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転生ヒロインの使命は、悪役お姉さまを守ることです!  作者: 鳴田るな
転:四天王制圧編~vsタルトレット
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4-0.そんな急展開を許可した覚えはない

 その日は一度引き上げ、後日ゆっくり話を聞くことを選びました。

 理由の一つには、実は期限ギリギリ、と言うか時間いっぱいまで割と最終調整を粘ってたせいで、もう外が暗い時間帯になってしまっていたことがあります。


 けれどそれ以上に、これが朝でも昼でも、やっぱり私は一度考える時間が欲しかったのです。

 あんまりくよくよしても仕方ない、どちらかと言うと直感やその場の勢いで決める方がアデラリードの性根には合ってると思っても、お姉さまが絡むと躊躇ちゅうちょする気持ちが増す。

 どうしても、まるで振出しに戻ろうとするように、同じ行動を取ってしまう。


(日頃から何か違和感を感じて――)


 言われたばかりの言葉を思い出して、深く息を吐きました。


 お姉さまと話がしたい。

 けれど同じくらい、したくないとも思っている。


 もうお馴染みになってきた案内役の女神官さんと別れを告げてから、とぼとぼと神殿を出て、いつもの場所に帰ろうとしてから、ふと止まってみる。


 再び歩き出した時に向かった方向は、まっすぐ城の方ではなく、その脇にある大きな湖。正確に言えば、その湖に浮かぶ小島を目指して、考えながら、ゆっくり、ゆっくりと進む。



 モナモリスとのことで一度喧嘩をして、その後和解した、あの時のことを思い出す。


 大好き。

 一緒にいたい。


 交わしたその言葉はどれにも確かに宿るものがあった。私も彼女も、嘘は言っていなかった。


 でも。


 ダメダメのアデラリードから一歩進んで、彼女に近づいてみようと決意したはずのあの場でさえも、私は結局浮かんだその言葉を口にすることができなかった。



 本当の事を、全部教えて。

 あなたの秘密を、私に隠していることを。



(あなたが知りたいのは本当の事なんかじゃない)


 黒い黒い瞳を少しでも深く覗き込もうとすると、彼女は静かな、それでも明確な拒絶を示す。

 飛び込んでいけばいつでも温かく抱きしめてくれているようで、けして触れさせてくれない部分がある。


 私にも。

 いや。

 もしかしたら、私だからこそ。


(わたくしの秘密を暴かないで。どうせ何もいい事なんて起こらない)


 つまり彼女が言っているのはそう言う事だ。

 私は――私たち姉妹はずっと、その暗黙の了解を守っていた。


(それでも、聞きたい?)


 いつかはきっと、その答えを聞かなければいけないと思っていた。

 でないと かのじょは しんでしまうから。

 そのいつかは、まだ来ないと思っていた。ずっと先の事だと。

 いいえ。ずるがしこいあなたは きがつかないふりを していただけ。


 でもそう言えばもう、必要なものは揃ってしまっているのか。


 だとしたら後は?

 シナリオ通りに物語を終わらせるだけ。

 約束を、守るだけ――。



「アデラリード様」


 呼びかけられて我に返ります。


 私はいつの間にか、小島に続く石橋の上で立ち止まり、欄干に片手を置いてぼんやりと湖を眺めていたようでした。

 黙ってついてくるままだったのにディガンが声をかけてきたのは、ふらふら寄り道した挙句変なところで立ち止まった私を不審に思ってのことでしょうか。


「どうか、なされたのですか」

「……考え事をしていました」


 振り返ってそう答えてから、私はもう一度湖の方へと目を向け、湖からあちらの城の姿を見上げる。

 ……ここからだと、一際空を突くかのように高い、黒い物見塔がそびえたっているのがよくわかる。

 ものみとう。

 あそこが そのばしょ。


 横に気配を感じて視線だけ向けてみると、ディガンは静かに、私の近くにやってきて同じ方を向いたようでした。


「城がどうかしましたか」

「……いいえ」

「では、スフェリアーダ様のことですか?」

「まあ、そんなところ」

「あなたは本当に……何と言うか、その。姉君がお好きなのですね」


 私は彼の言葉に苦笑して、隣に視線を移します。

 夜の風に青い髪が揺れ、橋の乏しい光源にぼんやりその姿が照らされている。


 目を細めて城を、暗くなりつつある夜空を見上げている彼の姿が、急に昔の情景を思い起こさせる。


 そう、初めて一緒に家に帰った時も、この人は同じような顔をしていたんじゃなかったっけ。

 あの時も確か到着は夕方か夜になったばかりで、お迎えの馬車を降りた私が見つけた彼は、門の前でどこか立ち尽くしているように見えた。


 なんだか無性に、懐かしさがこみ上げてくる。


「覚えてますか、ディガン。昔皆で家にいた時のこと」


 聞いてみると、少しだけ驚いたような顔をしてから、彼はすぐに表情を和らげる。


「もちろんですよ。その時のことを思い出していたのですか?」

「……少し、ね」


 私は呟いてから欄干から身を離し、小島の方に立ち止まっていた足を進めます。彼はまた、音もなくついてきているようでした。


 あの頃は、お姉さまと私と、ディガン――それからウラシアと爺やと、あとはちょっぴり父上母上。それだけで世界が完結していた。それ以外なんていらないと思っていた。ここに来るつもりはなかった。


 それがまあ、あんなことがあって。

 最初に大外の門をくぐった時の私は、さぞかし怖い顔をしていたことだろう。

 あの時はここにあるものすべてが敵だった。


 だけど、いつからだろう。

 ここが嫌だ、別の場所に行きたいと感じなくなったのは。

 当然のように、後宮の自室に帰るようになったのは。

 あの部屋のベッドが寝苦しくなくなったのは。


 橋が終わって小島にたどり着く。その中央に置かれている石碑の前まで私は歩いて行きます。

 小島にあるのは鎮魂の碑。


 堀の役割もあるこの湖には、かつて夥しい数の死体が上がったことがあると言う。

 他の国との戦争、内乱、魔物の蹂躙などによって、ここに血の海が現れたのだと。

 彼らの無念を慰めるために、あるいは悲劇をずっと覚えているために、この碑は建てられたらしい。


「戻りたいですか、あの頃に」


 私が止まるのに合わせるように背後から言葉を投げかけられて、ドキッとした。

 ディガンの静かな声は続きます。


「帰りたいですか、あの場所に」


 私は振り返らず、碑の文章にぼんやりと目を落としたまま、ぽつぽつと喋ります。


「来たばっかりの頃は、そりゃあ最悪でしたけどね。でも今は案外悪くない場所ですよ、ここも。ここに来なければ会えなかった人も、できなかったこともある。私はそう思ってる」


 二度目の春。夏を越えればここに来てもう二年。それともまだと言うべきなんだろうか?

 滑らかで冷たい石に指を滑らせ、ゆっくりとしゃがみながら、私はどこか憑かれたように話し続ける。


「ここに来なければ、できなかったことがある。ここでなければできないことが、ある。ここでこれからしなければいけないことが、ある――」


 急にひゅっと自分の喉が鳴って、しゃべりかけの言葉が止まりました。


 石を撫でていた手の動きが止まっている。腕が上がらないし、動かない。どころか、背中に大きなものが覆いかぶさっている。振り返ることはできない。



 つまりですな。

 これはこう、あれですな。ホールディングを決めるようなポージングなわけですな。


 ……え、誰が?

 今までの文脈と面子と気配的に、侍従さんでしょうね。


 で、誰をホールディングしてるって?

 …………そりゃあ、消去法と、ダイレクトな感覚情報によればですね。そうなるよね。




 ……………………落ち着こうか。

 うん、おかしい。この状況はちょっとあまりにも摩訶不思議すぎる。

 と言う事はきっと夢なんだね。早く醒めるといいね、はっはっは。


 ごめんなさい笑ってすみませんでしたお願いします、夢落ちか錯覚落ちか、もうこの際朕か師匠かお姉さまが幻術的な何かでからかってきてるとかそういう超展開でもなんでもいいから、誰か現実を否定してください今すぐに。


 だってそうじゃないと、ちょっとした一大事バグでしょうレベルの事象が、なぜか現状発生してしまってるってことになってしまうじゃないですか、はっはっは、やだなあ、そんなことあり得るわけが、なっ。


 ……おい。

 おい、おい。


 今必死にショートした思考回路を無理くりにでも回して現状打開策を考えてるんだから、耳の近くで溜息つかないでくれませんか、そこの人。頭真っ白になるじゃないかふざけんな。

 ていうかさっきから調子乗んな、しばくぞコラ、よししばこう。



 待て、落ち着け。

 つまりこれは唐突に湧いた裏投げの練習なんですね、うん理解してる。

 でも私今ドレスだから、できればこうとっても、空気を読んでもらいたいなって。今はやらなくていいでしょう?


 あそっか、技の練習なら反撃してもいいわけだな。よし、ここはエルボーで平和的空気を取り戻。

 せない。肘が曲がらない。

 思った以上にホールディングががっちりきまってる件。

 何と言う事でしょう。


 あれか、じゃあ足か。足を踏むか。手始めに足を上げ。

 ない。体勢的に上がらない。

 直前に石碑に向かってしゃがみこんでいたせいですね。

 なんてことをしてくれやがったんでしょう、直前の自分。素直に立っといてくれればこんなことには。


 よーし落ち着け。そうだ、さっきから私は重要な武器を忘れている。

 人間には言葉と言う剣よりも強い武器があるじゃろ。

 それを用いてだな、こう、反撃を。


 したいんですけど文面が全く浮かばない。

 え、これ何話すの? と言うかそもそも私今喋っていいの? それ以前にこう、「あー」だの「うー」だのの無意味言葉ですら、出てこないよ?

 ホールディングが強くて、横隔膜がうまく広がりきってないせいだろうか。そりゃ空気が入ってこなきゃ出て行くものもないわな。

 待てよ。と言う事はつまり、今の私、かなり息苦しいんじゃないか? 自覚したら呼吸が苦しくなってきた。気が付かなきゃよかった。



 と言うかこれは本当にまずいぞ。間が持たない。

 体感時間では結構過ぎてるんだけど、実際時間では数秒間とかそんな落ちじゃないよね。

 時がすべてを解決してくれないかと思ってるのに。

 こっちが現実逃避してる間に、向こうがすべてなかったことにしてくれないかなとか思ってるのに。


「……どうして」


 沈黙を動かすのは、完全に硬直して何もできない状態である私ではなく、ディガンの声。

 低い低い、男の人の声。彼は至近距離で小さく囁きかけてくる。


 おいばかやめろ。せめてこの空気をなんとかしろ。

 こっちは必死で笑いと苦笑と失笑の嵐に持ち込もうとしてるんだよ、お願いだから真面目な雰囲気で空間を支配しないでくれ。

 今まで全部アホキャラで回避してきたのに。


 だって茶化しきれないと言う事は、私だって真面目モードにならざるを得ないってことじゃないか。

 つまりこの事態に、真面目に対応しなきゃいけなくなるじゃないか――!



 と思っている間に、待望の解放時間がやってきた!

 やや唐突に、ゆっくりと腕の力が緩んで離れていく。よーし、この隙に立ち上がって逃げ、違う、戦略的撤退を。


 できない。

 おい、冗談だろう。勘弁してくれ。

 ここで抜けなくてもいいだろう、腰よ。

 なんでさっきからことごとく脳の命令を拒否するんだ今日の私の身体、切実にお願いだからしっかりしてくれ!


 しかもそのまま離れていってくれるかと思ったら、身体反転させられるし、俯いてるこっちの顔を覗きこんで来るし。

 やめてくださいよ、今は特に見られたくない。


「泣いているのですか」


 違う。私じゃない。ひよこが泣いてるんだ。ほら、リボンの辺りが濡れて。だからこれは、ひよこの涙なんだ。そうだ、そんな風に言おう。それでこの場をなんとかしよう。


 ……ああ、もうだめだ。何もかも駄目だ。そこでしゃくりあげたらごまかせないじゃん。


 もう何もかもぐしゃぐしゃでめちゃくちゃだよ。完全にこっちの容量オーバーですよ。

 なんであのタイミングで、よりにもよって色々考えてちょっとぐっと来てたあのタイミングで、あんなことするのかなあ。

 おかげで気持ちの蓋を、押さえきれなくなっちゃったじゃないか。


「……泣かないでください」


 制御を失った私の身体は小さい子どもみたいに泣きじゃくっている。

 ディガンは困ったようにこちらの顔を覗き込んだ。

 硬い指が、何度も目元を優しく拭ってくれた。それでも決壊した塩水は次から次へと零れ落ちてくる。

 両頬が、大きな掌で包まれる。

 ぼやけた視界に、あの曇り空が大きく映り込んだ。


 曇り空が、ダンスの時よりもさらに近づく。




 セオリーに則ったわけじゃないけど、こういう時は反射的に目を閉じるものらしい。




 閉じた視界の向こうで、私は。




 温もりが重なったのを、確かに感じた。































 ……ここは、どこだろう。見覚えがある。確か、中庭。ざわざわと風に木や草が揺れる音がする。

 私……私はそう、アデラリード。大丈夫、それは覚えている。でも、今まで何をしてたんだっけ。

 時間はいつ? 辺りが暗くて見えない。真夜中だろうか。明かりも持たずに、私はこんなところで何をやってるんだろう。


 不意に、ばさばさっと近くで羽音がした。視線で追ってみると、闇の中にぼんやり白い影が浮かぶ。


 白い、カラス。


 それが暗闇の中に立っている誰かの肩に止まっているらしいことに気が付いたのは、出現した光にその人の輪郭が浮かび上がったからだ。


「やあ、アデル」


 その人は杖の先にほんのり光を灯らせたまま、私の方にかがみ込んだ。

 かがみこむ必要があったのは、私が地面に無様に倒れこんでいるからだろう。


「なかなかの格好だね」


 実に皮肉の利いた言葉だと思う。

 着なれた武官の服ではなく、ひよこのドレスに身を包んでいることもあるし。

 そのドレスが、黄色から赤に染まっていることも、きっとわかって言っているんだ。


 口から、鼻から、血が溢れ出て止まらない。咳き込むとまた、ごぼっと音を立てて塊が喉を通っていく。

 そうか。それでここまで来て、ついに立っていられなくなったのだったっけ。


 ぜいぜいと汚い呼吸を上げていると、闇の中で二つの金色が細められる。


「吾輩に、助けてほしいかい?」


 私はただ、ぼんやり見つめている。どこか悪魔に似た、師匠の歪んだ微笑みを。

 その言っている意味を、血の足りない頭で必死に考えて――喋ることは難しかったから、力を振り絞って動きで答えた。それしか、私には道が残されていないから。


「それじゃあ、しばらく休むといい。ゆっくり、眠りにつくといい――」


 彼は私の返事に頷くと、杖を持っていない方の手を顔の前にかざしてくる。

 向こうでカラスが一声鳴いた気がした。いつもはもう少し澄んでいたはずなのに、いつになくしわがれて濁った不気味な調子だった。




 それを最後に、私の意識はなくなった。

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