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転生ヒロインの使命は、悪役お姉さまを守ることです!  作者: 鳴田るな
起:四天王制圧編~vsキルルシュタイナー
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2-02.ワンコ、恐るべし

 狼の全貌を目の当たりにした私は、しんと体の奥が冷たくなっていくのを感じました。

 あれはもはや狼になってしまった先輩と言うよりも、魔獣フルルギルそのものだ――。


 身体を覆う白銀の毛並は月明かりで恐ろしいほどに美しく煌めき、歩くたびにその下の逞しい筋肉の動きに合わせ、ざざっと波打つように荒く蠢きます。その全身から匂い立つかのような、生粋の狩人の香り――ほとんど反射的に、獲物であろうこちら側に寒気が走ります。

 かろうじて歯が鳴るのを防げたのは、もっとおっかないもんを相手にしたことがあるからでしょうか。激おこ風師匠とか、大魔王風朕王とか、黒オーラ解放お姉さまとか――そういったものを思い出したら、なんかこう、すーっと急に落ち着きました。あっちの人たちの方が、ずっと怖い。


 ……あれ、おかしいな。身内の方が怖いってそれ、安心できないことなんじゃ? 私このことに関してもうちょい危機感抱くべきなんじゃ?



 と、ともかく。落ち着けたのは良い事だ。そう、ポジティブに! ポジティブシンキング!

 ……うっへえ、それにしても大きいなあ。何、あの肩の盛り上がり。狼のくせにどこぞのぐりずりーかよって思うくらい、超ムッキムキじゃないですか、やだー。もはやあれは狼の形した熊って形容した方が正しいんじゃないですかね。大きさと言い――いや、普通の熊よりもでかいんじゃないのかな、あれ。学園時代の最後の方で、実戦演習で動物やら魔獣やら倒しに行ったことはありましたよ? でもさすがに、軽く人間の2、3倍ある熊的な魔獣を罠とか事前の用意何もなしで一人で倒して来いとか、そんなハードな話はなかったなー。



 私がそんなことを考えている間に、巨大な狼は先ほど我々がいた地面のあたりまでやってきたかと思うと――そこで急にぐるぐると円を描くように回り始めます。緊張したまま見守っていると、イライラしているとでも言いたげに首を振り、それから夜空に大きく一声叫び声を上げています。何度も師匠のいたあたりをうろうろして地面をひっかき、唸り、吠える。それを繰り返しています。奴が歩くたびに振動が伝わってくるし、空気がビリビリ震えました。


 ハハッ、嘘みたいだろ? これと追っかけっこやらタイマンやら、今からしないといけないんだぜ。フルルギルは身体能力と回復力がアホみたいってだけで、目からビームだの口から炎だの空を飛ぶだの、そういうことができないのは救いですが。つくづく戦う側になってみると、火は吹けるし空は飛べるドラゴンってチートだと思います。


 まあ、この世界には火器の代わりに魔法って超強力な武器がありますけど――いや、さすがに私もかつてあの大馬鹿野郎リオスドレイクに弄ばれた時のような醜態は晒しませんよ? ただこう、今の段階ではあくまで中級魔術師レベルだと思うわけで、上級が複数人かかって倒すはずのこれ一人で相手にしろって言われるとだいぶ不安なわけで……。


 ううっ、弱気になるなアディ! 頑張れ私!



 けれど、そんな風に私が心の中で騒いでいられたのもほんのわずかの間。狼は不意にふっと鼻先を上にあげると――私が身を隠している木の方へ、思いっきり唸りながら近づいてきます。

 まあ、ワンコだから鼻は利きますよね。知ってた。しかもあの体のでかさと筋肉のポテンシャルから考えるに、立ち上がったぐらいじゃ届きませんが、一跳びで私のいる高さまでやってこられますね。


 ――ただ、こっちだって別に尻尾巻いて戦闘回避のためだけに隠れていたわけじゃありませんけど。



 私は木に陣取りながら、手の中に忍ばせていたものを慎重に枝の間から振りかぶり、ゆっくりと近づいてきた狼の鼻先に狙いを定めると、奴が木の下までやってきてガバッと口を開いた瞬間に投げつけます。狼が吠えたのと、私が目を瞑り耳を覆って叫んだのは同時。


「バースト!」


 直後に一瞬の閃光、そして爆発音と獣のギャーン! と非常に痛ましそうな叫び声が辺りに響き渡ります――よし、狙い通り顔のあたりで起爆、初弾は成功した! 私はすぐに暴れる狼に右手をかざし、ありったけ念を込めて呪文を唱えます。暴れ回る奴の身体に――やった、一回で成功した! マーカーがきちんと光ったのを確認すると、地面には降りずにあらかじめ目で見当をつけておいたルートを通って、木から木へと。ちょっと距離取って落ち着きたいんですよこっちは。フラメリオのチュートリアルが終わったと思ったら、作戦立てるまでもなくいきなり来るんだもの。持っててよかった木登りスキル。


 ああ、今何を投げつけたのか、ですか? 閃光爆弾もどき、らしいですよ。前にリオスにやったこととほとんど一緒で、爆発物を召喚して投げるだけの簡単なお仕事です。爆薬がメジャーでないこの世界において完全にチートな攻撃ですが、経費的な意味で弾数が限られています。いや、製作者の好意によりタダで頂いたものですけど、あんまり奴らの好意に甘えると後が怖いので。


 そう、召喚魔術と言えば! 先輩の告白タイムに付き合わされた時に、武器召喚ができないって不便だなと感じた結果、猛練習を重ねてマーカーを付けた特定の道具を召喚する魔術だけは、ほとんど100パーセントの成功率になってるのです。この歪んだ空間でも使えるかちょっと心配だったのですが、根気よく何度か繰り返せば不可能ではない模様。ただ、メリットであったはずの確実性と魔力量の消費率の低さがほぼなくなったことを考えると、あまり嬉しくないですが。


 ……それにしても、結構えげつない音したなあ。いや、投げといてアレなんですけど、詳しい効果わかってなかったもので。何せ、


「おいチワワ。びかってなってどかーんってなる面白い物作ってみたけど、余ったからやるよ。ピン抜いた後、バーストって唱えれば起爆するから。あ、投げて使うんだからな、これ。自分の手に握ったままはやめろよ。感覚器官が軽く全滅するぞ」

「は? 誰がチワワですか。あと何してるんですか、あんたって人は」

「いや、最初は閃光手榴弾を再現したかったんだけど、ちょっと威力強くしすぎちゃって。だからなるべく室内と対人間に対しては使わないでほしいかもなー、なんて思ったり。場合によってはスタン効果通り越して即死だろうからな、ショックで」

「何それあぶなっ。なんでそんな危険物なんか作ってるんですか!?」

「ただの趣味だ、それ以上でもそれ以下でもない!」

「ドヤ顔で言うんじゃないですよ、腹立たしい! ともかく、こんなもんいりませんからっ」

「おーそうかそうか。じゃあ今からちょっくら勝負してオレが勝ったらこれを受け取る、あんたが勝ったら返品可ってことでどうだ? ……五目並べで」

「ならばよろしい、受けて立ちましょう!」


 ってやり取りの後、持て余してた物品だったもので。え、結局持ってるってことは勝負の結果はって――フフ。それ以上はいけませんよ。世の中には言わなくていい事、聞かなくていい事って、あるじゃないですか? ……い、一回は引き分けに持ち込んだもん。好きこそものの上手なれって言うのに、なんでいつまでも勝率上がらないんだろう、五目並べ。



 いやそんなことはどうでもいい。確かにびかってしてどかーんではありましたね、うん。あんなん顔面でやられたら、いくら魔獣とは言え――いや、感覚器官が数倍優れている魔獣さんにはその、割と大ダメージなんじゃない? ……た、たぶん死んでない。フルルギルは超級の魔獣、心臓取り出して焼かない限り再生するはずだから、うん。


 くそう、あいつめ! 確かに役には立ったっぽいけど、断じて褒めたりはしない! たとえ礼は言おうと頭は下げん! 絶対調子乗るからな! 見なくてもドヤ顔してるのがわかる! あーくっそ、腹立たしい!



 私はそんなこんな、冷や汗かいたり青筋を浮かべたりしつつも、そこそこ離れたかなと判断した場所で、一度移動をやめて別の物の召喚を試みます。――っし、三回で成功! 袋を探って、目的の丸薬を取り出すと素早く飲み込みます――うええ、すごく苦い。砂糖入れてないカカオ的な。うまく水の魔術が使えれば気軽にこういう時飲み水呼び出したりできるのに……。

 でもこれで身体強化の魔術をかけた時と同じ効果が得られる。フラメリオ先生からいただいたドーピンググッズですよふふふん。……回復の丸薬は三粒か。ポケットに入れて、と。あと確かこの辺に……あったあった! いわゆる魔石と呼ばれる、魔力を込めた石の首飾りを急いで取り出して首につけます。師匠と一緒です。彼が首元にあの妙に目立つジャラジャラくっつけてるのは、別にファッションの問題じゃなくて、魔術師だったら誰でも体のどこかに魔石を身に着けているものなのです。普通は魔力が切れた時とか、絶体絶命のピンチに奥の手として使うんですけど――師匠の場合事情が特殊で、溢れ出る魔力を魔石に吸わせ続けることで抑えるとか言うわけわからん使い方をしています。少なくともあと一回変身を残していると言う事ですね。考えたくないですね。


 さてそんなわけで、ドーピングだろうがチートだろうがコネだろうが、惜しみなく使っていきますよ。それにしても、これらを使っても一体どうやって先輩を攻略したものか悩ましい――。


 って、あ、あれ? 手始めに先輩の現在地を探っておこうと思って、マーカーを付けた物の方角と距離を測る魔術――別名迷子もしくは落し物探しご用達魔術――を作動させたのですが。おっかしいなあ、私は動いていないのに、どんどん近づいてきているぞー? しかもなんか振動だとか音とか聞こえるぞー? ――それも、だいぶ怒り狂って切れてらっしゃる感じの奴が!


 私が直ちに臨戦体勢に入ると同時に、ワンコの激おこの声が鼓膜をびりびりと震わせました――ったあ、キーンってした! 間もなく視界の範囲に現れたワンコは――ああ、そりゃあ、そうなりますよね。すっかりカンカンのご様子で。

 でも嘘でしょ、さっきうまいこと鼻に当てて起爆できたから、顔についてる器官は軒並み潰れてたはずなのに――まともに食らってたら視力も聴力も、たぶん嗅覚もなくなってるはずなのに――平衡感覚だっておかしくなってるはずなんだから、立ち上がって動けるなんてありえないのに――あいつ、普通にこっちのこと発見して、迷わず全力で走ってきてるんですが!? 確かに先輩の回復力が異常な事は前世知識でも現世の経験でも知ってましたが、ここまでとは――。


 狼は私の上っている木にロックオンすると、突撃してこようとします――落とすつもりですか、そうはいきませんよ! 私は振動で振り落される前に素早く別の木に飛び移り、そこからまた振り返らずに木々の上の移動を再開しました。跳ねて、しがみついて、蹴って、掴んで、飛んで――。そのすぐ後ろ、あるいは下の方から、怒りの吠え声と木々がずどんずどんと巨体に当たられてゆすられる音が聞こえてきます――。



 くっ、だけど、これじゃ計画の練り直しだ! 二回戦があるなら睡眠か麻痺に持ち込もうと思ってたのに、あの様子じゃ状態異常にしたところで物の数分――下手したら数秒で治ってしまう。あれだけの威力でスタンがほんの少ししかないなんて――。

 チラッと目の端に映る狼は唸り、全身の筋肉に力を込めています――あの身体にダメージを与えるのだって至難の業。もしうまくいったところで、回復力がある限りすぐに立ち直られてしまう。感覚器官系を潰す技もその意味では効かない。だったら継続的に、治る側から攻撃し続ける? 駄目だ駄目だ、持久戦に持ち込んだってこっちがへばった段階で負けが確定する。


 ――木に体当たりを繰り返していた狼が、今度は口を大きく開けてジャンプしてきました! 間一髪で避けますが、バランスを崩しかける――それでもなんとか腕を伸ばし身体を捻って、地面には落ちない。陸の勝負に持ち込まれたら圧倒的にこっちが不利だ! 足を勢いよく振り、反動を利用して上へ、上へ。


 私は歯を食いしばり、枝の上で逃走を続けながらも、必死に考え続けます。


 思い出せ、思い出せ! 私に何ができる、何ができない。キルル先輩に何ができる、何ができない。

 もう一度、イベントをよく思い出して。戦闘描写じゃない。そこにはただ、彼の名前を呼び続けながら逃げ続けた、その記載しかなかったはず。反撃しても無駄だった、その記載しかなかったはず。


 落ち着け。前世とこちらでは状況が違う、だから差異が出るのは当たり前。それでも何か、何か状況を打開させるものがあるはず。そう、前世の知識はマニュアルじゃない――ヒント! そのことがわかっていなかったのが今までの私の失敗、私の勘違い――。


 だけど、肝心の彼を止める打開策――このイベントを成功に導くためのアイテムを、私は今持っていない。そのせいでこんなに、さっきから頭を悩ませている。そりゃそうだ、私は先輩と何のフラグも立てていないんだもの。重要アイテムなんて持ってるはずもない、渡しているはずもない。だったらどうする。何かで代用するか、別の手段を取るか――。



 ――にしても、うっとうしいなあ。いい加減イライラしてきた! 考え事くらい大人しくさせなさいよ、しかもあなたのことを考えてるんですから!

 何度目になるかの体当たりをかわした私は、ギッと狼を睨みます。向こうもやみくもに飛びかかっているだけでは駄目だとでも思ったのか、唸りながら低く構えてこっちを睨みつけてきています。


 戦闘不能に、行動不能にする、何か――。

 こうなったら、どこかに縛り付けるか、閉じ込めるか? そうだ、落とし穴でも――。



 と、思いついた瞬間。狼が消えました。

 いえ、ふっと真下に突如出現した穴の中に、キャイーン! とかちょっぴり可愛い気がしないでもない悲鳴を上げながら落ちていきました。


 あっけにとられる私。

 ……いや、今まさに思いましたけどね。本当にその瞬間落とし穴が出現するってどういうことなの!? ええと、土魔法的な何か? でも私は何もしてない――。



 大混乱に陥りかける私でしたが、直後響いた声に一瞬で正気を取り戻します。


「アディ、今のうちにこっちへいらっしゃい!」


 ――お姉さま、お姉さまなのですね!?

 ほとんど反射的に、彼女の声の方に木から飛び降りて駆け出しました。

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