4-12.乙女心はめんどくさいと相場が決まっている
と、不意にモアイが真面目な顔をさらにきりっと正して声をかけてくる。
「そうだ……よければアデルに、一つ聞きたい」
「なんですか」
「……その。かなり、個人的な興味。聞いていい、のだろうか」
「もったいぶらないでさっさと言ってくださいよ」
「……怒らない、か?」
「いや、聞かれなきゃわかりませんてば。カモン」
私がくいくいっと手まねきのジェスチャーをすると、モッさんは一度深呼吸します。
テーブル囲んでる周囲もつられるようにどこか身構えてしまう。私はつばを飲み込みました。
そして、眼鏡モアイは緊張感のある間の後、真顔のまま、いたって真面目に私に問うたのです。
「ひょっとして君は……その。失恋でも、したのか」
ガタンと椅子から立ち上がろうとした瞬間に、右からはきゅっと服の裾を、左からはポンと肩を叩かれました。
フィレッタは「落ち着いて!」、ゼナさんは「座っとけ!」かな。立ち上がったのと同じくらいの勢いで、私は元の位置に戻ります。
今のやり取りには記録の必要性を感じていないのか、モッさんが手を止めたまま私から離れるように椅子を引きました。対面側に座ってるのでただでさえ遠いのにさらに逃げようとは、君、わかってるじゃないか。
「顔が、怖い」
「あなたそろそろ私の怒るポイントわかってきてるはずですよね。ひょっとしてわざとですか。わざと怒らせたいんですか、ああん?」
腕まくりして巻き舌を披露すると、左右から女性陣のため息が聞こえてくる。
「アデル君……」
「だからそういう態度が淑女っぽくないってのに」
眼鏡は引いた椅子にさらに身体をぴたりとくっつけながら、気のせいか冷や汗を浮かべ、必死に何やら弁明しているようです。
「ち、違う。ただ、本によると……失恋した女性が……気分転換に、見た目を大きく変える、とあるから。つい、実例との、検証を――」
もう一度スタンダップしかけた私ですが、その前に妖しく目を光らせたゼナさんが即座に便乗します。
「好きな人に告白したらこんな山猿なんかと以下略とでも言われ、一念発起して女の子のおめかしをしだしたと。――それならあり得るかもっ、と言うか展開として美味しい、採用!」
「いや、ないですよ? ねえからな? ねえよ? ん?」
「アデル君、口調! あと態度! 駄目! 座って、落ち着いて!」
フィレッタが一生懸命くいくい服を引っ張るので、もはや喧嘩一歩手前のポーズまで行きかけた私ですが、おとなしく椅子に戻ります。
タルトとの勝負のことを伏せて、とにかく女の子っぽく振舞いたいって言っただけの結果がこれか! 好き勝手に解釈して!
でもフィレッタならともかく、ゼナさんにタルトのことは言いたくないしなあ……。絶対なんかろくでもない方向に解釈される。あとこう、最悪ネタにされる。私はさっき、展開として美味しいと言ったその言葉を聞き逃しませんでしたよ。嫌な予感しかしないじゃない!
と、上機嫌に鼻歌まで歌いだしかけていたゼナさんが、突如ピタッと止まり、筆を落として大声を上げます。
「って、あーっ!」
「ゼナさん?」
「ガールシード卿、そう言う事だったんですか! あの時妙に態度が生温かったのはそのせいですか!」
「……え」
「さては忘れてますね!? 私が初めてこの髪型にした時ですよ! 卿にしてはやけに気遣いがあるなと思ったら」
「……あ。ああ、その――」
「あなたって人は本当に、デリカシーがないですね!」
「……なぜ!? こ、こここ、抗議する。じ、自分はその、ただ、心配を――」
「だからそれがデリカシーがないって言ってるんです!」
「異議あり。理解できない。論理的説明を求める」
「なるほど。どの部分についてでしょうか」
「デリカシー……」
「つまりですね、私が見た目を変えたのは――」
どうやらモアイは誤爆したな。自業自得だ。
しかしたぶんモッさん、あの様子だとなんで怒られてるのか全然わかってないですね。
ダメだよ、喧嘩になった女の人に論理なんか求めたら。これがゼナさんだから、今淡々と自分の言葉の理屈をモッさんに述べてますけど。普通女性が怒りだしたら理屈で勝ち負け決めたいんじゃなくて、共感して謝ってほしいだけなんですからね。
あと、原因の解明をしようとするのも悪手。今までのイライラが積み重なって爆発してることもありますので、なんで怒ってるの? と聞いても本人もわかってない場合があります。
ですからそういう状況になったら、本音は鬱陶しいかもしれませんが、適当に言い分を聞いてあげて、相手が落ち着くまで謝罪するのがベター。怒りなんて長くは続かないのですぐ冷めます。
で、その後ばれないように美味しいものでも差し入れておくと、フォローとして完璧です。あ、なんでばれないようにとつけたかって言うと、あまりにも物々フォローがあからさますぎると「物で釣れる安い女と思わないでっ」と再燃するからです。甘いもの食べたら勝手に立ち直る生き物が何言ってるんだか。
……って感じのことを、前にお紅茶冷めるの待ってるお姉さまが暇を持て余すついでに仰っていたような。いやあ、お姉さまが男じゃなくて良かったと思った瞬間でしたね。
あ、男の扱い方編は怖いので聞いてないです。と言うか聞きたくない、絶対怖い事いっぱい言うもん!
二人はとりあえず頃合いになるまで放置して、私は落ち着くために喉の渇きを満たします。
「って言うかそもそも、私に失恋の当てがあるわけないじゃないですか」
カップから口を離し、モッさんの言葉にひとりごちていると、横から小さな声が聞こえます。
「ウ、ウルル君……」
聞き逃さなかった私は速やかにカップをテーブル上に戻し、そっと親友の方へ向き直り、両手でぶにっとやわらかい両頬を優しく包んで笑いかけます。
「今何か言いましたかフィレッタさん、何も言ってませんよねだって私が聞いてませんから、そうですよねそうと仰いさあ早く」
「ひゃっ、ごっ、ごめんなさい、なんでもない、なんでもないの!」
「ですよね」
「ううっ――」
親友は軽く涙目になりながら無事に前言を撤回しました。
え? 不正なんてどこにもないですよ。
……そりゃ、確かに好きだと言われた気もしますし、ラブレターのような変文を送られたこともあります。
でも、彼のあれは。
――あれは。
親愛と情愛を分けるのは独占欲と、誰かが言った。その通りだと思う。
ウルルは別に、私を独占したかったわけじゃない。ただ、一緒にいて楽しいから一緒にいたい、その程度。
それも好き、恋愛のうちと言うのならそうなのかもしれない。でも、彼とはもう終わったんだし、私は最初からあの人のことを好きになることはなかった。
だってウルルが好きって言ったのは、私のことじゃない。
彼が見ていたのは、そして今でも見ているのは、学園のチビ助アデルルイド、それだけ。
少年みたいな明るい君が好き。それだけが口説き文句の人に、どうやってその気持ちになれと言うんです?
それじゃ足りない。欲しい言葉は、そんなものじゃない。
本当に好きだって言うのなら、ちゃんと私を呼んで。ほかのだれでもない、私を選んで――。
ああでも、そんなことには気が付かなくていい。私のことなんか、気が付かないでほしい。
もし、万が一誰かが私をちゃんと想ってくれたところで――。
……なーんてね。
あほくさ。とにかく、惚れただの腫れただの、私には似合わないことです。そうは思いませんか。
幻影よ、去れ。どうせまた一晩寝たらすぐに忘れる。
どうせすぐに、ぜんぶわすれる。
こちらが少し黙り込んで考えてしまったからでしょうか。
フィレッタは話題を取り下げたものの、私の表情に何かを察知したらしい。もの言いたげな視線がそれ以上飛んでくるのを避けるかのように、私は文官二人の口喧嘩をとりなし始めます。この後放っておいたら絶対に引きずる親友の事もフォローしなくちゃいけないし、淑女化計画だって進めないといけない。
意外と忙しいですね、私も。




