3-6.なんか、喋りましょうよ
ああモアイさん。あなたはどうしてモアイなの。
前世の某孤島の何とも言えない味を出す石像を思い出しながら、私はそんなくだらないフレーズを心の中でそっと唱えています。モナモリスの横顔って本当にあれそっくり。慢性的運動不足と生来の根暗が祟ってか血色も悪いし、哀愁漂う味気無さがあふれていますね。髪の毛がちょうどワカメ色だから、海藻被った顔色悪い肌色のモアイが眼鏡かけて突っ立ってる図を思い浮かべて頂ければ、それがモナモリスの外見で正解です。
え、仮にも攻略者、黒縁眼鏡をしていてもわかる程度のイケメンぶりを誇る文官前にしておいて、描写と形容が明らかな悪意にまみれている? どう考えても下げ過ぎ?
でもね、この地味ながら相当に端正な顔と言う圧倒的利点を補って余りある身に沁みついた陰気っぷり――ワカメ、モアイ、眼鏡、根暗、なんですもの。それに整った顔立ちの仏頂面より凡人のスマイルの方が魅力的なものです。この人に愛想笑いとか求めても無駄だって知ってますけど。
いや、武官だったらそりゃ、黙って俺の技を見てろよ(イケボ)系にもそこそこ需要はあるでしょうけど、文官って周囲との連携とかすごく必要な職業じゃなかったっけ。この社交性のなさでどうやって仕事してんのこの人。そこそこやり手と言うか、目立たないけど有能って話だったと思うんですが。
……あーもー、だーからー、ホントね、さっきからね、ずっと思ってることなんですけど。
なんか言えや、眼鏡! 間が持たないじゃないですか! あなたとここに来てから私、羊と豚と猫とアヒルの数、それぞれ100まで数えられましたよ。え、最初はわかるとして他の動物のチョイスはどういう基準なのかって? んなもん、思いついた適当順に決まってるじゃないですか。こちとら気まずい沈黙をやり過ごすのに必死なんですよ。
もういっそ鼻歌でも歌ってやろうか。いや、音声出して何のリアクションも得られなかった場合の私のダメージがでかすぎるからやめとこう。
というか、どうしてこうなったんですか。
何をどう間違えたら、根暗文官と二人で神殿お祈りタイムなんて事態になるんですか。
しかも時間帯のせいなのか、私たち以外に人気がありませんし。……いや、もちろん神殿ですから、ちらほらと神官の姿は見えていますよ。けれどその、特に近寄ってくる気配とかはないし、こちらの会話が聞こえない距離まで離れていると言うか。
まあ、会話してないわけですが。
……本当に、なんでこうなったし。
よし、間を持たせるついで、状況を確認するために今ここに至るまでに何が起きたのか振り返ってみよう。
事の始まりは――そうそう、お紅茶パーティー開いて、お姉さまとフィレッタは欠席で、ゼナさんがなんか熱いトークをかましてて――で、全く脈絡なく眼鏡が出現したんだった。そこから思い出して、と。
唖然とする私達二名のうち、モナモリスは私ではなくゼナさんの方にまっすぐ目標を持って、けれど結構遅く悠々と歩いてきたかと思うと、急に立ち止まります。立ち止まって沈黙して、なぜか肩を上下させていたかと思うと、ぽいっとでも効果音が付きそうな気軽な感じで、抱えこんでいたらしい分厚い本をどさどさと彼女の膝に落としたのです。
「わっ!?」
「ちょっと」
驚くゼナさんと、急な事で立ち上がる私。モナモリスはそこで初めて私を認識したようでした。眼鏡の奥で一瞬だけ薄紫の目が反応した気がしますが、すぐにすうっと細くなって私を見据えます。
立ち上がったままやや警戒の姿勢を続けている私と、ゼナさんの上に何やら本の束を散らしたっきり動かないモナモリスのささやかな緊張は、少々慌てながらも本を改めていたゼナさんの呟きによって崩されました。
「あ、これ……」
瞬間、モナモリスの顔がすっとゼナさんの方に向いたかと思うと、少し身をかがめ、彼女が見つめていた紙束をぱんぱんと叩きます。
「一通り目は通した。まだ甘い。問題と思われる点をまとめた資料を添付し、参考文献とともに返却する」
「はい――ああ、そういうことでしたか。来週中に再提出すればよろしいですか?」
「それで問題ない」
仏頂面男の憮然とした声にもゼナさんは特に気を悪くした様子もなく、ざざっと書類やら本やらに目を通してはきはきと答え、見間違えでなければ――ああ、目をこすってもやっぱ見えるってことはこれ現実だ。なぜか頬を掻くと言う彼女の照れを示す癖で、しかも笑顔で、
「申し訳ないです、ガールシード卿。お手数おかけしてしまったようで」
「気にしなくていい。こっちも勝手にやっている」
しかし対するモアイ、相変わらずピクリとも目じりは動かない口角も上がらない。むしろ眉間の皺が増えた。
――って、いやいやいや。ゼナさんって今日は思いっきり休日でしたよね? モアイが持ってきたこれ、ちらっと見える文字がどれも難解そうですし、横でやり取りを見ていて推測するに、仕事の話ですよね? 確かにモナモリスが仕事の虫な事も、ゼナさんの上司にあたるポジションにいることもすでに知ってますけど――普通こう思うでしょ。わざわざ休日に残業直接持ってくるって、それ何ていやがらせ? あんたゼナさんに何か怨みでもあるんですか。
そしてゼナさんもゼナさんで、なぜ照れる!? えっうそ、そういう嗜好だったんですか。ちょっと一つ幻想が崩れるんで、できれば今すぐ撤回してほしいんですけど。
で、眼鏡。用は済んだんじゃないのですか。なんかよくわからないけど、ゼナさんにそれ持ってきたのが目的だったんでしょ。あなたは必要なことしかしたがらないキャラだったじゃないですか。
それで、ゼナさんに抱えていた本を渡してからずっと、明らかにどう見ても私の方に上から下まで何度か視線を往復させているのは、マジでどういう料簡なんですかね。
ちなみに我々、一応顔と名前くらいはお互いに知っていてもおかしくはないし見かけたこともあるが、まったく親密ではない、そんな関係だったはずです。なんて言うのかな、この距離感。ほとんど他人レベルの知人?
「……あの。何か御用ですか」
「シアーデラ」
無遠慮な視線にさすがにイラッとしながら口を開くと、眼鏡がぽつりと言います。やっぱり向こうも名前と顔ぐらいは覚えていたか。まあ私達姉妹、ある意味有名人ですからねえ。諸事情により避け気味だったモナモリスと直接こんな風に言葉を交わしたのはこれが初めてだったはずですが。
私がそのまま大人しくあちらの出方を待っていると、かなりややあってから、
「の……妹の、方」
と追加がありました。ずるっと私の重心がずれて体勢が傾きましたが、モナモリスは微動だにしません。何が楽しいのって表情のまま突っ立っています。
あんたねえ、返しが遅いそして間が長いんですよ。そもそもキャッチボールするつもりあるんですか。なんだそのヘロヘロしたやる気のない変化球は、私が打ち返せないじゃないですか。続ける気がなくてもせめてドッジボールの気で来なさいよ、そうしたら無理矢理にでもレシーブだのトスだの、なんとかしてみますから。そもそもネット越えるつもりもない自己完結球て――私の事舐めてんのか!
あれ、キャッチボールの話をしてたんだっけ、バレーボールの話をしてたんだっけ。
ともかく、そうだ思い出した。
モナモリスと言う男は仮にも文官である以上馬鹿ではなかったはずですが、会話がこのようにど下手くそなキャラでした。眼鏡だからクールキャラってことなんでしょうけど、これってクール通り越して根暗だと思うのですが、私の気が短いだけでしょうか。割と短気な自覚があるのでいまいち自信がないです。
まあ、一応親しくなれば態度は軟化しますし、語彙ももう少しましになっていくはずですが、最初はとにかくこんな感じ。見た目から言葉から、とにかくとっつきにくい男なのです。
あーだめだ、これはまずい。私、この手のコミュニケーションダメな子、一番苦手なんですよ。
ほかならぬお姉さまだってそれほど口数の多い方ではないし、フラメリオとかディ――あいつはいい、ほっとこう。……ほっときます――ごほん、とにかく私の周りにもコミュ障気味だったり寡黙だったりする人はいますよ。けれどあれらの人は基本的に自分から言わないだけで、(たとえ一部電波語で解読不能なのだとしても)問いかければ答えてくださいますし、何よりこちらの話を聞いてくれる時に、ちゃんと聞いてるよって合図を返してくれるのです。目の動きとか表情とか、そういうさりげないところで。
モナモリスはその辺のリアクションが致命的にない。ここまで表情動かない人初めて見た。そして会話を続ける意思も感じられない。
ああ師匠、あなた自分の事枯れてるとか人間やめてるとか散々仰いますし、実際そうであるとしか思えませんし、電波であることはゆるぎない事実ですが――こうして本物の仏頂面と比較すると、あなたの方がよっぽど人間味あふれているように感じてしまいます。
――と、私が顔に思いっきり、こいつやりにくいな苦手だな! と表示していたからでしょうか、私たちの険悪になりつつあるムードを感じ取ってでしょうか。ゼナさんが慌てたように本たちをなんとか机の端に落ちないように置くと、立ち上がります。
「そうです、彼女はアデラリード。シアーデラ家の伯爵令嬢で、私の友人です。アデル、こちらは私の上司でガールシード子爵。モナモリス=ガールシード様だよ」
「……どうも、初めまして。アデラリードです。アデルとでもお呼びください」
ご紹介いただけたので、少し考えてから私は右手を差し出します。
だってつまむスカートなんかないし。伯爵令嬢とか久しぶりに聞いた気がしますね、一瞬誰の事かと思いましたよ、ははは。そういえば私一応そうだった。栗毛の仔馬とどっちが呼ばれてテンション下がるか、微妙なところですね。
一応握手は返ってきます。……何この人、握力弱っ、頼りなっ。じゃなくて。
「……」
だから黙って握らないでなんか言いなさいよ、せめて名前とか!
埒が明かないので私がちらっとゼナさんの方に視線を向けて助けを求めようとすると、手を離したモナモリスが声を上げます。
「ユディエ。今、取り込み中」
ユディエはゼナさんの苗字ですから、彼女に問いかけをしたのですね。抑揚ない平坦な発音だから、ただの断定なのか疑問形なのか一瞬迷うところですが。
ゼナさんは少々困惑した顔でしたが、声をかけられるとビシッと背を正します。
「は? あ、えっと、いえ。雑談していただけですので、別に取り込み中とまでは」
「借りてもいいか」
モナモリスは私を指さして、ゼナさんにそのように尋ね――って、おい!
「そう言う時は、先に私に言う事があるんじゃないですかね」
今までいまいち状況がつかめないこともあって黙っていましたが、そろそろ私も色々言いたい頃ですよ。明らかに不快を感じているぞと言う態度を示すと、少しだけモナモリスの雰囲気が変わった気がします。向こうも不機嫌度が上がるかと思ったのですが――うん? ちょっと違うみたいですね。
「……少し、話がしたい。できればここでない所で」
「へえ、ゼナさ――ユディエさんとではなく、私とですか。あいにく、理由がまったく思い当たらないものでこちらはあまり気が乗らないのですが。それに、見ず知らずの方と一体何を話せと言うんでしょうかね」
横からゼナさんがハラハラとしている気配が漂ってきましたが、モナモリスはふっと目を細めただけでした。
「見ず知らずではない。顔と名前は知ってる。こちらだけでなく、そちらも」
薄紫の瞳が細められた意味と、口下手な文官の発する言葉に感じる妙な違和感。
――心の扉がとんとんと叩かれた音がします。私は一度気分を落ち着かせるために深呼吸しました。
「よろしいでしょう、ガールシード卿。二人の知り合った記念に、その辺を散策とでも行きましょうか。ゼナさん、すみませんがこの埋め合わせはまた今度ってことでいいですか?」
「う、うん。私は構わないけど――」
私はゼナさんに軽く会釈してから速やかに歩き出しました。
ああ、ごめんなさいゼナさん。お茶会の片づけはメイドさん達がしてくれると思うけど――急にこんなことになっちゃって、後で色々謝っておかないとなあ。
でもちょっと、割と緊急事態っぽいので、こっちを優先させてください。
私はちらりと廊下を歩きながら静かについてきている後ろの男の様子を窺い、その結果思いがけず真正面から見返すことになったこちらを冷たく見据える眼鏡の奥の眼差しに、ぶるりと一度身体を震わせました。
――で、だ。うん、そこまでは無事に思い出しました。でもまだ問題が残っているよ。
なんで神殿に来たのでしょうか、私達。




