2-9.どうにもなんだかすっきりしない
「言われなくても腹から声出すんだろーが、聞こえねーんだよボケが! もう一度!」
「ごき――ご機嫌、いかがですかー!」
「足りない、もう一度ォ!」
「ご機嫌いかがですかーっ!」
「やればできんじゃねーか、もう一度!」
「ご機嫌いかがですか――」
訓練場にて、怒鳴るリオスと吠える先輩。男二人で絶賛発声練習もどきの最中です。それを横で優雅に胡坐かいて眺めている私。
久しぶりにこのノリ見たなあ。そうそう、学園時代はしょっちゅうこんな感じの奴、やらされましたよねー。
あれ見てると無性に入学式直後の思い出がよみがえりますね。人呼んで、最初の洗礼――点呼。洗礼どころかあの時点で既に振り分け始まってるんですけどね。まあ、新入生が最初に入ってきたときに一列に並ばされて名前呼ばれて返事するんですけど、大体声が小さいだとか答え方がおかしいだとか敬礼が汚いだとか服装が――何かしら難癖つけられるんですよ、点呼係の教官に。私はなんか体型のことを言われた記憶がありますね、くっそう、他に言うところがなかったんだな、あやつめ! でも、そこで反発しちゃダメです。んなことしたらこっちが徹底的にボコられます。教官や先輩――上官の言う事は絶対。どんなに理不尽でも、怒られたらこちらの言う事はすみません、することはその後拳骨かビンタを食らうこと。で、頭下げながら言う事聞くこと。そんな感じにみっちり調教されますね。
まあ、でかい声ってのは戦闘において威嚇にもなりますし? 出せて損はないですよ。私もキルル先輩が言うように、元がキャンキャンと高くてキーンとするような声質ですから、ドスをきかせる声ってのは一時期練習したものです。……え、成果はって? まあ、ある程度は。しょうがないじゃない、容姿と声はどうにもならないこともあるんですよ!
それにしても、キルル先輩が後輩として活動してるところなんて、私が入学した時にすでに彼は最終学年だから見たことなかったな。道理ですっごく新鮮に思えるわけです。
彼は属性ワンコですから、後輩も板についてそうだけど、私の知ってる先輩は厳しいけど相当優しい先輩って感じでしたからねえ。少なくとも意味のない暴力や理不尽なお叱りはキルル先輩から受けたことないですし。厳しいっちゃ厳しかったですけど、あんなふうに怒鳴りつけてくることなんてまずなかったですし。いやあ、リオスはリオスでガラ悪い、王様がしていい顔じゃないですよねあれは――。
……というかこの状況、どうしてこうなったんでしたっけ?
あっそうだ、キルル先輩の恋愛成就のための猛特訓の最中――って何の特訓やってんのこれ? 相手は吹けば飛びそうな儚い美少女なんでしょ、どう考えても傾向と対策を間違えてませんか、王様!
私が心の中で叫んでいると、リオスは一度キルル先輩を止めて頷きます。
「ん、ちょっと休憩しようか。よしよし、いい声だぞ。ただキルル、女ってのは色々繊細な生き物で、俺たちが大声出すと大体ビビって泣く。本番はこんな怒鳴らなくていいから、普通に――むしろ優しくな」
うんそうだよね、さすがは朕王、わかってた。男の人の太い声や大きな図体が怖いって女性は、いつの時代にも存在するものですからね。あと、一説によれば男女のデフォルトの発声だと、男性には女性が小声なので聞き取りづらく、女性には男性の声量が大きすぎてびっくりしちゃうんだって話も聞いたことありますし。だから女性にお近づきになりたい男性は、発音はもちろんはっきりしてくださらないと困りますですが、声量は気持ち控えめくらいの方がいいのかもしれないですね――。
うん、じゃあなんでそれがわかってて、あなた今その人を全力で叫ばせてたんですか!?
「力み過ぎてる奴に、あえてさらに力を加えさせて過緊張状態に持って行ってから脱力させると言うテクニックがあってだな」
「ああ、なんとなく納得いたしました。握りこぶしで息止めさせて力ませるって奴ですね。私にも聞き覚えが――って、前から思ってましたけど、エスパーですか、あなた。なんかの術使って私の中を覗いてるんだとしたら、権利侵害ですよ。謝罪と改善を要求します」
こっちの考えてること言い当てるみたいの、気持ち悪いからやめてくれませんかね。しかもさりげなくにやけながら寄ってくんじゃねーや。
「中を覗くか……なんか言い方がエロいね、アデル君」
「あんたって奴は、アホなこと言ってないと死んじゃう病気にでもかかってるんですか!?」
気付けにもう一発爆発物を叩き込んでやりましょうか、今度は下半身に。位置的に身体を覆う布が弾け飛ぶだけでなく、最悪あなたの大事な分身にも何か異常が出るかもしれませんが――あれ、それってむしろすごい名案なんじゃ。だってそうすることによって朕王の汚いアイデンティティが一個消えることであり、朕王は晴れて綺麗なただの王に――よし、ぜひとも今すぐ実行して世界をクリーンにしてさしあげましょう、やだ私ったらどうして今まで気が付かなかったの――。
って思っている間になんかすっかり警戒体勢に入られてしまった。さすがに腕まくりして気合いを入れた段階で邪念を感じ取られたか。次回に作戦は持ち越しですね。
「冗談はさておき、さっきまで右に左におもっくそ首を捻ってた奴がどの口で言うかね」
「いやでも、疑問に思ってたことは顔見てればわかるかもしれませんけど、内容をピンポイントで当ててくるなんて」
「ふっ、男の勘だよ、アデル」
「そのフレーズ、私の専売特許ですから。あなたは使用禁止です」
「ケチなやつだな」
とやりあっていると、すごく深刻に真面目な顔でキルル先輩が私たちの方にやってきました。朕王は気軽に応じます。
「どうした?」
「先輩、確かに身体に入ってた変な力は抜けてちょっと気分は楽になったんですが――。肝心の彼女にどうやって接したらいいのかが、まったくわかりません」
「いやだから、変な力が抜けたらこう、いつも通り優しくだな――」
「いつも通りとか優しいって、なんでしたっけ?」
言うに事欠いて何言いだすんだこのワンコ。どんだけテンパってるのあなたは。朕王の方も一瞬何を言われているのかわからなかったのか、硬直してから答えを返します。
「……ほらその、アデルにやってる感じに?」
「こいつは投げ飛ばそうが転ぼうが自力で起き上がってきますし、最終的に怒鳴りつけられてもぴんぴんしてるじゃないですか!」
「あー、確かに一般女子としてはこいつ、限りなく外れ値の存在だったな、悪い悪い」
あっちょっと! 大体そんな風に思われてるとは知ってたしそれでいいんだけど、面と向かって言われるとさすがにちょっくら腹立たしいぞ、ワンコと朕王!
……ともかく、朕王によるワンコしごきは、暫定妖精姫役に勝手に指名された私を巻き込み、その日の夜もすっかり更ける頃――何とか最初の挨拶くらいはできるレベルにまで到達したのです。
朕王にこれで明日から話せるようになるぞ! と激励されて嬉しそうに帰って行った先輩を見送り、私は同じく帰り支度をしている奴に向き直ります。
「……で、本当によかったんですか?」
「何が?」
「いやだって、あれでも一応ディザーリオ伯爵家次男坊、並びに孤高の銀牙さんじゃないですか。まだ相手の女性の正体も知れてないのに、こんな後押ししちゃって」
「全く問題ないだろ、フィルレタンシア嬢なら」
「そうですか」
「おうよ。んじゃ、朕もそろそろ戻らないとやばそうだからこれで――」
私はそのまま別れそうになり、すんでのところでがっしと、ちょうどひらひら目の前を通り過ぎようとした焼き焦げた上着の残骸の切れ端を掴みました。
「待てい」
「なんじゃい?」
「いや確かに咄嗟に出た私の口調もおかしかったですけど、妙に被せてこなくていいんで。じゃなくって――あなた今、ひょっとしてすっごく何気なく、妖精姫の本名口にしました? もうそんなとこまでわかっちゃってるんですか?」
私を見下ろす奴の顔が、きょとん、とした感じのものから、一気にどこか馬鹿にしているような雰囲気の、腹立たしいものへと変わります。
「まさかとは思うけどさー……え、何。アデルさんひょっとしてまだ特定できてなかったの?」
「いやだって、どう考えても先輩の話のアレ、変なフィルターかかってたじゃないですか。いませんよ、あんな完璧天然美少女――」
「やれやれ、それをお前さんが言うかね」
「どういうことですか!?」
朕王はふう、と息を吐いてから、急にかがんで視線を合わせてきます。
「フィルターかけてんのはむしろお前の方だろ? 冷静に考えてみろって。一つ。図書室の妖精姫なんて名前がついてるのは、文字通りキルルの意中の女性が図書室に頻繁に現れるから。……ところが普通の侍女ってのは、実はそこまで頻繁にその場所に立ち寄らないはずなんだな。他に行く場所がいくらでもあるし、図書は貸し出しだってしてるんだから――だから単純に考えて、妖精姫は図書室に行く事自体が好きなのか、でなければその行動に価値を見出している。しかし、ここ最近はなんだか別の仕事ができたとかで図書室にはあまり来ていない。キルルは彼女が代わりに出入りするようになった場所を突き止めてはいるが、あそこはあいつが出入りするには少々ハードルが高い場所だ。何せ洒落たやつらの巣窟だからな――」
……また、あの音。私の胸の内を叩く音がする。リオスは私の反応を見守りながら静かに続けます。
「一つ。キルルは最初に会った後程のずっこけっぷりではないにせよ、度々妖精姫がドジったりこけたりしているのを目撃している。そう、彼女は誰かさんに似たドジっ子だ。まあでも、誰かさん本人でないことはキルルの態度からもわかるし、さすがに誰かさんだったらたび重なるストーキングに気が付くだろうし、何らかのアクションも起こすはずだ。一か月間も続いてるんだし。だが相手はノーリアクション……つまりドジっ子はたぶん本当に天然もの。しかもキルルの観察日記からして、それは周囲公認の事実でもある。……本来なら疎まれてもおかしくないが、彼女にはどうやら否定的意見よりも肯定的意見の方が多い。一つには、庇護心をそそる見た目。もう一つには――もっと単純な問題だ。妖精姫は結構な身分の持ち主である」
ぺしっ。リオスの指が私の額を小突いた気がしますが、なんだかぼんやりしていてうまく反応できません。
「もう一つ。重複するが、キルルは妖精姫が侍女であることを突き止めている。……確かに侍女って結構数いるし、入れ替わったりもするよ? でもここまで濃いキャラしてくれてれば、見つけるのは簡単だ。よくこける天然病弱令嬢――条件に該当するのがおもっくそいるじゃねーか、あんたのご友人とやらに」
ああはい、そうです――私、とっくに知ってました。だって奴の言う通り――先輩が言ってることからなるべくフィルターされた形容詞とかを取っ払って事実だけ集めた時の該当者、一人しか思い当たらないんだもの。
でも、だって。キルル先輩は攻略対象者で、彼女はそもそも物語に登場していたかすら怪しい――言ってしまえば、その他大勢の一人だったはず。
「フィレッタ……」
「ほらやっぱり、ちゃんとわかってた」
私がその名前を呟くと、朕王は肯定するように頷いて見せます。フィルレタンシア=トゥートルース。私の最初のお友達。
ええ――私はあなたが先輩の想い人なのだろうと、本当は最初からわかっていた。
「……でも、先輩と答え合わせしたわけではないんでしょう?」
けれど、なぜか食い下がってしまう私に、リオスはふっと鼻を鳴らします。
「国家諜報部なめんなよ。もちろん、裏付けはばっちりとってある。二人の接近記録から、両家の来歴までな」
おい待て、ちゃっかり職権乱用してませんか!? それってひょっとしなくてもディガンと同じような感じの方々使って調べさせたってことなんじゃ――ただでさえ心労が絶えないであろう職業の人たちに何させてんの!
私がもはやあんぐり口を開けていると、今度は額に――と見せかけて、頭をくしゃっとリオスがしてきます。
「ま、そんなわけで朕はあの二人くっつけることにデメリットよりもメリットの方が大きいと思ったからこうしてるわけ。……あんたはそうじゃないの? 姉ちゃんとも、しかもあんたとも違う女にロックオンが行ったんだぜ? そりゃ二人とも知り合いだから色々思うところはあるだろうけど……どっちかと言えば、喜んでると思ってたんだけどな」
私は一度下を向いて、唇を噛みしめます。
「……本当に、そうなんでしょうか?」
そう。リオスの言う通り――お姉さまからも、しかも私からさえもロックオンが外れ――先輩は原作とは全く異なる女性に惹かれつつある。このまま二人がくっついてしまって、しかも現世では抑制薬があるんだから暴走だって起こらない。何も悪い事ではない――。
けれど、真実を知って開かれた心の扉の奥から、私に囁きかけるものがあるのです。
――それでいいと、ほんとうにおもっているの?
――そうかんたんに、いくものかしら?
リオスは黙っている私を少しだけ訝しそうに見ていましたが、私があくまで動かないでいると、もう行かなきゃいけないから、と一言残して去っていきます。
私は彼が消えてから、一度頭を振って――急に体の内側から湧き出てきそうになる、何か嫌な予感を振り払うように歩き出しました。




