4-11.作戦会議は頼れる文官組と
図書室の隅っこには談話コーナーと言うのが存在します。
本のある場所は静かにしたい人が来るところですし、何か話したいことがあったらこっちでどうぞってことのようで。話す用途のほかには、談話コーナーでは図書コーナーで禁止されている飲食がある程度緩和されているので(蓋付きの容器に入っている飲み物だったらここには持ち込み可能なのです。こぼさないことと、ゴミを出さないことが求められますが)、ちょっと喉を潤したくなった方が休憩がてら一服つくために利用されることもあります。
私達はその談話コーナーのいくつかある机のうちの一つ、ちょうど四人掛けの丸テーブルを囲んで重たい空気に浸っておりました。
あ、ちなみに今回お紅茶パーティーメンバーの二人と、ついでに成り行きでモナモリスに協力を仰ぐことになりましたが、お姉さまの手はお借りいたしません。
それはまあ何と言うか、タルトもさりげなく釘を刺してきたところですし。他人に協力を仰いでもいいけどお姉さまの協力だけは除外希望。希望なので私がどうしてもと言えば譲歩しますが、そのかわりもし彼女の手を借りるなら、自分も判定基準をかなり上げる。具体的には、私がお姉さまと同レベルの状態を自然体で常にこなせるようにならなければ負けを認めない、とのこと。
ただでさえ一か月の期限つきでスタートがかなり怪しい状態なのにこれ以上条件を厳しくしたくはない。
一応(途中の経緯を説明する恥を忍んで)何をするかぐらいはお伝えしましたが、彼女もアディならできるわ、と一言微笑んだだけでそれ以上追及はなさろうとしませんでした。
まあでも、勝利の女神お姉さまの宣言きたらもうこれ勝ち確ですよねうへへ。
すみませんすみません、浮かれてる暇があったら現状を猛省して慢心せずに全身全霊かけて貴婦人修行に励みます、はい。
それに、そうでなくとも最近の彼女、やたら忙しいみたいですし。
侍女長ですからお仕事中忙しいのは当然として、プライベートの時間までしょっちゅう、用事ができたと言ってはいなくなってしまう。特にタルトに例の強引勧誘受けてから、休日必ず予定が入ってると言っても間違いではない。
最初はあちらに不用意に接触されないために、ご本人がわざと手配してやってるのかなとも思ったんですが。どうも用事のたびに深くため息をついたりしていることから、彼女自身の希望ではない模様。だったら偶然なのかな?
でもなあ、みょーにタイミングがいいと言うか、作為を覚えると言うか、何かね。どーにもタルトがお姉さまに絡もうとするのを阻止せんとする、誰かの意思を感じると言うか。
……たぶん、気のせいだとは、思うんですけど。誤反応だとは、思うんですけど。
お姉さまが「またか」って顔をされる時に、女の勘とシスコンレーダーになんかこう、なんかイラッとする輩の波動が微かに――。
「それにしても、やっぱりピンクじゃなくて青にしておけばよかったのかしら……私ったらつい、可愛い系で選んじゃって」
私ははっと考え事を打ち切って、しゅんと言いだした友人のフォローに回ります。
「いや、フィレッタのせいじゃないですよ、たぶん」
「むしろアデルに大人っぽい恰好させてもげふんげふん」
「ゼナさん!」
私が怒ると彼女は舌を出し、肝心のフィレッタの方はまだ小さくなったままです。
「でも、気持ち悪いは、さすがに……」
「ああうん、あれは、その、えっと……」
「どんまい、アデル」
「ごめんね、アデル君……」
「あの、あの。やめてくれませんかね、この流れと空気……」
私達女子三人組がどんより顔を曇らせると、横で大人しく座っていたモナモリスがかわりにとばかりに口を開きます。
「そう……黙っていれば、一応及第点。だから、彼女は悪くない」
「その通――えっ。黙ってれば及第点なんですか?」
思わぬモッさんの評価に私が反応すると、彼は一度黙り、座っている私を上から下まで眺めてから言い直します。
「黙って、立っ――いや。座って、いれば?」
「ああもう喋るどころか一歩も動くなと。微動だにするなと。人形になれと。息もするなと」
「アデル君、そこまではガールシード様も言ってない――」
「いや。そのぐらいで、ちょうどいい、かも……しれない。こう……絵画のように」
「…………」
「…………」
率直な意見ありがとうございます、と再び私(とついでに流れ弾が行ったらしいフィレッタ)が乾いた表情になると、今度はゼナさんがぴっと指を立てて提案します。
「あとさ、ちょっと気になったんだけど、その笑い方もうちょっとなんとかならないかな。いや、その、それはそれでいいと思うんだよ? でも淑女はもっとこう、しとやかに微笑むものって言うか」
ゼナさんの言葉に私は思案します。武官連中もなんか言ってたな。
試しにお手本にお姉さまを思い浮かべ、自分の脳内サンプル画像と比べてみます。はーい、ニッコリ笑って。
……うーん。諸々違いすぎる部分を除外して要素を削り出してみると、とりあえず口元の形が全然違うな。そっか、貴婦人は歯を見せたり大口を開けて笑っちゃだめなんだ。まあ当たり前か。それでこう、口角をほんのりクイっと上げてチラッと扇の端から見せる感じで……。
「こうですね、ゼナさん!?」
「よし、次行こうか」
ねえ、せめて何が悪かったのか言って。なんか提案した自分が悪かった的な雰囲気だけ醸してスルーするのやめて。突っ込みをスルーされたボケ程、いたたまれない物ってないんですよ。別に今のはぼけたわけじゃないけど!
と言う私の脳内突っ込みを彼らが読心できるはずもないので、微妙な空気は流されて場は進行します。
「うーんと、だから淑女化計画とやらのための作戦会議で。情報を整理しようよ。まずはクリアできてる課題と、そうでないものを具体的に列挙して振り分けよう」
ゼナさんはそんな風に言うと、どこからともなくごそごそと紙とペンを取り出し、さっさと書きだします。早い、そして書く字が美しい! シャッシャッて聞こえる音が既に美しい。そうか、文官だから書類だっていっぱい書くだろうし、文字を書く素早さやら綺麗さやらも求められたりするんだっけ。雑な文字に定評のある私とは大違いだ。
その隣をふと見ると、モッさんはモッさんで、いつの間にやらノートのようなものを取り出し、こちらも誰かが話すたびに、せっせと手を動かして文字を走らせています。
……あれはパッと読めない文字なんだけど、ひょっとして噂に聞いたことのある速記文字って奴なのかな。もしかして、知らない間に議事録なんかとってたのだろうか。なるほど、モッさんが逐次記録、ゼナさんが要点記録。で、後ですり合わせして補強や修正をすると。さすが文官ってところなのか。武官はメモなんか取らないで頭、と言うか主に身体で覚える派が多いからすごく新鮮だ。
そんな風に私達年下組がおおー、と見惚れていると、モナさんとゼナさんの静かなやり取りが続き、みるみるうちにメモ帳もどきが埋まっていきます。
「で、テーブルマナーとかは普通。そうですよね、ガールシード様?」
「ん……頭に血が上ってなければ、見苦しくはない動きをしている。礼節もそこそこ守っている。……ただしそれは、男性服の場合」
「あっ、そういうことなのかしら」
今までしょんぼり小さくなってすっかり存在感が薄れていたフィレッタでしたが、そこで声を上げて作戦会議の場に戻ってきました。
「何か気が付いたんですか、フィレッタ」
「あの、ね。アデル君はドレスに慣れてないから、動きがその……少し、違うと言うか」
「そうそう、それだよ。ドレスなのに男の歩き方したり、仕草が武官っぽいと言うかぞんざいなんだ、全体的に。だから気持ち悪いって言われたのは、その辺の違和感のせいだと思うよ」
口々に女性陣に言われ、私は納得します。
ああ、なるほど。オカマっぽく見えてると言うか、ごつい男がいきなりドレス着て歩いてるみたいな事か。それは確かに、気持ち悪いと言う人もいるかもしれない。
モッさんも手を動かしながら、女性陣に同意します。と言うかこの人手元見ずに書いてるんだけど。大丈夫なのかそれ。手の感覚だけで書いてることはわかるってか。文官ってすげえ。
「そう、素材は悪くない」
「おお。では、料理法はどうです?」
「問題点がないわけではないが、できていないわけではない」
「じゃあ、何がここまで彼女を狂わせていると?」
「……味付けと盛り合わせが、台無しにしている」
「あっはっはっは!」
以上、手を止めた眼鏡とゼナさんの会話である。
この二人、仲良くなってるのはいいんだけど、独自のコミュニティを形成していると言うか、謎の会話をするようになってるんだよなあ。あれで当人たちはばっちり意味が通じ合っているらしいけど、私とフィレッタにはいまいち分からないので、毎回顔を見合わせて首を傾げています。
あと、ゼナさんって結構笑い上戸な気がする。私にはわからないところでツボにはまって笑ってることがよくある。そう言えば前はモッさんがいると咳払いして笑いを収めてたんだけど、最近は普通に笑うようになってるなあ。これも眼鏡の地味な努力による進展と言えるんだろうか。




