2-3.彼はチョロいと思った、そんな時代が私にもありました
ではここで一度、キルル先輩のご実家であるディザーリオの由来について少々お話ししましょう。
脳筋一家ながら、意外にもディザーリオの始祖は女性だったと言うことです。
エイギス王家(つまり朕王のご先祖様)は300年ほど前に他家と随分派手な王位継承争いを繰り広げたのですが、その際に女神の啓示を受けてエイギスに馳せ参じたのが、先輩たちのご先祖様であるクララフィアトだったと伝わっています。
戦女神の誉れ高く、女で騎士を志す者ならだれでも彼女のことを知っているし、憧れる女性です。私はその……まあ確かに尊敬はしてますが、あの境遇になりたいとは思えないな……。
おっと失礼、脱線しましたね。
そのクララフィアトを語るに欠かせない存在が、朝日を浴びた雪のように輝く白銀の毛並のデカワンコ――じゃなかった、聖獣フルルギルなのです。彼女に啓示を下した女神の御使いとされる獣は、朝も昼も夜も片時もそのそばを離れずクララフィアトを守護しましたが、平和が訪れると惜しまれながら女神のもとに帰っていったとされています。またクララフィアトの方も、半身と頼りにしていた彼が消えるとともに何かの糸が切れたかのように体調を悪化させ、館の奥に引きこもって二度と出てこなかったのです。一説によれば、主従は種を越えた特別な関係にありましたが、お互い別の使命がある身、女神のお許しが叶わず泣く泣く別れたとも伝わっています――。
が。これは一般人が信じている――通称『綺麗な方のディザーリオ伝説』です。
心の準備はよろしいですか。俗に、『汚い方のディザーリオ伝説』――主にクララフィルトにとってあまりにも無惨なその真実を語ってまいりましょう。
フルルギルの正体は、女神の御使いどころか高位の魔獣だったのでした。今でも定期的に国内に湧いて人間食っては討伐されてるモンスターの一匹だったのです。しかもそれだけにとどまらず、クララフィアトを10年にわたってストーキングし求愛し続けた筋金入りの変態でもありました。
つまり、両者は全然両想いなどではなく、逃げ回るクララさんをフルルギルが執念深く追いかけまわし、その合間に大暴れしたら戦女神になっていた――と言うのが実態だったそうです。別になりたくてマッスラー女子になったんじゃなくて、マッスラーにならないと強制的にワンコに押し倒されて群がるチビワンコのママコース(実際そう口説かれたらしいです。俺の子どもを10匹、いや20匹産んでくれ、と。ワンコや、人間は多胎動物ちゃうんやで)だったので切実な事情からならざるを得なかったと。
クララフィアトがエイギス家に協力した理由も、日々ワンコの求愛的襲来によって妨害されていた安眠を保証するので、代わりにちょっとカチコミ手伝ってくれないかと当時のエイギス当主に言われて即決したとか。どんだけ疲れてたんでしょうね、クララさん。さりげなくそんなこと提案して実行できる朕王のご先祖様も怖いけど。
ともあれ、そうして束の間ワンコとの休戦状態を得られたクララフィアトでしたが、平和な時代がやってきて自分の領地を賜るまでに至ると、さすがにいい加減ケリをつけなさいよと主にせっつかれたらしく。エイギスの本音としては、魔獣をうまいこと従わせてくれればと思っていたようですが、手懐けるすなわちクララさんが諦めてワンコの嫁になることとイコール不可避でしたから……心情的に到底無理だったわけですね。しかしこの危険生物を野放しにしておくわけにもいかない、何せクララの周りの人間を嫌がってすぐに排除しようとする性癖の持ち主である――クララフィアトは覚悟を決めて、ついにフルルギルと決闘を行いました。勝ったらワンコが諦めてお里に帰る、負けたらクララが諦めてワンコを受け入れるってことで、己の貞操かけて。
三日三晩の激戦の結果、なんとかクララフィアトは勝利をもぎ取り、深手を負ったフルルギルは悲しく遠吠えを上げながら闇夜に消えていったわけですが――まあ10年来のストーカーがただで帰るわけもなく、クララさんは去り際のフルルギルに噛まれ呪いをかけられてしまいます。
すなわち、人狼の呪い。
傷口からフルルギルの因子に汚染されたクララフィアトは、人の身でありながら魔獣の要素を色濃く抱くことになり、普段の人間の姿の時もどう見ても人外な耳と尻尾が生えてしまった挙句、満月の夜には全身が魔獣化してしまうようになった。ゆえに館の奥にこもり、二度と人前に姿を現すことかなわなかった――。
真実って残酷ですね。クララさんマジ不憫。
場合によってはベタで感動的なロミジュリな展開にも持ち込めたろうに、どうしてこうなったんでしょうね。異種恋愛って結構需要ある方だと思うのだけど、狂気の原作にかかればここまでひどい結果になりえるのか。
そんなわけで、先輩たちディザーリオの血筋の者は、もれなくご先祖様のクララさんからフルルギルの呪いを未だ受け継いでいるわけなのです。
と言っても、代々のご先祖様たちの努力の結果呪いは大分改善され、彼ら子孫は無事理性を取り戻し、しかも通常の人間よりも強靭で回復力に優れた肉体も手に入れることに成功したのでした。ちょっと生肉が好きだとか、ちょっと満月の夜に興奮しがちになるとかの特徴は残りましたが、その程度の副作用でしたら別に通常人間生活を営む分にはそこまで困らないはずなわけですよ。
ですが先輩は――先祖返りとでも言いましょうかね。一族の中でも抜群の身体能力(本人は隠したがってますが嗅覚も並大抵のものじゃないです)を誇る代わりに、彼だけは満月の夜になるとクララと同じように完全に獣化しちゃうんですよ。呪いのメリットもデメリットも強化されちゃってるってことですね。
そんなわけで、身分や本人の性格、能力的にはなかなかの優良物件であるキルル先輩の地雷は、ご先祖様の因縁である人狼の呪いに起因するわけですが。
ふー、ここまで長かった。ついうっかり熱を込めてディザーリオのひどい歴史について語ってしまいましたが、ようやく本題に入れますね。
今こそ、キルル先輩が私達「ラプソディー・イン・ダークネス」プレイヤーから嫌われ――と言うよりは、恐れられるとか避けられるって方が近い――理由を明かしましょう。それはずばり、皆のトラウマデッドエンドとそこに至る経緯のせいであります。
そもそも先輩ルートにおけるアデラリードのキャラ――まあだから先輩の好みと言い換えてもいい――は、守ってあげたくなるような感じの女の子です。それも健気薄幸系だとなおグッド。彼はか弱き乙女を守る騎士属性なので、男勝りで頼りがいのある姉御キャラだと、友人どまりで恋人認定されるには決定打が足りないのです。なので選択肢もこう、いかにもほっといたら死にそうな感じの弱弱しい奴を選んでいくことになるし、パラメーターだってむしろ低い方が失敗イベント起こせて、大丈夫俺がやってあげるお世話してあげるってワンコが一生懸命フォローしてくれるのにあらあらウフフとほほえましく感じるわけですが――。
いやもう、ホント製作者の性格の悪さがにじみ出ている。そしてここに来てこれが選択肢のみでなく、育成要素も重要なゲームなのだと悟らされるわけである。朕王の時はなんでもクリアできたのに。
だってさ。高パラで成功すると変動なし、低パラで大失敗すると好感度ダダ上がりってなったら、普通なんとなく意識して低パラを維持しようとするじゃない。その方がワンコがキャンキャンお世話してくれるんだもの。
そんな風に、製作者の罠にはまって何も考えずイベントを進めると――彼の攻略に必須な重要イベントが、よりにもよって低パラメーターのせいで乗り切れないのであります。そしてその乗り切れなかった場合、狼化した彼に食い殺される(死にかけてる間のアデラリードの陰惨な心中実況つき)と言う中々素敵なデッドエンドを迎えるのであります。おいだからいつからホラーゲームになった。頑張るところが違うぞ作者。そこの描写に力を入れてどうする。
さらに、選択によっては低パラでも生存可能ですが、その場合お姉さまがアデラリードを庇って目の前でモグモグされます。当然アデラリードは発狂してワンコと心中もしくは呪いに汚染されたワンコに拉致されるバッドエンドです。ある意味朕王エンドより心に来るわボケがっ……!
まさか攻略対象者に――しかも何があっても俺が守ってあげるって言ったその口で食い殺される(食的な意味で)日が来るとは思わなかったよ。うわーんうそつきー! 本人に悪気はまったくなくて呪いのせいだってわかってても、あんな騙し討ちみたいなことされてその後円滑な人間関係を築けるかっ!
ですので、キルルシュタイナーの正しい攻略法は、適度に成功と失敗を重ねて好感度を急上昇させすぎず、けれど好感度が足りないと獣化イベントが起きないのでちょいちょいわざと失敗してやらねばならず、獣化イベントを起こしたら起こしたでその時までに必要な分のパラメーターも稼いでおかなければいけないと言う、結構シビアなバランスが求められるものなのです。
本人が一見チョロいし実際チョロいのに、真のエンディングにたどりつくためにはこの仕打ちである。
ゆえに後に侍従たんの一挙一動にびくつくことになり、またそれなりにパラメータ判定の厳しい彼のルートが普通もしくは優しく感じられてしまうのである。だって侍従たんはパラ低くても気を遣って駆け落ち提案してこないだけだし、高かったら高かったで素直に褒めてくれるもん。
そんなこんなで、キルル先輩ルートは最初超チョロいと見せかけて、その結果恐怖のイートエンドの洗礼を大方が味わうことになるため、原作プレイヤーには非常にトラウマな相手なわけですよ。あのイベント、初回プレイでクリアできた人いないんじゃないのかな――。
私がなかなかスプラッタな彼の思い出に少し意識を飛ばしていると、横から声が上がりました。
「祖先に人外がいると大変だよなあ。どうせあれだろ。バッドエンドは呪いの暴走ルートで、そこクリアできたらベストエンドって感じなんじゃね」
相変わらず妙に物わかりのいいことですね。私は後半部分は軽くスルーし、前半にのみレスポンスします。
「いや、クララさんは普通に人間でしたから。ワンコに噛まれただけですから。むしろ祖先がアレって話なら、あなたの一族がまさにそれですから」
「あ、やっぱ? なんか混じってそうな気はしたんだけど」
「吾輩よりははるかに薄い血だよ、安心したまえ」
ステルスから復活したと思ったらフラメリオ。あなたはリオスをフォローしたいんですか、とどめを刺したいんですか、どっちなんですか。確か祖父母の代がバリバリの人外だったフラメリオが保証するってことは、薄いけど確実に入ってるってことじゃないですか。
まあ全然気にしてないみたいですけどね、この王様。ホントお前のメンタルどうなってるんだよ。
私は横目でアイアンハートな男を眺めつつ、ぽつっと思ったことを口にしました。
「でも先輩、なんだか原作よりも症状軽くなってるみたいですけどね。気分悪そうにはしてますけど、満月の夜も人型で部屋から出てきたこと見たことありますもん。原作では全力で引きこもってたのに――」
「そりゃ、朕が抑制薬作ってやってるからな」
あまりにも軽くスルーなノリにそのままへーで流しそうになった私は、事の重大性に気が付いて飛び上がります。
「ちょっと、何でもないようなことに見せかけて、さりげなくとんでもない情報出しましたね、あなた!?」
「だって朕ら、幼馴染みたいなもんだし。つか、朕学園からあいつの先輩でもあるし」
「ふーんそうだったんですか――って、いやいやいや!?」
おいバカこれ以上さらに爆弾投下するな! 私のパニックゲージが上がる!
リオスの方はなんときょとんとした目になっています。
「あれ、知らなかった? 朕もあんたと同じあそこの元在校生だったってこと」
「初耳ですよ。って言うかあなたって人は、どこまで原作ブレイクすれば気が済むんですか! 大人しく騎士学校かなんかに通ってたんじゃないですか!」
道理で妙に先輩が低姿勢で従順だったり絡みが多かったり、リオスがやけに私について詳しいと思ったら……なるほど、卒業生で先輩の先輩だったわけか。リオスは私の8つ上、つまりキルル先輩の3つ上だから――しかも面倒は見てもらうわ、秘密はばれるわ、抑制薬を作ってくれるわ、王様で直属の上司だわ――ああ、それは到底頭が上がらないんだろうなあ、キルル先輩。原作よりヘタレ度苦労人度が増していておろおろ見守るだけだったのはそういうことか。
しかし、これが天然ブレイクの威力か。素で原作をめちゃくちゃにしてやがるぜ、問題児。だったら玉座もブレイクしちゃえばよかったのに――。
ってなんだなんだ。黙り込んだと思ったら視線が妙に遠くて哀愁漂っているぞ。どうした傍若無人。
「……まあ、あの頃は色々あってだな」
「色々あったねえ」
「いやだからそんな漠然と言われてもですね!?」
「はっはっは。話せば長い事だし」
「短くまとめると、リオスも若いころは結構苦労したんだよ、アデル」
「ああうん、間違ってはない」
また大賢者がステルスから復活して相槌打ってるしフォロー入れてるし、なんでそれで二人とも生温かい目になってるんだ。ちょ、ちょっと気になるじゃない! 私だけ仲間外れよくない!
「その辺がどうしても知りたいんなら、リオスの好感度を上げて条件を満たせば話してくれると思うよ」
「いや、全然聞いてないです。聞かなくていいです」
「そうかい」
存在感出してきたと思ったら、人の心を読んだ上にメタいアドバイスすんなし。油断すると電波飛ばしてくるんだから、まったく。おい兄弟子。お前も横で腕組んで頷くなっつーの。
あっそうだ。大分脱線しましたけど、今の問題はこの人たちじゃなくって。
「で、キルル先輩のことなんですが。後宮に想い人がいると言うのは本当のことなんですか?」
「ああそれ、そうだった。今のところは朕の推測だけどさ――今まで散々行くの嫌がってたあそこに最近は用もないのに近づくだとか、あの無風流が一生懸命花やらお菓子やら集めてるってことは、やっぱそういうことなんじゃないのか?」
私が話の軌道修正を行うと朕王も素直に従います。彼の言葉に私は思わず頭を抱えました。
「あー、それはきっと黒だー……!」
「だろ。わかりやすい奴だからな」
「しかしまさか、私の知らない間にお姉さまとイベントを進めてたってことですか? お姉さまにはちゃんと、近づいてはいけない男とその理由については一通りお話しているのに……」
唸っていると、ポンポンとリオスが肩を叩いてきます。気安く触んな、うりゃっ。
「まーだからさ。その辺、ちょっとキルルに探り入れてきてくれない?」
「あれ。あなたからはまだ何もしてないんですか?」
「物事には順序があるだろ。最初は優しく、それでもだめなら力づくって。あんたが聞き出そうとしても無理そうなら朕が後で吐かせとくからさ」
「一瞬もっともな事を言ってるように聞こえた気がするけど、そうでもなかったような」
「めっちゃ良心的で合理的ですやん?」
カラカラ笑う男に、思わず私は目を細めます。こっちの態度に気が付くと、向こうもちょっと陰のある物騒な微笑みになりました。
「……本当はいったい何をたくらんでるんです?」
「別に、朕にも必要な情報だから。キルルの事も――あと、あんたのねーちゃんの事も」
ピクッとこめかみがひくついたのが自分でもわかります。
「私が無事先輩から諸々聞き出したとして、あなたにその中身を教えるとは限らないじゃないですか。プライバシーの問題とかありますし。――いいえ、はっきり言いましょうか。こんな面倒な手間を踏んでまで私を介さなければいけない必要性が、あなたにあるとは思えないんですよ。良心的? 合理的? アホらしい。いつもみたいに理不尽を突き進んで、絞めて吐かせればいいじゃないですか、らしくない。どうもさっきから、あなたが私とキルル先輩に話をさせたくてけしかけているだけのように思えてならないのですが」
エメラルドの瞳はこっちをしばしじっと見てから、ふっと苦笑に歪みました。
「まあ、そんなにカリカリすんなよ。一応あんたにもメリットのある話だし、むしろこれで何もアクション起こさない方が、何かあった時に後手に回ることになって悪手だと思うけど? 言ってたじゃん、あんた自分ともあれだけど、ねーちゃんとフラグ立てられるのも嫌だって。そんな難しい事じゃないだろ? 話してやってくれよ、キルルとさ。純粋に先輩としてちょっと不憫なの、アイツ」
確かにリオスの言う通り、むしろ彼の情報は私にとってありがたかったぐらいなのですが――なんだろう、この釈然としない気持ちは。
「それとも何? それも嫌なほど、あんたにとってのキルルってダメなやつなの? いや、ウルルの方? だけどさ、それってそんなに大事? お姉さまがひょっとしたらヤバいかもしんないのに、あんたの感情が優先されるくらいに?」
リオスドレイク。もう一人の転生者にして憎き朕王。不敵に怪しく微笑む自信に溢れた男。
お行儀悪いですが、私はチッと舌打ちしました。
「……先輩と話してみます。が、もしもお姉さまがお相手だとしたら、私はもちろん全力で先輩との仲を裂きに行きますからね。邪魔しないでくださいね」
「いんじゃないの? 好きにすれば」
ああ、なんて腹の立つ笑顔。やっぱりあなたは――苦手な手合いです。




