2-4.ちょっと面貸してください、先輩
突然ですが、この世界における騎士と通称される武人は基本的に三つの団体のうちのどこかに所属しており、それによって名称が異なります。
一つ目が地方騎士。まあ都や町に在住している警備担当で、一般市民になじみ深いお巡りさんみたいなものです。私が当初目指していたのもこれにあたるわけですね。
二つ目が聖騎士。王家以外のもう一つのこの国の巨大勢力であるソンブライア新教会に所属し、彼らを守護する騎士たちです。前世の八百万いらっしゃい、自分の信教どこだかわかんねあははーなあのゆるくて適当な世界の感覚だとピンと来ない感覚ですが、宗教って結構面倒な問題でしてね。国とはびみょーに管轄が違ったりするんですよ、教会が絡むところだと。なので教会は教会で騎士を持っていたりするわけなのです。
んで、三つ目が現在一応私も所属している王宮近衛。門番やったり城の巡回やったり、暇なときは有事用の訓練してたり、そんなことをしているのが私達です。地方騎士になる場合は、ある程度の能力があり、適性試験に引っかからなければ多少素性が怪しくても合格できたりするのですが、王宮近衛はもっと細かくちゃんとした身辺調査をされます。家族関係やら日ごろの態度やらも洗われます。おおこわいこわい。……まあ、厳密にそれが適応されるのは平民とかで、爵位持ちクラスだったらもうちょい緩くなりますけどね。持っててよかった伯爵な実家。ありがとうご先祖様、お金と色事に精を出してくれて。この時だけは感謝した。
まあ、一口に王宮近衛ってくくっても、また管轄だのランクだのこまかーく分けていくとキリがないんですが。ただ、そのピンキリの王宮近衛の中でも一目置かれる方々と言うのが存在します――称号持ち、と呼ばれる方々です。正式に国に認められてる二つ名持ってる方々なんですよね。
最近話題沸騰中のキルルシュタイナー=ディザーリオも、若干21歳にして既に称号持ちであり、『孤高の銀牙』と呼ばれております。まあ彼、若いと言うかもはや幼いってレベルの年からバンバンランクの高い魔獣血祭りに上げてますし、遠征で国王軍率いてちょっと蛮族散らしてきたこともありますし。
ちなみに孤高はかなりの確率で彼がワンマンプレイをすると言うか一人で全部片づけてくる戦い方をすることから――もう全部あいつ一人でいいんじゃないかなを地で行く野郎ってことですね――銀は髪の色、牙はまあその――先輩ちょっと犬歯が鋭いですからね! 本性出るともっと鋭くなりますけどね! 噛み千切られて腕が飛ぶほどに! という特徴を踏まえて名付けられた模様。
……どうでもいいんですが、誰ですか、私の通称を『栗毛の跳ね馬』として広めている方は。だから最近栗毛ちゃんだの仔馬ちゃんだの一層呼ばれるようになってるんですよ。別に正式な称号ってわけじゃなくて、ただのあだ名ではあるんですが、どう考えても走るときにぴょんぴょんするこのポニーテールのせいですよね、そのネーミング。仮にも後宮特別取締騎士として気合い入れて模擬戦や馬術障害競走に挑んだり、積極的に後宮で何か事件があったと聞くたびに走り回っていた結果がこれですか! せめてもうちょい優雅かかっこいい名前にしてくださいよ! せっかくの通称なのに、何このぬぐいきれない小物臭!
ううっ。いいもん。そのうちちゃんと見返してみせるもん。見てろよ! 神速の風神とかに絶対いつかランクアップさせてやりますからね!
……じゃなくて先輩の話だ。
なお、明るい月の夜になるとどこへともなく一人で出かけて行って、翌朝でっかい魔獣をぶら下げて帰ってくることから、『血染めの月光』と言う裏の通称もあります。こっちはぶっちゃけ彼を快く思わないグループが言い始めた蔑称であるのと(だって月の綺麗な夜に血塗れで帰ってきたら、そりゃまあ何か言いたくなる気はわからないでもないですが)、先輩が言われると嫌がるのとで表立っては出てきませんが。
原作でも『血染めの月光』って名称がアデラリードの耳に入るようになったら、例の満月のモグモグイベントのフラグですからね。でも朕王が抑制薬作ってるって言うこの世界においては、彼の満月の夜の衝動も相当低くなってるんだろうから、はたして裏の名前は健在なのだろうか。表の名前だったらもう既に何度か聞いているけれど。
さて、そんな綺麗な銀髪がチャームポイントな、着てると爽やか、脱ぐとガチムチな肉体の先輩なんですが。
遅いなあ。暇つぶしに割とどうでもいい事を考え続けているけどまだ現れない。今日は確か非番だったから、すぐここに来るはずだと思ったんだけど、読みが外れたか――あっ! やったあ! よしよし、狙い通り――しかも一人だ! こいつはついてるぜえ、うっへっへ。
そんなわけで訓練場の脇の水道にて、私はいずれ休憩にやってくるであろう先輩を待っていました。訓練は汗かきますから、定期的に水飲み休憩を入れるはずですからね。訓練中に声かけてもいいんですが、そうするとどうしても訓練に加えられたり、他の騎士に絡まれたりするので。しかし予想外のグッドタイミング――天が私に行けと言っている気がしますね。
「お疲れ様です、キルル先輩。今お暇ですか? お暇ですよね?」
「……ぶっ――アデル! お前どっから出てきてるんだ!?」
「普通に水道の裏からですが、何か」
「お、おう……?」
私が先輩が水をガブリと勢いよく飲んでほうっとため息をついたタイミングで、すっと身を隠していた場所からにゅっと登場しました。先輩は突然の私の出現にビビったのか盛大にむせましたが、そんなことはどうでもいいので彼の袖口をつかんでくいくいっと引きます。
「おーはなーししーましょ、キールールさん。できればあんまり人のいないところがいいです。ちょっとプライベートなことでですね」
困惑した顔をしていた先輩でしたが、私があっちに行こうぜと指さしつつ袖を引っ張り続けると、くしゃっと表情を崩しました。
「お、おう――そうだな。俺もお前と話したかったんだ。よかった、そっちから来てくれて」
きらっと光る犬歯を見せる爽やかな笑顔。
――デッドエンドの面影が浮かばなければ、魅了されてもいいくらい十分素敵なスマイルなのになあ。
で、私は無事、城名物の湖のほとりまで先輩を引っ張ってくることに成功しました。中庭や屋内は死角が多すぎるので、こちらの方がまだ寒いけど邪魔が入らなくていいかなと思ったのです。幸い先輩は暑さ寒さには相当耐性があって滅多なことでは文句を言わないので、私がちゃんと防寒しておけば特に問題ないし。
……そして、湖に向かって腰かけた二人の間の奇妙な距離と、この気まずい沈黙である。
いえ、正確に言うとさっきまでキルル先輩が嬉しそうに色々近況報告だのこっちの様子を聞いたりだのしていたのですが、私がどこか気乗りしない無難な返事を繰り返していると何か悟ったのか彼も黙ってしまいまして。
体育座り状態の私に、先輩はがしがしと頭をこすってから思いっきり息を吐いて苦笑します。
「……俺さ。やっぱ、お前に嫌われるようなことした?」
「お心当たりでも?」
「あまり思いつかないから聞いてるんだが……」
先輩はそこで区切って私を見つめてきます。改めて見ると、このピンク色の目ってまたえらいレアな目の色だよなあ。ピンクっても淡い感じの方じゃなく、ショッキングピンクとか赤紫とか、あっち系に近い色合いなのですが、こうして覗き込んでるとちょっと不安になりますね。
……まあでも、別にリオスに言われたからってわけじゃないけど――断じてあいつに言われたことなんか気にしてませんが!――なんか、さすがにちょっと私も大人げないってか、いじわるしすぎな気がしてきた。先輩、学園時代からずいぶんとお世話してくれたし、気にかけてくれたし、それなのに辛辣にし過ぎって言うか。
うん、もっと大人になりましょうアデラリード――。
って私が心を入れ替えていざ口を開かんと言う時に、ぽつっと先輩は目をそらしたかと思うと言い出しました。
「……ウルルのこと、そんなに駄目か。だから俺のことも嫌いなのか」
おっと、そっちから来たか! しかもその話題で!
私が思わずうげっと思って顔にもそれを出すと、弟思いの兄貴は一生懸命フォローを始めます。
「その、確かにまだあいつはガキな部分あるし、散々お前の事からかってたからそれで嫌なのかもしれないが……だけどいいところだっていっぱいある奴なんだ。兄の贔屓目を引いても、悪いってことはないと思う。三男だから爵位とかはないが、代わりに騎士として順調に下積みを重ねてる。このまま気を抜かなければじきに称号持ちにだってなれるだろう。人望だってあるし、実力だって申し分ない。今後出世するだろうから生活で困らせることもないし、素直で誠実なやつだから浮気とかもない、多少鈍感な部分はあるけどちゃんと言葉にして伝えてくれれば改善の努力をする――」
「いやいやいや、黙って聞いてればなんであなたの話じゃなくて、ウルルのことになってるんですか」
熱心なディザーリオ三男プレゼン大会になんとか私が突っ込みをはさむと、先輩はうっと言葉を止めました。
「だってそりゃ……ウルルだってもう19歳だ。お前だって16越えて、一応大人なんだし、ウルルは……」
自分で言いだしておいて先輩はみるみるうちに渋い顔になり、しゅんと項垂れます。
「……悪い、つい。こういう話が嫌なんだよな、きっと」
「嫌いと言うか、苦手なんですよ」
私は手を伸ばして落ちている小枝を拾うと、なんとなく地面に落書きを始めました。枝先の引っ掻く軌跡をぼんやり眺めながら、ゆっくり話します。
「ウルルがいい人だし、結構な優良物件だってことは知ってますよ。彼は確かに未だに私の事チビチビチビチビ呼んではきますが――」
バキッ。あっしまった、小枝の先を地面に押し付けすぎた。
「――まあだから、ちょっと無神経なところはありますけど? ガキだとは思いますけども?」
「お、おう……」
先輩が折れた小枝に何か感じているらしい含みのある返事をしますが、まあとりあえずほっておきましょう。
「理解はしているつもりです。たぶん、お付き合いしたら楽しい方なんだとも思います。もしかしたら、その先に進みたいと思うくらいに」
「だったら――」
「だけど――いいえ。だから、余計ダメなんです」
先輩があからさまに嬉しそうな声を上げるので、私は釘を刺すように強い口調になりました。ぽいっと小枝を投げて振り返ります。
「そんなに未来のある方なら、もっといいお相手を見つけるべきですよ」
「……あのさ、アデル。俺の思い過ごしだったらそう言ってほしいんだが」
私が真剣な目で彼を見ると、キルル先輩も困惑の表情からきりりとすました表情になります。
「お前はつまり、ウルルがお前に相応しくないんじゃなくて――お前がウルルに相応しくない、だからダメなんだって……そう言ってるのか?」
「そうですよ。本人にも何度もそうお断りしています。……ウルルは私には勿体ない方です。本当に弟のことを思ってらっしゃるのなら、ですからさっさと諦めさせてもっと可愛い子なり優しい子なり――未来のある子なりを見つけてあげるべきですよ、キルル先輩」
私の答えにキルル先輩はずいぶんと驚いているようです。今まではどちらかと言うとウルルの話題が出た瞬間シカト状態で、なぜ冷たい態度を取るのかちゃんとした理由はキルル先輩には言ってませんでしたからね。にしてもわかってるもんだと思っていたのだけど、意外とそうでもないらしい。
先輩は何度か口を開け閉めして言葉を紡ごうとしますが、それを制して私はついにずずいと彼に迫ります。
――私にんなことを言わせた以上、あなたのことも絶対に喋ってもらいますからね、キルルシュタイナー!




