2.あいつがどこに行ったのかさっぱりわからない、と言う事はない
さて、黒にゃんこさんから提供された情報を整理しよう。
昨日の夕方、アデルはお出かけをしたらしい。なんでも忍者と一緒に。
お、ついにデートかあわよくばシスコン卒業か? と一瞬期待したのに、もう少し詳しい事情を聞くところによると全然違った。
あの忍者、相変わらず肝心なところで使えない。
ともあれ、なんでもアデルは一か月ほど前からとある神官と賭けをしていて、昨日がその決着の時だったってことだ。
賭けの内容は、一か月で奴が淑女になれるかどうか。ただしスフェリは手を貸してはいけない縛りが付いている。
何を賭けているのかまでは教えてくれなかったが、奴が大馬鹿をかましたと言う事は十中八九姉絡みの何かだろう。
それにしても微妙な賭けだ。姉貴のフォロー有りだったら余裕で勝てるんだろうが、その条件だと随分不利な気がする。
だって日頃の淑女らしからぬ態度って、わざとやってることっぽいし。
女らしさは極力封印する。周囲に自分が女だと認識させない。させてはいけない。
おそらくアデルは自分にそんな感じのルールを強いてる。無意識にしろ、意識的にしろ。
ウルルのあれこれも考えると、ひょっとすると恋愛禁止ってルールなのかもしれない。さながら処女女神に忠誠を誓う女神官たちのように。
……ん? あー、そう、その可能性もあるのね。まあいい。
とにかく、あれは馬鹿は馬鹿でも一応考える馬鹿だから、負ける要素しかない賭けに挑んだってことはまさかないだろう。
どうせ前世知識とやらで何かしら勝利への道が見えたから乗ったんじゃないのか。そうだと信じる。
万が一ただの短気だけでやらかしたことなら、楽しい楽しい反省会を開いてやるけど。
そういや噂話なら散々耳に入ってきたが、今回の奇行に関しては朕はこの目で直接見たわけじゃないんだよな。
いつもの男装アデルはちらっと見かけても、女装でうろちょろしてる所には出くわさなかった。
評判ならそれはもう色々聞いたけど。
アデルがなぜか急に淑女にならんとし、皆の期待通りに空振りしている。ドレス姿のまま騎士たちと殴り合いをしたり、手すりを綱渡りのごとく歩いてみせた。さすが山猿殿はやることが違うとか。
いや、すごいっちゃすごいけど、それじゃ淑女できてねーじゃん何がしたいんだあいつ、って思った記憶がある。
ま、朕が淑女に励んでいる奴を目撃しなかった原因は割と明白だ。師匠からの情報が上がってこないってこともあるし、確定。
あいつ、師匠と兄弟子はどうせ辛辣な事しか言わないと思って逃げたな。
実際、師匠は空気を読まないから率直すぎて立ち直れない程度に辛口になる可能性は十分あり得るし、朕はこれでも王城の主だ。的確な助言とぼろくそに言われてすり減る精神、その他もろもろを天秤にかけた結果、魔術師連中との遭遇は奴にとって利益より不利益の方が勝ると思われたんだろう。
それか、詮索されたくない。どうせ黙ってても朕のところに情報は集まるから無駄っちゃ無駄なんだが、直接会わなきゃわからない、確定できないことだってもちろんあるし。なーんも考えてませんし、隠し事なんかありませんよーって顔しておいて、その実叩いてみれば埃が出そうな奴だからな。
もしくは、朕たちにこれ以上何らかの借りを作りたくない。
一番最後が主目的なんだとしたら悪くはない判断だが、今更気を付けたって遅いんだよなあ。
何せアデラリードは馬鹿を気取ってる(し、実際半分くらいは本当に馬鹿だ。でも悪い意味じゃない)が、性根はいたって真面目な善人だ。貸しはちゃんと返す。返せないなら負債を感じる。損と言えば損な奴だ。
朕は、貸しを作るって行為には当然見返りの期待が背景にあると考える。
無償でなんでもホイホイ貸す奴なんざ絶対信用できない。貸し借りの価値をわかってないか、そもそもその行為自体に価値を見出していないかのどちらかだってことだから。同じ価値観を共有できない奴とは取引ができない。そういう奴らの間に成立するものがあるとしたら、双方向の矢印ではなく、片矢印の関係だろう。交換じゃない、ただの搾取だ。
だから向こうがわかってるんだとしたら取引になるし、わかってないんだったら馬鹿だなーと思いながら遠慮なくいただくことにする。それだけの違いだ。
つーか、何。よくよく話を聞いたら、勝負相手ってあのクソガキだったのか。
……ああ、そう言う事か。繋がった。あいつだったのね、残りの攻略対象者。また妙なものを面子に加えたもんだ。朕が言う事じゃないのかもしれないけど。
待てよ。ってことは、揃ったんじゃないか?
だって全部で6人って言ってたろ、確か。朕がセンター、後はキルルと師匠と、あの文官が加わって、で忍者もだったろ、だから今回の神官で……ほらやっぱり、これでちょうど6人目だ。
……最初がキルル、次が文官、それで今三人目と交戦中、もしくは既に終わった。
あー、嫌な予感してきたんだけど。と言うか浮かんだ仮説がどれもろくでもなくてだな。なんて面倒なことをしでかしてくれているんだ弟弟子は。
まあいい。ただの推測なんだから当たってないことを期待しよう。
ええと、それで、脱線した。どこまで行ったっけ。
だから女装して精一杯の淑女になって賭けをしに行ったと、昨日の夕方から。そうだここだ。
それからなんだって。
晩にかけては忍者と一緒で、忍者は自室近くまで奴を送っていると証言している。
なんかそこで別れて、それからの行方がわからない、と。
ところでスフェリさん、その部分に関して何かあなたの特別なコメントはございませんか。
黙秘ですか。スルーですか。
わかったわかった、ふざけるのはやめるよ。んなこと気にしてる場合かと言われたらそうかもしれない。
まあ、話を一通り聞かせてもらったところで、なんとなく流れやら可能性やら整理できました。そっちも一応落ち着いたみたいだし、そんなわけですからとりあえず今から一緒に神殿行きましょうか。
え、もう深夜ですって?
いいのいいの、その方がむしろ都合がいいから。日中になったら朕もあんたも公務あるじゃん? 別にサボってもいいんだけどさ。
それにね、たぶんこのタイミング的に、ちょうどいいと思うんだよな。
どういう事かって?
いなくなったってんなら、直前に一緒に行動してた奴に話を聞くのが一番じゃないか。
で、直前にいたと言えばまず侍従。
あんたはもう話を聞きつくしたのかもしれないけど、朕もちょっといくつか確認したいことがあってね。
それともう一人、神官。こっちにも当然、聞きたいことがある。
それだったら今頃まさに侍従が神官に事情を聞きに行ってるだろう、か。
うん、だからなんだな。だからこそ朕らも行く必要があるんだってば。わかんない?
今行けば話を聞きたい奴らが二人ともそろっていて効率がいいってのもあるけど、それ以上に止める人がいないとまずいっしょ。
だってあいつ、放っておいたら夜が明けるまでに件の神官の事ズタズタにしちまうんでないの。
君がこんだけ慌ててるぐらいなんだから、絶対向こうも平静に見えて頭に血が上りきってるって。
他の状況ならともかく、アデルがいない今あいつに仕事を任せきりはまずい。
まあ、相手は星の寵児だからそう簡単にはやられないと思うけど、それはそれで余計に拗れる。と言うか最悪神殿に被害が出る。
……いやいやいや、よろしくないから。全然ダメだから。あのクソガキには朕も個人的にちょっとしたヘイトあるけど、さすがにいきなり風穴開けようとは思わないから。何のために回復魔術があるって、少なくともそんな物騒な事を目的に編み出されたものではないと思いますよスフェリさん。お兄さんは、お話ししてから行動しても遅くないと思います。……遅くないってば、納得しなさい、駄々っ子再来か!
うん、知ってはいたけど、君らって本当にアデルがいなくなると一気に本性出るね。
どんだけあいつのことが好きなの。なんなのそのビフォーアフター。
それにしてもやけにアデル探しに乗り気ですねって?
まーね。だって朕、君にとっては今の所いわば第一容疑者のままじゃん。どうせまだ疑ってるんでしょ。わかってるよ、あんまり信用ないからさ。
せっかくだし、セオリーに則って真犯人を突き止める探偵役、やってみせますってこと。
失踪先やら原因やらの目星も大体ついてるし、とっとと確定させて解決編に行っちゃいましょう。
……と言うか、そうしないと面倒なことになる。
嫌な予感が当たってたらの話だけどさ。




