3-5.悩める乙女と――なぜここに眼鏡が!?
さて、ゼナスフィールと言う人物は王宮に囚われのお姉さまの大事なご友人にして、やはり少々異端な女性であります。この世界ではどちらかと言うと、仕事は男がするもの、家庭は女が守るものと言うような古風な意識の方が(特に我々……うーん、一応我々って言っていいのかな。貴族社会では)一般に優勢であるのですが、そんな空気をものともせず、庶民出で女性と言うハンデを乗り越え、王宮文官の座を見事もぎとり現在まで続けていらっしゃる方なのでした。
まあ、異端者姉妹と書いてシアーデラの二人と呼ばれている私達――別にお姉さまを私のような珍獣と同列にするつもりはないのですが、彼女が下賤な愚民どもと同列でないことは確定的事象でありまして――と深い交流ができるようなお方ですから、フィレッタ同様聡明で非常に心が広くお優しいお方で、お姉さまに対して恐れず意見を言ってくださる希少な存在でもあるのです。私に対しては一言二言多いと思うこともありますけどね!
が、普段は明るく楽しくお話をしたり聞いたりしてくださる活発で快活な女性を、少々扱いの難しい生き物に変貌させてしまう三つの話題というものがございまして。
「なあ、アデル。君は、君たちは言わないよね? 女の幸せは結婚と家庭。仕事してる暇があったらさっさと夫と子どもを作れ――君は絶対に、そんなことは言わないよね?」
ずずいとテーブル上に身を乗り出して熱く語りかけてくるゼナさんに、私はたらりと顔面を嫌な汗が伝っていくのを感じながらも笑みを浮かべます。
年齢、体重――そして恋人、さらに言うなら結婚含めた幸せ家族計画に関する諸々の話題。四捨五入して三十になる独身女性だもの、その手の事にカリカリするようになっても仕方ないよね。
ああー、それにしてもしまった、フィレッタの事が引き金になってどうやら最近あった嫌な事でも思い出しちゃったみたいです。
今まではフィレッタのリア充度とか話題に出しても、で、ゼナさんの進捗はどうなんですか? とか余計な地雷踏まない限り、こんな風に怖い顔になることはなかったのですが――一体何があったのやら、よっぽど腹に据えかねる体験をさせられた模様です。
普通こんな風にゼナさんがヒートアップしてくると、お姉さまがお茶を濁しながらお相手するのですが、今日はあいにくのご欠席、よって標的が私に移った模様。と言うか、愚痴の相手にしてもいい奴だと認定されている模様。光栄なような喜ばしくない事態のような。
と、とりあえず円滑な会話をつづけるべく喋るんだ、私!
「え、ええ。私は別にそうは思いませんよ。別に仕事がしたいなら仕事すればいいと思いま、ひゅっ――!?」
「そうだよ、わかってくれると思ってた。スフェリの妹で仔馬のアデルならわかってくれると思ってた!」
ゼナさんはまだ言葉の途中でしたが、身を乗り出して私の両手を握りしめてきます。反射的にひっこめそうになった手をこらえ、やや引きつってるとは言え笑顔を浮かべ続けている私は正直偉いと思うので、誰か褒めてください。勢いに怯んで噛んだけど。
「まったく、私は本当に納得できない。独身の間は皆さ、私も素敵な人がほしい、そうつぶやいてるだけだ。だけどどうだ。それがやれ恋人だの夫だのができると、最初は惚気話でこっちを疲れさせて、次に喧嘩話でハラハラさせて――で、トドメがあなたはまだなの? どうして結婚しないの? ……君にわかるかい、毎回毎回その手続きを踏ませられる私の心中が!」
「ひえっ――え、ええっと、ごほん。その、わ、わからない――わけではないです、わかるというか想像はできるかもしれない、よう、な――?」
「だよね! だと思ったよ、アデル! でもさ、友人はまだ許せる。問題はあの糞兄貴どもめが、いい加減賞味期限切れだって――」
どれだけ人格者だろうと仕事で成果をあげようと、ただ一点恋人がいない、その欠点が燦然と輝くばかりに周囲にプゲラボッチ乙される独身女性魂の叫び。なんだろう、聞いてるだけで身が擦り切れる。ゼナさんの家、男兄弟ばかりで女はゼナさんだけ、しかもお兄様たちは皆既婚者だそうで、その――まあ、実家に帰ると針の筵って言うか。
なるほど、今日荒れている原因がわかってきましたよ。
そもそもゼナさんはちょっと最近、仕事でうまく行かないことが多くて落ち込み気味だったんですって。そこにご友人がこの度結婚することになったとのことで久しぶりに顔を合わせたら、色々言われてしまったらしく。向こうは向こうで真剣に心配してくれてることがわかるから、何も言い返せず。で、さらに追い打ちをかけるかのように、三人目ができたお兄様からその報告とともに長い長いお説教、一言で要約すると「はよ仕事なんかやめて結婚しろ」なお手紙が届いたらしく――。
私がいなかったらいつも通りお姉さまがお相手してたんでしょうけど――ああ、教えて、私の心の中でいつ何時でも余裕の微笑を浮かべながら、静かにお紅茶が冷める時を待っているお姉さま! 不出来な妹にはこういう時どうするのが正解なのかわからないので、ただただ圧倒されるままにゼナさんの嘆きを聞き届けるのみなのです。どうやったらあなたのような泰然自若とした様を貫けるのでしょうか?
だらっだらに冷や汗を垂らしながら目を泳がせ、それでもゼナさんの嘆きを受け止め続けていると――やがてふつっと、何かの念籠る黒いオーラが引っこんでいきました。
しゅんっとしたゼナさんが、なぜか小さく小さく見えること。
「ごめんねアデル。八つ当たりした。いつもならスフェリが聞いてくれるから、つい。悪いことしたね」
「いえ、その、えっと」
「聞いてくれてありがと。ちょっとすっきりした。……これあげる。全部食べていいよ」
ついっとゼナさんは少し前まで彼女が抱え込んでいたお菓子包みを私に差し出してきます。
微妙に食べ物があればなんでも許す系チョロい子に見られてる気がしないでもないですが、まあいっか。実はこのパンをカリカリにして砂糖とかまぶした感じのお菓子、大好物なのです。……んー、サクッとしてカリッとしてふわん――甘い! 大好き!
私が思わずもしゃもしゃといくつもほおばっていると、リスみたいだねと笑いながらゼナさんが頬を突いてきます。そして深いため息。
「……可愛いねえ、君は本当に」
ってちょっといきなり何言いだすんですか、喉詰まるかと思ったじゃないですか!
少々お行儀が悪いながらも慌てて紅茶を飲み込み、儚く消え去った口の中の幸せに微妙に哀愁を感じていると、頬杖をついたままポツッと彼女は言うのです。
「私は昔からずっと、可愛げがない、可愛げがないって言われ続けてきたから。しょうがないじゃんか、庶民家で男兄弟に囲まれたら、生き残るためには姫じゃいられない。性格だって、黙って大人しくしてるよりやりたいことをガンガンやる方が性に合ってた。第一、見た目からしてごらんの通り、細目だし背は高い――とても姫って柄じゃないしね。両親は今でも、女の子っぽく育ってくれなかった私を不満に思ってるみたいだけど」
からん、と鳴ったのはゼナさんが紅茶をかき混ぜるスプーンとカップが当たった音。私があーだのうーだの、なんて返したものか考えながら意味のない音を発している間に、ゼナさんはテーブルに突っ伏してしまいます。茜色の髪がくしゃりと広がる。
「今の自分に不満はないよ。やりたいことを掴みとってきた。私は私に満足している。だけどさ、時々やりきれなくなる時があるんだ。なんで私、女に生まれたんだろう。男だったらもっと――」
「私は、ゼナさんが女性で良かったと思ってますけど」
思わず口から洩れた言葉は妙に大きく響き、ガバッとゼナさんが顔を上げます。少しだけ怯みそうになりますが、自分で自分を励まして続けます。
「……かっこいいじゃないですか。羨ましいですよ、背丈のことも」
その瞬間、ゼナさんは盛大に笑い出します――ってなんで!?
「あっはははは――そうか、そうだね、あはは――」
「ちょっと、ここ笑うところですか!?」
「ごめんごめん、あは、はは――」
ゼナさんはお腹を抱えて大笑いしてます。何がそんなにツボったんだろ、納得いかないぞ。
……まあ元気が出たらしいのはいい事か、うん。
と、涙をぬぐいながら口を開きかけたゼナさんがそのままあんぐりと止まってしまいました。不審に思って視線の先を追いかけてみれば――直後には私も彼女そっくりの、目をと口を間抜けに大きく開けることになったのです。
「ガールシード卿、どうしてここに?」
ゼナさんの裏返ったような声に、私の心の中の叫びがぴったり重なります。
あちらからどう見てもまっすぐここを目指して向かってくるは、整えられた深緑の髪、圧倒的黒縁眼鏡の後ろに静かな薄紫の瞳を揺らしている落ち着いた――と言うかぶっちゃけ根暗な雰囲気の男。仏頂面と眉間の皺には年季が入っており、中肉中背で、山吹色の文官の服を模範的かつ無難に着こなしています。
彼こそは三番目の攻略者、モナモリス=ガールシード。
朕や先輩のような動く輩ならわかる。神官も管轄違いではあるけど、神出鬼没でフットワークの軽い奴だからまだわかる。師匠は――例外ってことにしておこう。あれは特殊事例すぎる。
ともあれ、なぜ。よりにもよって、純粋なデスクワーク派であるモナモリスが。フラグ立てればある程度は動くけど、基本的にアデラリードの方からモーションかけていかないと接点のない男が。その消極性と地味さゆえに、個性的な攻略者たちの中でとびきり影が薄いともっぱらの評判だった男が。今の私と腕相撲したら負けるかもしれない、というか私普通に奴に体力勝負や筋力勝負で勝てる自信ある、それくらいモヤシに定評のある動かぬ男が。
一体何があったら、文官の仕事エリアや図書室を遠く離れた、後宮で開かれているお紅茶パーティー会場までわざわざ足を運ぶことになるのですか!?




