3-6.非常に申し上げづらいことなのですが
あっちょっ侍従た――ディガンさん、ごめんなさいごめんなさい、反省してますからあからさまな攻撃体勢入らないで! 前傾になってさりげなく右手を後ろに隠さないで! そこにナイフ仕込んでるってこと知ってます、あと構えた左手の腕に暗器仕込んでることも。さすがNINJA! じゃなくって!
でも普通、そりゃ初対面の奴がこんなこと言ったら警戒しますよね。だってあの場にはディガンさん視点ですと、お姉さまと自分の二人だけだったはずですもの。
本当になんて残念なアデラリード――ってそろそろ何か言わないと、本格的にディガンの雰囲気険しくなってきてます!
「えーとそのー……き、気のせいですよー、そんな私あなたと初対面でしたよー、きっと空耳――」
「……」
「ごめんなさい、ふざけてるわけじゃないんです、テンパってるだけです! お話ししますから落ち着きましょう!」
私がね!
もーう、これ以上ないほど墓穴堀った。涙が出そうな大失態です。このままでは最悪の状況になってしまいます――とりあえずフォロー、フォローなさいアディ! 死ぬ気で!
「えっと、そのですね――非常に申し上げ辛いのですが――」
こうなったら、ある程度こちらの事情をお話しするしかありません。
頑張るのです、アデラリード。ここで侍従たんにマイナス印象で終わってしまったら、なんかたぶん、ちょっと本気でダメ人間の烙印を自分に押さざるを得ません。この後一生立ち直れません。
一度息を吸って申し訳程度の落ち着きを取り戻してから、私は話し始めます。
……わーい。ディガンの目が完全に獲物を見据える肉食獣的なアレで、とっても怖いです。まさか朕王でなく、侍従たんに怯える日がやってくるとは……。
「私、その――5年前にあなたにお会いしてるんですよ。あなたは知らないでしょうけど……」
5年前、と言うキーワードに反応してでしょうか。ディガンの身体がピクッと震えました。
「お庭にお姉さまといて――そう、あの時もちょうど、お茶会をしていたんです。そうしたら、突然物が割れる音がして。見に行ってみたら、あなたが倒れていて。転移装置でしょうかね? ガラスのランプみたいなのが側に割れていて……その――」
「……」
「お姉さまがあなたを魔術で治療して。私、それが終わってから、ちょっとお水を汲みに行っててですね。それで戻ってきたときには、あなたは意識を取り戻していなくなった後で――だからあなたは私のことを知らないのでしょうけれど、私はあなたを知ってるんです――」
「…………」
「あっそうそう、ご心配なく! お姉さまも私も、その時のこと誰にも言ってませんから――」
「………………」
ち、沈黙が痛いっ……!
嘘は言ってないですよ。普通に本当のことです。
ちゃんと全部白状するのなら、その前からあなたのこと知ってたんですけどね。そしてその後も、お姉さまとのやり取りをかなりの部分盗み聞きしてたんですけどね!
ディガンは変わらずいつでも行動が起こせるような姿勢を保ちつつも、黙り込んで考えているようです。
灰色の瞳はしっかり油断なくこっちを見張っていますが、時々わずかに揺れている気がします。
いやあ、冷や汗だっらだら。
なぜでしょう、私はどうしてこう、大事なところでずっこけるのでしょう。侍従たんが目の前にいると言う状況での、自分のテンパり具合を悟るべきでした。思い返せば、ちょっと興奮しすぎて頭に血が上ってた! お姉さまの時もいつもそんな感じでしたが、なんだかんだ彼女は気心知れた姉妹の仲なので、多少変なことをしても許してくれるのが仇になってしまったかもしれません。
……いえ。それにしても、慎重に事を進めるべきでした。
あーもう、泣きそうです。このイベントも満足にこなせないようでは、この先本当に生き残れない――。
「――あなたが私のことを以前から知っていることの理由は、わかりました。しかし――同じご恩返しとは、どういう意味ですか?」
長い長い沈黙を破って、ようやく静かにディガンが尋ねてきました。
うわあい、アデラリードのおばかさんっ! もうこうなったらほとんど全部ゲロるしかないじゃないっ! いやんゲロなんて伯爵令嬢なのに汚い言葉! 言ってる場合か、この場から逃避したら即死ですよ!
「うー……さらに言いにくいのですが。こう、実はその……お水を汲んで帰ってきたとき……私、去り際のあなたとお姉さまのやり取り、ちょっとだけ聞いてしまっていたのです。……えーと。お姉さまの名前を聞いた後に、必ずこの御恩を返しにまいりますって――」
大人しく聞いている侍従た――ディガンさんが、ここに来てちょっとだけ顔色を変えました。微妙に青くなった後、今はほんのり赤いです。
いやまあ確かに、逆の立場だったら恥ずかしいですよね。情熱的な告白現場でしたもんね。あれをまさか誰かに見られてたなんてね。しかも掘り返されるなんてね。ただの公開処刑じゃないですか。
「……ですから、その。さっきうっかり言ったことの繰り返しになるかもしれませんが……。私も以前、木から落ちてお姉さまに治療してもらったことがありまして。それがその、今のお姉さまを守りたいと思うようになったきっかけだったなって。――同じご恩返しというのは、そういうことです……」
でも、これを言わなければいけない状態にある私の方が、あらゆる意味でもっと恥ずかしいです。完全自業自得だからなおさら救えないです。死にたい――いや、違います! 命は大事にしたいですから、今すぐ入る穴を用意していただきたいです。もうやだこのドジっ子属性。セーブとロードどころか最初からスタート、やり直して生まれ変わりたい。
そんなわけで、ちょっと虚ろに目を彷徨わせたディガンですが、咳払いするともとの真面目な顔に戻りました。
「……5年前に、私は死んでいたはずでした」
彼の視線の先は――ああはい。あっちの方でしたね。なんだか懐かしい気分になります。
ディガンもまた、あの時のことを思い出すかのように目を細めて、ゆっくりと語ります。
「けれど、生きながらえた。一人の少女が、傷だらけで風前の灯だった私の命をつないでくれた。今でもよく覚えています。仰る通り、私はあなたの姉上に、この庭で救っていただいた――いえ」
不意にこっちを見っ――あっちょっごめんなさい、別にあなたを見ていた目をそらしてしまったのはつい条件反射と言うか、だっていやその別にやましいことがあったわけではなく、単純に直視できなかっただけで――うわああああ、どうしよう! またやってしまった! いくら侍従たんでもこれはさすがに気を悪くしたかも――。
「あの時、あなたの姉上は――妹が、と」
「……はいい?」
なんか今私、すごく間抜けな声が出ました。思わずディガンの方を見て――しまった、今度はそらすわけにいかない! 我慢ですアデラリード!
曇り空のような、と形容されていた灰色の瞳は――もっときれいな色だと思うのですが、その奥の何かが見えにくいと言う点では確かにそうかもしれません。今のように何か思案しているらしい場合は、特に。
ごくりと唾を飲み込んで、私は彼のそれを見つめます。
「今この場にはいない妹が言ったから、お前を助けてやったのだと。目覚めてすぐお礼を言った私に、自分に言うくらいなら妹に言えと。お前の本当の命の恩人は、自分ではなく妹の方だと。……あの時確かに、彼女はそう言った。そのことを、思い出しました」
……あー。そういえば、そんなこともあったかもしれません。絶対ツンデレだと思いますが。
そうか。ひょっとしてディガンもあれですか。お姉さまが照れ隠しか何かで、妹のこと言い訳に使ってたと思ってた口ですか。そりゃだって、姿も見えなかったのですし、あの当時は実際にいるのかもわからなかったのですものね。一応この家で働き始めてから妹が実際にいたことは発覚したわけですが、私がヘマしなければ、ディガンにとっての恩人はお姉さま一人だったはずで――。
ってちょっと待ってください。もしかしてあなた、お姉さまの言っていたことが事実だったと判明した今、私のことも恩人カウントするべきだとか思ってるんですか? これはちょっと言っておかないと。
「でも私、本当に何もしてないですよ? あなたを助けたのは紛れもなくお姉さまその人です。お姉さまがあなたの恩人です。私はやったことなんて、お姉さまにお願いして――あとは横で見ていただけですから。……お姉さまがいなかったら、お姉さまが行動してくださらなかったら――私一人では、あなたを助けられませんでした」
あ。なんか自分で喋っていたら、改めて情けなくなってきました。あの場のアデラリードは、どう考えてもいらない子でしたもの……。
「で、このまま何もできないのもあれかと思って、それでお水汲みに行ってたんですけどね。えへへ――結局、役立たずで終わっちゃいましたけど」
が、我慢ですアデラリード。ここはその、涙をこらえるところですよ。うう、目頭が熱くなってきます。
……ほら、侍従たんがじっと見つめてますよ。これ以上醜態さらしちゃだめです。
ぐっと詰まってからですが、私はディガンに――無理にでも笑顔を作ってみせます。
「でも、あなたが助かってよかったです。お元気になられて、こうしてご無事な姿がもう一度見られて――本当に、よかった」
「――あなたは」
ディガンは一度切って、ゆっくり目を閉じます。それからまた、こちらを見つめてきました。
あ、さっきよりも険しさが薄くなっている気がします。
でもなんかこう――説明しづらい顔ですね。見慣れている困惑気味の笑顔に、近いっちゃそうなのですが、何とも言えない不思議な表情で――。
「5年前のことを覚えていらっしゃったのですか。私の顔を見て、すぐにわかるほどに」
「そりゃあ、まあ。割とショッキングな出来事でしたし?」
都合よく風が吹いていきますね。ありがちですね。ディガンの青い髪がふわっと浮かんで、それからまた元に戻ります。サラサラなんですかね、髪の質が。
……あの、ところでこの見つめ合い合戦は、いつになったらやめてもいいのでしょうか。正直心臓バックバクで死にそうなので、こう、その、手加減していただきたいのですが。
あなたねえ、めちゃめちゃ自分の顔が整ってるってことの自覚を、もっと持った方がいいですよ! んな真正面からシリアスに睨まれたら、こっちは完全蛇にロックオンされた蛙ですよ! お姉さまのような顔面装備を備えていれば迎撃可能でしょうが、凡人顔にはつらいです……!




