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1-6.それはきっと、錯覚だから

 すっごく疲れた……。とりあえず賢者の部屋から転移して中庭まで戻ってきた私は、そのままどさっと芝生の上に大の字に倒れこみました。

 もういや。ここで寝たいくらい。この後警護だのなんだのすり抜けて自室に戻るのがかったるいです。脳内に先ほどまでの出来事がぐるぐると渦巻いて大変なことになってます。


 大波乱だったフラメリオ(なぜかおまけに朕王つき)イベントでしたが、最低限こなそうと思っていたノルマは意地でも果たして帰って来ましたよ。うん、結構頑張ったと思うよ私。よく途中で帰らずにあの二人に最後まで付き合ったと思うよ!



 木々の隙間からちらちらと星が見える夜空――あー今日はまた、月がとっても明るいなあ――を見上げながら、さて、嬉しい結果と嬉しくない結果、どっちから先に振り返りましょうかね。まあ全部嬉しくないってのが、一番正しいんですけどね!



 まずは私の能力値修正。要するにキャップ外しですね。

 原作でも好感度最大になるように選択肢選んでると、初お目見えイベントの時点ですでに外してくれますからね。これで朕王その他に対する抵抗力を上げるだけでなく、フラメリオの私に対する現在の好感度の状況もチェックするのです。問題なくクリアしたと言うことは、今の時点でかなり興味持たれてるってことですね。


 しかもですよ。それだけにとどまらず、説明書付で賢者の作ってる特製薬やらアクセサリの詰め合わせグッズと言う、なんと原作にもなかった充実のおまけつきでした。わーいやったねアディさん。君もこれで人外の域へ一歩を踏み出したぞー!


 ――うん。さすがにこれは裏があるんじゃないかと、そろそろ不安になるほどの好待遇。なんでこんな最初からデレてんの大賢者。誰がそこまでやれと言った。


 横にいた朕王が、そんな警戒しなくても大丈夫だよ、師匠転生者には甘いだけだからと保証してましたが、全然安心できない。あんたはあんたでたぶん人間の外れ値ですからね? 転生者としてもなんかいろいろおかしいと思うよ?



 あとこれも原作通りっちゃそうですが、朕王に続いてめでたく大賢者の弟子2号に認定されたっぽいです。暇があったらここにおいで、手とり足とり深く教えてあげるよと熱心に言われました。もちろん触るんじゃねえやとその部分については全力で拒否しておきました。何するつもりだよ。あの大賢者、目が完全に据わってましたよ。

 いやその、確かに私も打倒朕王のためにフラメリオの補助はほしかったし、そちらからの原作以上に早いご提案(本当はあと最低2回はイベントこなさないと提案されないはずなんですがねえ……)と言うことで好都合っちゃそうなんですが――標本エンドに呼ばれている気がする。やめてお願い。あれは無理。実行されたら絶対に精神が壊れます。


 なお、私の顔見て考えていることを察したらしい朕王が、大丈夫、オレがきつく言っといたからあんた標本にはならないよ。何かあったら庇ってあげるよ――って、いくら甘く優しい調子を帯び、かつ力強く熱のある声で言われても、その口から聞かされて安心できるか! ハーレムいいじゃないと言ったその口で! しかも案の定、距離取ったら舌打ちしてたし。だから少しは私に黒い部分を隠す努力しろよ!



 それから、そのことに関してと言えばそうですが――私とお姉さまのことについて、一つ聞き捨てならない情報を得ることができました。


 原作の電波フラメリオ用語では「天使の羽が付いている」――つまり、アデラリードにヒロイン補正だか主人公補正だか、とにかく特殊な力があると言うことが言いたいらしい――その「設定」があるからこそ、彼はアデラリードに注目し、また会って話をしたり協力してくれたり、果てはハッピーエンドバッドエンドでお世話になる仲にまで発展したりするわけです。


 けれど、現世の私には天使の羽はないと彼は言い放ちました。それどころか、現世での天使の羽の持ち主は――お姉さまになっている、とフラメリオは言っているのです。


 ……あの事故まみれのオープニングから予感はしてましたけど、鑑定眼のある大賢者に断言されると、こう……改めてなかなかにショックですね。いつの間にか私ではなく――よりにもよって、お姉さまの方がヒロインになってしまっているだなんて!


 道理で朕王がお姉さまにばっかり強硬策をかけるわけです。まあ私に対する扱いも割と酷い気がしないでもないですが、お姉さまに対する迫り方は常軌を逸してましたからね。どう見てもあれはひどかったですからね。

 ――って言ってやったら、なんかあのカラス珍しく黙り込んだんですが。な、なんだよう。さっきまでみたいにカーカー騒げばいいじゃない! なんでそこで意味深に何も言わないんですか! そうだ、忘れかけていたけど相手はあの朕王、シリアスモードっぽいものに入られるのはやっぱ危険だ! この話題はほどほどにしないと!


 固くなったその場の空気をごまかすため、私はふと浮かんだ疑問をフラメリオにぶつけてみました。


「だったら私に興味を抱いた理由って――私についてる「設定」って何ですか?」


 ……この質問にも一応気前よく答えてくれたっちゃそうなのですが、さすがメタと電波の属性を兼ねている男、今の私の解読レベルでは理解不能なお言葉でした。

 なんですかその、


「縫い付けられた悪魔の羽が君を蝕んでる」


 って。原作のセリフでも聞いたことないんですが。頼みの解説カラスも横で首かしげてるし、本人もそれ以上説明してくれないし。

 しかも私が露骨に意味わからんって顔したら、「そのうちわかるだろうから心配しなくても大丈夫」って――心配しかないわ!



 そんな風に、一対一の小手調べしてくるぜと思って挑みに行ったら、二人がかりでいきなり全身にパンチを打ち込まれまくった気がしないでもないですが。やられっぱなしで終わりませんでしたよ。ちゃんと今回は私仕事した! 胸張って言える!


 すなわち、お姉さまお触り禁止令の宣言とその受諾! 彼女がヒロインになっているのなら、これは絶対やっておかないと!

 これは大賢者自ら、誓約魔術書をその場で作って血判押してくれました。これでお姉さまは当分フラメリオに接近されずに済むはず。

 と言うのも、


「彼女は彼女で面白いが――ま、近づきすぎるとこっちのデメリットが大きいのでね。なんにせよ、君という偉大なカオスの前にはどんな魅力的な悪魔も霞むさ。しばらくの間はこの休戦協定が有効であることを保証するよ」


 とか無事に誓約が終わった大賢者殿が、電波語で述べてくださいましてですね。だから私にもわかる言葉でお願いしますってば。ちなみにその後の電波翻訳機カラス曰く、


「つまり師匠、今のところあんたの姉ちゃんに接近するつもりもないし、あんたの方にしか興味はないんだけど、今後()()が起こる可能性は捨てきれてないからね――って言ってるっぽいよ」


 うむ、ごくろう。やっぱりこのカラスは私とは別次元の存在に違いない。


 しかし電波語であることを差し引けば、本当に良心的だなフラメリオ。向こうにとっては黙ってても何の問題もないのに、わざわざ今後の危険の可能性を示唆してくるなんて。この誓約書はあくまで休戦協定、気は抜かずにいろってことでしょうかね。まあこれでフラメリオとのことは決着つけばとは思いますが、そう都合よく話が進むとは思えない部分もあり、改めて背筋が伸びる思いです。


「にしても今日の師匠、気持ち悪いくらい親切だな。あんたのことよっぽど気に入ったんだろーよ」


 朕王はそんな風に羨ましいとでも言いたげな口ぶりでしたが、なぜだ。やっぱり悪寒が止まらない。魅惑の標本ルートへようこそって文字が笑いながら走り抜けていった幻覚が見える。



 ま、まあ、虎穴に入らずんば虎子を得ずって言うし? 逆に考えるのですアデラリード。朕王のロックオンは手遅れだったが、大賢者のロックオンは私に引きつけたことによってお姉さまをお守りできるのだと。あとは私が自分をガードしきるだけだと。

 ――なぜ私はすでに、もう腕や足の一本や二本なら弄られても仕方ないや、でもボディーと頭はやられたくないな、なんて消極的な方向に思考が行きかかっているのですか。諦めたらそこで敗北ですよ、私。気をしっかり持って、頑張るのです……!




 そ、そうだ。大賢者ばっかりに構ってられません。もう一つの問題――予想外(リオスドレイク)の方についてだってまだまだ油断はできないんだから。


 まず、その正体が――驚きの転生者だと言う事実には若干絶望しかけましたが――おかげで我々姉妹の死亡フラグは相当減っているようです。

 これは素直に喜ばしいことでしょう。むしろその――非常に口惜しいのですが――さっきはフラメリオから庇ってもくれましたし。ええ、私やってもらったことにはちゃんとお礼するタイプですから、すっごく不本意ながらも別れ際に言いましたよ。カラスのくせにわかるほど目を丸くしやがって。そんなに私がありがと言うのが意外だったのか、奴め。


 しかし、確かに以前ほどの敵対心はなくなったものの……代わりに姉妹丼ルートを推し進めたいとの考えは、実に気に入りませんね。接近禁止のお願いも普通に断りやがりましたし。朕は朕の好きな時に君らに会いに行くよ、楽しみにしててね☆ と言われて反射的に飛びかかった私は悪くない。当然の反応に違いない。


 ……はあ。奴も私に意図的に隠していることはありそうですし、いくら転生者の縁だとかでフランクに接してきても全然気が許せません。お姉さま相手だと強硬手段に出やすいみたいだし――。




 ――ん? あれ?


 さっきから気のせいだと思ったけど、やっぱそうじゃない。聞き覚えのある声が私を呼んでいる気が。


 私が芝生から飛び起きるのと同時に、茂みをかき分けてこっちにとてもよく知っている人影が飛び出してきました。


「アデラリード様――!」

「……ディガン? えっ、あれっ、なんでここに!?」


 ちょっとちょっと、お久しぶりの侍従たんじゃないですか。イン宮中じゃ初めてじゃない? 原作通りの侍従姿、やっぱりお似合いですね――って、どうしたの、今までずっとこの中庭の中走り回ってたみたいなその恰好。服は草だらけ、髪の毛もぐしゃぐしゃ、あっちこっち引っ掻けたみたいな結構すごいことになってますよ!?


「ご無事ですか!? お怪我は? 何もお変わりござませんか!?」

「い、いたって私はご無事ですよ、問題ないです!」


 ってうわわ、近い近い! 何、一体何なの!? 別に私何も怪我とかしてませんから、そんな必死の形相で探らなくても!


 ディガンは座った私の顔をのぞき込んだり、そっと私の頭にくっついてたらしい葉っぱなどを払い落としてくれてから、はあっと大きく息を吐き出しました。

 ……うん、あの、私もあれですが、それ以上にあなたは自分をちょっとなんとかした方がいいと思いますよ? すごいボロボロですよ?


「……えーと」


 とりあえず私が声を上げると、彼ははっと我に返ってからそっといつもの伏し目になり、ぽつっと私の問うような視線に答えてくれました。


「後宮を出てからこの中庭までの道のりは追うことができたのですが、その後お姿を見失ってしまい……」

「あー……」


 ああ、そこで転移しましたからね。追っかけてこれなくなったのね。

 ――えっ。ちょっと待った。


「も、もしかして――私がここで消えてから今までずっと探してました? というかあなたまさかとは思いますが、自分の暇な時は私たち姉妹のことずっと追っかけたりしてるんですか? 何かあった時のために?」


 ぎゃー! 当然のようにこっくり頷きおった! マジか! っておいおいなんでそこで横向いてまた色気ダダ漏れな苦悶顔になるか――。


「その。ですが夜の寝室や浴室などにまでは、さすがに……」


 ああうんなんだ、そういうこと。さすが侍従たん、レディーに対する配慮と言うものを知っている子。まあこの子の場合、行けっつっても行けるかどうかって感じでしょうがね。恥ずかしがり屋さんめ! それでいて非常事態の時は切り替えてばっちり入ってくる漢らしさ!


 にしてもそれを差し引いたところで、原作ではアデラリードにだけやってればよかったことを――現世ではお姉さまと私、双方にやっていると? 過労で死ぬ気ですか? いつ寝てるの!? あなたさっきからずーっと不覚でした、みたいな顔してますけど、申し訳ないのはこっちの方ですよ……!


「えっと、その。すみません、ご心配おかけして。でも大丈夫ですよ! 万事がうまく行きました」


 ディガンはちょっぴり眉根を寄せましたが、それ以上は尋ねてこようとしません。察しのよろしい事で。まあこんな夜中にこそこそ会いに行く相手ですからね。

 ……でも、ディガンには言った方がいいのかな。言ったら余計な心配かけそうな気もするんですが、言わないとまたそれで彼の仕事が増えそうな気もするし。


 いや、その前に今ぜひとも彼に言っておきたいことはですね。


「というかディガン。ダメですよ、ちゃんと休みを取らないと。倒れちゃいますよ。そりゃあ、あなたが一緒に来てくれてすっごく心強いですし、こうして私やお姉さまを見守ってくれるのは本当にありがたいのですが、限度があるって言うか。何度も言ってますけど、私はいいんですってば。こっちのことはこっちでなんとかしますから、ディガンはお姉さまと自分のことを――」

「アデラリード様!」


 思わない大声に私は身をすくませて黙り込みます。びくびくしながら目だけでそっとディガンを窺うと――真剣な顔で睨まれました。う、うん? どしたの? なんで怒ってるの?


「あなたはもっと、ご自分を大事になさるべきです」

「でも――」

「貴女に何かあったら、スフェリアーダ様がどんなに悲しまれるとお思いですか」


 ……うっ。それを言われると、痛い。けれど反論しかけた言葉は、ディガンが思わずと言った感じで続けた次の言葉を聞いているうちに吹っ飛びました。


「いいえ、彼女だけではありません! 先ほどあなたが消えた瞬間、私が一体どんな思いをしたと――」


 ピタッとディガンが自分の言っていることに気が付いて黙り込むと、空気ごと私たちは凍ります。風の音も今は聞こえません。


 ディガンの目。灰色の曇り空がゆらゆらと揺れています。熱くて冷たい、何かを隠す雲の色。私を映す、灰色の熱。何かを訴えている灰色の――。



 ――ど、どうしよう。言いたいことや考えてたことがあったのに。


 え? え? ち、違いますよね。そういうことじゃないよね。これはそのなんですか、あれです今お姉さまの話題出してたじゃん? それと一緒でそのなんだ、だから親愛と言うか友愛と言うか敬愛と言うか家族愛と言うか、まあだからそういうサムシングであって、断じてその――。


 だ、だって! 侍従たんだよ? その、愛でるものなんだよ? しかも私は山猿ですよ? 今までだってそんな、全然そんなことなかったじゃない。お姉さまならともかく。


 そう、ですよ。ありえないって。ないないない、そう言うアレとはち、違って――やだやだやだ、バッカじゃないの!? こ、こここここんな些細なことで、動揺してどうするんですか! なんで何も言葉が出ないの! どうして体が熱くなるの、絶対に絶対に違うのに――!


「――出過ぎたことを。ご無礼をお許しください」


 ディガンがすっと身を引きながら言ったことで、ようやくいたたまれない空間から私は解放されました。

 そのままディガンはくるっとあっちを向いてしまいますが、呼びかけることもできません。


「ですがどうかこれだけはご理解を、アデラリード様。私のこの命はお二人の物です。――あなたも、スフェリアーダ様も――私の命の恩人なのです」


 しばしの沈黙ののち、背中を向けたまま静かにそう言ってから、ディガンは中庭から出て行きました。


 むせ返って背後の木にどっと背を付き、そこで初めて私は自分が息を詰めていたことに気が付きました。額からどっと汗が噴き出ます。すっかり荒れた息を何度か吸って吐いて――私は拳を握りしめて額まで持ってきます。湧きあがりそうになる何かを押さえつけるように、そうやって両方の拳を額にピタリと当てて。


 彼のどこか熱を帯びたうるんだ眼も、私の高鳴った心臓も、全部全部錯覚なんだって。気のせいだって。


 私は両手を額に、まるで何かに祈るように――自分に言い聞かせ続けました。



 何度も、何度も。

 身体が震えなくなるまで、ずっと。

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