ふざけるな。

 奴の好きにさせるな。

 なんでやられっぱなしなの、アデラリード。


 絞められた首が軋む。

 冷たい二つのエメラルドグリーンがこちらを見下ろして、一瞬。


「その程度か、お前の根性は」


 馬鹿にしたように、ふっと歪む。問いかけるような声にも混じる、侮りの意思。

 その瞬間。

 さっと霧が晴れるように、靄がかかっていた思考が取り払われ。

 うつろな空洞が満たされるように。

 闇に光が差すように。

 あるいは、炎が爆ぜ、燃え上がるように。


「その程度でしかないのか、お前の根性は!」


 二度目に怒鳴りつけられた時――私はカッと目を見開くと、腹の底から感情を込めて吠えた。


「――っあ、ああああああああああああ!」


 脱力していた身体に、力が戻る。

 私は怒りのまま、足を蹴り上げます。――手ごたえは軽い。けれど、上に乗っていた体重が消えたのならそれで十分!

 私は地面に転がっている、ついさっき私を突き刺そうとした奴の剣に飛びつくと、拾いざま突進する。


「ふざけるな、ふざけるなあっ! 黙って聞いてればなんだ、あんた一体、何様のつもりなんだ!」


 感情のままに振り回す剣を、奴は避ける。手ごたえがない、それより一層、私の怒りを加速させる。


「いつもいつも上から目線で、舐めやがって――ああそうだよ、私はあんたより弱い! で? だから? それで楽しいか! 弱い者いじめのお山の大将、あんたはガキか!? 惨めな私の姿を笑って、楽しいかっ――」


 口の中に鉄の味が広がる。どこか切ったらしい。

 あるいは、私の思いがあふれた時に、邪魔な壁を裂くようにして。


「畜生畜生っ、畜生ー! なんで私、私、こんな――」


 リオスは笑ってなかった。ただ、私の剣を避けながら、じっとこちらを見て。大きく飛び退る。私はその隙を逃さずに両手で剣を振り上げる。


「あああああああああ!」


 ガーンッ! 私が全力で振り下ろした剣を、奴は受け止めました。

 涼しい顔。こんなにこっちが息を切らせて顔を赤くしてるってのに、向こうはいたって平常。

 私が荒い呼吸を上げていると、にっと剣の向こうの顔が歪みます。


「気は済みましたかね、おチビさんよ」

「済まないっ……済むわけない、絶対に!」


 再び、私たちは離れる。奴の笑みが深まったような気がしたけど、なんだか歪んでよく見えない。


「おうおう吐いとけ、嫌なもん全部吐き出しとけ! 聞いてやるから!」


 腹にたまっていた泥を口から吐き出すように、私は声が裏返るのも構わず叫びました。


「負けるもんか! 絶対に、負けるもんか! あんたにも、誰にも――私自身にも。決めたんだ、私は、諦めない――諦めてなんかやるものか! 妹パワー舐めんな! 私のしつこさ見くびんな!」


 いつの間にか、想いは形を変え、怒りは目の前の男から――勝手に一方的に別れを告げてくれた、あの人へのものへ。

 あの時言えなかった言葉を、清算するかのように。


「あなたの思い通りに終わらせたりなんて、絶対に許さないっ……私、納得なんかしてない! 認めてなんかいない! 守護天使にはね、解雇通知なんて、き、きかな……きかないん、だか――わ、あ、あああああああああん!」


 最後まで言い切ることはできなくて。

 私は盛大に色々散らしながら、泣き叫ぶことになったのでした。






「すっきりしましたかね」

「……うるざっ、ずびっ」

「きちゃないね。ほれ」

「――ううーっ!」


 しばらく子どもみたいに顔を覆ってわあわあ喚いていた私ですが、ふとつんつんと額をつつかれて顔を上げると、ハンカチを差し出しながら奴が実にやらしー笑顔で覗き込んでいるのです。


 ――くっそ。

 いつになったら私はこいつをぎゃふんと言わせられるんだ!


 とりあえず顔面が大変な事になっているし、ひったくるようにして顔を拭います。

 そうして気分が落ち着いてから改めて見てみると、リオスはその間ずっとこっちがごしごしやってるのをかがんで頬杖ついて見ていたらしいのです。

 睨みつけますが、目が腫れているせいできっとそんなに威力がない。ああもう、なんか色々ひどい。


「……今私、それなりに忙しいんですけど。見てわかりませんかね」

「大丈夫大丈夫、そんな変わんねーよ」

「ちょっとそれすごい失礼な言い方なんじゃないですか……ぐすっ」

「うん、でもとりあえずかみなさい、な?」

「うるさいです」

「はい、ちーん」

「うっさいってんのに、こんにゃろ!」


 仕方ないじゃない、乙女ゲー世界だろうと耽美世界だろうと一応これでも元ヒロインだろうと、人間は鼻水を出す生き物なんですよ。それもこう、号泣した後だと、わりとだらだらとね。


「大体なんですか、確かに最近の私は振り返ってみればふぬけでしたけど、これが年頃の乙女に対する治療法ですか」

「何、乙女扱いしてほしかったの?」

「……結構です」


 いつもの通り、腹黒爽やか笑顔で右から左に私の不満を聞き流し、軽やかに答えを返していた奴でしたが――ふと首を傾げたかと思うと、口角の吊り上げを深めます。


「ところでさ、アデル。ものは相談なんだけど」


 爽やかさがどこかに飛んで行ってそれはそれはもう、邪悪な感じの笑顔に。


 ――当然状況的に、私は気まずい思いをしながらおとなしく話を聞くしかないわけで。


「お前さ、ちょっと一組ほどリア充を爆発する気、ない? ちなみにこの場合の爆発は、ねたみながらも祝うんじゃなくて、破局に追い込むって意味だから」


 口調はあくまで気軽に「ちょっとそこまで散歩しない」みたいな、それこそナンパするような感じで。

 なのに一瞬寒気を覚えるほど、その瞳には激しい怒りと残忍な光が宿っていた。


 思わず私が動きを止めて沈黙すると、二つのエメラルドグリーンは細められます。輝くそれは宝石のよう。冷たく鋭く、光を放つ。


「……何、考えてるんですか」

「んー? スゲー悪いことかなー」

「ハンカチなら、洗って返しますよ」

「でも、鍛錬分のツケはまだ残ってるよね? つか、サンドバッグ代?」


 ……そう言えば私、泣きわめいてる最中に、かがみこんで頭に手を伸ばしてきたこいつに何発か食らわせた気がする。撫でポのつもりか貴様、その手には乗らんぞ、馬鹿め! って感じに。

 うわっ、どうせならあの時もっと強く、顔面に張り手が残るくらいぶちかましとけばよかったっ……!


「……わっ、私が今度はサンドバッグになりましょうか」

「いいけどお前、たぶんオレが手加減なしに殴ったら即死するよ? 最低でも寝たきり生活行き? つか何、お前、オレにチワワを撲殺する趣味でもあると思ってるわけ?」

「だってあなた、どこに出しても恥ずかしいサドじゃないですか」


 間。


 べしっ。


「あいった、何するんですか!? 私結構なけが人ですよ、今現在!?」

「何もわかってない奴め。お前ちょっと今度でいいから、ちゃんとしたサディズム指南書読んできなさい」

「嫌に決まってんでしょーが、なんでよ!?」

「確か図書館の隅に置いてあったはず」

「だからなんで!?」


 サムズアップすんな、さては貴様が忍び込ませたな!?

 ――と。私は場がすっかり奴のペースになっていることに気が付きますが、今さっき最大級のやらかしをした身は、気が付いたところでだらりだらりと冷や汗を垂らすしかないわけで。


「まあそれはどうでもいいから置いといて。や、別に無理に協力しろとは一言も言わないんだけどさ。言わないけど、代わりに過去の貸しを片っ端から呟き始めるかもしんないけど。そういえば閃光手榴弾もどきとか昔あったよなー、いや、ほんと気にしなくていいぜー、独り言だからな!」


 絶好調に回る舌が千切ってやりたいほど憎らしい――それ以上にこいつにこんな態度を取らせる要因を作った自分が憎らしい!


「目を腫らしてる女の子捕まえて喋る内容じゃ、なくないですか」

「はは、お前ばっかじゃねーの? いまさら何言ってんの? とっくに知ってるでしょ――オレが極悪人だってことは、さあ?」


 申し訳程度のか弱き反撃に返ってくるのは、オーバーキルでした。こいつホントヤな奴だな! 本人が公言してる通りに!

 私はそれでも、見苦しくも言葉を探してしまう。悪魔契約から逃れる、魔法の言葉を。


「どうしても、私が片棒を担がないといけないことなのでしょうか?」


 でもまあ、そんなもん当然都合よく存在なんかしないわけでして。

 ふんっと鼻を鳴らして、朕の顔が微笑みから真顔に変わります。


「どうしても、お前がやんなきゃいけないことだよ」



 ああ、霧の中からようやく抜け出せたと思ったら、なんと私がいたのは底なし沼だったのです。

 ずぶずぶと足がはまっていく感覚を味わいながらも、私は奴を睨みつけます。


 それでも、もう下は見ない、膝はつかない、屈しない。諦めないって思いだしたんだから。

 希望はまだ、失ってないんだから。

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