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転生ヒロインの使命は、悪役お姉さまを守ることです!  作者: 鳴田るな
転:四天王制圧編~vsタルトレット
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4-15.勝敗結果と分岐点

 音が消えた。動きも止まる。

 目を上げると、灰色の曇り空が広がっている。二つの瞳が、静かに微笑みかけている――。


 パチン――。

 パチパチパチパチ。


 静寂は拍手の音で破られました。


 視線をゆっくりと移動させると、先ほどまで演奏していたタルトレット(予想はしていたが演奏も普通にうまかった。腹立つ)が、ニコニコ微笑みながら両手を叩いています。


 ディガンがゆっくり、離れていく気配がする。

 私が一度運動して少し乱れていた呼吸を整えるように深呼吸してから睨みつけると、神官はテーブルの上で(もうすっかり低位置になってるな、あの行儀の悪いポジション)足をふらつかせながら、講評の時間へと参ります。

 読みにくいターコイズブルーの目を揺らしながら、彼はゆっくり口を開きました。


「正直に言うとね。厳しく絶対評価するなら、淑女とか貴婦人とはやっぱり違うと思うんだ。ところどころ素が出てるあたり特に。大体さあ、無意識レベルで奇声発したり顔芸してるあたり、もう手遅れだよね。無理無理、あれが我慢できてないうちは」


 コバルトグリーンの上衣の上に、爪ではじくタイプの弦楽器(リュートって言ったっけ、あれは。ギターではないと思うんだけど、たまに世界観怪しくなるから油断できない)を軽く抱えるようにしながら、タルトレットは言うのです。


 ……えっ、私相当頑張って色々抑え込んでたと思うんだけど、そんなに出てた!?

 思わず振り返ってディガンを見ると――おいこらっ、目を逸らすな! そこはフォローしなさい! ウソでもいいから!


「でもね、今のダンスは……ぎゃふんとはちょっと違うかもしれないけど……うん。そうだね、たとえ一瞬でも、確かにちょっと錯覚したかも。だから、ボクの負け。おめでとう、アデラリード=シアーデラ! あなたはゲームに勝利した!」


 私がディガンの方にちょっと目を離している間に、タルトはそう宣言しました。

 こうして、あっけなくゲームの勝敗は決まり――。

 えっ。決まった?

 嘘っ、こんなにあっさりタルトが負けを認めただと!? 絶対もっとこじれると思ったのに!


 私ががばっと振り返ると、彼はニコニコしながら片手を上げて指を立てます。


「やだなあ、何その顔。言ったでしょ、ボクはね、認めた相手にはそれなりに誠実なの。あ、あと一応勘違いしないように言っとくけど、ほんの一瞬錯覚しかけただけで全然目覚めたりとかはないから。いやーやっぱりさあ、こうぐっと来そうになっても正体が山猿だってわかってたら、普通乗り気になるものもならないよね。と言うわけで、妄想働かせて自惚うぬぼれたりしないよーに」

「やかましいわ!」


 私は咄嗟に、つかつか歩いて行って(この靴にもだいぶ慣れたから早歩きぐらいは余裕になったものです)、すぱんと奴の頭をひっぱたきます。


「あんっ、ひどいっ」

「喘ぐな!」

「不可抗力だよー、そっちが叩いたから変な声出ちゃったんじゃんかー」


 タルトは頭に手を置くと目を潤ませ、ぷうっと両頬を膨らませました。


 普通の人間ならあざといドキッとか思うかもしれないが、私には効かんぞカマトト小僧。と言うか朕といいあんたといい、もうちょいやるなら真剣にだませや。全然本音が隠しきれてないから何とも思わないんだってのに。


 本人にもその辺がわかってるのか、媚びるような上目づかいはほんの数秒、すぐにけろりと素の表情に戻って彼はぺらぺらと喋るのです。


「うん。まあ、頑張って苦戦してる姿見てるのはそれなりに楽しかったけど、黙りこくって変な笑顔してるよりはそうやってギャンギャンわめいてたほうが、やっぱりあんたらしいと思うよ。山猿は山で駆け回るのが似合……いてっ。だからなんで殴るのさ、ボク今とてもいい事言ったよね?」

「どこがです? それと殴ってませんよ。今のはデコピンです」

「同じだよー、暴力娘ー」

「すみませんねえ、武官上がりですからつい手が出ちゃうんだなあ!」

「速攻でそのキャラに戻るあたり、あんた本当に根っから貴婦人と対極の性格してるんだろうね……」


 ぶーぶー文句を言いそうになるタルトを無視して、私はぽんと手を打ちます。


「そうだ! こちらが勝った、と言う事は、私の言う事なんでも聞くんですよねえ、約束通り」

「一応そうなってるねえ」


 事前にサインしちゃったし、と言いながらタルトはその辺をごそごそあさり、一つの紙を取り出してきます。

 ゲーム前に書いた誓約書には、確かに二人分の名前と血判が呪印されていました。


「では約束通り、最初に聞いてもらう事を言いましょうか」


 やっぱり何でもと言ってしまった手前少しは緊張してるのか、飄々ひょうひょうと余裕そうに見せているタルトがわずかに身構えるのに、思わず口の端が上がってしまう。


 ふふふこれぞ勝利者の余裕! まさに愉悦!

 ……調子乗ってるとまたなんか足元すくわれそうだから、この辺にしとこ。


「もう二度と、お姉さまに触らないこと! これを要求します!」


 私が高々と宣言すると、なぜか一瞬奴はフリーズし、そして盛大にため息をついて全身を弛緩しかんさせます。


「……あ、やっぱり馬鹿だった」

「今なんか言いましたか?」

「いーやー? ただのため息だよー? で、その触るなってのは、身体にってこと?」

「あらゆる意味での接触! しゃべりかけるのも禁止です!」

「えーやだー。許可制にしてよ」


 こいつ。

 私は一瞬ビシッと自分の頭のどこかにヒビが入ったような音が聞こえた気がしましたが、落ち着いて考え直しました。

 そうだなあ、完全シャットアウトにしてもいいんだけど、下手にダメダメ言ってしまうよりは制限付の余地を残した方がいいか。


「じゃあ何かアクション起こしたい場合は、必ず私を同伴ってことで」

「えっ、マジ、譲歩してくれるの? だったら――」

「調子乗ったらすぐ全面禁止にしますよクソガキ」

「ケチ。心が狭い」

「あなた潔く負けたんですよね? 本当に立場わかってます?」

「ワンワン! わかってますよーだ。なんなら靴でも舐めましょうか、ご主人様」

「…………」


 右足を後ろに引いて、左足を後ろに引いて、右足を後ろに。よし、三歩分距離が稼げた。


「……え、ちょっとやだな、何この空気。ていうか、ここで黙って真剣に引かないでよ。冗談なんだからちゃんと突っ込み入れてよ」

「あ、そうでしたか……」

「ねえ、誤解しないでね? お茶目な冗談だからね? わかってる?」

「お、おう」


 なんか、結局ゲームしてもしなくても、大して私たちって変わってないような……。

 そしてやっぱりタルトレットはテンポよく言葉を返しては来るけど、どこまで本音で喋ってるのかわからん。なんか微妙に不安になってきた。


「あなた約束通り、ちゃんと答えてくれるんですよね?」

「真面目な質問? それだったらもちろん。その紙にサインしたんだから強制的にでもそうなるよ」

「だったら――」

「あ。ごめん、ちょっと待って」


 今まで歯切れよく答えていたくせに、急にこちらが喋るのを遮ったかと思うと、ちょいちょい、と彼は手招きします。

 ……さっきのあの発言の直後だからあんま近づきたくないんだけど。


 わかった、わかりましたよ、何か小声で言いたいことがあるのね。私が空気読みますってば、そんなふてくされた顔にならなくても。


 仕方なく元の位置まで戻ると、わかりやすくひそひそ話をする手になって、彼は耳元に囁いてきます。


「あのさ。負けた以上質問にはもちろん答えるんだけど、今日じゃない方がいいと思うんだよね」

「はあ? また、どうして。あとなんで、小声でやり取りする必要があるんですか」

「だってあの従者こえーんだもん」


 タルトは部屋の隅に静かに立ち尽くしているディガンに顎をしゃくります。

 ……いや、私も彼の存在を忘れてたわけじゃないですよ?

 ただ、あの人って気配消すの得意ですから、黙り込まれるとつい意識から外れることがですね。

 しかし、こうこしょこしょ囁かれるとこっちもつい釣られて小声で返してしまうな。


「怖いって。そりゃね、確かに知らない人には若干素っ気ないですし、静かにしてるとちょっととっつきにくい雰囲気な事はありますけど――」

「若干? ちょっと? あれがぁ?」

「なんでそこに突っかかるんですか」

「だって明らかにそういう次元じゃない……ああー、うん。いいんだ、把握した。あれがこうでこれがこう、ってか。こっちは知らないのね、じゃあいいや」

「なんなんですか」


 タルトは何やら両手を使ったジェスチャーをして、一人納得したようにうなずいています。

 気にならないわけでもありませんでしたが、あまり本題から逸れてしまうのも嫌なのでさっさと話の路線を戻します。


「で、まあ小声なのはわかりましたけど、日付を改めろってのはまたどういうわけです」

「んー……たぶん今、あっちの怖い人もそうなんだけど、あんたも割と気が立ってるって言うか、ちょっと興奮状態気味って言うか、そんなんだと思うんだよね」


 まあね。運動した後で身体あったまってますし、神殿内ですからアウェイで常に気は張ってますし、確かに言われてみればそうなのかもしれない。


 思っていることが顔に出ていたからでしょうが、タルトはうんうん、とその考えを肯定するように上下に首を振って続けます。


「質問って、あんたの姉ちゃんのことも入ってるでしょ? だったらなるべくあんたが落ち着いてる時に話をした方がいいと思うんだ。ここじゃどうしても気分がささくれ立つだろうから、なんなら好きな場所にボクのこと呼び出してくれてもいいから」

「……どういう風に解釈すればいいんでしょうかね、それは」


 大きな二つの目を瞬きし、彼は肩をすくめます。


「だってあんた、姉ちゃんのことになるとすぐカッとなるじゃん。このまま聞いてもらって、それで話してもいいよ? どうしてボクが君たち姉妹に目を付けたのか、あんたの姉ちゃんに猛アタックしたのかってこととか。でもさ、たぶん途中でそれどころじゃなくなる気がするな。ボク、最後まで話をさせてもらえないと思うんだ」

「このままの状態で聞くとですか?」

「そう。しかもたぶん、二度と口をききたくない、話もしたくないって言われて終わる気がする。ボクが全部喋る前にね」


 神官はどこか自嘲するような笑みを浮かべて、私を見上げます。

 私は小声で話し始めた段階からひそめていた眉を、さらに限界まで寄せていました。


「私が無条件で止まらなくなるほど怒るってことは……つまり、お姉さまの悪口を言うとでも?」

「ある意味ではそうなのかも。でも――うーん、だからこそ、なのかな」


 一度区切って、彼は乾いた唇を舐める。少しだけ扇情的な動作が網膜にこびりつくような気がしました。


「あんたが日ごろから何か違和感を感じていて、その正体を知りたいって言うんなら。きっとボクは、その答えをあげられるはずだよ」



 ターコイズブルーの目を覗き込んでいると、何とも言えない不安な気分になってきます。

 少しめまいがして瞼を伏せると、とたんに視界に闇が広がりました。


 ――だから選択する時は、慎重に、かつ大胆に、ね。


 いつか誰かが言っていた言葉が耳の奥にリフレインする。けれどそれをかき消すかのように、うるさく警鐘が鳴り響いている。

 まるでそちらに行くな、とでも言うかのように、耳障りなノイズはそうして私が目を閉じて考えている間ずっと、執拗しつように聞こえ続けていたのでした。


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