表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生ヒロインの使命は、悪役お姉さまを守ることです!  作者: 鳴田るな
起:四天王制圧編~vsキルルシュタイナー
42/197

2-11.やくそくをわすれたの?

 開いた扉に飛び込んだ私は――そこはあまり凝った作りでない家具や机の上に散らばる布だの掃除道具だの、ぱっと見でわかるほど雑多で質素な、なんてことはない使用人たちのゾーンだったようですが――続いて扉を開けた人物が誰であるか把握した瞬間、思わず大声を上げそうになりました。彼はそれを一瞬先に察すると、唇に人差し指をさっと当てます――それを見て、すんでのところで自分で自分の口を押えて踏みとどまると、部屋の奥へと声には出さず体の動きだけで次の指示が飛んできました。少々迷ってから、そういえば迷っている暇はなかったことを思い出した私が大人しく入ってきた扉から離れると、彼はさっと音もなくそれを閉めて、静かに廊下の様子を窺います。

 少しして、外の気配が少々騒々しくなりました。探し回っているらしい足音とともに、ウルルが廊下をうろうろしながら私の名前を呼んでいる音が聞こえます。

 所在無げに足元に彷徨わせていた視線を反射的に上げると、扉に耳を当てている彼が一瞬ピクリとどこか不愉快そうに表情を動かした瞬間にちょうど出くわしてしまい――私はなんだかいけないものを見てしまった気がして、慌ててもう一度下を向きました。


 やがて外の音は徐々にフェードアウトしていき、少し埃っぽく薄暗い室内に静寂が戻ってきます。それでも顔を上げることもできなければ、声をかけることもできない。このまま出て行ってくれていいのに。その方がいいに決まってるのに。でも、本当にこのまま行かれてしまったら、妙に寂しい思いをしそうで――。

 私がそんなことをぼんやり思いながら突っ立ったままでいると、やがて控えめにぽつりと彼の方が声を上げました。


「お困りかと、思ったので――出過ぎた真似でしたでしょうか」

「あ――い、え。その――助かりました」


 ぎこちなくお礼を言って、少し迷ってから視線を上げます。私と同じくらい、彼はこちらを見ることも声をかける事もためらっていたようでした。少しの間だけ視線を絡ませてから、私はもう一度下を向きます。


「……ありがとう」

「……いえ」


 私の声も小さいですが、彼も同じくらい、ひょっとすると聞き逃してしまいそうなほどの声量で喋っています。情けないことに、彼の顔を見れないし、声だって油断したら震えそうなんです。口の中はすっかりカラカラ、表情筋は妙に強張って仕事をしてくれません。

 ――思えば数か月前、初めてフラメリオに呼び出されたあの夜の日からずっと、私たちはなんとなく互いを避けていた気がします。たまにすれ違うことがあっても会釈のみで済ませて通り過ぎ、遠くから姿を見つければ踵を返し――少なくとも私は意図的にそうしていました。こうして二人きりになるのが久しぶりで――おかしいですね、前にどうやって笑ってどうやって喋っていたかが思い出せないんです。いえ、違います。こんな変な自分を見せるのが嫌だったから、あなたに会いたくなかったのに。よりによってこのタイミングで、なんで。


 ディガンも私と同じくらいか――ひょっとしたらそれ以上に迷っているようでした。何度も口を開け閉めして一度はドアノブに手さえかけて、けれどそこで立ち尽くして。――ようやく彼が声を絞り出したときには、すっかり私の握りこんだ掌に汗がじわりと浮かんでいました。


「今の方は――」

「別に私は何とも思ってませんから!」


 切り出された話題を遮るように鋭く上げられた大きな声が自分のものであると気が付いたのは、驚いたようにぱっとこちらによこされた灰色の目を思わずまともに覗き込んでしまってから。ざざあっと、血の気が引いていく音がうるさい。


「だから、その」


 ディガンは待っています。私が続きを話すのを、静かに待っている――。


 でもこれ以上何を言うの? これじゃまるで、私が言い訳してるみたいじゃないですか。どうして? ウルルの事を彼に聞かれたことに、どうして私がある種の罪悪感みたいなものを感じなければならないのですか。


 火照っていく頬と真逆に、心臓が、胸の奥がどんどんと凍えていく。ぐるぐると、お腹の中で何かがとぐろを巻き、唸り声をあげて鎌首をもたげる。


 やくそくをわすれたの?

 ディガンは、ただのじじゅう。そうでしょう、アデラリード。それとも。

 ――ねえ。わたしをうらぎるの?


 わかっている、から。

 一つ深呼吸をして、全部飲み込みます。

 前みたいな、いつも通りのアデラリードの微笑みを浮かべると、ディガンも曖昧な微笑みを浮かべて目を伏せます。彼は勘が鋭いから、ひょっとしたら何かわかってしまったのかもしれません。


「アデラリード様。私の気持ちは変わりません。何があろうと、私はあなた様の――あなた様とスフェリアーダ様のためにあり続けます」


 その言葉を最後に出て行こうとする彼の背中に――ああ、我慢しようと思ったのに。私は思わず言葉を投げつけました。


「嘘つき」


 私の意志とは無関係に、やめろと警告する心を振り切って、唇は弾かれるように振り返った彼に――刃を、突き立てる。


「嘘。簡単に死んじゃうような人がそんなこと言わないで。破るつもりの約束なら、結ばないで――」


 余計な事だってわかっているのに、自分が抑えられない、止められない。せりあがってくる黒い塊が、押しとどめていた関を破り、ごぼりと口から爆ぜます――。

 これは誰の気持ちでしょうか? 歪んで見える、困ったような優しい微笑みに、かっと全身が沸騰するように熱くなる。


「ディガンの馬鹿、大馬鹿!」


 最終的に私は叫ぶように言い捨てて、彼を突き飛ばすように扉の前からどかして廊下に飛び出し、その場から逃げ出しました。





 走って走って、人の気配がするところまでやってきてようやく私は我に返りました。……訓練場の近くまで戻ってきたみたい。ウルルから逃げ――戦略的回避を試みたとは言え、確か片づけは済んでいたから戻らなくてもいいか。キョロキョロ辺りを見回して、ひとまずワンコ弟が辺りにいないらしいことを把握すると落ち着きます。

 もうすぐ夕方じゃないですか。とりあえず、一度後宮の方に戻ろうか。そう思って歩き出した足取りはとぼとぼと、自分でもわかるほどに元気がありません。深く息を吐いて、片手で顔を覆います。


「大馬鹿は私だ……」


 何やってるんだろう。よりにもよって捨て台詞が罵倒とか……あんなこと、言うつもりなかったのに。


 でも、ディガンだって責任はある! 妙な雰囲気醸したり、心の準備もできてないのに現れたり、変なこと言ったりするし、だから調子が狂うんですよ。何よりもあの灰色の曇り空がダメなんだ。あれを見てるとどうも状態異常になると言うか、変なことをしでかすようになると言うか。


 ……違うな。やっぱり私が悪いんだ。中庭の時からずっと、どうにも自意識過剰だぞ、アディ。次回こそしっかりして、前みたいに話せるようにならないと。ディガンは必要な人なんだから、あんなことしてる暇ないのに――。


 ぱんぱんっと二回強く頬を叩いてから、びろーんと頬を上に引っ張って、私は気合いを入れなおします。うん、これでいつものアデラリードに戻ったぞっ――と、反対方向から歩いてきた方が見覚えのある赤い衣装な気が。視線を上げるとはたして、艶やかな色っぽい笑顔が私を出迎えます。


「あら、アディ」

「お姉さま」


 私が駆け寄ってみると、彼女は数冊本を抱えているようでした。


「図書室からの借り物ですか?」

「ええ、少しね。ギリギリになってしまったけど、返しに行こうと思って」

「ゼナさんの所ですね。ご一緒してもよろしいですか?」

「もちろんよ」


 私は並ぶついでに、お姉さまからさっと本を受け取ります。


「お持ちします」

「まあ」


 お姉さまはちょっとだけ取り返したそうにしましたが、結局は私に任せてくれました。……結構重いんですが、これ。メイドさんか侍女仲間に持たせればいいのに、今だって一人で――。

 私はそこまで思って、胸にちくりとしたものを感じます。お姉さまは基本的に人を頼りません。もちろん、貴族として使用人は使って当然ですし、その辺は私よりよっぽど彼女の方がうまいのですが――広く浅く、うまく付き合っているように見えて、その実本当の近くには誰も入れようとしない。そんな彼女の孤立体質と言うか、深い部分で他人を拒絶しているような所を――こうした時に感じます。

 でも、私には本を持たせてくれる。一緒に歩かせてくれる。

 ――だから私が、この人を守らないと。

 わたしがこのひとを。


 ぎゅっと唇を噛みしめた私は、ふと何の気なしに落とした視線に映った本のタイトルを認め、思わずお姉さまの方に顔を向けてしまいました。彼女は私が言いたいことを察したのか、くすっと笑ってから囁きかけます。


「フィレッタには内緒よ」

「……はい」


 道理で重いはずですよ。そりゃ、カラーの図版なんてページも材質もご立派なものでしょうからね。……衣装の資料になりそうな本を、こんなに。


 お姉さまは自分にも他人にも厳しいお方です。困難の壁にぶち当たっているときに優しく手を差し伸べてくれる方ではありません。――でも、もっとわかりやすくてもいいのにな。私はついついそう思いながらため息を吐いてしまうのです。


 と、くすくす急に彼女が声を上げて笑い出しました。びっくりして顔を上げると、いたずらっぽい目で彼女は言うのです。


「そう、そういえば彼女、この短い間に孤高の銀牙様をすっかり捕まえてしまったらしいわね?」

「えーとあのそのうーんと」


 さてどう答えたもんかと迷う私に、お姉さまは一人楽しそうに頷いています。


「若い時の恋はいいものだわ。何にも縛られずに自由に飛んで行けるもの。それで多少周りを見なくなることはあるかもしれないけど、優しくしてあげてね、アディ」

「あ、はい」


 返事をしてから私はん? と首を傾げます。お姉さまの言葉に、妙な違和感を覚えた気がする。


「お姉さまは――」

「あなたはどうなの?」

「もしかして――は、え? わ、私ですか!?」


 何気なくそれを聞こうとして、思わぬカウンターについ間抜けな声を上げてしまいます。……気のせいでしょうか、お姉さまの微笑みがさっきよりもなんかこう……黒い?


「件の騎士様の弟君とはその後うまく行って?」

「なんで知ってるんですか。じゃなくて、全然そういう仲じゃないんで。あっちがいつまでも絡んでくるだけなんで」


 彼女は私のげんなりした顔に笑い転げてから、ふっと声のトーンを落としました。


「どうしても困っているのなら――お姉さまが、助けてあげましょうか?」


 ぞわぞわぞわと肌が泡立つのを感じます。静かに漂い始めた冷気、傍らの美しく愛らしい麗人から放たれる威圧感。すっかり狩人のそれに変じた黒い瞳。

 いやいやいや錯覚です、きっとほら、いったん別の方を見てから戻ってきたら、元通りに――。


 あれえ、もはや気のせいで済ますには若干辛くなってきた感じにプレッシャーが増してる!?


「いやいやいや、私の事ですから、自分でなんとかしますそんな、お姉さまの御手を煩わせることでは全然、自分でできますから!」

「そう。……そうね、ふふ」


 必死に舌を回すと、お姉さまの暗黒オーラがとりあえずひっこみ、彼女は通常状態にまで戻ったようです。……ぜ、絶対これは何があっても彼女にだけは問題解決を任せたらいけない! 私の勘が正しいのなら、ウルルが二度と表に出てこられなくなっちゃう!

 私が内心で震えあがっていると、お姉さまはついでのように会話を続けようとしました。


「ところで話は変わるけど、あなたディガンと喧嘩でもしたの?」


 ――危うく本をバサバサと落っことしかけてしまう。絶対高い本だから、そんなことしたらゼナさんに怒られる! なんとか踏みとどまったはいいものの、私は立ち止まって体勢を立て直すことになり、お姉さまも足を止めます。彼女はうっすらと微笑みを浮かべていました。いっそ寒気を覚えるくらいに、いつも通りの笑顔で私を見つめているのです。


「…………なんでこの流れでそういう話になるんですかね」

「どうしてだと思う?」


 お姉さまは笑顔で取り繕うのが上手。――私には、彼女が何を考えているのか、今もさっぱりわかりません。


「お戯れが過ぎるのではありませんか」


 私が迷った末にようやくそれだけ言葉にすると、彼女の顔がさっと――見間違いでしょうか。いいえ、確かに――私にわかるくらい曇りました。


「そう。誰にだって言えない秘密の一つや二つあるものね。きっとあなたにはあなたの理由があって――それを止める権利はわたくしにはないのだわ」


 寂しげに苦笑して歩き出す彼女に、私はしばし呆然と立ち尽くしてから慌てて後を追います。言葉を探しますが、あれでもないこれでもないと思っているうちに、ついに図書室まで着いてしまいました。お姉さまは何事もなかったかのように私にお礼を言って図書を無事に返却し――ゼナさんは今日は当番じゃなかったみたいですね――そのまま帰ってしまおうとします。私はなんとなくもやもやとした思いを抱えたまま、そのまま今日はそこまで寒くなくてよかっただの、なんてことはないお姉さまのお話に合わせようとしましたが――。


「あっ」

「うわっ」


 ちょうど廊下の曲がり角をやってきた人物と、お姉さまがぶつかりかけてしまいました。


「し、失礼――」

「お姉さま、ご無事ですか!?」

「大丈夫よ、大げさね――」


 お姉さまに駆け寄った私ですが、なぜか視線は引き寄せられるように彼女からぶつかりかけた相手へ。見慣れた銀髪にピンクの目、少し前に見た時と同じ、非番の恰好。左腕には少しだけ彼の雰囲気とは異なった糸と石でできた腕輪――。


 いけない。


 その瞬間、私の頭に最初によぎった言葉はそれでした。私は苦笑から怪訝そうな表情になるお姉さまを引っ張り、先輩との間に割って入ります。


 キルル先輩は目を見開いています。それは今や彼に対して最大限の警戒を表しつつある私をすり抜け、お姉さまの方へ。――食い入るように、瞬きもせずにお姉さまをじっと見つめています。


 ばさり。

 先輩の腕から、本が音を立てて落ちました。彼も図書室に返しに来ていたのでしょうか、あるいは借りて行こうとしたところだったのでしょうか。それよりも、ほんの一瞬前はお姉さまとぶつかりそうになって慌てたり、私を見てほころびそうになっていた彼の顔は今や真っ青で、唇も目に見えて紫色になっていくのです。はっと気が付いた私が慌てて振り返ると――お姉さまもまた、彼を見ていました。彼女も先輩と同じく、まるで人形にでもなってしまったかのようにただただ彼を見つめ続け――そしてふっと緊張が緩んだかと思うと、その場に崩れ落ちました。


「お姉さまっ!」


 私が駆け寄って声をかけても反応はありません。抱え起こそうとすると、彼女は意識を失っているようでした。弾かれたように再び先輩に目を戻した私は、そのまま絶句します。


 先輩は――おそらく先輩であるそれは、よろよろと後ずさっています。かろうじて彼とわかるのは、未だ左腕に見覚えのある腕輪がきらりと夕日を受けて光るからです。ぶちん、ぶちん。その音はきっと、膨張する身体に耐え切れなかった繊維が断たれた時の悲鳴。ほんの一瞬目を離した隙に、彼の体は変形し、その肌は白銀の毛に飲み込まれつつあります。


 夕方とは言え、まだ日は沈んでいない。こんなバカな。抑制薬は嘘だったの。いえ、それ以上に――!

 私はあわてて周囲を確認しようとしてさらに言葉を失います。


 廊下には私たち以外誰もいない。

 いえ、それどころか人の気配が完全になくなっていました。見慣れているはずの、見たことのない場所。まるでビデオの早送りのようにありえない速さで沈んでいく夕日と暗くなる空、それに合わせるように上がってくる丸い――嘘、でしょ。どうして、今日は三日月だったはず――それなのにどうして、丸い月が出てくるの!?


 素早く忙しく思考や感情が動きますが、声は出てきません。ぶわっと噴出した汗がこめかみを、顎を伝い落ちて行ったのと同時に、もはやほとんど巨大な狼に変化しつつあるそれと視線が交わりました。そのピンクの瞳が――私の目が正しければ恐怖の感情を宿し、ぐらぐらと揺れています。


「――いや、だ」


 その声が先輩のものなのだと私が思うのと同時に、頭の中で鳴り響いていた警鐘が一気に音量を増してぐわん、と体が揺れます。


 はじまる。


 そんな誰かの声が届いた錯覚を覚えた直後――私たち三人の足場がいきなり崩れ落ち、あっという間に闇の中に身体が飲み込まれていきました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ