2-2.可能ならその話題については黙秘したいのですが
息を吸い、頬を叩いてからもう一度私は取り組みます。昼のお紅茶パーティーは大層名残惜しかったですがあっという間に終わりをつげ、夜になった今は、いつものように周囲を警戒しながらフラメリオのもとにやってきて、彼から出された課題とやらの真っ最中なのです――。
呪文をつぶやいて私の前面に薄い障壁を発動させた直後、間髪入れずに黒い塊が飛んできます。瞬時にその大きさと強度を見分けてかつ、それがちょうど衝突するであろう私の箇所の前に張っている障壁をさらに強化。左の脛――ガキン、弾く音。よし、成功です。でも気を抜いてる暇はありません。塊はひっきりなしに次々と飛んできます。バッティングセンターのアレに近いですが、残念ながら素振りなんてしてる暇はないので私は真剣に目をこらしてぶつぶつ唱え続けています。瞬きが惜しい。浮かんできた額の汗が鬱陶しい。私は何度も何度も、障壁を部分強化してそれを弾き、ついに――。
ゴッ。
「あだっ!」
「はい、またミスだね。それじゃもう一度最初っから」
制限時間直前だ、と一瞬思った瞬間、肘に飛来した小石が命中して私は悶絶していますが、後ろの安全地帯で見守っていた師匠は涼しい顔です。当然のようにやり直しを言われて私は思いっきり目を剥きました。
「あとちょっとだったじゃないですか!? せめてリスタートじゃなくてコンティニューで!」
「ダメ。ほらもう一度構えた、構えた」
「だ、大体こう局所的じゃなくて、全面的に障壁張っちゃダメなんですか!?」
「別にそれでもいいけどねー、リオス並みに保有量があるのなら。今の君ならおそらくぎりぎり持久が続かないと思うよ」
私は黙り込みます。その時のこの顔(おのれ朕王めを全面的に出しているような顔)が受けたのか、師匠は吹き出した後激しくむせています。彼の横で毛づくろいしていた白カラスがびっくりして飛び立ち、不満そうにカーカーわめきました。
「まあでも君は使えば使うほど強化されていくタイプみたいだから、適当にでも使っていればそのうち量は追いつくよ。それでも、今の君は正直所作が雑すぎる。同じ量のポテンシャルを得たところで、質で劣れば当然相手になんかならないだろうね」
フラメリオはカラスになだめるように手を差し出して思いっきりガツガツつつかれていますが、なんてことはなさそうです。痛覚切ってんのかな、あれ。
「そのための訓練、ですか……本当にこれで精度上がるんですか?」
「なんだい、吾輩の言うことが信じられないのかい? リオスもやっていた訓練だよ。それも今の君よりもっと若い頃にね」
「別に弱音なんてはいてませんよ、超余裕ですよ、あと10回くらいは普通にできます、私にかかればこの程度指一本でこなせます――さあ、じゃんじゃんやってください!」
私は即座に再び構えなおします。吸って吐いて、気合い入れた瞬間次のセットがスタートしました。再び障壁を張り、部分強化――。
ああ、にしてもフラメリオの訓練って謎だ。原作のアディさんもこんなことやってたのかなあ。原作じゃ何せ、フラメリオの笑顔の立ち絵があって魔術の訓練をした! アデラリードの魔力が上がった! だけで終わってたからな。こんなんいちいちやってたのかいアディさんや。お主も苦労したのう。私も苦労してるよ――。
「おーいやってるかー、弟弟子よ」
「やはり出たな変態、そろそろ頃合いだと思っていたから貴様の出現は読めていた――ふごっ!」
場所はフラメリオのあの地下室とつながっている別の部屋です。繋がってるっつっても物理的にじゃなくて空間魔術的になんですけどね。初めて連れてこられたときには前世の学校の格技場を思い出しましたが、フラメリオの一声で形や広さが変わったり謎の器具が出現したりするのでもうなんか深く考えないことにしました。さすが大賢者。常人なら魔力切れでできないような大魔術の重ね掛けや連続使用を涼しい顔でやってのける。
その訓練場とやらの入り口に出現した男の声に、私は反射的に振り返って指さしてしまい――今度は背中に石の打撃を受けて前のめりに転び、無様な顔面落下は回避したものの、前世で言うところの敗北のポーズ(orzってアレです)でプルプル震えることになりました。
くっそ、人の不幸を涙が出るほど笑ってやがるあいつらを、走っていって右ストレートでぶん殴りたい! でも今、背中から全身にジーンってして動けない!
……身体がふんわり光に包まれ暖かくなったと思ったら、フラメリオが回復してくれたようです。ほっとして立ち上がった私に、いい笑顔の彼は無情にも一言。
「はい、もう一回最初から」
「い、今のは不可抗力じゃないですかー!?」
「君が頻繁に集中を乱すのと、雑すぎるんだ。リオスだってここまでがさつじゃなかったよ」
な、なんだと!? 私が不本意な気分を隠そうともせずに兄弟子を見ます。……やっぱ実物は何度見ても条件反射的に腹立つわー。
「なーんでかなー、なんで今、そんなのありえないって顔を、朕はされてるのかなー」
「だってあなた、人外レベルの魔力保有者じゃないですか! 最初に会った時だって、思いっきり惜しみなくバンバン連発してたじゃないですか! とてもそんな師匠の求めるような繊細な気遣いができるとは――」
「アデル、たぶんその時リオスは相当君に気を遣って出力を加減していたはずだよ。今君がミンチになってないってことはね」
……思い出したくない舐めプの思い出がよみがえる。
ギリギリと唇を噛みしめた私に、ぶん殴りたい先輩は言い放ちました。
「ま、なんでもいいけどさ。その程度の基礎訓練さっさと終わらせろよ。その後でいくらでも喧嘩の相手になってやるから」
野郎め。そこで見てなさいよ、今度こそあなたの目の前で完璧に秒殺してやるんだから!
秒殺とまではいきませんでしたが、その後一発で訓練を完璧にクリアした私に、この集中がいつでもどこでも持続すればいいのにとフラメリオは言い、朕王はお疲れとか声をかけながら手拭いを差し出してきました。ひったくろうとすると――ち、近い近いどさくさに紛れて寄るな――って、ぐがが何するんですか、いくら私が終始あなたに反抗的な態度でなおかつ山猿であるとは言え、後輩女子に労りの言葉をかけると見せかけて流れるようにヘッドロックを極める奴がありますか! とっくに二十歳越えたいい大人のくせに――ってあだだだだだだ、追加攻撃のぐりぐりよくない骨痛い! 学園でもここまで理不尽な先輩いませんでしたよ、畜生め!
私のプライドと肉体損傷のリスクを天秤にかけた結果、連続でタップして参ったを伝えると一応は離してくれますが、このおにちくめ……! 腰に手を当ててこっちに向けている笑顔が黒いぞ!
「お前、プライベートの朕相手だと、ほんっと腹立たしいほどに強気だよな。だからちっとは身体で理解するといいぞ」
「くっそ、フレンドリーな友人路線で懐柔できないと悟るや、肉体言語で屈服させる路線に切り替えやがって! 誰が雑魚チワワですか! そうやって余裕ぶっこいてられるのも今のうちだけですからね。見てなさいよ、いつかはその鼻へし折ってやるんだから!」
「そーかそーか。その前にお前の鼻が折れないといいな。朕今はあんたとのスキンシップ手加減してるけど、ステップアップが無事成し遂げられたら容赦しねーからな」
バキボキ両手鳴らしてるこいつはどう見てもヒーローじゃなくて悪人です。と言うか師匠、私たちの乱闘や口論が始まると、いつの間にかステルス始めるのやめてくださいよ。どこ行ったフラメリオ! 私をこいつとこの閉鎖空間で、見た目だけでも二人っきりにしないで!
「手加減――どこが!?」
「そうだな。具体的に言うなら、キルルの10分の一くらいの痛さでやってる」
せ、先輩ェ……。まあ、でもあの人は身体頑丈だし回復力も高いから別にいいか。
と、そのままいつものようにまだ口論を続けてくるのかと思った朕王は、ああそういえば、とぽんと手を叩きます。
「キルルと言えば、そうだ。最近あいつさ、なーんか様子がおかしいんだよ。ちょうどよかった、話しておこうと思ったことを思い出せて」
「はあ、様子がおかしい? そんなもやっと言われましても」
私が答えると、リオスは珍しく自信満々の笑顔から、少々真面目なモードになって言います。
「たぶんだけどな。あれは女だと思うんだ」
………………。
あ、今私の脳が全力でその言葉を理解することを拒否した。でも結局理解してしまった。ぼとり、と思わず手にしていた手拭いを落とします。
「えっ、冗談でしょう。まさかとは思いますが、先輩に春が来たって言ってるんですか、それ?」
「十中八九。しかも相手は後宮の侍女の誰かだと思うんだ」
「ちょっとそれ忌々しき事態じゃないですか、なんですか、聞いてないんですけど、どういうことなんですか!」
思わず私は朕王に飛びかかってその胸倉掴んで揺らそうとしますが――身長と腕力のせいなのかこれは! なぜ私が奴にぶら下がって振り回されているような見た目になるんだ! そしてやめろ、その可哀想なものを見る目でそっと引きはがすのは!
「だってお前、積極的にキルルのことを避けているらしいじゃないか。学園卒業後は特にさ。ちょっと寂しがってたぞ、あいつ。アデルが業務連絡以外関わろうとしてくれないって」
「うっ……」
私は痛いところをつかれて思わず呻きます。リオスはなぜか、したり顔になりました。
「なーるほ。当ててやろうか。原因ウルルじゃないか? 弟を避けてると、ついでに兄貴も巻き込まれるって、そういうことだろ?」
私はリオスをにらみますが、それもすぐに深い深いため息に変わります。
「……どうせ散々、その辺の事情はあの兄弟から聞かされているんじゃないですか」
「まあな。ウルル、まだお前のこと諦めてないんだって? 物好きだよなあ」
「私もそう思います。割とあの人は頭おかしいですよね」
……気乗りしませんが、どういうことなのかご説明いたしましょうか。
そもそも彼ら兄弟は、ディザーリオ家と言うシアーデラ家と違ってちゃんと格も由緒もある結構な伯爵家の次男と三男なわけです。まあそのディザーリオ家は、言ってしまえば肉体言語の血筋ででしてね。普通の貴族の少年たちが入るような騎士学校じゃなくて、私と同じ、平民も貴族もごたまぜのあの例の軍人学校を代々卒業しているのです。で、キルルシュタイナーは私の5つ上、そしてその弟ウルルシュルスは私の2つ上の先輩だったわけですが。
……皆様覚えてらっしゃいますか。確か前に私、学園時代に一度だけフラグを立てられそうになったって言ったことあるじゃないですか。ぶっ倒れてそのお見舞いで。
その相手が、ウルルシュルス――ええそう、キルル先輩の弟君です。さらに思い出していただくのなら、侍従たんと再会した3年生の学期末の日、私の頭をくしゃっとしておチビと絡んできたあの方こそ、ウルルシュルスその人です。
まあ兄弟で近衛騎士になっていたのはなんとなくわかる、別におかしくないとして、丁重にお断りしたウルルがどうもまだ諦めてないっぽいのはどういうことなのか。学園在学中はあの後そこまで激しいアプローチはかけられなかったし、卒業したら縁が切れると思っていて私の方はそこまで気にかけていなかったのですが、どうも再会できたことでウルルは妙な勘違いを拗らせているようででしてね。兄貴を使っては私に連絡を取ってこようとしますし、期待のまなざしっぽいのを向けられます。ほんであの兄貴は当然のように弟応援派なので、私はキルルと出会えば自然とウルルとも交流が増えるわけです。
……私が先輩に厳しい理由の一つです。学園時代も散々さりげなく弟をフォローして私と絡ませおってからに、奴め。
頭おかしいよあのワンコ二号。脈はないと何度言えばわかる。だがキルル先輩までなんかフラグおったててるだと。意識して接触を極力減らしていたのがここで裏目に出たか……。
そんな事情をおそらくキルル先輩からすっかり聞き出しているだろうリオスは、腕を組んでうんうんと一人頷いています。
「ま、あの家は先祖代々の脳筋一家だから、脳筋女にシンパシーを覚えて遺伝子残したいと感じるのは別段おかしいことではないかもしれな」
「それ以上言ったら腹パンしますよ」
「すぐ暴力に訴える、脳筋よくない」
「あんただけには言われたくないですよ、さっきだって普通に私に手を出してましたし、いつも先輩サンドバックにして鬱憤はらしてるくせに!」
「だってあいつ、殴られるのが仕事みたいなもんじゃん」
「いつか牙を剥かれてしまえ……」
私が呪いの言葉を吐くと、リオスはきらっと目を光らせます。私ははっと顔をこわばらせますが――すぐ諦めました。ああこれもうバレてーら。
「――牙、ね。知ってるんだ、ディザーリオ家の秘密。それもゲーム知識? キルルも確か攻略対象者なんだよな」
「……ええ、まあ。あなたは主君として本人から聞いたんですか?」
「いや、それ以前にめちゃくちゃわかりやすいじゃん。満月が近づくと挙動不審になるんだもん。もちろん、本人問い詰めて初めて確定したわけだけど」
「ああ、可哀想な先輩……絶対嫌がったのに無理やり吐かされたんだろうなあ……」
遠い目になって、私は思い出します。
キルル先輩のシナリオ。地雷のなさそうな彼の秘密と衝撃のバッドエンド――なぜ当初はファンからの印象も良く、面倒見のいい先輩キャラの彼が、あそこまで掌を返されるに至ったのかの理由を。




