7.朕の師匠が不穏な事しか言わなくて辛い
アデラリードの不在に大賢者フラメリオが深く関与していることを知った朕たちがまず行ったことは何か。
利害の一致による休戦協定の締結と、共同戦線の構築ってところだ。
……別にこっちとしては最初からそこまで戦ってるつもりはなかったんだが、基本的にシアーデラ保護者組にとって朕は天敵、常時冷戦状態にある相手とみなされているらしい。
まあ、無償で信用できる相手とはみなされていないわけだ。当たり前だけど。思われてても困るからその認識でいいんだけど。
ちなみに朕にとっての利害とは、アデラリード絡みと言うよりは賢者絡み。城とかその他の結界とか、照明とか、水道とか、ガス……はさすがにないけど。ちょっとオーバーテクノロジー気味な城内の仕掛けは基本的に暇を持て余した大賢者の無駄な魔術の賜物だったりするので、いなくなられるとその辺で問題が発生した時に地味に困る。最悪の場合、ライフラインが止まる。
なので朕も、ストライキモードに入ってる賢者とお話しをする割と切実な必要性があり、そのついでにアデラリードを探す気にもなっている。
表向きはそんな感じに適当な事を言っておいて、一応納得させておいた。
絶対何かそれ以上の裏があるだろ、ってスフェリもディガンも顔に出してたけど、朕はまだ本音を全部打ち明けるつもりはないし、二人とも頼るメリット頼らないデメリットを冷静に勘定しての決断なので、まあいいんじゃないのかな。
ってな事で、どちらかと言うと敵関係から、一応味方と言えなくもない関係にまで昇格した朕たちは、今日は解散して明日から本格的にアデラリード捜索を進めることになった。
と、朕は言いたかったんだが、血気盛んな保護者が今すぐ行動したそうだったので、眠たい目をこすりながら今夜は徹夜行軍の模様。
一応三徹までだったら行けることが過去の経験上実証済みなんだが、最近夜まで予定入ってた日が多かったから、明日の昼の会議は居眠りするかもしれないな。
まあ後で議事録見直すし、大臣の皆さんが優秀だから起きてなきゃいけない議題になったら叩き起こされるだろうけど。
そんな個人的な事情や嘆きはともかく、ひとまず神殿から撤収した朕たちは、適当に人目をかわしながら中庭までたどり着いた。
中庭っつっても、いつも賢者ルームに行くために使ってるのとはまた別の場所。あっちは基本的に芝と木で構成されてるが、こっちには水が引いてあって人工の川があるのが主な違いかな。
そして着いた瞬間、物も言わずに魔術で結界を築いて人避けや防音対策を淡々とこなしている黒にゃんこさんが本気すぎる。忍者も静かすぎて不気味だ。まあ、魔法の素養なかったらむちゃくちゃ相性悪い相手だから、静かに待機してる以外やることがないと言えばそうなのかもしれないけどさ。
そんなこんなで生ぬるい気分になっている間にすっかり準備ができたらしい保護者組が、あとはお前がやれよとばかりにじっと見つめてくる。
うん、まあ、ここからは朕がやるっきゃないんだけど。やるからいいんだけど。なんだろうねこの酷使されてる感。君たちもうちょっと王様を大事にした方がいいと思うよ。後でグレるから。
萎えそうになる心を励ましつつ、朕は人工の川の近くに設置されている椅子に腰を下ろすと、逃げられないようにしっかり小脇に抱えていたカラスを両手でがしっと掴んで目を閉じた。すぐそばにスフェリがやってきて陣取った気配がする。
こうして、アデラリード奪還作戦第一段階、まずは賢者様と仲良く交渉してみよう、は開始された。
「大賢者さん大賢者さん。至急応じてくれませんか」
呪文を口の中で小さく呟いてから、何度目かになる通信を試みる。魔術を使ってテレパシーのやり取りをしようとしていると思ってもらえれば大体合っている。
さっきまでとは違い、今は手元に向こうの痕跡を残しているカラスがいるので、少なくともあっちに聞こえていることは間違いない。が、やはりと言うか何と言うか、しばらく何を言っても無言タイムが続く。
朕は安定の居留守を決め込もうとしているらしい師匠に、ふっと息を吐いてから爽やかな微笑みを浮かべ、心のこもった温かなメッセージをそっと添えた。
「出てくれないと、今までしてきた援助を全面的に凍結するよ。素材提供とか、住居のメンテとか。明後日から」
しばしの間の後。
「……ハッタリだよね?」
渋々と言った感じの声が聞こえる――と同時に、朕は目を見開いて傍らでじっとこちらの様子を窺っていたスフェリに合図する。
「リガートゥル」
タイムラグ、なし。さすがに本気モードのシスコン2号は素早かった。
呪文が唱えられるのと同時に周囲の地面に書いていた魔法陣にバチッ、と音がして光が走ったのを確認して、朕は思わず歓声を上げた。
「っしゃ、かかったな、馬鹿め!」
「あっ」
強制的に念話維持状態にされたことに気が付いた賢者が間抜けな声を上げるが、もう遅い。
「ははは、ざまーみろ。これでこっちが解除しない限り、この通信を切ることはできなくなりました、ってね」
「ちょっと、君ねえ。なんてことをするんだ。吾輩は忙しいんだよ。悪戯はやめなさい」
通話の媒介にされてるカラスが向こうに連動してるのかカーカーと抗議の声を上げたので、チョップをして適当に黙らせる。余計うるさくなった。無視することにして脳内会話を再開させる。
「ちなみにさっきの話なんだけど、明日一日挟むのは、閣議で話出して書類作って判子押しておく時間のためなんでよろしく。現実的な時間設定だよね」
「なんと。権力を使うとは卑怯な。吾輩はそんな男に育てた覚えはないぞ。昔の素直に言う事を聞いていた可愛い君はどこに行ってしまったんだい」
「うるせえ、元の素養の開花と学習の賜物だ。国家権力の頂点舐めんな」
軽口をたたき合ってから少し黙ると、深いため息が聞こえてくる。
「それで、こんなに大掛かりな真似をして、一体何の用だね」
「割とそっちの自業自得だと思うんだけど、まあそれはいい。アデル、そこにいる?」
「うーん」
「おい、どうして断定しない」
いきなり思った以上に不穏すぎる返答をされ、思わずカラスを握る両手に力が入る。グガー、と喚こうとした奴の顔面に、何か黒いものが飛んできたかと思うと、ガツンと痛そうな音を立てて落ちていった。
……確認したら、扇子だった。どうやらすぐそこで優雅に座ってらっしゃる、でも明らかに不機嫌そうなご婦人に投擲されたらしい。ちょっと位置がずれていたら朕の顔面に入ってたんですが、それは。
結果として、さっきまでじたばたしていたカラスが見事に黙りこんた。なぜだろう、朕は急速に、この賢者の錬成品に同情心のようなものが湧き上がってきている。
ってそんなことはどうでもいいから、あっちとの話に集中しなければ。
「メッセージは送っただろう? あれで君がうるさく言ってきてたのには大体答えたと思うんだけど」
「全然だめだから。あれで納得する奴がいたらこえーよ。吾輩は帰す必要がないと思うって、どういう意味?」
「そのままだけど?」
「……あのさ。なんか急にとても心配になってきたんだけど、弟弟子って今無事なの? 無事だと言ってくれ」
「さあねえ」
「だからなぜそこでハイと言わないのか、馬鹿野郎」
「……ふっ」
「まさかとは思うけど。そっちにいることは確かだけど、既に欲望のままに解体済で五体不満足とか、そう言う落ちないよね」
「ふふ、ふ。どうだろうね」
これは笑顔で舌打ちせざるを得ない。野郎、何も楽しい事なんかねーぞ、笑うんじゃねえ。目の前にいたら手が出てるのに、念話状態だと何もできないのがもどかしい。
チラッと視線を上げると、手前には真黒な二つの暗闇と、少し離れたところには黒に染まりかけの二つの曇り空が、じーっとこっちを見ている。
朕は改めて、話している当人同士にしか内容がわからない念話を、あえて面倒でも選択した自らの英断を自画自賛せざるを得なかった。これ、聞こえている状態だったら、間違いなくこの時点でカラスさんが八つ当たりの尊い犠牲になったよね。既になってるけど。
熱い二名の視線から逸らすように手元に顔を向け、念話状態なのに気持ちこそこそと囁くようにしてしまう。
「あのね。今ここですげー怖い顔して睨んできてる保護者組のフォローに回る、朕の立場も考えてもらえませんか」
「割とどうでもいいかな」
「よし。たった今決心した。金銭も住居も援助止めて、今まで提供してきた素材全没収にしようぜ!」
「やめなさい。なんて親不孝な子なんだ。吾輩いなくなったら困るのは君なんだぞ」
「もう既に、これ以上ないほど十分困ってるよ……」
「そうかい」
音声しか聞こえてないから何とも言えないけど、やっぱり向こうにはこちらに比べて余裕のようなものがある気がする。
フラメリオが焦ってる所なんて見たことないっちゃそうなんだが、賢者は多少揺さぶってものんびりとした口調を乱すことはなかった。
これはあまりよろしくない傾向だ。適当に喋らせてあっちの情報も引き出したいが、どうやら向こうはだんまりモードに入ってるらしい。「うーん」と歯切れの悪い応答をした後に、ちゃんとした補足説明が入らないのがその証拠だ。普段だったら頼まなくてもその後あることないことペラペラ言ってくるのに。
このまま話を続けても、のらりくらりと適当な事を言われて無駄に時間が経過するだけの予感がビンビンする。アデルの事なり、急に引きこもりを始めた向こうの事情なり、せめて何か一つは教えてほしいし、そこから交渉に持っていきたい。と言うか、そうしないと何も始まらない。
ってことは仕方ないな。やりたくなかったんだけど。
朕は深呼吸して気持ちを落ち着かせてから、やや邪道な博打に出ることにした。




