3-7.ガーディアンズ結成です!
あっよかった。私の念が通じたのか、ようやく緊張感たっぷりな均衡状態が崩れました。
私の身長のせいもあって、威圧感パなかったです。やっぱりもう少し背丈がほしいです。切実に。
ディガンはいつもの伏し目になって――まだ何か考えているんでしょうかね。まあ、彼も彼でいろいろ混乱しているのかもしれません。すみません、余計な事言っちゃって。
それにしても――本当にいい男だなあ、彼。こんな時ですが。この悩ましげな顔が色っぽいと言うか、うーん、眼福。
ってだめですよアデラリード。あなたさっきもこんな調子で失敗したばっかりじゃないですか。あなたっていうか私ですけど。油断するとすぐコケるのですから、この先も気を引き締めなければ――。
「――ぜ――か――」
「……はい? 今、何か言いました?」
わずかにディガンの唇が動いてそこから音が漏れたようですが、小さすぎてうまく聞き取れませんでした。
彼はしばし、もう一度言うかどうか迷ってから――私がじーっと見つめていると、今度はちゃんと聞こえる大きさで喋ってくれました。
「なぜ、あの時――私を助けたのですか」
……ほえ?
いやなんですか。あなたさっきからずーっと色っぽく悩んでたと思ったらそんなこと考えてたんですか。なんか力抜けましたよ今。
っつってもなあ……そりゃあ癒しの侍従たんだからだよ、気にするなマイフレンド(キラッ!)とは言えないし。
えっ、これ答えなきゃだめですか。答えてほしそうですね、わかりました、わかったから、だから! やめてくださいよ、その顔面攻撃は! 凡人には辛いと何度言ったら!
「……えーと。助けたいと思ったから、では納得していただけませんか」
「ですが――私はどう見ても――普通では、なかったでしょう?」
灰色の瞳。暗い何かを隠している、曇り空。
あの時のディガンは――ディガンの服は、赤黒く染まっていました。それもほとんど全身が。彼の血だったのか、それとも返り血だったのかはわかりません。ですが、私はきっと、彼の日常だったものを垣間見たのです。
異国人。戦いの跡。下層階級のさらに下の――無法者。
およそこの国の伯爵令嬢が関わるべきでない相手。
……前世の記憶がなかったら、私ははたして彼を助けていたでしょうか。
同時にふと思います。原作のアデラリードはなぜ、彼を助けたいと思ったのでしょうか。
アデラリードと言うキャラクターは――正直嫌いな女でした。前世の大嫌いな私と似ていたから。
健康な体と、優しい性格だけが取り柄――私の知っている彼女はそんなヒロインでした。まあ健気っちゃそうかもしれませんが、それにしてはあっちの男にフラフラこっちの男にフラフラしますし。
――お姉さまは私がお止めします。
――お姉さまの好きには、させません。
その点においてのみ唯一、頑なだった一般人――ルートによっては朕王並みの化け物と化すヒロイン。
そういえばこの姉妹、お互いが敵と言うかライバルになってから初めて、本気出し合うんですよね。
お姉さまもアデラリードにくっついて宮中さえ行かなければ、一生自分の本性抑えたままだったかもしれませんし。アデラリードの宮中行ってからの目覚ましい成長っぷりは、まあ主人公だからと言えばそうですが、やっぱ並大抵のものじゃありませんし。
ふむむ……彼女だったら、どう答えていたのでしょう。もしも原作のアデラリードだったら――。
「……女の、勘です」
私は気が付いたらその言葉を発していました。自然と口元が緩みます。
ディガンが驚いて目を見張るのがわかりますが、そのまま笑ってお話しします。
「だから、あなたは助けるべき人だと思いました」
結局のところ、そうです。理屈をこねようと、理論で説明しようとしてもうまくいきませんし。
まあ、勘です勘。――アデラリードは、そういう女でした。深く考えず――ぽんとヤバいことに飛び込んでいく奴でした。
そして私も――非常に認めたくない部分ではありますが――似てるのですよ、彼女に。ええ……そうですとも。前世の私のことなんて語りたくもないのですがね。
……はい。ですからね。この沈黙はどうしろと。ディガンさん黙らないでお願い。私が冷静になって自分に全力で突っ込みたくなってきますからなんか喋って。
ふっと視線があらぬ方向をさまよい、言い訳のように付け加えます。
「大体、くどいようですが、私は思っただけでして、実際それができたのはお姉さまですし。情けないですねえ、いろいろと」
「あなたって方は――」
ディガンはまた何かを言いかけて、ぷつっと黙りこくってしまいました。
――ちょっ、そんなギュッと眉根寄せて苦しそうにしないで! さっきの3割増しで大変なことになっていますよ!? なんか私の心臓がいろんな意味で忙しいです!
と、まるで自嘲するかのような微笑みがお顔に浮かびます。
「けれど、スフェリアーダ様は覚えてらっしゃらないようですね。ご挨拶しても、何も言われませんでしたから」
「あっ……うーんと、あれですよ? お姉さまちょっとツンデレなところありますから」
「は? つ、つんでれ……?」
「ごめんなさい、今のはたわごとです、なんでもないです、忘れてください。その、お姉さまですが……気が付いてないフリしてるだけかもしれませんよ?」
そうですよ。単純に忘れてるならまだあれですが、その可能性も大いにあり得るから私は頭を悩ませているのですよ。
だって、もしもお姉さまが意図的にディガンを避けているってことだったら――この先フラグが進まない恐れがあるじゃないですか。最悪ガーディアン作戦が破綻する恐れがあるじゃないですか。
ああお姉さま、あなたのミステリアスが、今はちょっと憎いです。何考えてるのかわからないのだもの。
ディガンはちらっとこちらを見てから、大きく左右に頭を振りました。
「いえ。覚えていらっしゃらないのでしたら、それでいいのです。……その方が、いいのです」
それから、もう一度こちらを見ると、跪いて――えっ、跪く!?
「アデラリード様。先ほどはとんだご無礼を――事情を知らなかった故ではありますが、どうかお許しください。――いえ。許せないと言うのでしたらそれで結構です。もとよりこの下賤の身、あなた様のようなお方にお願いをするのは身の程を過ぎたることと重々承知致しております、ですが――」
えっ、えっ、ちょっと待ってまたこれあれです、私が展開についていけてない!
「スフェリアーダ様、アデラリード様。お二人に、私は捨てるはずだった命を拾っていただきました。私の命はあの日より、お二人のものです。これからの生涯を、お二人に尽くし、捧げたいと思っております」
いやいやいやいや、だからなぜ最終的に私もカウントに入れたの侍従たん! お姉さまだけでいいから! 私はいいから!
テンパっている間に、ディガンが顔を上げます。
「アデラリード様。どうか、お側にてお二人をお守りしたいと言う、私のたった一つの望みを――許してはいただけませんか」
もーう! そんなこと言われたら、私はこう答えるしかないじゃないですか!
「いやその、私はどうでもいいとして――お姉さまのことなら、ぜひともあなたに守っていただきたいと思っていますけど――?」
聞き届けたディガンが、ふっと安堵の笑みを浮かべます。
――反則! 反則です! だからあなたは自分の見た目をもうちょい考えなさいと何度言えば! 侍従たんったら恐ろしい子! 癒されすぎて何かのメーターが振り切れそうですよ!
「ありがたき、幸せ――!」
彼はそう言って、また深く深く頭を下げてしまいました。
その後、私が何度も、いやそんなやめてくださいとお願いし、最終的に全然言うこと聞かないから、仕方ないので顔上げろや! って命令することでもとに戻っていただきました。
侍従たん、お姉さまにも言われてたけど、結構頑固ですね。
何はともあれ、アデラリードは危機一髪を乗り越え、無事に侍従たんとガーディアンズを結成することに成功いたしました!
ディガンは私とはこうやってお互いぶっちゃけあったのですが、お姉さまに対しては彼女が何もリアクションしないせいもありますし、原作におけるオープニング前のアデラリードとの関係のような、つかず離れず状態を維持するようです。
私が二人の仲を取り持ちましょうと提案したら全力で断られました。ぐぬぬ。まあいいです。確かに下手に進めようとしてお姉さまにガチ拒絶でも受けたら、二人とも立ち直れませんし。そんなことない、お姉さまだってきっと受け入れてくれるはず――と言い切れないのが恐ろしいです。相変わらず、彼女は何考えてるのかいまいちよくわかりません。
……というか、度々折に触れて思うのですが、どんだけ暗い過去だったんですか侍従たん。
なんか綺麗なものに自分が触ったら相手も汚れちゃうみたいな、そんな考えでも彼にはあるようです。だって放っておくと、すごい勢いで距離取ろうとするんだもの!
――えっ、私ですか? ここまでぶっちゃけあった仲の私が、そんな他人行儀を彼に許すわけないじゃないですか。さすがに人前ではちゃんと伯爵令嬢と召使のふりしますが、二人きりになったら積極的に私は侍従たんと仲良し作戦を進めていますよ。お菓子だって与えてますよ。あんまり甘くない奴。嫌われたくはありませんからね。
だって、侍従たんを愛でる! お姉さまといちゃいちゃキャッキャウフフライフの次くらいに、ずーっとやりたかったことなんだもの!
むしろ全面的に白状したことで、自重せずに愛でられるようになったと考えれば私グッジョブ!
ついでに剣のお稽古とかもしてもらえるようになりましたしね。
予想はしてたけど、侍従たん超強い。今のところ全然かないません。気が付くと投げられてます。なんでですか! 魔術全然使えないはずなのに、なんで視界からあっさり消えるんですかあなたは! 私よりずっと身長高いのに!
そんなこんなで、私は学園に通ったり、侍従たんを愛でたり、侍従たんからお姉さまはご無事ですよな手紙を受け取って安堵したり、家に帰ってお姉さまに逐一私がいなかった時のパーティーでのご様子を聞いたり、侍従たんに投げられたり、お姉さまとお茶したり――。
していたら、ついに――この時がやってまいりました。やってきてしまいました。
アデラリード16歳。
運命の、社交界デビューの日が――!




