4-6.この(主人公にあるまじき暴言につき規制)が!
清々しい早朝の空気、神聖な神殿の礼拝堂に歌声が響き渡ります。私はもぞもぞと落ち着かない身体を動かして座り方を変えました。……やっぱりそわそわする。何度目だろう、このピンク色の服の裾弄りをするのも。
あ、そんなわけで今日は別に勝負服じゃなくて適当に普段着です。私は上着がピンク、下が白のズボンって感じ。お姉さまは青色の、そこまで深くないVネックの上にレースのハイネックがついてるような、そんなドレスを着てますね。御髪のお飾りも今日はかわいらしい白いお花、全体的に彼女にしては気持ち大人し目ってところでしょうか。まあ休日だし、神殿だしね。
私の気がそぞろな原因は明らかでしょう。あそこの壇上で気持ちよさそーに歌ってる某神官のせいです。
休日になると神官たちは普段の朝のお勤めに加え、聖句を御子に捧げます。
この聖句と呼ばれているものは毎日読まれている聖書とはまた少し違い、ざっくりわかりやすく言えばアカペラの讃美歌みたいなものなのです。ただ、私がよく知っていた讃美歌と多少異なるのは、唱える言葉さえ守ればどんなふうに歌い上げても構わないってところでしょうか。歌詞は決まってるけど音階やら節やらの歌い方は自由にしていい、いわばアドリブのアカペラみたいな感じです。
まあさすがに全部アドリブでやれって言われたら辛い人もいますし、大勢で歌う時に各々が自由すぎた結果大事故が発生したらアレなんで、代々受け継がれてきた原曲のようなものは存在します。真面目な人が歌う場合や大人数で歌う場合は、この原曲の通りに発声して聖句を唱えるので、もろに讃美歌っぽくなるわけですね。
が、今日タルトレットが担当するのはソロ。一応ところどころの歌い回しがほのかに原曲の雰囲気を残してるんですが、それよりもはるかにのびのびと、あとはまあ多少演技派な感じに彼は歌うのです。普通の人がソロを原曲時々アレンジで歌うとしたら、タルトレットはアレンジたまにちょっとだけ原曲って感じ。むしろ原曲が迷子。申し訳程度にたまにそれっぽい音が出てくる程度にしか残ってません。
今彼が歌っているのは、一番得意な「御子に捧げる鎮魂歌」の詞。声変わりする前は、ボーイソプラノって言うんでしたっけああいうの。どこからそんな声出してるんだよ、と言うか鎮魂する気あるのかって感じの、くっそ高い声(しかも裏返らない美声。なんなんだ)と声量で圧倒するような歌い方をしていたのですが。最近は声変わりを済ませたからでしょうか、以前ほどド派手ではなくもう少ししっとりした感じの控えめな雰囲気に変えています。
この時々低くなる、適度に擦れている声がまたなんともぞわっとくる。大人しく歌ってもやっぱり原曲からアレンジ過多だなコイツ。横にいる硬派で年嵩な感じの神官たちが若干渋い顔してますが、若い人とかタルトの美声目当てに神殿にかけつけているミーハー共はうっとりと聞き入ってます。
まあ正直、ここ部分に関してだけは私もケチをつけるのはやめて素直に認めましょう。
今まで何人かの聖句を聞いてきましたが、タルトレットほど美しく力強く、心に響く聖句を紡ぐ人は見たことがありません。と言うかまず声質がずるい。普通に喋ってるだけでもタルトの声は他の人よりよく響く。声変わり中の万全でない状態の時でさえ、喧騒に交じって話しているとすぐに、姿が見えなくてもどこかであいつが喋ってるなとわかったぐらいでした。
彼はその特徴のある声をさらに揺らして歌っていますが、不思議と音揺れして気持ち悪いとか、まして下品だとか感じたことはない。聖句の音声だけ切り取ったなら、天使とか神の寵愛者ってあだ名にも十分同意することができる。彼の歌が一度響くと、はっと意識がそっちに引っ張られ、歌い終わった時にはなんとも言えないじいんとした余韻が心に残るのです。まさに、心が洗われるような。御子だってこんだけ綺麗な音を届けられたら、多少演技がオーバーだろうが許すでしょうよ。
……はあ。
天は二物を与えず。なんでこんなに綺麗な歌を歌える男の性癖がアレで、お腹の中があんなに真黒なんでしょうね。他人を洗っても自分が汚れてたらどうしようもない気がするんですが。
と言うか、横のお姉さま大丈夫か。騙されないぞと気を張ってる私すら、今日明らかに気合い入ってるあの歌い方に若干動揺してるんだけど。まさかうっかり、あら素敵なんて浸ってませんよね。
恐る恐る隣に目をやってみると、彼女は目を細めて御子へ詞を捧げ続ける神官の声を聞いています。
その瞳が妙に、黒い。まるで吸い込む闇のごとく。いつか一瞬だけ見た、どこまでも冷ややかで虚無感に満ちた――。
……なんか、見ちゃいけないもの見たかもしんない。
私はどきっと一度大きく高鳴った心臓をなだめながら慌てて前を向き、再び問題児の美声に耳を傾けました。
あといまさらだけど、鎮魂歌をアダルティーに歌うなよ。いくら美声でも、んな悩ましげな吐息挟まれたら御子様目が冴えちゃうと思うよ。
お祈りの時間が終わった(つまり聖句が終わった)直後、大人しく座っていた私たちにそそそと近づいてきた神官がいます。
「本日はお越しいただき誠にありがとうございます、シアーデラ様」
顔は見たことないが、神官服となんか意味深な目つきでわかる。奴からの刺客だな、さては!
「こちらこそお招きしていただいて光栄です。素晴らしい歌を聞かせていただいたわ」
ああん、お姉さまにさりげなく、話がややこしくなるからあんたは黙ってなさいのジェスチャーされた。仕方ない、ここは大人しく黙っておこう。奴の身内であることが確定的である以上、視線で威圧することはやめないが。
食らえ、守護天使の目からビームガード!
「レヴァンドラが、この後是非――ひいっ!?」
「……あたっ!? お、お姉さモゴォ!」
「こらっ、めっ。……失礼しました。どうぞ続きを」
お姉さま、扇子で私の頭をぽかってなさるなんて! そして間髪入れず口元を扇子で塞いでくるなんて! 瞬きせずに両目をカッと見開く程度のささやかな反抗すら、私には許されないと言うのですか!
と言うか今、めって言っためって。何そのキュンとくる可愛い叱り方。もう一回お願いします、うぇひひひひ。
じゃ、ない。しっかりしろアデラリード。
私は一瞬にして、頭を両手で押さえ、お姉さまの愛らしさに思わずだらしなくでれっとなり、きりりと澄ました顔で復活します。
お姉さまウォッチングとガーディアン。両方やらなきゃいけないから妹は辛いけど役得だな。
え、シスコンマジ気持ち悪い?
褒め言葉ですね。
私の両目見開き威圧攻撃で若干すくんだ女神官でしたが、お姉さまが優しく促すとこっちをびくびく窺いながらも続きを話します。はははザマーミロ。思惑がうまく行ってちょっと得意になった私ですが、横から素早くジト目が飛んできたので咳払いして平常心を取り戻します。
「え、ええっと……この後お時間がありましたら是非、神殿をご案内したいと」
「ごめんなさいね、今日は用事があるの。挨拶だけで失礼させていただきますわ」
あれ、そうだったっけ。私がお姉さまに首を傾げると、彼女はこちらに肩を竦めて小さく囁きます。
「昨日まで空いてましたよね?」
「……ちょっと、急用なの。顔を出してくるだけで済むと思うのだけど、呼ばれてしまったら仕方ないもの」
そんな風に囁き交わしながら、私達は話しかけてきた神官に連れられて移動します。
……なんか今日神殿に来た時から感じ続けてはいたけど、移動する時周囲の目が若干痛い。そりゃな。これ、さながら有名アイドルの楽屋にご指名で入るVIPみたいなものだからな。主に女性陣(推定、タルトレットファンクラブもしくは親衛隊会員)の目がこええ。まあ、お姉さまがふっと辺り見回したら途端にみんな明後日の方向見始めるのがまた何とも言えませんが。
ともかく、人の多い礼拝堂から少し離れた小部屋に案内されると、青紫のおさげを揺らしながらタルトレットがニコニコして駆け寄ってきます。名前も知らぬ案内係さんはタルトがしっしと追い払うような動作をすると、気を悪くした風もなく去っていきました。ああ、これはなんかもう既に手懐けられてるな。私は一瞬遠い目で彼女を見送ってから、目の前の敵に意識を集中させます。
「お姉さま、来てくださったのですね」
早速馴れ馴れしい相手に、早くも頭の中がぶちっと行ったのを感じる。
「あんたのお姉さまじゃないですよー」
「もうわたし、本当に嬉しくて嬉しくて。いつもより本気出して歌ってしまいましたわ」
「いつも本気出して歌いなさいよ、この不良神官ー」
「この次はもっとすごいことしちゃいますからね!」
「勝手に次を用意すんな、これが最後だ!」
「アディ、ちょっとだけ黙っててくれる?」
「はい、お姉さま!」
私が飛びかかる一歩手前のポーズから直立不動状態まで戻ると、一つため息をついてお姉さまは続けます。くっ、お姉さまはともかく、神官が全然ビビッてないのが気に食わないな。
「レヴァンドラ様。本日のお勤め、素晴らしかったですわ。この身にも恩寵を分けていただいているような心持ちが致しました」
「まあ、スフェリアーダ様は才能あふれるお方。あなただって神に愛されたお方でしょうに」
「……どうでしょうね」
お姉さまが少しだけ答えるのに間を開けると、すかさずターコイズブルーの瞳を怪しくきらめかせて彼は身を乗り出します。
「それとも、何かお悩みがございますの? わたしでよければいつでも相談に乗りましょう」
懺悔しちゃいなよユーとでも言いたいのかコイツ。何様だ。ホント生意気。
「あら、有難いお言葉で嬉しいわ。でもね――」
私が冷たい目をしていると、お姉さまは一度言葉を区切り、ふっと微笑みを深めます。
「背負う覚悟もないなら、女の秘密を軽々しく引き受けない方がいいですよ、お若い神官様。重くて潰されてしまいますから」
呆けた顔をしたのは私だけではありません。確かに一瞬、タルトが大きく目を見張るのを私は目ざとく見逃しませんでした。
ふっふーんだ。そうだこれがうちのお姉さまなんだ。お前ごときに簡単になびく安い女と思うな!
と、鮮やかな大輪の花のような微笑みを浮かべていた彼女が、すっと扇子を口元に持って行ったと思うともう用は済んだとばかりにくるっと方向転換してしまうので、置いてきぼりをくらった私達二人ともちょっと慌てます。
「お姉さま」
「もうお帰りになるのですか? 何かご用事が?」
「ええ。今日はこれで失礼させていただきます」
それは間の悪い、と少しだけ面白くなさそうになったタルトの目が、お姉さまからこっちに飛んでくる。
私は一度深呼吸して気合いを入れ、二つのターコイズブルーを迎え撃ちます。
にこり。探りを入れるような真顔から対外笑顔になったのは向こうとこちらでほとんど同時でした。
「アデラリード様もご用事ですか?」
「私はたっぷり時間があるので、レヴァンドラ様とお話がしたいですね。それはもう、是非」
帰りかけていたお姉さまが私たちの言葉に足を止めます。何か言おうとしたようですが、その途中でふっと壁の一点に目を止めると、なぜか納得してほっとしたようなお顔になりました。別に汚れとか見えないけど、どしたんだろ。
「それじゃアディ、また後でね」
「はい、お姉さま」
タルトが無言でさっと手を上げると、先ほどいなくなったはずの女神官が慌てたように走ってきてお姉さまを出口まで先導します。
……まあ、私たち姉妹にとって神殿は完全なアウェイとは言え、タルトだって馬鹿じゃないし、入り口でジェスカが待ってた。このまま見送っても大丈夫だろう。
彼らがいなくなって完全に二人きりになった瞬間、空気が変わる。
タルトレットが自分の頭に手をやったかと思うと、おさげが一気にほどかれ、ぶわりと女性顔負けの艶やかな髪が彼が頭を振るのに合わせて広がります。
「あー、もう。ガードかったいなあ、笑えないね」
少年、下手をすると少女のようだった声が一気に少し高めの、けれどちゃんと青年らしく聞こえる声に変わる。
さっと一度手櫛を通してから(なんだあのシャンプーのCM出られそうな通り方)、彼は行儀悪く近くのテーブルに乗っかると、さらに行儀悪く足を組みます。
「――で。噂には聞いてたけどシスコンって本当にウザいんですね。ボク、半分くらい冗談だと思ってたんだけど。この様子だと噂の大部分が本当らしくて、ビックリしちゃうなあ」
先ほどまでのお砂糖菓子のような愛くるしさはどこ吹く風、見た目は清楚美少女、しかしその動作はやさぐれた野郎と言う謎の映像。しかし私はひるむことなく、ほとんど瞬時に応答します。
「早速、いえようやくですか。正体現しましたね、この顔面詐欺ショタビッチが!」
私の言葉に、タルトレットは組んだ足をぶらぶらと揺らしながら、ふっと目を細めて愛らしいとろけるような、次いで目をしっかり開いて、思わずぞっとするような凶悪な笑みを浮かべました。
そんなわけで、ここに我々の仁義なき戦いの火ぶたは切られたのでした。




