2-8.下剋上未だならずっ……!
キルル先輩の当然すぎる疑問には、朕王がふふん、と鼻を鳴らし、もったいぶったように顔に手をやって話します。……くっそ、ルックスだけは上の上だから、普通に似合ってるところが余計に腹立たしい!
「よし、答えてやろう。我々はキルルシュタイナーの初恋を成就させる会の会員であり、本日こうして集まってもらったのはほかでもない、作戦会議を――」
って、初っ端からいったい何を言ってやがるんだこの男は。
「ちょっと待ってください、事実無根です。いえ、あなたがやってる分には止めませんから私を巻き込むんじゃねーです」
「冷血非道の極みだな。お前には恋に苦しむ――――――――――成人男性キルル君を救済してやろうと言う慈悲の心はないのか!?」
「あなた今、恋に苦しむの後の長い間の部分、全力で笑いそうになってましたよね。どっちが非道ですかどっちが。これでも彼は本気で困ってるんですよ。これでも。これでも! こ れ で も!!」
私が強調とともに指を突き付けると、その先でキルル先輩がびくっと体を震わせ、なんか情けない顔で何かを言いたそうにこっちを見つめていますが、あいにく今の私はちょっと機嫌悪いんで、ごめんなさい空気を読み取って反応するいつもの能力は一時凍結中です。
リオスは私の言葉に対し、やれやれだぜとでも言いたげに、肩をすくめて見せます。
「……まあでも、お前も結構ひどいよな」
「寒空の下延々と図書館の妖精さん可愛いよハアハアなストーキング日記を聞かされていた私には、少しくらい厳しい態度であっても許される権利があると思うのです。ストーカーする行動力はある癖にそれ以上は進めない意気地なしめ! ヘタレワンコめ! リア充爆発しろ!」
今度は指だけでなく顔面も向けて思いっきり心のうちを元凶にぶつけてやります。
「――え、ええっ!?」
リオスと言い争っている私にいきなり怒りの矛先を向けられて戸惑ってるようですが、そうですよ、元はと言えば乙女拗らせすぎてストーカー化してるあんたが悪いんでしょが! 男らしくぶつかって玉砕しなさいよ!
「だから、そのあたり含めて、改善してやろうとだな」
「するなとは言いません。なんでごく自然に私を巻き込んで行くスタイルなんですか」
言い争っているうちに我々はいつの間にか結構な間合いまで近づいていた模様です。相変わらず近づくと結構上の方に目がありますね、この人。……私が低いんじゃないです! 180越えてるなんて反則よ!
じっと睨んでいるとやがておもむろに奴は首を振り――何を思ったのか、サムズアップして無駄に白い歯をきらーんと見せます――ひいいいいい、鳥肌立った! やめろよその、隠しきれてない腹黒がにじみ出ている爽やかスマイル!
「朕とお前の仲――運命共同体じゃないか、アデル」
「事実無根な事だっつってんのに、次から次へと捏造しないでくれますか!?」
「……んじゃ、総受けなお姉さまを挟んだ三角関係? あっそれなら思ったんだけど、二人で共有すれば全く問題なくね? なんだったらまとめて3――」
瞬間、口よりも先に体が動きます。
「朕王死すべし――言わせねーよその先は!」
轟音と、爆風。さすがに私も体重が軽いせいもあって勢いでその場から後ろに飛ばされますが、すぐに立て直して見守ります。そして煙の中に消えるリオスと、視界の端で余波にでも巻き込まれたのか、なんか飛んで行った先輩。
――何が起きてるのかわからない方々のために、特別に自分で自分の技を解説してさしあげましょう。
つまり、召喚魔術を使って手元にちょっとした起爆剤(フラメリオにちょっとお願いして分けてもらいました)を引き寄せ、同時に自分を防御しつつ、魔術で着火――したものを、対象の腹部あたりに叩き込んでおきました。
慈悲? 王様? 大丈夫、似たようなことやって前は無傷でしたから、今回だってどうせなんとかしますよ。なんとかならなくても近くにフラメリオがいるからなんとでもなりますよ。あの人、弟子に対する執着は結構強いんで、こんなバカなことで易々死なせてはくれないでしょう。
それにしても、ああここが訓練場でよかった――周囲に遠慮せずこいつにぶち込める!
もくもくと立ち上る煙の中から――くっ、やはり今の魔力や術の精度では、せいぜい服に損傷を与えるくらいにしかならないのか――上半身が少し涼しい感じになったリオスが同じく涼しげな顔で現れ、例のヒーローがしていい顔じゃない悪人面爽やかスマイルに、にんまりと顔をゆがめます。
「相変わらず、ねーちゃんのことが絡むと異常に反応早いな――だが甘い!」
――えっ、朕王が消えた? と思った次の瞬間、後ろから伸びてきた手に思いっきりほっぺをばすっ! と音が鳴る勢いで両側から潰されます。ちょうどこう、前世における某叫びの絵画のような感じに、私の顔は縦長に変形されます――。
「ふみゅんっ!? なにするんですか!」
「ふふふ、前から一回はやってみたくてたまらなかったんだ……ほっぺみょーんの刑、とくと味わうがいい!」
後ろからそう聞こえたかと思うと、今度はぐりぐりと押しつぶしてきた手が人差し指と親指でそっとほっぺを間に挟み、縦長だった顔は速やかに横長に――いだいいだい!
「やめなさいよ、ちょっと、地味に痛い――ぷはっ、何してくれるんです、今ので形変わったらどうするんですか!?」
「あー、お前顔ちっせーから、少しぐらい広がっても大丈夫なんじゃね?」
「んなわけあるか!」
限界まで伸ばされた後急激に解放された肌は、まるで弾性力を披露するかのように急速に元の位置に戻り、そこでひりひりと痛みを訴えてます。しかしまだ油断はできない。速やかに振りほどいたとは言え、未だ奴と私はどっちがどっちにもすぐに飛びかかれるような位置に陣取っており、じりじりと二人で両手を広げ牽制しあいながら、円を描くように回転し――。
「なあ、二人はいつの間に、そんなに仲良くなったんだ……?」
遠くの方から聞こえた先輩の声に、その均衡は崩されました。
「師匠は頭おかしいからまあ仕方ないとして、あなたまで――これのどこが仲がいいんですか、どこが!?」
「あの、アデル。普通の奴はその、この人に面と向かってコイツとかタメ口とか罵倒とかは、どんなに心の中で思ってても言えないと思うんだ……」
先輩のどこか遠慮がちな声に、私の頭はますますヒートアップしていきます。
「だって外見は朕王だろうと、中身はてんせ――もがっ!」
「おいバカ、さすがにそれはやめろって。話ややこしくなるだろ」
私が言いかけた内容を即座に感知した朕王は、音もなく距離をつめるとがばっと両手で口をふさいできました。つまり私はちょうど、奴の腕の中にすっぽりおさまるようなポジションに――ファッ!?
「むぎゅー!」
さりげなく一気に間合いの内側まで引き入れられた事態に全力で抵抗しようとしますが――ぎ、ギブギブ、口ふさぐのはまだあれとして、それ首絞まってる、頸動脈さんが軽くだけど悲鳴あげてる! わかったわかった落ち着くからやめっ、ぐええええ、じんわりと圧迫してきてるぞこの鬼畜生め――。
奴は右手で私の口をふさぎ、左手で油断なく首を締め上げながら、私の頭の上に顎をとんと乗っけてのんきに先輩と話を進めています。
「そうそうキルル、朕らは仲いいんだぜ、随分前から。何せ兄弟弟子だし」
「――ってことはアデル――大賢者様の弟子に!?」
「そ。すげーでしょ、褒めてやって」
だからそういう、諸々の事の前に、まず首――。気が付いて、私もう降参のタップしてる、降参してるから!
「すごいぞアデル! 大賢者様と言えば、この国にも建国の時から長く貢献してくれているが、何しろ偏屈で有名だ。見込まれるなんて、一体何がそんなに良かったんだ?」
……微妙に引っ掛かりを感じる気がしないでもない先輩の言い方ですが、それよりも、本格的に意識が遠く――。
「余計な事もう言わないな?」
言わない言わない! 私がひっくい声に無言で意志を伝えると――ぶはっ! ようやく解放されました。はあ、首に何も巻き付いてないって素晴らしい。
「1割の才能と、9割のギャグ成分が受けたんだろうよ」
「異議あり! 訂正を求めます!」
「……お前って、ホント色々すごいよな」
奴から無事に逃げ出した後、絞められている間に割と接近していたらしい先輩の後ろに走り込み、そこから全力で抗議している私に朕王は呆れたように言います。
「で、まあ朕らのことはいいんだよ。大分脱線したけど、キルルだキルル、今日の主役は」
「おっ、おう」
構っていると停滞すると思ったのか、男二人は多少私をスルーしつつ話を進めることにした模様です。……不満がないわけではないですが、空気からしてそこそこ真剣なお話に入ったようなので、こちらも黙って行方を見守ります。
「後宮の侍女に好きな子がいるんだよな? ここ最近、明らかに挙動不審だもんな?」
リオスが改めて確認すると、先輩は深く深く息をつきます。
「……いつかはばれると思ってましたけど」
「ああうん。ぶっちゃけ、一月前から気が付いてたよ」
「それ、ほとんど最初の頃からじゃないですか!?」
「いやだってわかりやすいじゃん」
「そ、そんなに……!?」
すっかりあきれた様子のリオスと、どんどん小さくなっていく先輩。……なんか逆に、全然気が付かなかった自分が情けなくなってきた。
いや、その、様子がおかしいなとは思ってましたよ。さすがにちょっと前から、先輩がどこか変だなって、気がついてはいたんですよ。
でも、ひょっとしてお姉さまと!? って思って注意して観察した時に、お姉さまを前にして心ここにあらず状態だったので、ああだったらどうでもいいかと。お姉さま相手でない悩み事で、しかも彼女ともその後接点が特に見られないのだったら、むしろ深入りしないからそのまま別のことに気を取られていてくださいと――。
だっ、だって、だって! トラウマなんだもの、先輩のイベント! モグモグって! バリバリって! SE自重しろ! あの絶望――いや、ゲームじゃん? って言われればそれまでですけど、とにかく――キルル先輩、怖いんですよ!
ええそうです。私は先輩にビビってるんですよ、だからこんなつんけんしてるんですよ、距離置いてるんですよ、悪いですか!? 深入りしたら強制追いかけっこ、追い付かれると生きたまま丸かじりされるってそんな――どれだけ普段の性格がよかろうと面倒見いい先輩なのだろうと、なるべく関わりたくないと思って当然でしょう? 顔見たら思い出すんだもの!
と、言葉にならない声を上げている私を他所に、キルル先輩は弱弱しく朕王に尋ねます。
「逆に、なぜ今までそ知らぬふりを?」
「いや、普通に様子見。どうするつもりなのかなって。深刻な悩みだろうが、自分で解決するんだったら、別にかまうこともなかろうし。……お前ね、ひょっとして朕のこと、隙あれば後輩を虐めることが趣味の奴とでも思ってたわけ?」
はい、思ってました。生粋のサディストであると。隙を見せたらどこまでも抉られると。
先輩も一緒にそんな顔をしたのか、ひくりとリオスの口角が引きつりました。
「後で覚えとけよ……」
「自業自得です」
「特にチビの方はな。絞ってやる」
「チビじゃないです、あんたらが無駄にでかいんです!」
そんな私たちのやり取りを挟んでから、再びキルル先輩のことに話は戻ります。
「でも、さすがに一か月様子見て何も進展なさそうだったから、そろそろせっついてもいいかなって。一応確認だけど、機会があれば今の他人関係より先に進展したいと思ってるんだよな?」
キルル先輩は頬を赤くしながら、わずかにですがきちんと、首を上下に動かします。
「それなのに、名前もまだ聞き出せてないんでしょ? ないわー。こりゃ駄目だ、どう見ても。そんなわけで、まあこうやって先輩が優しくしゃしゃり出てやることにしたわけだ」
朕王は逆に、左右に頭を振ってから、急にいつになく真面目な顔になって身を乗り出します。釣られてキルル先輩もしゃんと背筋を伸ばしたのが感じられました。……なんとなく、私も乗ります。空気読める子だから、仕方ないですね。
「キルル、対人関係の基本はな。お知り合い、お友達、それからさらに先の関係へ。これが基本なの。男だろうが女だろうが一緒。まずは互いに知り合わなきゃ話になんないわけ。恋愛関係でも同じ。わかるか?」
……あれ? なんかいきなり対人関係講義になったっぽいぞ。なんだこれ。私が首を傾げつつも黙って成り行きを見守っていると、情けない顔から一転、いつもの真面目で凛とした顔になった先輩を前に、粛々と講義は進行します。
「間違えても、思い余っていきなり告白とか、するんじゃないぞ。悪手すぎるからな。それで盛り上がんのは無責任な第三者だけ、当事者には益がない。だって考えてみ。ある日いきなり知らない奴に、好きです、付き合ってください! って言われたら、どうするよ。いやまずお前が何者か教えろよ、知らなきゃ決めようがねーよって最初に思うだろ? 戦闘に置き換えてもいい。いきなり敵と出会ってからすぐ、何のプランもなく相手の間合いに突っ込む奴がいるか? いないだろ? いくらお前だって、どういう相手かの確認ぐらいはするし、それに応じて戦略を変えたりする。――で、今の状況に話をつなげると、なるほどお前は索敵は十分にしている、目標に対する情報収集はそれなりにできたはずだ。なら、作戦は次の段階に移行するべきだと思わないか?」
あれ、おかしいな。いや、間違ってはいないんだけど、これ朕王の台詞だよな。すごくまともな事を言ってる風に聞こえるんだけど、なんでだろう。
――だ、騙されるなアデラリード! そういえば前世と中身変わってるし散々原作ブレイクしてるとは言え、こいつ現世でもかつてハーレムを謳歌してた男だった! 恋愛のプロ(笑)と師匠に評されてるくらいのレベリングだった! ……なんで(笑)がついてるのかは知らないけど。そういえば言われるたびにリオス微妙に嫌がってたし、今度師匠と二人きりの時に詳しく聞いてみよう。教えてくれるといいけど……。
「というわけで、ここらでそろそろ初戦に入ろうじゃないか――知り合うところから始めよう。な? 朕たちも手伝ってやるからさ」
リオスのにっこりスマイルと一緒に下された結論に、先輩は実に神妙な顔をして頷いて見せました。
かくて、図書室の妖精さんと先輩の仲を進展させるべく、恋愛のプロ(笑)であるところの朕王主導で、まずはお友達大作戦が展開されることになったのでした。――実にさりげなく、私もすっかりメンバーに巻き込んで。




