4-8.何がどうしてこうなった 前編
「う、うわああああああああ!」
「おい、どうした!」
「今の声は何があっ――ぎ、いやああああああ!」
「ひっ、ええええええええ!」
「はあああああああ!?」
「うわ、うるさっ」
訓練場に足を踏み入れた瞬間辺りに響き渡る阿鼻叫喚の声に、私は思わず一度足を止めて耳をふさぎます。後ろからついてきた人たちも私が入口で急に止まったからだろうか、それとも内部から突如湧き出た野太い叫びの数々に怖気づいたか、つんのめったような気配が漂ってくる。
「あり得ねえ! あり得ないことが今起きている! と言うかあり得てはいけないことが――」
「やかましいぞ、貴様ら!」
「隊長、隊長! 大事件です!」
「不審者か!? 一体どんな……ああ、なんだそう言う事か。緊張して損したじゃないか、ばかばかしい」
「さすが隊長、この異常事態にびくともしねえや!」
「お前らが騒ぎ過ぎなんだ!」
「だ、だって――」
しばらく黙って彼らのやり取りを大人しく聞いていましたが、だんだん聞き飛ばせない話の内容になってきたため、片手を腰に当て、片手を振り上げて情けない声を上げている野郎共を一喝します。
「やかましいわ! なんか文句があるならちゃんとかかってこいや、人のことをまるで珍獣みたいに扱うんじゃない!」
「いやだって、実際にお前の裏のあだ名って愛玩動物風素行凶悪珍獣だし、もごごっ」
「ばかっ、余計な事言うな!」
「……ほう?」
ある者は私を見た瞬間納得したような顔をしてその場を去り、ある者は愕然と立ち尽くし、ある者は訓練の剣をこちらに向けて抜き放ち、ある者はこちらを見た瞬間逃げていき、またある者はこの世の終わりのような顔をし、一番情けないと腰を抜かしたようにへたりこんでいる――。
と、言った感じで、人のことを見るなりまるで化け物を見たかのような反応を示す面々は、一部の冷静な人が宥め、また不本意ながら元凶であるらしい私が一声をかけただけでは衝撃が拭い去れなかったらしい。うるさい奴らが失礼にもこっちを指さして絶叫しています。
「ああっ、やっぱりアデルだ!」
「喋ったら間違いなくアデルだ!」
「このキンキン耳の奥まで響く声はアデルだ!」
私は一度ため息をついてから、深く息を吸い込んで再び怒鳴りつけます。
後ろからオロオロした気配が飛んでくるけど、だってそうしないとこの騒ぎの中で声が負けて全然聞こえないんだもの。
「一目見て私だってわかるでしょうが、声で判別するまでもなく! この特徴的な栗毛が目に入らんか!」
「ああ、そうだな。この動くアホ毛はアデルだ」
「そのなんか足りない感じの身長もアデルだ」
「あの山猿シルエットはアデルだ」
「そうだな、冷静に見てみると、こんな奴はアデル以外あり得ないな! いやあ、すまんすまん」
「……ほっほう?」
ぶちっ、と何かが頭の中で切れた私ですが、後ろからハラハラする気配と笑いをこらえている気配が伝わってきたついでにポンポンと肩を叩かれたので、深呼吸を繰り返して自分の鎮静化をはかります。
ビークールビークール。アディさんはできる子、落ち着ける子。と言うかそうだ、今の私はこんな風にガサツではいけないんだ。背筋をぴんと伸ばしてこう、つんと澄ました感じで、いや澄ますと言うよりはこうニッコリとスマイルなぞ振りまいてですね――。
「なんだあの顔、何を企んでいる!」
「ただの笑顔だ。いつものことだろ」
「よかった、外見はともかく、中身は変わってないようだ」
「いや、まだわからないぞ」
「なあなあさっきから皆して何――ってうわあ! アデル、おまっ――な、なんで」
ちょうどその瞬間、騒ぎを聞きつけて訓練場に入ってきた知人が私の姿に目を見張ると、やっぱりとんでもない物を見た顔になってしっかり人差し指をこちらにつきつけながら、周囲の人たちが今言いたかったけど言いきれていなかったらしい言葉を言い放ちました。
「なんでお前女装してるんだよ、気持ち悪っ!?」
言われた方の私は一瞬前に内容を想定していたため、落ち着いて仁王立ちしたままの状態を保てています。
しん、といつも騒がしい兵士訓練場が一瞬だけ静まり返ってから。
「よく言った、ウルル!」
「馬鹿、何で言うんだ、ディザーリオ!」
「よしお前、いいところに来た。その調子で詳しい事聞きだして来い」
「えっ」
「お前あいつのこと追っかけまわしてたじゃないか。ほら、玉砕してこい」
「あっ、いや、だからさ、それはもう昔の話で、と言うか既に玉砕済みでしっかり友達に戻ってて」
「冷たいな。それでも学園からの後輩だろ」
「責任取ってこいよ」
「何の!?」
「君の犠牲は忘れない。それとわかってないようだからもう一度言うぞ。先輩命令だ、逝ってこい」
「上官命令だ、もう一度砕けて来い」
「安心しろ、死んだら骨は拾ってやる」
「さっきからなんでことごとく死ぬことが前提になってるんだよ!?」
再びわいわいがやがやと活気づく。主にウルルに色々なすりつけて私にけしかける声で。
「…………」
しかし、どう思いますか皆さん、この反応。
女装か。そうか。そう見えるのか。しかも気持ち悪いと。なるほど。飾り気のない客観的な評価をありがとう。
いいかい、そこで笑ったり泣いたりなんか魂抜けたりしてる男性陣。忘れているようですが、私の性別はれっきとしたダブルエックスなんですよ。
だからさあ。
ちょっとドレス着て化粧していつもより女の子っぽいリボン結んでるだけで、そこまで言わなくてもいいだろうが!
黙って聞いてればホント口悪いな、しかも目の前で調子乗りやがって、このまま引き下がっていられるか!
「上等だ、あんたら全員表に出ろ!」
「アデル君、ダメッ!」
「あーっはっはっは、ほら、ほらね! 言わんこたぁない――あー、お腹痛い!」
後ろから着つけとか手伝ってくれた親友の悲鳴と、あとどう考えても野次馬しに来た知人文官が涙流しながら笑ってる声が聞こえた気がしないでもないけど、頭に血が上った私はとりあえず勢いのまま突っ走る。
「待てわかったアデル俺が悪かった、話せばわかっ――」
私は邪魔なヒールをさっさと脱ぎ捨てると、安定のよくなった両足でしっかりと腰を下ろして踏ん張り、ちょうど先輩たちの盾にされる形で私の前に突きだされてきたウルルの顔にしっかり右ストレートをお見舞いしたのでした。
飛んでいく男の身体が描く美しい曲線を眺めながら、私の脳内に勝手に字幕が流れます。
アデラリード淑女化計画第一段階。
大失敗、と。




