4-14.踊り(の練習)をあなたと
今回の待ち合わせはいつもと少し違って、中庭ではない場所。あそこは結構木の根とかがあるし、地面の感触が違うからダンスの練習は石の床があるところがいいねってことになりまして。
今日の昼間はお互い仕事や別の用事があったので、当然のように夜。今夜は雲もなく、光り輝く空がよく見える。
星のテラス。城の人はここをそう呼ぶ。割と有名な、カップルのいちゃいちゃスポッ――いやぁ? 私には関係ないですからね? よしましょうかね、この話題は!
……あーあー考えない。確か原作では告白イベントご用達場でしたねとか絶対考えない、知らない!
くそっ、ディガンめ。よりにもよってなんでこの場所を指定したんだ。いや、じゃあいつも舞踏会やってる大広間で練習しますかって言われたら、確かに嫌だけどさ。それでももうちょっとなんかこう、いい感じの場所がなかったのかな、ぐぬぬ……。
大体ですね。
私は夜なんだし、これから寝るだけなんだし、普段着で良かったのに、フィレッタが「ダメよ! 時間ないんだし、ちゃんと本番用の衣装で練習しないと勝手が違って色々困るでしょっ」とか言いながら着つけ直してくるから、なぜかドレスなんですよ、今。
なんでだ。足はさすがにダンス用と言うか初心者用と言うか、少し靴擦れしにくい奴らしいですけど。
それでもなんかプリティー系だし。
ドレスなんかもろにひよこドレスだし。……いや、私が呼んでるだけですけど。
だってそもそも色が黄色いし、肩の所がふんわり膨らんでるから羽っぽいし、胸のところにある白薔薇に黒リボンの飾りがこう、遠くから見ると絶妙に荒ぶるポーズのアホな鳥の顔に見えると言うか、そう見えたらそうしか見えなくなってるってね。
スカート部分も超フリフリだし。フリフリは嫌だっつったのにフィレッタめ、押し切りよった。やっぱりあの友人、さりげなく押しが強くなってるぞ。ごめんねごめんね、って下手に出てるように見せかけて地味に要求通してくるって言うね。一体誰の影響なんだ、けしからん。
髪も下ろして花飾りなんかつけちゃってるし、しかも花飾りが可愛い系と大人系どっちがいいって聞かれてなぜか大人系選んでくるし、化粧も薄目でいいから大人っぽくしてほしいなんて頼んじゃって、マジで馬鹿なんじゃないですかねこの女。
ひよこカラーなんだから飾りぐらい大人びたいとか思わなきゃよかった。
そもそもなんで大人びたいなんて思ったんだろう、わけわからん。
もう帰りたい。一体今から何を始めるつもりなんだ私は。本番と同じ装備に今から慣れておこうってことなんだろうけど、やっぱり恥ずかしいよ!
落ち着け。ダンスの練習だよ、知ってる。それだけなんだ。恥じることはない。それだけのはずなのに、こんなガチ装備でどうする。ひよこだけど。一狩り行くつもりかよ。ひよこだけど。
そうだね月がよく見える夜だし、鶏に進化できるかも――ってだからやかましいわ!
ていうかさっきからなんでこう、一人で盛り上がってるんだろう。まだ何も始まってないのに。と言うか今夜テンションちょっとおかしいですよ、どうしたんでしょうね。深夜テンション? 馬鹿な。確かに夜っちゃ夜だしもう星も月もよく見えてるけど、まだ深夜には少し早いでしょう。
もう来なければいいのに、ディガン。いや、来てくれないと練習できない、困るよ。早く来てくれればいいのに。いや、やっぱ来られると微妙かも。
……マジでどうした、私? なんか浮かれきってるぞ? 熱でもあるのかな? あるかも。いや、絶対ある。ないと困るんだからあるに違いない。これ終わったらさっさと寝よう、そうしよう……。
落ち着きなく行ったり来たりを繰り返し、なんでこんなそわそわする必要が、ないですよね、うん、ない、と言う事はもっとリラックスしていていいはず、よし、とりあえず深呼吸、と息を思いっきり吸って吐き出そうとした瞬間、
「アデラリード様?」
「うっぎゃあああああああああ!」
背後の暗がりから声がかかりました。
完全に不意打ちだったから変なところから声が出た。
「……えっと。申し訳ございません」
彼はもうこの程度の私のリアクション芸に、便乗して叫ぶでもなく固まるでもなく、一瞬だけ身体をこわばらせてから、こちらが何かを言う前に先手を打って謝りました。この野郎、慣れやがって!
そんなことより、マジで今どこから湧いた、どうルート通ってきた! そっちってどう考えても外の方向じゃないですか、ここ建物の3階じゃないですか、普通そこから人が来るとか思わないって!
やめなさいよその無駄な忍者スキルの応用。ただでさえこっちは気が張ってるのに!
「だ・か・ら! 気配を殺して近づかないでって前から言ってるでしょーが! しかもなんでわざわざ屋根づたいでやってくるかな、そっちから登場するなんて普通思わない、想定してない、超ビックリしたじゃないですか――」
私は叫び出してからはっとどう考えてもやり直すべき現状に気が付き、テイク2に励むことにしました。
「も、申し訳ありませんでしたオホホホ。ちょっとビッ――こほん、驚いてしまいましたの。はしたなくてごめんあそばせ」
「……」
「あの、だからできれば今度からはもうちょっとこう、忍者ルートじゃなくて、人間の歩く場所から存在感を放ちながら登場してほしいなー、なんて思いまして」
「すみません、以後気を付けます」
「……ちょっと」
「はい? まだ何か?」
「こっちは色々必死なのに、なんで笑い堪えてる顔になってんですか」
「なんでもありませんよ」
……いかん。このままいつもの調子で突っ込み続けては普通のアッさんになってしまう。淑女計画のスイッチを入れなくては。
私はなんだかよくわからないけどふんわり微笑んでるディガンに言ってやりたいことの三つや四つ、全部飲み込んでもう一度大きく咳払いし、キリッと顔を澄ませます。
「では、始めましょうか」
ディガンは一つ丁寧にお辞儀をしてから、こちらもやや真面目な表情になり、手を差し出しました。
……あ。そこにこっちの右手を乗せろと。乗せるのか。そうか。乗せればいいんだよな、うん。
ってその前に私もお辞儀か? こ、こう?
おずおずとスカートをつまんでから、そっと手と手を重ねる。……大きいなあ、この人の手。あとちょっとひんやりしてる。
うわっ、握るのか貴様! そ、そうだよな踊る時は確かこっちの手は軽く握るんだったな。うん。……なんで私、ダンス初心者みたいになってるんだろう。しっかりしろ。色々キョドりすぎだ。落ち着け。
……落ち着きたいのに、なんか心臓うるさいなあなんでなんだろうなあ、もう勘弁して、帰りたい!
「懐かしいですね」
顔は訓練の成果か澄ましながら、内心は既に半べそかきそうな私が手を乗せると、そんな風に彼は呟きました。
「覚えていらっしゃいますか。昔も、こんな風に踊りの練習をしました」
「……あー」
私が何と答えたものか迷って目を泳がせると、彼は独り言をつぶやくように静かに続けます。
「あの時は、私が女性役でしたが」
「その節は本当に、ご無理を言いました……」
「でも、おかげで今こうしてお役に立てるのですから、悪い事ばかりでなかったのだと思いますよ」
彼はゆっくりと、残りの片手を背中に回します。
だから近い。
もっとこうフォークダンスみたいに距離が保てるあれならいいのに、なんで舞踏会系ってこんな密接するん?
よし、だんだん頭が痛くなってきた。もうなにも考えない。
アデラリードはできる子、煩悩はすべて封印。私はダンスの鬼、ダンスの子、ダンスのことしか考えない。
わかったそうだこれは武術訓練。組手の型を覚えるのと一緒。そう思うとほら、一気に落ち着いてきた。
ディガンはなぜかしばらく黙っていましたが、私がおのれに自己暗示をかけたりして冷静になってくると、静かに声をかけてきます。
「そちらの手を、私の肩に置いてください」
……ああ、そっか私か! 私がやるのね! はい! 置きました!
より近くなった! ふざけんな!
だからなぜ騒ぐのか、私よ。これは型。これは練習。心を無にするのです。何も気にすることなどありません。いいね?
「そうです。少し、身体の力を抜いて」
……あんまり低い声で言わないでほしいなあ。そわそわする。
「では、基本のステップから始めましょう。右足を前に出してください。そう、ゆっくりでいいです――」
結局、動き出してしまえば身体を動かすことに夢中になって、色々頭でぐるぐる考え込んでいたことは一気に吹っ飛びました。
当たり前っちゃそうなんですが、女性パートって男性パートと重心から動きからいろんなことが違っていて、前の癖がつい出そうになるのをどうにか叩き直したので、一日目は時間切れ。回復魔術って便利ですよね。疲れたり靴が擦れてもゴリ押し効くから、フフッ。
二日目はさらに、より細かい部分の修正。私もディガンも反復練習がさして苦にならない人間なので、改善点があればもう一回、改善点がなくなってもできた状態を身体に覚えさせるためにもう一回、と何度も繰り返しているうちに、この日もすっかり時間が過ぎていた。
三日目はいよいよ音楽に乗せて。本番はどこからか話を聞きつけたらしいタルトが自分で弾いてくれと言いだしたので(あいつの情報網に突っ込めばいいのか、歌だけでなく楽器の演奏までできる器用っぷりに突っ込めばいいのか)、リハはまあ、師匠を拝み倒して借りてきた録音機を利用させていただきました。二日目までに鬼のように叩き込んだおかげか、この段階ではもう確認みたいなものだったので、軽く流して気が済むと、明日の本番に備えて二人とも早めに休むことにしました。
……つまり、始まる前は妙なモヤモヤ感に悩まされたり変なテンションに惑わされた私でしたが、始まってしまえばばっちりスイッチが入ってくれたおかげか、特に余計な事を考える必要もなくダンスに打ち込むことができたのです。
一日目はひよこひよこ、とちょっとふてくされ気味だった衣装も、二日目にはフィレッタに直してほしい箇所をかけあっている始末。
ゲームの期限が近くて時間がなかったことと、中途半端に取り組んでいては間に合わなそうな出来(ぶっちゃけ最初は自分でもわかる下手くそっぷり)だったのが、逆に他に余計な事を一切挟む隙を与えず、幸いしたみたいでした。
ただひたすら、うまく踊ることに打ち込んで、張り切って、でも心地よく、身体を動かして。
ここに欲しい、足りない、と思うとディガンはすぐに応えてくれる。言葉にしなくても、一瞬で。それがとても嬉しくて、気持ちよくて。
――気が付いたら本番さえも、そうしているうちに終わっていたのでした。




