6.コンプレックス≠愛
「君の言う事はもっともだ。言われてる方もそう思ってるからこそ、何も言い返せないんだろうよ」
朕は一度、ちらっと忍者の方に視線を向けてみる。奴は(たぶん朕が喋ってるせいで)不機嫌そうに眉根を寄せているが、どことなく項垂れているようにも見える。
……まあ、あそこまで言われちゃあ、な。しかしこの分だとだんまりモードに入ってるだろうから、当分は邪魔してこないかもしれん。ってことはある意味好都合か。
再びスフェリの黒い目に戻す。ゆっくり深呼吸してから続けた。
「でも、君が全部正しいってわけでもない」
スフェリは案の定、とたんにイラッとした光を瞳の奥に走らせ、むくれた感じになった。この表情は喧嘩モードと言うか、「コイツに言われっぱなしは気に食わない!」って状態になってるってこった。
さて、このまま噛みついてきてくる黒にゃんこさんの相手をのんびりしてやるのも構わないんだが、今日はあえてテイストを変えることにしよう。
「有難いお説教の時間ですか?」
「うん、そうだよ。鬱陶しい事この上ないだろうけど、それは言わなきゃいけないこっちも同じなんで、聞き流さないでいてもらえると助かるな。二回も言いたかないし」
普段だったら「いや、別に」とか続けて適当に引いておくところを、あえてちょっと強気な回答をしてみる。相手はこっちの思わぬ反応にやや虚を突かれたようだった。
「この際だから一言ぐらい言っておいた方がいいかなって思ってさ。当人たちのプライベートな問題なんだから、あんまり外部が口出すのもどうかと今までは思ってたんだけど」
それでのんびり待ってる間に、事態がこの方向に進んじゃったんだからもう仕方ない。できればこれ以上の悪人プレイはしたかないが、時間があまりない上に、他に役者がいない。
しっかり視線を合わせ、営業スマイルを浮かべてやると、スフェリは束の間大きく見開いていた目をふっと伏せて唇を引き結ぶ。
「一体、何だって言うの」
「一応ね。感情を赴くままに相手にぶつけてることは――大人としてはどうよって部分もあるけど。君はただでさえ我慢する方だし、その辺はあってもいいと思うんだ。だから問題は、それをぶつける相手」
「わたくしが何か、間違っているとでも?」
「うん」
朕はスフェリが自分の手元からこっちに目を戻すまであえて待ってから、作り笑顔をといてしっかり言った。
「怒るならちゃんと、元凶のアデラリードに怒ってやれ」
スフェリの目が揺れる。空をさまよってから、侍従の方に行って(あっちは訝し気な顔をしているが、静観の姿勢を選んだようだ。よかった、問答無用で激怒してこなくて)、それから再び怒りと戸惑いを孕みながら朕の方に戻ってきた。
「あの子は、何も――」
「何もない? 嘘つけ。あるだろ。思いっきり有罪だ。君の気持ちも――あと一応、そっちの忍者の気持ちも? 知っててやってるにせよ、知らないにせよ、あいつは踏みにじってる。立派な小悪党さ。君は怒って当然だ。ただし、それをディガンにだけ怒るのは変。と言うか、あまり意味がない。どうせ今までもなんかある度、アデラリードには何でもないですよって顔しておいて、裏でこいつに当たってたんだろ。そんなことしても問題解決にはならないってわかってんのにさ」
ついでに話題をふられた方は、複雑そうに顔をしかめて何とも言えない表情になったまま、静かに立ちつくしている。
逆らっちゃいけないすごく怖い人に怒鳴られるわ、大好きなご主人様の悪口は言われているわ、それでいて自分はなぜか微妙に庇われているわ、しかも発言主は憎悪メーターカンストしてる不倶戴天の敵だわ――って考えると、なかなかカオスな状況だ。
これが何もない状態だったら脊髄反射で噛みついてきたかもしれないが、生憎今はスフェリに「お前もう喋るな」と一回言われている前提条件が存在する。それがうまく作用して頭を冷やしてくれているらしい。
最悪二人一度に相手をしなきゃいけないことを覚悟してたから、あっちが大人しくしてくれてるのは朕としては非常にありがたい。
で、他人の心配より自分だ。
当たり前だが、小刻みに全身を震わせてるスフェリアーダの機嫌は目に見えてどんどん悪くなっていっている。最初の方こそ驚愕や困惑の方が強かったが、今は怒りと、それからたぶん憎しみが湧き上がってきていることだろう。
いいさ。覚悟の上だ。元から憎まれ役は慣れてるし、刺される準備ならいつだってしてるんだ。
「わたくしが――わたくしが、アデラリードを愛していないですって?」
「そうだよ。溺愛してるふりして、その実全然できてない。家族のふりをして、まるでわかってない。君は――お前らのやってることは、ペットの飼い殺しと大差ないよ。餌やってケージに入れときゃいいってもんじゃないのにさ」
チラッと流れ弾を向けた方に視線をよこして偵察すると、いかにも憎々しげな眼差しが返ってくる――かと思えば、侍従はこちらには目もくれず、俯いて拳を握りしめ、唇を噛みしめていた。
わお。そいつはちょっと予想外だが、悪くないどころか、限りなく最良に近い好反応だ。このままブチ切れて来ないことを祈る。
一方で肝心の2号の方は、今や顔面蒼白になっている。
一度区切り、呼吸を整えた。
「必要な情報を与えないし、当事者である本人にイエスかノーの選択さえさせない。一方的に自分の都合を押し付けているだけのことを、愛情とは呼ばないだろ。むしろ、否定して馬鹿にしてる行為だ」
「なんですって!?」
「アデルを何も知らない子ども扱いするのはもう止せ。あいつを必要以上の馬鹿にしてるのは、君だ」
絶対に視線はそらさない。お互いに、瞬きも極端に減ってることだろう。彼女の両手から扇子が落ちていったが、気が付いてないのか、拾おうともしない。
「あいつが帰ってきたら、怒れ。嘆け。それで不満をちゃんと出せ。全部言って、全部聞いてやれ。ニコニコ適当に笑って、何でもないふりをするな。喧嘩するなら、最後までちゃんとしろ。お前らはただの他人じゃなくて、姉妹なんだから」
ここに来て、一回咳き込んだ。喉はすっかりカラカラだ。そりゃまあ、内容が内容だしこれでも緊張しきってる。
だけど後一言だけ、朕は目いっぱい見開かれている綺麗な二つの漆黒を見据えて続けた。
「でなきゃあいつも君も、姉妹相互劣等関係のままだ」
長いこと、スフェリは黙り込んでいた。窓の外から風の音が聞こえる。叩くような、トントンと言う音が。
朕は彼女の正面、扉の前から足を進め、部屋の反対側へと進む。途中でチラッと忍者を見たが、じっと自分の足元に視線を落として考え事の最中らしい。
「どうしてあなたに、そんなことを言われなくちゃいけないの」
ちょうど、月明かりの差す窓の所まで来た瞬間、後ろから言葉をかけられた。
月光が照らしているここがやたらと明るいせいか、振り返って見たスフェリアーダは暗闇の中に沈んで見える。
「だったら、あなたには何がわかっているの? 家族が? 愛が? わたくしたちのことが? ……あなたには、全部わかっているとでも言うの。あなたに?」
扇子がないからだろうか、彼女は両手でドレスの裾をぎゅっと掴んでいる。
「何も知らない癖に――」
彼女が顔を上げた。さあいよいよ食ってかかってくる時間か、と身構えたが、途中でぶつっと途切れたように言葉を切ってしまい、それ以上何も言おうとしない。
いや。
口は動いている。言葉を探してはいる。
でも、出てこないんだろう。
ゆっくり瞬きした。
「そうだな。朕は結局、部外者だ。何も知らない」
片手で窓枠をなぞり、鍵に手をかける。開かれた場所から、冷たい風が入ってきて髪を揺らす。スフェリに落とされて床に散らばり無造作に開いていた本のページが音を立ててはらはらとめくれていく。
「だから、最後は君が決めることだ」
朕は半ば独り言のように、そう結んだ。
と、同時に大きな羽音と鳥の鳴き声が小書庫に響く。立ち尽くし硬直していたスフェリとディガンがさっと身構えた。
朕は窓の外に出していた片手に重みがずっしりとやってくるのを感じて、室内に手を戻す。
ちょっぴり、いやかなり助かった。これ以上ないほどナイスな到着のタイミングだ。
「――その鳥は!」
スフェリが朕の手に止まった純白のカラスを見て声を上げる。鳥の両脚に、それぞれ紙のようなものと、小袋のようなものがくくりつけてある。朕は先に紙の方を、止まらせているのと逆の手でせっせとほどいて開いた。その間に、間をつなぎがてらお喋りをする。
「さて、それじゃつまらないお話も仲間割れもこのくらいにしておきまして。本題に戻らせていただきましょうか。そもそも我々はどうしてこうやって集まっているのか? 行方不明の某シスコンを探すためです」
カラスよ、ベストタイミングで現れてくれてありがとう!
と浮きたった心と上がった口角が、乱暴に開いた紙にさっと目を通した瞬間にしぼんで下がっていく。
喜べばいいのか悲しめばいいのか。こういう時どういう顔をしたらいいのかわからないよ。
朕は思わず半笑いを浮かべたまま、警戒姿勢に入っている二人に人差し指と中指で挟んだ紙を振ってみせた。
「と言う事で。ここで、いい知らせと悪い知らせがある。いい知らせは、アデラリードの行方が、たった今わかったってことだ。正確に言うなら、今回の失踪事件の首謀者、はたまた共犯者、最低でも重要参考人であろう人物が確定した。と同時に、イコールでとびっきり悪い知らせになってしまうわけだが――」
カアカア喚こうとするカラスの嘴を一度突いて黙らせてから、朕は紙を放り投げた。適度な風に乗って手元まで届けられたそれを確認した瞬間、スフェリアーダ、次いでディガンの顔が順に強張る。
「君たちさ。大賢者って呼ばれてる人のこと、知ってます? 知ってるよね。それでさ、そこに書いてある通りのことなんだけど――」
朕はもはやため息をつきながら、カラスのもう片方の脚の小袋を手早く取って開く。
中身を確認して、予想通りすぎることにさらにふかーく息を吐いた。残りの二人にあまり見せたいものじゃないが、まあ紙を渡してしまった時点で今更と言ってしまえばそうだ。
「これから、どうします?」
小袋の中に入っていたのは、小さく束ねられた一房の髪だ。見覚えのある栗色をしている。
それで添えられていた文書の方には、見慣れた文字でこのように書いてあった。
「もちろん、彼女はここにいるよ。でも、それのどこに問題があるんだい? 吾輩は、帰す必要なんてないと思うな。と言うか、今忙しいから放っておいてくれたまえ」
……まあ、だってね。古代魔術使いの黒にゃんこさんがたどれないくらいに、完璧に人の痕跡を消し去ることができる奴なんて、限られてくるわけじゃないですか。
そう、約一名ほどに。
ピンと来てからうるさいほど問い合わせを続けても、いつもはさっさとやってくる返信がなぜかない、連絡が繋がらない。ダメ押しに神殿にあからさまに怪しい挙動を取ってから入ったのに、警告にもフォローにも、茶化しにすらやってこない。どう考えてもこの時点で黒だ。
仕方ないので神官の所に行くまでの道すがら、少々飛ばすメッセージの方向性を物騒な感じに持っていったら、ようやく返ってきたのがこれだ。
悪い予感ほどよく当たるとは言うけどさ。
アデルてめえ、よりにもよってどうしてそこに行ったんだ。
なんで大賢者って言う、考えうる限り最もめんどくさい奴を敵にするような選択をしてくれたんだ!
明確な敵の姿を把握して再び何かのオーラを滾らせている元気な保護者二人を前に、朕は思わずこめかみを押さえる。今後のことを考えると胃が痛くなる錯覚を覚えそうだ。
カラスが赤い瞳をくりくりさせてから、朕の様子を嘲笑うように、腕でしわがれた声を上げた。
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ゆらゆらと、明かりが揺れている。特に照明があるわけでもないのに、部屋の中央部に安置されているそれは淡く燐光を放っていた。
水槽と言うべきか、棺桶と言うべきか。
液体の満たされた黒い箱に、一人の人間が沈められている。
薄く開けられている瞼の下の瞳は青。
水の中に広がる長い髪は栗色。
箱の中、水に沈んで一人眠り続けている彼女の側に、蠢く影がある。
それは六枚の漆黒の翼の形をしていた。
背中から、水槽から器用にはみ出したそれは、元の宿り場所からどこまでも侵食し、広がっていこうとしている。
ギギョギョギョ、と耳障りな音が、不気味な翼たちが動くたびに鳴り続ける。
けれど周囲の床に大きく描かれている六芒星の中からは出て行くことができないようで、彼らはいつまでも、その内側をいらだたしげに這いずりまわっていた。




