4-5.これは殴っていい顔だと思うの
「んぎゃっ!?」
テラスからその先に続く中庭へと走りこもうとして、私は何かに思いっきりおでこをぶつけました。
「いっ……」
ジンジンと痛むそれに、思わず涙目になります。学園で何回も似たような目にあってきましたから、すぐに回復魔術が思いつけてよかった――この程度の応急処置だったら今の私にも可能です。剣と魔法のファンタジー世界に、この時は感謝します!
なんとか口の中で慣れきったその呪文を唱えて指で痛む辺りをなぞり、それでもなお目の前で飛び散る火花を気合いと根性で収めます。少し落ち着いてから、自分がぶつかったらしい、一見すると何もない空間によく目を凝らしてみます。
「……いわゆる一種の、バリアーとか結界って奴ですか」
前言撤回。やっぱり魔法のある世界なんてろくでもありません。
見えない壁に邪魔されてこの先行けないなんて、なんてベタな。前世でマップ外に行こうとして阻まれた、そんなゲームの経験がよみがえりますが、ここは――ここは、ゲームじゃないんです!
かっとしかけた自分をなだめつつ、私は一生懸命頭をフルに回します。
ということは、何やらよからぬこと――少なくとも、これを張った奴が邪魔してほしくないと考えている何かが起こっているのでしょう。わかりやすくイベント発生場ってことですね。
いやでも、全く知らない赤の他人の取り込み中かも。冷静に常識的に考えてそう思いもした私ですが、その時ぴこんと私の中のセンサーが反応しました。
間違いありません。この先に、お姉さまがいらっしゃいます! やはり何か、問題に巻き込まれている模様。
……えっなんでそんなことがわかるのかって?
ふふんっ、これがアデラリードの守護天使力――偉大なる愛の力ですよ!
ごめんなさい調子乗りました。自分で言ってて途中で恥ずかしくなりました。ちょっと聞かなかったことにして。真面目な事言うと、たぶん超直感――魔法の応用の一種です、ハイ。
ってそんな場合じゃありませんよ。
ぎりっと自分の歯が鳴った音が聞こえました。だん、と拳を目の前の見えない壁に打ち付けると、一瞬だけたわんだ気配がしますが破るまでには至りません。
そのまま手を滑らせて、しばらく壁をなぞります。何度か往復させて、一番緩そうな――つまり、柔らかくて壊しやすそうな部分を探します。――この手ごたえ。急ごしらえだからでしょうか、結構作りが雑ですから、もしかすると――あった! はたから見ればパントマイムごっこでもしているような私でしょうが、ついに掌がほんのわずかにふにゃんと内側に潜り込んだ所を見つけました。
剣か私の魔法の火力があればもっと手っ取り早かったのですが、仕方ない。幸いにして、ちょうどたわんだ部分は高すぎず低すぎない場所――。
ならばと一度、これもまた唱え慣れた呪文を唱えます。今この場で思いつく限りの、必要な身体能力アップの魔術。それが終わってから、ふっと息を吸い、壁から少し距離を取って右足を引きます。腰のあたりから一度手を引きながら円を描くように回転させ、遠心力と体重を乗せて――そのまま一歩踏み込み、腰のひねりと突進力、呼吸のタイミングもさらに加えて正拳を突くと――バン、と音がして、見えない壁の向こうに拳が通りました!
ぼやっとしている暇はありません。突き抜けた拳を一度グーからパーにすると、もう一度大きく息を吸って、気合いを発しながら腰をしっかりひねって横に薙ぎます。バリッ、とまるでカーテンか何かを破くような音とともに、自分が通れる程度の場所が確保されました――と思っているうちに、既にプスプスと直る音が――すぐに作られた穴の中に飛び込みます!
背後ですさまじい速さで修復が行われた気がしますが、構っていられません。
もう衣装や髪の毛がどうなろうとかまわず、茂みをかき分けて一直線にそちらに走って走って――私は現場にたどり着きました。
辺りはすっかり夜です。今まで人工の茂みをかき分けながら通ってきたところは真っ暗でしたが、ここにはぽつっと一つ照明があり、その場の異様な光景をほんのり橙色に照らしています。
まず目に入るのは、手前側の小広間のような、芝生ではなく円形の石が敷き詰められた空間の上です。
私から見て右の方に、左手を前に出す見慣れた構えをとり、やや険しい顔をしているディガン。
その向かい側、私から見て左の方に、やっぱりこっちも険しい――いやなんかちょっと泣きそう――というか、困ってませんか、アレ? しかもどっかで見た気がする――気のせいじゃない、すっごく心当たりのある知り合いだ――そんな銀髪の男が、どう見ても今から殴り合いですね、わかります、なポーズをとって相対しています。まあどっちかと言うと彼の方は防御に回ろうとしているようですが。
この二人に対しても私はいろいろコメントがある気がするのですが、その向こう側の屋根が円形の東屋とでも説明しましょうか――その建物の中と言うか屋根の下にいる人物が視界に入ると、一気にそっちに意識が持っていかれます。
ハハッ、嬉しくないですねえ。予想はしてましたが、何度も何度も何度もうなされたその顔が実際目の前にあると。東屋の方にも照明があったようで、よくその顔が見えますよ。
やはり目くらましだったのでしょう。一瞬だけでは、彼のことは印象に残りません。しかし、よーく注意を向けてみればわかります。
すらっとした高い背――侍従たんよりも高くて、そして厚着(舞踏会で踊る男の格好だからね。仕方ないね)しててもわかる、鍛えられて引き締まった身体。私がどれだけ頑張っても手に入れられなかった美筋肉。
どこか冷たいエメラルドグリーンの目、高くてしっかりした鼻、これでもかと言うほど主張している全体的に嫌味な顔――表情もなんだろうアレ、実に殴りたい――こいつが何もせずに歩いていたら、目立つなんてもんじゃないです。たぶんすれ違う人が思わず二度見します。いや、うっとうしくて逆に目をそらすかもしれない。一度見たらほとんどの人間がインプットするであろう、ある種濃い顔。
いえ、そんなことよりですね。
ああお姉さま。こんなところに――やはりこちらにいらしていたのですね。
うふふ、大丈夫。アデラリードはちゃんとお姉さまを見つけましてよ。もしかして、立ちっぱなしで疲れてらっしゃったのかな? 申し訳ないです、気が付いて差し上げられなくて。というか、お声をかけてくださればお供しましたのに。私のデビューだからって遠慮なさったのですか? んもう、お姉さまったらキャッキャッ――。
ところでですね。実に聞きたくないけど、やっぱり聞かざるを得ないことがございましてですね。
お姉さまの、か細く折れそうなたおやかなお腰を。
お姉さまのその天使のごとく愛らしく麗しくかぐわしいお身体を。
どうしてそいつが――朕王が、しっかりがっちり片手でつかまえてやがるんでしょうか。
……………………………………。
うふっ。
うふふふふふふふふふふふふ……。
ふう。
なんかいろいろ考えるべきことはあっただろうし、正直私の出現に対する各々のリアクションとかもあった気がするんですけどね。
どうでもよくなっちゃいました。
愛の守護天使バーサークモード。
発動しても、いいですか?




