3-7.いつまでも舐められっぱなしじゃないですから
※ただし二次元に限るとか、※ただしイケメンに限ると言う隠されたる本音の注釈は必要かもしれませんが、女子がときめく胸キュン展開なるものがあるじゃないですか。
たとえばお姫様抱っこ。むきむきマッチョメェンにやられるのももちろん力強さをアピールされてキュンとくるところですが、それ以上に普段はモヤシだの頼りないだの思っていた男子にいきなり強引に迫られて、そうかこいつも男だったんだ――! みたいな乙女の萌えポイント。ギャップ萌えって奴ですかね。
まあ女性ってのはやっぱり、大事なところでは男に頑張ってほしい願望を大なり小なり持っている生き物なんだと思いますよ。少なくとも、情けないように見えても大事なところでは……って殿方を嫌がる女性はいないかと。いえ、完全に個人の実感に基づく私見なので実態は知りませんけど。
なんでこんな話を急に持ち出したのか。うん、ちょっと今あった出来事を聞いてほしいんだ。
つかつか前方を歩きながら、さて後宮はさすがに彼にとってアウェイだし、私も変な噂立てられるの嫌だし、無難に中庭かな、それもそれで面倒なことになるかな、と会談の目的地を考えながら歩いていた私がふと何の気なしに後ろを振り返ると、眼鏡の姿がログアウトしていました。
あれ、どこ行った!? と思うと、結構後ろの方からなんか無表情なりに苦しそうに見える表情でやってくるんですよ。
まさか、と目を丸くする私に、うっすら……いや、結構な量の汗を額に浮かべた眼鏡は、両膝に手をついて一言。
「……君、歩くの……速い」
ぜえぜえと、間に苦しそうな息を挟みながら。
その瞬間、痛感いたしました。
ゼナさんの所に来た彼が悠々と歩いて見えたのは、単純に足が遅かったから。本を渡して来る前にタイムラグがあったのと息を荒げていたのは、本人なりに一生懸命早足で来ていたので体力が尽きていたから。
わお、乙女の胸キュン展開フラグを全力で叩き折る圧倒的非力。なんだこの残念な生き物は!
知識としては知ってたけど、改めて事実として認識すると衝撃で口がきけなくなるレベルのモヤシ――それがモナモリスと言う男でした。
モナさん、あのね、私、あなたに非常に似ている人を知ってますよ。でも彼女は薄幸系美少女だから許されるのであって――そのやっぱ、殿方がそこまで露骨に引きこもりでいいのか!? なんかモアイがモヤシ過ぎて少し心配になってきた! それともモアイだから引きずられないと動けないのかしら。そんなところまで元ネタに忠実じゃなくてもいいのに。
と言うわけで、私が唖然としている間に、
「……神殿。ここから近い。座れるし、話はできるけど静か」
とか彼が発言しまして。私はああはい、と衝撃のまま何も考えずに返事してたんですね。
そうかそうか、それで神殿に来ることになったんだった。でもなんでモナさん、あえて神殿なんて言いだしたんだろう? そこまで信仰心篤くなかった、むしろ無神論派だったと記憶してるし、なんだか腑に落ちないな。
正直に言えばここは私には居心地が悪い場所です。建物を白い石で作っていて熱心な神官たちが毎日掃除しているのでこう、汚れた人間はあまり居たくない色合いをしていると言うか、ぶっちゃけ魔術師の天敵な部分ありますし。
まあ、我が師と兄弟子曰く、本音と建て前、実際普通はこっちが魔術師だってばれてもスルー対応でそんな大事にはならない、だから気にせず神殿参りに励むがよい――とのことでしたが。まったく、あの二人ほど私の度胸はできてないんですよ。毎回神殿の敷居またぐたびに雷降ってこないかなって一瞬ビクッとするんですから。
だって――。
くすくすくす。
あら、そうね。わたしはどうかんがえても、かみさまがいちばんきらいなそんざいだものね。
けれど、しんでんなんてかんけいないの。
だいじなのは、おまえがちゃんとやくめをはたすこと。
わたしをうらぎらずに、いうことをきくこと。
それができないのなら、たとえこのせかいのどこにかくれようとむだ。
おまえのうでも、あしも、くびも、ずたずたにして、ちのうみをつくり、ぞうもつのあめをふらせるわ。
やくたたずにはおにあいのさいごにしてあげましょう――。
…………。
あれ、なんか今私、ぼーっとしてました? やだなあ、もう。最近少し多い気がする。
ともあれ、微妙に後悔しながらもやってきた神殿で私が最初にしたことはもちろん、例のショタ悪魔がいないか確認したことでした。モアイで手一杯なのに万が一にもあの腹黒まで相手にしてられっか。奴がいたらモアイが何と言おうと中庭に引きずっていく。
……よし、今日は当番じゃないのか別の用事があるのか、ともかくいないようだ。彼は目立つ外見をしてますから、見つけるのが容易くて今までも非常に避けやすく――。
って、そんなことはよくって。
腰かけた祈りのための席から見上げた一段高い祭壇の向こうには、翼の生えた人――天使って言った方がいいでしょうかね、そんなステンドグラスが飾られています。ヒトビトの嘆きを受けてこの地に降り立ち、魔物を退けて人を守る結界を張ったとされる神の御子。その六対の羽のうち三対は天上の輝き褪せぬ純白、もう三対はこの地に降り立った際の汚れに染まった漆黒。
……考えてみれば、私の魔性がちょっとでも救世主様の姿に似ているなんて、なんとも皮肉なものですね。笑えない冗談ですよ、ふう。
さて。それにしてもいい加減考え事にも静寂にも飽きました。こちらから何か切り出しましょうか。
私は隣の隣あたりで沈黙を保ち、祈りを捧げているらしいモナモリスをちらりと見ながら思いました。
と、私がちょうど思ってそちらを見た瞬間、目が合ったモアイが口を開きました。ひょっとして向こうも、少し前くらいから話すきっかけを探していたのかも――。
「似てない」
「は?」
「……本当の姉妹?」
何か話すかと思ったら、この眼鏡は……!
私は一気に上がった怒りのゲージをどうどうとなだめます。アディさん、アディさん。怒って喧嘩になっちゃだめだ。
「ああ、お姉さまと私がですか。紛れもない実の姉妹ですよ」
「根拠は?」
……ほほう。これは私の忍耐度を示しているのか、そうか。よーし落ち着け、私。
「あなたねえ、めちゃくちゃ失礼な事言ってるって自覚ありますか、ありませんよね――血縁鑑定でもやればいいんですか? なんでそんなことあなたに示さなきゃいけないんです?」
苛立った私は意識を少し逃がすため、両手を適当に組んで遊ばせていましたが――あら嫌だ、まるで威嚇が挑発でもするようにバキボキ鳴っちゃった。と言うか思いっきりファイティングポーズになっちゃった。
と、意外にもモナモリスは無表情に少しだけ動揺っぽい物を浮かべて言うのです。
「怒らせるつもりでは、ない」
「そうですか。とても仲良くしたい人の態度とも思えませんけど」
「こちらは確かめたいだけだ。君たちの正体を」
バキボキ鳴らしていた手を止めると、場は一気に静かな状態に戻ります。ちらり、と周囲を見渡すと、遠くに神官が歩いていくのが見えました。私は頭を掻くようなポーズに変化させながら、モアイに見えていない方の手を腰の辺りに持っていきます。
「どういう意味か測りかねますが」
「…………」
私の言葉に返答はなく、どこか上目づかいに視線だけよこされます。
その目を見ているうちに、私は一つの事を悟りました。疑念が確信に変わったと言うか。なるほどね、そう言う事でしたか。
同時にぶつっと頭の中の何かが切れた音が聞こえます。
腰の辺りをゆっくり探っていた手を戻して、両手をゆっくりと合わせる――取り出した指輪をはめるために。
「なるほどガールシード卿、交渉の場に聖域を選んだのはそう言う事でしたか」
私はにっこりを笑みを浮かべながらそう言い、席を彼の真横にまで移動させます。途端に眼鏡がぎょっとした顔で距離を取ろうとしますが、逃がさない――私が彼の手を握る方が早い!
「――ですが、甘かったですね」
「……!」
ドスッとした感触に、モアイの顔がますます血色を失います。指輪に仕込まれていた小さな針が、私の手の下で逃げきれなかった男の手を正確に射ていました。
――へえ、悲鳴を上げず、息を呑んだだけで済みましたか。少しだけ見直しますよ、モナモリス。まあ、つっても騒ぎ出そうとしても騒げないと思いますけど。多少痺れてるはずですからね。
喘ぐようにして、モナモリスが苦しげな息の間になんとか言葉を紡ぎます。
「魔術師――」
「ええ、お察しの通り私は真黒ですよ」
言い終えたあたりでバサバサ、と近くで羽音がします。私は特にそちらを見ませんが、おそらく外から真っ白な烏が神殿内部の、私たちが良く見える、けれど周囲からは見られにくい目立たない所に舞い降りた事でしょう。……まあ、場所が場所だから来ると思ってましたよ、フラメリオ。お早い到着で何よりです。
(どうしたね、アデル。リオスならともかく、君がここでそう言う事をするとは思ってなかったな)
やはり予想したとおりに鼓膜が揺れます。私はどうせ通じていると確信して、心の中で言葉を返しました。
(いえ――この人私が魔術師だって知ってたみたいなんです)
大賢者様はそれだけで何があったのか大体把握したのか、くっくと喉の奥で笑い声を鳴らした音が聞こえてきました。
(ははあ、それは気になることだ。まあ、それ以上に――なるほどね。君、あまりにも舐められた態度取られて怒ったね?)
そうですよ。舐められて怒ってるんですよ、怒りがちょっとの小心なんか凌駕してるんですよ。
――いいか、一般人。いくら劣等生で兄弟子には連戦連敗とは言え、大賢者の二番弟子にこの程度の心構えでかかってこようと思った態度、改めさせてやる。
(……あまり派手な事はしませんから、フォローをお願いします)
カー、と鳴き声が聞こえたので、カラスの大体の位置がつかめました。……うわあ、祭壇の上にいるよあの人。私が言えることでもないけど、罰当たりだなあ。
(ふむ。ちょうど暇だったからいいけど、君も魔力が強化されたせいか、だんだん吾輩の扱いがリオスに似てきたな。まったく師匠遣いの荒い、可愛くない弟子たちだよ。まあ、神殿内で面倒が起こると吾輩もリオスも面倒だから、周囲はこちらでなんとかしてあげるけどね。その男個人のことは君で落とし前をつけたまえよ)
(わかってますって)
十分すぎるサポートです。
そんなやり取りを終えてから、私は再び獲物の手に力を込め、ぎゅっと皺の寄った顔を睨みつけます。
「神様の御前なら我々でも大人しくするとでも思っていたのでしたら、残念ながら大間違いですね。目に見えないものが怖くて魔性と戯れていられるとでも思ってんですか? なるほど、安全な結界の中でこれから尋問と洒落込むおつもりだったのでしょうか。でしたらご計画通り、始めて差し上げましょう。――ただし、尋問官は私の方です」
さて、そういうわけです。だんまりの時間は終わりですよ、モアイさん。




