2-7.天然、怖いでしょう
先輩の告白から、一週間。
手を止めて私が思わず盛大に溜息をつくと、すぐ近くにあったサファイアブルーの瞳が揺れました。フィレッタはちょっとだけ迷った風を見せてから、おずおずと切り出します。
「アデル君、なんだか疲れているみたいだけど……?」
相変わらずどこまでも気弱な様子の友人を前に、私はあわてて猫背になりかけていた姿勢を立て直します。いかんいかん、この友人はすぐ心配するんですから、こんな調子では。
「あ、大丈夫ですよ。疲れていないと言ったらウソになりますが、気にするほどでもないです」
笑ってみせると、フィレッタは小首を傾げて見上げてきますが、最近ちょっとだけレベルアップした、お姉さま直伝ポーカーフェイス風スマイル(には全然足りてないけど努力は認めると、めっちゃ上から目線で朕王に評された)で応じれば、ほっとしたように目を瞬かせて再び目の前のマネキンに視線を戻します。
深窓のご令嬢と言う言葉がぴったり当てはまりそうな彼女は、見た目通りの病弱体質です。そのせいでしょうか、こっちがちょっとでも怪我だの病気だのの気配を漂わせると敏感に察知し、過剰に心配するのです。最近は良くなってまいりましたが、幼い頃は本当に毎日熱を出してはベッドにこもりきりのような生活を送っていて、ボッチと言う共通点以外、私とは正反対の人生を歩んできた模様ですからね。……い、いいんだ! 過去ボッチでも、今孤独でなければ!
知り合った時も、後宮に手ごろな奴を見つけて木登りしてたところを、うっかり侍女の一人に見つかって怒られるか呆れられるかと思ったら、その子が羨ましそうにそわそわしているものですから――っていいですか、別に我々の馴れ初め話は。私が言うのもなんですが、フィレッタ。木登りしてるような怪しい人に、あなたみたいな世慣れぬ可愛子ちゃんが隙だらけかつ一人で近づいちゃだめですよ。狼じゃないとは限りませんからね。……まあ、そんな無防備オーラ全開過ぎて心配になったので、私も思わず呼び止めたんですけどね、あの時。
ともかく、基本的には屋内にこもって出てこない子だったのですが、引きこもってばかりだと逆に悪化させるだけだと説得した結果、多少出歩くようになり――顔色も幽霊一歩手前だったのから、色白だけど普通に超可愛いレベルにまで改善されましたよ。お姉さまと私が色々頑張った結果、定期的な運動だって始めましたしね。今日もその一環で、冷えない程度に二人でその辺を歩いて、帰ってきてからあったかくした室内で、色とりどりお洋服を広げて見ている――ってのが今の状況ですね。
……あ、一応遊んでるんじゃなくて、侍女のお仕事の一つなんですよ。
まあ、本来の主である王妃様が不在なのと、どこかの誰かさんが大幅に人数削ってくれたせいで若干勢いが足りないのですが、それでも人がたくさんいる王宮の一角ですから。人がいる以上生活に必要な物は確保しなきゃいけないし、でもなんか予算は今まで浪費気味だったツケが回ってきたとかで厳しめだし、それでも安っぽいものばっか揃えたら外面が悪いし。
つまり何してるのかって言うと、新しいお洋服のデザイン考えてるですけどね。正確に言うと、大量に余っていた、古臭くて着られないって昔の衣装を持ち出してきて、うまくリメイクできないかと。つか、偉い人ってやっぱ規模が違うわ。儀式系のもの以外、毎日服変えて二度と同じものは着ないって何それ、意味わからん。立ち絵では皆いつも同じ服着てたじゃない!
まあ、王宮の方ではとっくに朕王が改革済みだったようですが、何せ先代老母様と侍女長が牛耳っていた後宮だったもので、こっちにはなかなか手を付けられなかったらしく。あいつ自分で言ってたけど、本当に面倒な部分お姉さまに回してくれやがったよな。まあ彼女、いきいきしながら右に左にさばいてますけどねえ……。
ともあれ、そんなこんなで古い服のリメイク案をお姉さまが提案した時、一緒にいたフィレッタが、ぜひともお役に立ちたいです! って、彼女にしては珍しく主張しまして。それで、ひとまず衣装リメイクの件は彼女にちょっとやらせてみようかってことになり、当人は今こうしてうんうん唸っているわけです。
「この襟元のデザインがいけないのだわ。だからいっそ、いらない部分を切ってしまったらどうかしら。でもやり過ぎてしまったら下品だし、ここにこう、布を足して。ああでも、そうすると、下とのバランスが……」
フィレッタは独り言をつぶやているかと思うと、黙り込んでしまいます。私はそこで、横に静かに控えていた年嵩のメイドの一人がやわらかに微笑んでいることに気が付きました。
「できそうですか?」
「少し時間はかかるかもしれませんが、問題ありませんよ」
「襟の改良で悩んでるみたいですけど、何かいいアイディアはありませんかね」
私が聞いてみると、メイドは笑みを深めます。
「でしたら、飾りを足しましょう。コサージュなんてどうでしょうか?」
「コサージュ……ええ! そうしましょう。お願いできるかしら?」
「はい、はい、お嬢様。その通りにいたしますとも」
フィレッタはメイドの提案に頬を上気させ、その様子にメイドも嬉しそうに頷きます。この老メイドさん、衣装職人と言うか、作ったりいじったりするのはもちろん、着飾ると映えるような方が大好きですからね。私も機会があったら手直ししてくださるそうですが、丁重にお断りしてさりげなくそのたびにフィレッタに代わりにモデルになっていただいていたら、すっかり彼女のファンになってしまったようで。いつの間にから侍女様からお嬢様に呼び方が変わってるし、こうして好意的に作業を手伝ってくれるので嬉しい限りです。
……ああ、動き回っているフィレッタを見ると無性に涙が。最初の頃はホントもう、部屋から引っ張り出すのにも一苦労で、本やらお菓子やら色々餌に連れ出して――。
それにしても、びっくりしましたよ。いくら身体が弱いからって、侯爵令嬢がダンスの練習もしたことないって。昔、すっごく頼み込んで一度だけやらせてもらえた時に、張り切り過ぎてコケて大けがした上に、翌日から一週間高熱出して――それ以来実家では厳禁にされてしまったのだとか。
だからフィレッタ本人の説得は、基本的に自信ない彼女を激励して、成功したらべた褒め、失敗したら即座にフォローしてってだけで済むんですが――何が一番骨が折れたって、実家の説得でしたね。気持ちはわかるよ、目を離したらとんでもないことになりそうだもんね。王宮に侍女として行儀見習いに来るのだって、相当家族で揉めたらしいですからね。このまま引きこもらせてたら将来行く先がなくなる、それは本人のためによくない! 派と、一生家で面倒見るから、そんな怖いところになんて行かなくていいんだ! 派で。最終的に本人が泣き落としてようやく侍女になれたんだとか。
……ん? ちょっと待った。今フィレッタの顔見てるうちに、なんか思い浮かんだ。
可愛くてアホの子入ってる天然で目を離すと死にそうって、お外に出すのが心配になる薄幸美少女――あれ、それってすごく最近、どこかで聞いたばっかりのキーワードだったような。というかぶっちゃけ、現在の疲労や頭痛の原因だった気が。しかもなんかこう、自信がないのを激励してイベントを進めるって――。
ああまた、心の扉が叩かれる音がする。そうそう、思いっきり目の前に答えがあるでしょうがと、私の中で――。
「――君。アデル君」
「あっ――ああ、すみません。考え事をしていて」
――あと少しで何かが起こるような、そんな予感を手前に私の意識は呼び戻されます。
はっと気が付くと、ひょっとして結構前から呼びかけていたのか、さっきより格段に不安そうな顔でフィレッタは私を見上げます。
「本当に、大丈夫? いつもとは少し様子が違うみたいだわ」
「えーと……その――ええ。実は、やはりちょっとだけ、疲れが溜まっているみたいで」
私は本当に何もないから大丈夫、と答えかけてましたが、途中でふっとある部分に気が付き、言葉を変えます。フィレッタに視線を戻し、なるべく不安にさせないように柔く微笑みますが、予想通り彼女はしゅんと小さくなってしまいました。
「まあ、やっぱり! お疲れだったのに、わたくしったら――」
「ああいえ、フィレッタは何も悪くないですよ。むしろ一緒にいて癒されますし、その、全然気に病むことでは」
慌ててフォローを入れると、メイドさんがくいっと眉を挙げました。
「あらまあ。栗毛の跳ね馬様が、珍しいことで」
「たまにはこういう時もありますよ。……っていうか、ここでもその通称広まってるんですか!?」
さっと周囲を見渡したら、軒並み部屋にいた方々が目を逸らし、なんかうっすら微笑んでいるんですが――誰ですか、元凶は!?
私がすばやく周囲に無言の訴えを飛ばしていると、早くも潤んだ目のフィレッタに袖を引かれます。
「でしたら、わたくしのことはよろしいから、今日はもうお休みになっていた方が……?」
「えーと……そうですね、お言葉に甘えさせていただきます。すみませんが、ここで失礼させていただきますね。ごめんフィレッタ、また今度埋め合わせるから」
「いいの、いいのよそんなこと。調子が悪い時に無理をすると、あとが酷くなってしまうもの。お大事になさってね」
チラチラと視界の端に浮かぶものに目をやりながら、私は作り笑顔を浮かべ、急いでフィレッタと別れます。この時間になると、いつも私が部屋まで送っていってあげているのでその辺多少心配ですが、ここは後宮内部ですし、部屋を出る時にちゃんと彼女のお付きのメイドさんたちが控えているのを確認できたので、どうにかなるはず。
廊下に素早く出た私は、さりげなく周囲に気を配りつつ、後宮外の中庭へと足を向けます。時折その先を先導するように、目の端で白いものがチラチラと動いていますが――。
これだから大賢者は、まったく! 何の要件か知りませんが、人使い荒いぞ! 急に今から中庭に来いとか、一体なんだって言うんですか、もう。
そんなわけで、薄暗くなりつつあるいつもの中庭にやってくると――なぜかそこには、先着が。
「アデル、相談って――一体どうしたんだ?」
中庭にこっそりあらわれた私を発見するなり、キルル先輩はそう話しかけてきました。日中は当番だったのか、しっかりと制服を着こなしていて、そのままやってきたらしいです。こちらは一瞬きょとんとしかけ、すぐに把握して小さく舌打ちします。
「何か困ったことがあるのか? 仕事の事か? それとも将来に対する不安か? それか、やっぱ対人関係か?」
……すげー嬉しそうですね、ワンコ。この前のお礼にって感じですか。でも残念ながら、私は今現在あなたに相談するようなことはないんだなあ。
「いえ、たぶん私じゃないです。あなたに用があるのは」
「え? でも――」
「とりあえず、話のできる場所に移動しましょうか。そこで奴も待ってるんでしょうし」
私はそう言って、もう面倒なので有無を言わせず先輩の腕をひっつかむと、いつも通りの転移ポイントに足を踏み入れます。一瞬光に包まれた私たちは、次の瞬間――運動するのに困らなそうな空間――訓練場に直に転送されましたね、珍しい。いつもは賢者の部屋を通っていくのに。
そして案の定、到着した瞬間、オレンジ色の派手な髪の男が両腕を広げてキルル先輩に言い放ちました。
「話は聞かせてもらったぞ、恋に悩める青少年!」
急展開について行ききれなかったのか、先輩は顔色を赤く青く、口を開け閉めすることを繰り返し――何度も私と奴を見比べます。その間に、私は私の用事を済ませておくことにしました。
「ところで、師匠はどこですか」
「今日は出てこないよ、知らない人間がいるから。訓練場に送ったの、そういう意味もあるし」
「私、師匠に呼び出されたはずなんですが」
「だって、朕が呼んでも来ないじゃん」
「あんたねえ、少しは悪びれるポーズでも取ったらどうですか!? オオカミ少年の末路は悲惨ですよ!」
しれっと言いやがって、全然反省してないなこいつ!
……そういえば、大賢者って超がつく人嫌いでしたね。我々にはフレンドリーなので、すっかり忘れかけてましたけど。
私はリオスに近づいて、先輩に聞こえないように言います。
「というか、人は人でも先祖返りの人狼じゃないですか。その辺どうなんです?」
「陰性状態――つまり狼化していない状態のキルルは、多少能力が優れてはいるが誤差の範囲だってさ。狼化して理性が飛んだ状態だったら、さすがに見に来ると思うけど」
「……師匠は今の彼を普通に人間カウントしてるってことですか」
私が呆れかえると、リオスはふっと笑みを深めました。
「賢者のお眼鏡にかなうには、あの程度じゃ足りないってことらしいよ」
なんか含みのある言葉だった気がしないでもないですが、とりあえず深く考えずにスルーします。脱力してから振り返ってキルル先輩の様子を窺ってみると、少しずつ落ち着いてきたみたいだけど、まだ混乱している模様。
「な、なんで……!?」
わたわたしている先輩に、ゆっくりとリオスが近づきます。
「なんでだと思う?」
「お、俺――何かしましたか!? ってか、なんでアデルは――」
「順番に答えてやろうか。お前が何をしたかに関しては、お前が一番よく知ってるだろ。……図書室の妖精さん、だったっけ?」
途端にキルル先輩はガッチガチになり――そして、へにゃんと項垂れます。
「やっぱり、そんなにわかりやすいのか、俺は……」
「お、真っ先にアデルのこと疑わないんだ? さっすがだねえ、感心、感心」
リオスは顎に手をやってにやけながらそんなことを言ってます。私の方も首を傾げると――おいワンコ、お前が疑問符浮かべててどうするんですか。
仕方ないので、問いかけるようなピンクの目に渋々口を開きます。
「自分で言うのもなんですが、この場合、真っ先に私を問い詰めなくていいんですか?」
「え、なんでだ?」
「いや、冷静に考えてみましょうよ。あなたが例の図書室の女性について打ち明けたのは、私だけですよね」
「おう」
「ところがなぜか今、この男はそれについて口にしました。そして、この男の所にあなたをさっき連れてきたのは私です」
「お、おう――」
「あのね、まだわかんないんですか。普通の人だったら、私がコイツにあなたの事告げ口したんだって考えるでしょうがって、そう言ってるんです!」
最後の方は多少イラッとしながら一気に言い終えると、それでもなんだかキルル先輩は不思議そうな顔をしています。
「……それで。お前が言ったのか、アデル?」
「私は何も」
コイツが勝手に自分で立ち聞きしてただけですから。
後半の言葉は言わずに冷たい視線だけリオスに寄越してやると、なぜか笑顔が返ってきます。……なんであいつ、こういう時いつも嬉しそうなの? やっぱエムなの? マゾなの?
ギリギリと心の中で私が怒りゲージを溜めていると、私の答えを聞いたキルル先輩が――ふっと、リオスには絶対真似できないであろう――びっくりするほど邪気のない笑顔を浮かべました。
「だろ? 俺は誰にも言わないでくれって言った。お前はそれを約束してくれた。……だったら、それを裏切るような奴じゃないよ、お前は」
……今度こそ、完全に脱力して私は床に手を付きます。
「これだから、純粋培養の天然は……」
なんでそう、人がいいかなあ。なんでそう、信じてるのかなあ。
――それだけじゃ、いつか失敗するのに。
でももう、なんか言葉にする気力もない。信じているぜオーラに毒気をごっそり持っていかれました。
私がくったり床に突っ伏しているのを面白そうに眺めているリオスと、不思議そうに見ている先輩。――そのうち、先輩の方が先に声を上げました。
「それで、話を戻すと……二人はなんでここに?」




