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転生ヒロインの使命は、悪役お姉さまを守ることです!  作者: 鳴田るな
起:四天王制圧編~vsキルルシュタイナー
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2-03.さあ、かかっていらっしゃい!

「お姉さま!」


 着地すると、木々の向こう側にはたして彼女のお姿を発見しました。お姉さまは私の姿を確認するなり、両手を掲げて次の呪文を唱えます。

 ――あ、今気が付いたけど、両手に持ってる耳飾り、魔石だ。いや、確かにお姉さまが魔術の素養に溢れていたことは知ってたけど、ひょっとして日ごろからつけてらっしゃるアクセサリーも全部そうだったりするのかしら。よく見てみれば結構特殊な形状のものばかりですね。なんで気が付かなかったんだろ。お得意のステルスの一環でしょうか?

 そういえば、魔術師の弟子になってそこそこ研究してるけど、未だにお姉さまのって、おそらく幻惑魔術の一種ってことぐらいしかわかってないな――。


 私の思考回路はさておき、ワンコの落ちて行った穴はやはり土を操る精霊魔術のようで、たちまち周囲の土が動いて穴の上の分厚い蓋となり、その蓋がみるみるうちに凍っていきます。

 強度を強化するのかな? と一瞬思いましたが、そんな生ぬるいものじゃなかったことがすぐにわかりました。あれ、ワンコの氷漬け一丁仕上げるつもりだ。


 しかしそこは相手が魔獣、厚い毛皮にガードされてしまったのか、怒りの声が上がったかと思うと、ずぼっと勢いよく、分厚い土の中から鋭い爪が爛々と輝く手が飛び出してきました! きらり、と月の光を受けて淡い銀の光が毛皮の上を反射します。ジャンプして前足だけで土を突き破ったのでしょうか、それとも垂直な壁を根性で上ってきたのでしょうか。とにかくワンコはまだまだ戦う気満々だし、コンディションもよろしいようです。狼って寒い地方出身の生き物だった気がしますものね。寒さには強かったりして。


 お姉さまは突き出た狼の腕が暴れ回っているのを見ると、さらに別の呪文を唱えました。しゅるしゅると音がしたかと思うと、木々の根が盛り土の上を這い初め、飛び出ている腕に絡みつきます。と思いましたが、何か嫌なものが近づいてきたと察知したのか、木の根にからめとられる一歩前に、腕はさっと穴の中に引っこんでいきました。その穴も覆うようにするすると根が蓋全体に広がると、下からぐるぐるぐると雷の予兆のような唸り声が籠って聞こえます。


 効力を失ったらしい二つの耳飾を投げ捨て、今度は腕輪を外しながらお姉さまはつぶやいています。


「……身体ごとはいくらなんでも無理だわ。耐性もあるし、頑丈な上、回復力が高すぎるもの。となれば、動きを封じて胸を穿ち、速やかに心臓を露出させて焼くしか……」


 私はあまりにも物騒なそのセリフに、思わずあんぐり口を開けてしまいます。彼女の美しく黒い瞳は、月明かりの下でしんと冷え切っていました。


「お姉さま――?」

「……いらっしゃい、アディ」


 彼女はほんのわずかの間、狼が唸っている場所を睨んでいましたが、不意に踵を返すとさっと私の手を掴んで歩き出します。私は彼女に引っ張られるまま数歩進んで、そこでようやく我に返って言葉をかけようとします。


「お姉さま、ご無事で何よりです。が、ええと何から話したものか、とりあえず――」

「出口はもう見つけてあるわ。あなたは先にお戻りなさい」

「――えっ?」


 お姉さまは私を遮るように言って、どんどん歩きながら――やっぱ貴族令嬢にしてはちょっとびっくりするほど足早いですお姉さま、こけるから手加減して!――彼女にしては、やたらと鋭く早口で言葉を続けます。


「ルールとやらはもう聞いていて? 私とあなた、それからディザーリオ卿は特殊な空間に閉じ込められている。けれどこの森の中にあるゲートを通過すれば元の世界に戻れる。――さあ、わかったらいらっしゃい。あの狼は手ごわいわ」


 つかお姉さま、あれがキルル先輩だってわかってて最初からオーバーキルしてたんかい。私はお姉さまがすんなりルールを理解し受け入れていること以上に、そのことに何か寒気を覚えます。


「お姉さま、でも――ルールや状況を理解してらっしゃるのとゲートをすでに見つけてらっしゃることはその、確かに喜ばしい事ですが――ゲートは今の時点では一人しか通過できません。それに残った二人は――」

「ええ、そうね。けれど、ディザーリオ卿を倒せば、やはり人数制限のないゲートが出現する。既に最初のゲートをわたくしたちのどちらかが潜っていたとしても、脱出イベントより、討伐イベントとやらの方が優先されるんですって。だからディザーリオ卿を制する意志が残っている限り、イベントは続行とみなされ、彼を殺すか彼に殺されるまでペナルティは延長される。確認したらそう補足が入ったもの」


 ……言われてみると確かに、一人脱出したら残りの二人は主催者の判定次第で自動的に敗北者になる的な事を言っていた気がしないでもない。さすがお姉さま、その部分に気が付き、ちゃんと確認なさっていたのですね。


「でしたら、先に戻るのは――」

「駄目よ。あなたにディザーリオ卿は殺せない。……そうでしょう?」


 お姉さまは静かに断言し、思わず息をのんだ私に振り返りました。少しだけペースを落として私をひたと見据えながら、彼女はゆっくりと語ります。その形の良い麗しい唇で、私に――昔からいつもそうしていたように、幼い私をなだめるように言って聞かせるのです。


「彼が人狼であることは、こうなる前からわかっていたわ。ディザーリオ家の歴史や伝説からある程度推し量れることでもあるし、何よりも定期的にやってくる体調不良が満月の周期とぴったり一致するもの。……どういうわけか、驚くほど単純で簡単なその規則に気が付いている人は少ないみたいだけれどね。誰かが彼を援助でもしてるんでしょう」


 どこかもの言いたげなお姉さまの言葉に、思わず目をそらしていまいます。

 うん。その誰かに、すごく心当たりがある気がする。あいつだったらちょっとその気になれば、人の認識ゆがめるような術使うことも可能ですしね。

 具体的に言うとちから始まってうで終わる的な。リから始まってクで終わる的な。いや別にその、けして頭の中によぎった関節技のイメージに屈して訂正したとかそういうわけでは。


 私が脳内で多少やかましくしている間にも、お姉さまは言葉を紡ぎます。


「それでも害がない間は見過ごすこともできた。別に人だろうが人外だろうが、大差ないもの。でも、今の彼はだめよ、アディ。完全に魔獣に飲まれてしまった。もうあそこまで行ったら戻っては来られない。あれはすでにわたくしたちにとっての害になってしまっているわ。だったら見過ごすわけには行かない。ここで討つ、それしかないの」


 お姉さまはついに立ち止まり、私の方にきちんと向き直りました。――そのお姿の、なんと凛々しく神々しい事。私は自然と身体が震えるのを感じます。


「まだあの狼の中に、先輩の理性が残っているとしてもですか」

「……彼を殺してくれるなと言う事かしら?」

「先輩はまだ、死んでません――それに、先輩が戻らなかったらフィレッタはどうなるんですか」

「だとしても、完全に獣化した人間が元に戻るなんてないわ。運よく今理性を取り戻せたとしても、余計に苦しむだけよ。本人も、その親しい人もね。一度目覚めてしまった獣性は、一生元に戻らない。彼はこれから生涯ずっと、人を食い殺したい、その欲望と闘い続けなければいけない。そちらの方がよっぽど残酷だと思わなくて? 仮に人の姿を取り戻しても――いつかはまたこんな時が来るかもしれない。そしてその時こそ、自分が愛しい人を殺してしまうのかも。その恐怖は生涯彼を蝕むことでしょう。半端な同情心や優しさで助けたって人は救えないわ。より一層深い生き地獄に落ちるだけ。だったら――終わらせてあげることこそ、せめてもの救いなのではなくって?」


 お姉さまの冷ややかな声と、私の小さな言い訳のような声。

 ――わかってる。彼女の言ってることの方が正しくて、私が本当に甘い事を言っているように聞こえるのはわかってる。でも。

 不意に二つのどんな宝石よりも麗しい黒曜石がゆらっと揺れたかと思うと、お姉さまは静かに私に近づきます。温かくやわらかなものが私の両手をふわりと包み、お姉さまの優しい声がすぐそばで聞こえます。


「……優しい子ね。あなたに彼は討てない。である以上、ここにいるのは無意味よ。帰りなさい、元の世界へ」


 両手で私の両手を覆って、彼女は私に囁きかけるのです。――まるで、悪魔が人を唆すように。甘美に、蕩けるように。


「たとえ何があろうと、あなたはお姉さまが守ってあげる。だから何も心配することだってない、あなたが気に病むことだってない。……ディザーリオ卿はあなたと親しかった。決断をするのは苦しい事でしょう。でも、これは不幸な事故。あなたは何も悪くないの。全部お姉さまに任せてらっしゃい――」


 どこか歌うような抑揚をつけて、お姉さまは私に語って聞かせます。その言葉は私の中にすっと入ってきて、まとわりつき、そしてくすぶるのです。


 ――そうよ。

 ――お姉さまの方が、大事なんだから。


 私は彼女の言葉をしっかり聞き届けると――一人静かに決意し、お姉さまに目を閉じてこくりと頷きました。




 私たちはその後無言で歩き続け、ついにそれを発見しました。

 森の中に突如、不自然にぽつんとたたずむドア。デザインは一般庶民の家にありそうなものと大差ないですが、色は透き通るような白銀。ドアノブに手をかけ、開けてそっと中を覗いてみると、あちら側には闇が広がっています。不思議と恐怖はありませんし、覗き込んだ向こう側が元の世界だとなぜか安心して理解ができました。


 振り返ると、お姉さまは優しく微笑みます。心配ない、そのまま進んで元の世界に戻れ、と言うように。

 私は扉を開けたまま、彼女に近づいて抱き付きました。驚いたような気配がしますが、すぐにお姉さまは慰め励ますように私の頭を撫でてくれます。私は顔を伏せたまま、お姉さまにそっと話しました。


「お姉さま、確認させてください。私が先に帰ってこのゲートが無効になっても、お姉さまがキルル先輩を制すれば新しいゲートが出現する。……確かにそうおっしゃいましたね? 主催者に、そう確認したんですね?」

「そうよ。だから、あなたが先に戻っても大丈夫。わたくしもすぐに追いかけられるわ」


 くすくすと笑う声に目じりがじんわり熱くなり、私はぎゅっと彼女を抱きしめる手に力を込めます。


「怖いの? 大丈夫よ。何も心配はいらないのよ」

「ええ、お姉さま。お言葉を聞いて安心しました。あなたはいつも私を守ってくださる……」


 私はようやく彼女から身を離し、とびっきりの笑顔を向けます。低く低く、彼女には聞こえないくらいの声で――私はそっと左胸に手を当て、心の声に従って言います。


 ――やくそくにしたがい、えいえんにつづく、しんじつのあいにちかって。


「だから今は、私があなたをお守りします――お姉さま!」


 そして、お姉さまが訝しげな顔になるその前に――思いっきり、開いたドアに彼女の身体を突き飛ばす!


 完全に不意を突かれた彼女は呆然とゲートに投げ出されます。闇に吸い込まれる直前、その顔が驚愕に染まり――そして叫び声を上げました。けれどそれはすぐに、お姉さまの姿が見えなくなると同時に、扉ごとすべてがふっと空気に溶けるように消えてなくなってしまいました。

 一人になった私は、ふうっと息を吐き出します。


 お姉さまの言っていることは正しい。正気に戻すのは至難の業でしょうし、できたところでキルル先輩は辛い思いをするでしょう。

 でも――その道を辿るしか、私達全員が笑顔になれる日は来ないはずで。


「ごめんなさい、お姉さま。私、あなたの思っているほど優しい子じゃありません。キルル先輩が――いろいろあるとはいえ、私のいい先輩で、結構仲が良くて、親友の旦那様になるかもしれない人でも――私の命には代えられない」


 お姉さまと私だったら、私はお姉さまを残す。

 それが私が生まれ変わった意味だから。

 ――それがあなたがうまれかわったいみだから。


 けれど先輩と私だったら、私は当然私を取る。……ごめんね、フィレッタ。私はそういう女です。


 それでもどうして、殺すことにうんと言えないのか。まあ結局のところ、単純な話です。このまま先輩を死なせたら、きっとそれはあいつらの思惑通り。それであっちに愉しい思いをさせるのはごめんです。――だからそういう、非常に子供じみた意地のようなもので、今の私は動いている。


 でも、いいじゃない、別に。あがいてみせろと言うのなら、あがいてもがいて――つかみ取ってやる。



 お姉さまがこの場から消えたことで、おそらく彼女の魔術の呪縛から解き放たれた獣が接近してくる音が聞こえてきました。……妙に早いのは、きっとその分怒ってるから。

 私は深呼吸して、改めて自分の装備を確認しつつ、再び近くの一番よさそうな木を選ぶとよじ登り、静かに彼を待ちます。



 策は一つ。その一つの可能性があるから、私はお姉さまを先に帰した。それを思いつかなければ――たぶん、お姉さまに任せて先輩を見捨てていた。

 けれど、私の目論見が成功する保証はどこにもない。失敗したら、この状況を招いたのはすべて私の責任。覚悟を決め、私一人でキルル先輩を殺さなければならない。万が一にも私が死んだら、先輩は狼のままゲートをくぐってしまう。それだけは、最低限阻止しなければ。


 こめかみを汗が伝い、身体が震えますが、ばしんと点検ついでに叩いて気合いを入れます。――ビビったってもう遅い。どう転ぼうと、やるしかないんだから。

 だって、既に退路は断たれている。まさに状況は背水の陣。みなぎれ、私。……うん、何でもいいからみなぎってくれないと、ちょっと普通に死亡フラグ回収しちゃうことになるから、そこんとこマジでお願いします。これだけ恰好つけておいて惨敗とかだったら、目も当てられない!



 音が大きくなり、再び白銀の塊が私の前に姿を現す。――歩く彼の身体にきらりと光るそれを今一度確認した瞬間、私は自分が笑うのを感じました。


 ああ、よかった。さっき見えたあれは、幻じゃなかった。


「さあ、いらっしゃい、キルルシュタイナー。あなたを攻略してやります!」


 私が言うと、答えるように狼は牙をむき、吠えました。



 これは私にしかできない作戦。そして、最初の賭けに私は勝った。


 先輩が狼に変化した時、服は弾け飛び、おそらく持っていたものもその辺に散らばってしまった。


 けれど、ただ一つ。たった一つ。

 狼の左前脚に光り輝く石の輝きは――今の私に、おそらくキルル先輩にも、そして彼女にとっても――まさにそう、希望の光。


 フィレッタ、ベリーグッジョブですよ――!


 私は狙いを定めて狼が飛びかかってくるのと同時に、その左前脚に向かって手を突き出しました。

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