4-7.好奇心、なんとかをほにゃらら
「雌犬呼ばわりはさすがにひどいんじゃない。ていうかボク男だけど? なーにひょっとして知らないの?」
「誘い受けまがいの手口使うような野郎なんかビッチで十分だビッチで。まああなたの場合、誘い攻めの方が正しい表現かもしれませんけど」
「へーえ?」
髪をほどいたタルトレットはおかっぱカットのせいでしょうか、どこか市松人形を思い出させます。顔も人形のように整っている。
他の攻略キャラがイケメン系と言うか男顔よりの美形なら、タルトのそれは文句なし満場一致で女顔と言っていいでしょう。中性的なんてレベルじゃありません。完全に女顔です。シルエットの出にくい神官服を着ているとただの女の子に見える程度の女顔です。黙ってる時とぶりっ子猫なで声の時はどう見ても美少女にしか見えない奴なんです。
ぶっちゃけ並大抵の女性より可愛いのがマジで解せぬ。野郎のくせに肌が白くてきめ細やかて、なんかもう色々罪作りですよね。でもどノーマルなんですよね。と言うか改めて特徴を列挙すると、どう考えても設定の段階で事故が起きてる際物物件なんだが、こんな男を攻略したがる女性と言うのははたして前世に存在したのだろうか。
いや、怖いもの見たさと言うか好奇心でうっかりコンプしてしまった私が言える義理はないのかもしれないが。
ともかく、そんなお人形のように可愛い顔の奴がゲス全開の悪人面をしているところを想像してください。それが今のタルトレットです。
ヒドインって言葉を思い出したよ私。こいつ男だけど。
彼は小首をかしげながら、若干引いてる私にお構いなしに聞いてきます。
「どこから聞いたの、ボクの事。お師匠様? それとも王様?」
「教えると思いますか? あと師匠はともかく、なんで朕――」
あっと思って私は慌てて咳払いをしますが、相手が悪かった。
きらんと両目を光らせたタルトレットは一気に声を美少女モードに変え、ぐいっと身を乗り出して攻めてきます。
「ちん? ちんってなーに?」
「何のことでしょうか」
「ひょっとしてアダルティーな単語由来なのかな? 無垢なこのボクにちょっと教えてごらんよ」
「空耳です私何も言ってません。あと誰が無垢だ誰が。モノホンの無垢は下ネタが通じないか、話題に上がったらそっと赤面して俯くものなんですよ、このエロガキ」
「臨時で懺悔室コーナーやってあげるから。誰にも言わないから、ね?」
「お断りします。つーか痛くしないから先っちょだけだから、みたいなノリで迫るんじゃねえ。私にお色気攻撃が通じると思うなよ」
その瞬間、タルトレットは大きな目を瞬かせると、声を上げて笑い出します。
「はははははっ、しない、しないよ、笑わせんな! あは、あ、あんたを誘惑なんて、だーれが! 自意識過剰か、あっはははははは! ボク出るとこ出てないようなガキに興味ないしー、もっとこう大人っぽい人じゃないとやる気でないもん。美少女だったらまだ考えるけどね、悪いけど山猿は守備範囲外なんだよなー。ざーんねんでしたー、ふっ、はっ、あーははは!」
……すっかり腹抱えて大爆笑してやがる。
いや、うん、知ってた、知ってたんだけど、なんでコイツの言う事はいちいちこう癇に障るんでしょうね! つーかガキはてめーだ、こんちくしょー!
私がわなわな震えていると、涙目になりながらもタルトレットは復活します。
「えーと。アデル君だっけ」
「あんたにその呼び方は許してない。気安く呼んでんじゃねーよ」
「冷たい事言わないでよ、呼び方なんて呼ぶ人が決めるものでしょ? ま、別にそんなのどーでもいいんだけど」
私が言葉で答えずに目を細めると、机上の不良神官は再び穏やかでない笑顔になって足を組みかえています。
「それで? ボクと今日たっぷりしたい話ってなーに」
「私じゃなくて、あんたが私たちにお話ししたかったんでしょ。何か知りませんけど」
「……ああ。名乗らせるなら先に名乗れ理論?」
「当たり前です。招いたのはあなた、私は招かれたゲスト。ちゃんとおもてなしするのはホストの義務です」
タルトは組んだ足の上で今度は両手を合わせ、何やら指を遊ばせながら微笑みます。
「なる。それなら一理あると言ってもいいかな。ところで、本題に入る前に一個確認してもいい。そのいかにもな敵対心は、ボクがあんたのねーちゃんにとった行動からなわけ?」
ハッ、と自分の鼻が鳴った。何を当たり前のことを聞いてるんだこいつは。
「神殿勤めとは言え、私の悪名は轟いているんじゃないですか」
「自分で言っちゃうんだ、悪名て。いや確かに、シアーデラ姉妹の妹の前で下手に姉の話題を出しちゃいけないってのは、もう皆知ってることだけど」
笑いのツボに入りかけている神官を半眼で睨みつつ、私は拳を握り、胸を張ります。
「シスターコンプレックス、それは甘美な響き!」
「え、何。なんか語りだしたんだけど」
「ですがまあ、世間的には大層な醜聞であると言う自覚も一応兼ね備えてますんで」
タルトレットの応じ方は非常にテンポがいい。モッさんとのスローな会話に慣れていたら、余計にこうポンポン返ってくるのが素早く感じられる。
まあ、爽やかな声で喋ってるくせに、言ってることがイラっと来るんですけれども!
「大事な事だからもう一回言うけど、すっごくウザいよ。と言うかもはや気持ち悪いからね?」
「愛は世界を救うのです。ドン引きするならしなさい。共感は求めません」
「馬鹿は人を滅ぼすよ。正気に戻るなら今のうちだからね。なんならほら、魔祓いしてあげるから、今日改心しようか?」
「……賢者の弟子は未だ愚者の身。しかし、馬鹿ではないのです」
「何それ哲学?」
いいえ口から出まかせです。
は、さすがに言葉にすると情けないので黙っていると、ついに限界に来たらしいタルトレットは再び腹を押さえて笑っています。
「アデルって思った通り、面白い奴だね!」
私は思いっきり自分の顔が顰められたことを自覚します。そのまま直そうともせずに不機嫌な声の調子で発言する。
「けなしてるんですよね、それは」
「褒めてるのになんで素直に受け取らないの?」
ターコイズブルーの瞳は鮮烈な印象は残すが、そこから何かを読み取らせてくれることは少ない。
私は深呼吸し、ついでに深くため息をついてから促しました。
「……そろそろ言ってくれてもいいんじゃないですか。私たちに何の用があるんです、あなた」
「わかったわかった、オーケー。確かにボクが招いたホストだ、少しは話すよ」
机の上からぴょんと飛び降りると、タルトレットは後ろに両手を組み、部屋の中をゆっくり行ったり来たりしながら話し始めました。
「用って言うか、単なる好奇心って方が正しいのかな。シアーデラ姉妹って面白そうだから、接点作りたくて」
「……それだけですか?」
「ダメかな?」
私は相手が要所要所で立ち止まったりこちらに顔だけ向けて来たり、そう言ったわずかな変化を起こすのを見逃さないように集中して目を凝らします。
「ガールシード卿とか白い鳥とか。この間話題に出していましたね」
「……んー?」
「先ほどのあなたの言葉から、どうやら私が賢者の弟子であると言う事は既にご存知らしい。神殿情報ですか」
「ま、ある程度位があればね、白い鴉が何を意味するのかは知ってるものなんだよ。でも君が魔術師だって最初に気が付いたのは、偉い人からうるさい事言われる前。ボク、勘いいから。結構初期からわかってたと思うよ」
「……なるほど。あなたは嘘を言ってないようですね」
「もちろん。これでもボク、結構あんたには親近感持ってる部分もあるし?」
「でも全部を喋ってるわけでもない。さすがはペテン師とでも言っておきましょうか」
「はは、冷たい。手厳しいねえ、もう」
こちらから視線をそらし、床、と言うか自分の足元の方に目を下ろしている彼の横顔を注視しながら質問を続けます。
「どうして好奇心を抱いたりしたんです」
「んー……面白い噂が色々あったから?」
「噂ですか。そんなものは前々から散々存在したはずでしょう。それこそ最初の三か月とか、自分で言うのもなんですが私達が来たことで大荒れしたでしょうし。なぜこの時期なんです。旬は過ぎてると思うんですがね」
「そこはー、まーねー? 自分で考える所なんじゃない?」
「……話したくないわけか」
「必要がないのかも」
「それを決めるのはあなたではないですよ」
「わお。おー怖い怖い」
タルトは私の言葉におどけたように肩を竦めます。
今の所、私の奴に対する印象はさっき言った通り。喋っていること自体におそらく嘘はない。でも、明らかにまだ何かを隠してはいる。
さてどうつっついたもんか、と考えだそうとした瞬間、くるっと彼はこっちに向き直り、下の方から私の顔を覗き込んできます。
「……なんですか」
睨んでやると、返ってくるのは意味深な微笑。
「そうだな。たぶん、あんたはギリギリ白。……で、あっちは真黒なんじゃないかな。なかなか尻尾出さないだろうけどね」
「何の話です」
「さーてね」
私が眉間にしわを寄せなおも言おうとすると、急にこちらを制すように手を前に出して、タルトはウインクします。
「じゃあ、ゲームしようよ、アデラリード」
「……は? ゲーム?」
唐突な申し出に私がフリーズした後アホみたいに繰り返すと、彼はうんうんと頷きます。
「そ。そっちが勝ったら、ボクはそっちの疑問質問になんでも答えてあげるし、言う事だって聞いてあげるよ」
「はああ? ……えっと。じゃあ、私が負けたらどうなるんです」
「逆になるだけ。君はボクの質問に答えなくちゃいけないし、言う事を聞かなきゃいけない」
そこでいったん区切ると、いかにもいやらしい、そしてこっちを見下してる感じのゲスマイルに変貌しながら彼は付け加えてきます。
「でも命を取るとかそんなことは絶対しないし――あ、先に言っておくけど、エロの注文はあり得ないから安心して。あんた色気の欠片もないのに妄想力だけは逞しそうなんだもん、勘違いさせてがっかりしたら可哀想だし。そうそう、そう言うのなんて言うか知ってる? むっつりスケb」
「うるさいぞ、このマセガキ!」
私が手を振り上げて素早く遮ると、何度目でしょうか、奴は声を上げて笑い、つかみかかろうとする手からひょいひょい逃げ回ります。……ああもう、やけに早いな動きが!
一度奴の捕獲を諦めると、私は軽く手を上げて質問します。
「まあ提案はわかりましたが、ゲームを行うメリットがいまいちわからない。必要あることなんですかね、それは」
「そうかな? ボクは今のままじゃ、そっちの知りたいことは話さないと思うよ。それにあんたはたぶん、ボクにお姉ちゃんに手を出してほしくないんでしょ? 今のままじゃあんたにボクは止められない。こっちは好き勝手させてもらう。でもゲームでかっちり勝敗が決まったら、大人しく従う。そう言う約束はちゃんと守るからね、ボク」
「なるほど。ではあなたにとってのメリットは……ああ、同じことか。今のままだと私が到底喋らないような事を手っ取り早く聞きだしたいし、私にさせたいことがある、とでも?」
「ふふ、間違ってないよ。馬鹿だけどアホじゃないってのは本当らしいね」
「そう言う事はね、大人は思っても黙って口に出さないものなんです!」
「ボクまだ大人じゃないもーん」
「新成人はもう大人ですよ、まったく」
黙り込んで思案顔になった私を前に、タルトはもう一度机の所まで戻るとよいしょ、と上って足をぶらつかせます。
「どうする? 今ここで決めてもいいし、時間が欲しいってんなら返事を待ったげるよ」
私はしばらく顎に手を当てて考えていましたが、顔を上げて笑顔のタルトを見据え、一つ深呼吸してから静かに言いました。
「そのゲームとやらについて、もう少し詳しく聞くことはできますか?」




