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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

逆ハーエンドのその後

狂った世界の終焉

作者: 黒井雛(空飛ぶひよこ別PN)

※コメディ感0です。注意してください。

 乙女ゲームのヒロインに転生して、逆ハーエンドを、選択した。

 本来は皆が私をちやほやするだけで終わるはずだったのに、攻略キャラクターは狂気じみた執着を見せてくるようになっていた。そして、彼らは私を全員で共有する道を選択した。

 私は、全てをなかったことにするべく、隠しキャラクター「カイザー」を探すことにした。逆ハーエンド後に、攻略可能になる、彼を攻略すれば、きっとまとわりつくような、この執着から開放されると思ったから。

 彼は地味な変装をして、隠れていた。

 彼は、転生者だった。

 彼は、ゲームの強制力に縛られながらも、私を拒絶した。

 そんな彼に、そんな彼だからこそ、私はすがった。



 きっと、きっと、きっと


 彼なら、壊せる。


 この、歪み狂った世界を、彼だけは、

 きっと正せる。


 そう信じた私は、必死に彼につき纏った。イベントに巻き込んだ。

 ただひたすら、彼が、最後まで私を愛さないことを望んで。

 彼が、私を愛さないことで、世界が正しく戻ると信じて。



 ――そして、世界は、崩壊した。



 カイザーの最終イベントが終わった途端、世界はあるべき形へと戻った。

 私に向けていたかつての執着がまるで嘘のように、私から背を向けて日常に戻る攻略対象達。

 私はそれを少し寂しく思いながら、安堵する。


 これでよかったんだ。


 これが、正しい、あるべき形だ。



 私を見かけて嫌そうな顔をした彼を見つけて、私は笑みを浮かべて駆け寄る。


「カイザー!!」


 彼は悪態をついて、私を追い払おうとしながらも、何だかんだでやさしいから、私の話を聞いてくれる。


「…カイザー、君が好きだよ」


 何度も何度も口にした台詞。きっと、彼はまた、いつものおふざけだと思うだろう。

 だけど、今日のこの言葉は、いつもと違うんだ。

 だってもう、ゲームは終わったんだ。

 これは、ゲームと関係ない、私自身の言葉なんだ。


 ――だからね、カイザー。


 私のことを好きだと、そう言ってくれても構わないんだよ?




 ああ



 ああ



 なんて、幸せな



 ――夢、だろう





「ずいぶん幸せそうに、眠ってたな」


「……うん、幸せな夢を、見てたんだ」


 微睡みから醒めた私は強固な鎖に繋がれたまま、どこか面白くなさそうな表情で私を見る会長に笑いかける。

 夢を見てたんだ。

 けして叶うことがない、幸せな夢を。


「皆が、私に興味を失って、全てが元通りになる夢を、さ」


 会長は、私の言葉を鼻で、笑う。


「…ありえねぇな。どいつもこいつも、血眼になって、てめぇを探している。鬱陶しいくらい必死にな」


「どいつもこいつもって他人事みたいに…会長も、だよ。会長も、私のこと、どうでも良くなってた」


「それこそ、ありえねぇよ」


 そう断言して、会長は私に口づけを落とした。


 一人の人間を、六人の人間皆で共有なんて、無理な話だった。

 六人が、六人とも狂わんばかりにただ一人を求めているというに、そんな状況に耐えられるはずがない。

 綻びはいつからか。誰、からか。

 結局、私は、カイザーの最終イベントをこなせなかった。

 こなせないまま、今、会長によって監禁されている。



 暗く、かび臭い、地下牢。会長にここに連れて来られてどれほど経ったのだろう。

 かなりの時間が経ったようにも思うし、数日程度しか経っていないようにも思う。

 すっかり時間感覚が狂った私には、わからない。



「……会長、機嫌が良さそうだね」


「…そうか?」


「とうとう、準備が出来たんだね」


 私の言葉に、優しく顔のあちこちに口づけを落としていた会長が、動きを止める。


「――なんのことだ?」


「とぼけないで。分かってるよ」


 わかっているんだ。だって会長は、明らかにいつもと違う。


「だって会長、今日はピリピリしてないもん」


 私を監禁してなお、会長はいつ他の誰かが浚いにくるのかと、常に神経を張り巡らせていた。常に彼は、苛立ち、焦り、私を失う可能性に恐怖していた。

 そんな会長が今、ひどく穏やかな気配を纏っている。それが意味することなんて、一つしか考えられない。


「――出来たんでしょう。私を殺す準備が。……それとも、一緒に死ぬ準備かな?」


 彼は、もう私を誰にも取られない道を選ぶ、決心をしたのだ。

 私の、命を奪うことで。

 私を殺して、彼は私を独占することにしたのだ。

 微笑みながら告げた言葉に、会長は一瞬驚いたかのように、目を開いたが、すぐに優しく微笑み返した。


「…一緒に、決まっているだろう。お前を一人でなんか逝かせねぇよ」


 幸福に満ちた、壊れた笑みを浮かべながら、会長は私を抱き締めた。


「これで、お前は俺のものだ。俺、だけのものだ。もう、誰にもわたさねぇ」


 私の眼から、一筋涙が零れ落ちた。



 今日、この狂った世界は終焉する。

 私という、ヒロインの死によって。

 ようやく世界は正しく戻るのだ。



「…会長、私達、どうやって死ぬの?痛かったり、苦しいのはやだよ」


「大丈夫だ。苦痛を感じずに死ねる特殊な気体を用意した。ゆっくりと体の機能が停止していって、眠るように死ねる」


「そんなのあるんだ…」


『流石、乙女ゲームの世界。ご都合主義だね』とは、言えなかった。この後に及んで世界をゲームだと、フィクション、虚構の世界だというのはあんまりだ。

 だって、彼は死ぬのだ。

 私のせいで、死ぬのだ。

 私が、彼を殺すのだ。

 一人の人間の命を奪う行為を、そんな風に軽んじてはいけない。彼にとっては、ここは間違いなく現実の世界なのだから。


 もっと、早く、そのことに気づくべきだった。

 ゲームを攻略する時点で、そのことに気づいていれば、きっと、私は軽い気持ちで「逆ハーエンド」なんていう選択肢を選ばなかった。

 どうせ自分なんかと、自分の本性を見せれば、ゲームの強制力が終われば皆いつか醒めるのだと。だったら、つかの間、たくさんの男から愛を囁かれる遊戯を愉しんでみて何が悪いのかと。

 自らに対する卑下と、そしてそれに反する傲慢さで、人の心を弄んだ私は、本当に愚かだ。自尊心と劣等感の狭間で、ただ、自分のことばかりを考えて、愛を囁く人達の感情をプログラミングされた偽物だと、無意識のうちに拒絶した私は本当に酷い女だ。

 だからこれは、きっと、当然の報いなのだろう。


「――ごめんね、会長。壊して」


 会長の背に手を回しながら、私は震えた声で、懺悔のように謝罪の言葉を紡ぐ。


 壊して、ごめんなさい


 気持ちを弄んでごめんなさい



 そして、何より


 こんな状況なのに。

 彼は、私を、壊れてまで、真実命を賭けて愛してくれたのに。

 容姿に、家柄に、才覚に、全てに恵まれた彼が、全てを投げ打ってまで、私と共に死ぬ道を選んだのに。



 なのに、今、私が想うのは



 傍にいて欲しいと、抱きしめて欲しいと思うのは



『寄るな!!糞女っ!!』


『誰がお前なんか好きになるかっ!!』


『お前…最近なんかやつれてきてねぇか?…その、大丈夫なのかよ…お前みたいな図太い女別に心配してねぇけどよ。自業自得だしな』


『あー…イベントは断固拒否するし、お前なんか死んでも好きにならねぇが…だけどお前があんまり大変なようなら、あいつらを遠ざける協力をしてやるぞ。その、俺はカイザー?とかいうキャラなんだろ?俺の家柄なら、何とかなるんだろう?』


『だぁっ!!引っ付くな!!懐くな!!攻略キャラどもの視線が痛ぇ!!わざとか、てめぇ!!』



 口が悪くて、


 面倒事が嫌いで、


 だけど実は面倒見がよくて優しくて、


 ちょっと乱暴で、


 女慣れしてないのか、結構シャイなところもあって


 地味な変装をしてて、


 変装の下はイケメンだけど、前世はジミメンだったから、変装中の方が素の感じがするとかもったいないこと言っていて、


 生まれ変わっても、前世故に庶民派で、


 アニメとかじゃなくて、パソコンとか、そっち系のオタクで、


 私を嫌いで


 私を最後まで拒絶するくせに、完全に突き放しもしなくて



 いつも私と会うと嫌な顔を浮かべる癖に、最近では困ったような笑みを浮かべてくれたりもする、君。



 カイザー


 …あぁ、結局、私は彼を渾名でしか呼ばなかったな。

 本当の名前、聞いたことないや。

 聞けば良かった。

 本当の名前で呼べば、良かった。

 名前を呼んで、ゲームのキャラでない、一個人として彼と真っ直ぐに向き合えば良かった。

 そうすればもしかしたら、彼もまた「糞女」じゃなく、私の名前を呼んでくれたかもしれないのに。



 涙で視界が滲んだ。



「――ごめんね…会長っ…こんなに想ってくれているのに…こんなに全部私にくれているのに…愛して…あげられなくて、ごめんなさいっ…!!…」


 会長に抱き締められて、死を待ちながら、私は今ただ、カイザー、君を想っている。


 あんまりだ。酷い。会長が、かわいそう過ぎる。

 私はどこまで、酷い女なんだろう。

 会長は痛みに耐えるかのように顔を歪めたが、それでも抱きしめるその腕を緩めようとせず、一層強く私を抱き締めた。


「――謝るな」


 私の顎を掴んだ会長が、噛みつく様に私にキスをする。

 呼吸を奪うような、激しい口づけの後、会長は淀んだ瞳を私に向けて泣き笑いのような表情を浮かべた。


「それでも、お前は俺のものだ。お前が誰を想おうが、お前が最後に見るのは俺の顔だ。お前を最後に抱き締めているのは、俺だ」


「…うん。そうだね」


「お前を独占できる。ずっと蝕んでいた飢餓が癒せる…それだけで今、俺は幸福だ。人生で一番、幸せなんだ」


 縋るように言葉を紡ぐ会長を、私も強く抱き締め返す。

 私のせいで、攻略キャラたちは皆傷ついて、どこかしら壊れてしまったけど、一番壊れたのは会長だった。

 その償いを、私は今しよう。

 心は、あげられない。私の意志とは関係なく、勝手に彼に、彼の人に捕まってしまったから。

 だけど、命はあげられる。

 心以外は全部、会長にあげよう。…それは、私が彼から奪ったものに対しては安すぎる代償だけれども。



 あぁ、体に力が入らなくなってきた。

 立っているのも、辛い。

 私と会長は、抱きしめあったまま、床に寝転ぶ。

 もうきっと、立ち上がることはないのだろう。


 真っ直ぐに会長と見つめ合いながら、私は精一杯の会長への言葉を紡ぐ。


「会長…私、会長のこと、結構好きだったよ。一番じゃないけど、愛して無かったけど、好きだったのは嘘じゃないんだ」


「知っている」


 会長は、小さく苦笑いを浮かべた。その笑みはどこか、カイザーが私に対して浮かべる笑みと似ていた。


「…だけど、俺は、それじゃ足りなかった…」


 会長は、そっと私の頬を撫でた。


「愛していたから…壊して、殺して、全てを独占したいくらいに…愛していたから…」


 会長は最後にまた、私に口づけた。

 どこまでも優しい、愛情に満ちた口づけだった。


「…お前はそれは作られた感情だというかもしれねぇが…他の誰も見えねぇくらいに、真実お前だけを、ただ一人愛していた」


 そう言って、会長は静かに目を閉じた。


「…会長。会長。眠ったの…?」


「……」


 声を掛けても、揺すぶっても、もう会長は何も反応を返さない。


「ははっ…ずるいなぁ。先に逝っちゃうなんて」


 耐性なのか、位置の問題なのか。

 私は会長と同時には死ねなかったようだ。

 だけど死は、けして逃れられない運命として、今私を蝕んでいる。

 視界が霞み、酷く眠い。


 私は薄汚れた地下牢の天井を見上げた。


「…死ぬのか。私」

 

 ぽつりと一人、呟く。


 死ぬのは、怖くない。

 だって、死は終わりではないことを、前世の記憶がある私は知っている。

 死んでもまた、来世はある。私は、また、新しい私になれる。

 そう考えると、これは正しい終わりの形だ。


 死は、怖くない。


 だけど



「カイザー…君に、会えなくなることが、怖いよ」


 死ねば、もう、君とは会えない。

 そう思ったら、涙が次々溢れてきた。


「君と、もう二度と、会えないかもしれないことが、ただただ怖いよ…っ!!」



 あぁ、あぁ、知らなかった。

 最後まで、気付かなかった。向き合わないように、敢えて目を逸らしていたから。


 いつの間にか、こんなにも


 こんなにも、カイザー


 こんなにも、君を、好きになっていたなんて。



 もっと早く、出会えれば良かった。

 もっと早く、探せば良かった。

 それが出来ないのなら、せめて、もっとちゃんと君と向き合えば良かった。

 ふざけた調子ではなく、ちゃんと君に好きだと、そう告げれば良かった。


 君が好きだ。

 好きで好きでたまらない。

 だから、君も私を好きになって欲しい。

 拒絶しないで、受け入れて

 私を愛していると、そう言って


 そうやって、ちゃんと言えばよかった。



「…会いたい…」


 口から零れたのは、会長を殺した私が抱くには、あまりに浅ましくて勝手な願望だった。


「…会いたいよ……最期に君に、一目でいいから、会いたいよっ…!!…」


 何もない宙に向かって、最後の力を絞って手を伸ばす。

 掴んでくれる人がいるなぞ、思ってはいない。

 だが、そうせずにはいられなかった。

 手の先に、カイザーがいてくれるような、そんな気がしたから。


 あぁ、眠い。


 眠くて、眠くて、もう仕方ない。


 瞼が開かない。


 だけど、終わりのその瞬間まで、手だけは伸ばしていよう。

 それがどんなに、無意味な行為だとしても。



「――糞女っ!!」



 息絶えるその瞬間、最後に愛しい人の声を聞いた気がした。








 自分は恋愛をしてはいけない。

 何故か、物心ついた時から、そう思っていた。

 恋愛少女漫画は大嫌いだったし、皆が誰を好きだとか、誰が格好いいだとかで盛り上がる気持ちが理解できなかった。

 恋愛は、そんないいものじゃない。

 誰かを傷つけ、苦しめる、罪悪だ。

 少なくとも、私にとってはそうに違いない。

 意味もなく、私はそう確信していた。


 高校に進学したら彼氏が欲しいという友人に笑って話を合わせながらも、私の心は冷めきっていた。


 入学式。

 皆が揃いの真新しい制服を着て、うきうきと弾んだ会話を交わしながら校門をくぐる。

 私もまた、前の生徒に続いて校門をくぐろうとした瞬間、不意に誰かに腕を引かれた。


「――やっと、見つけた」


 そこに立っていたのは、地味で平凡な顔立ちの少年。

 私同様、真新しい制服を着ているところをみるに、彼もまた、新入生なのだろう。


「糞女」


 いきなり、睨み付けられて暴言を吐かれた。

 彼とは初対面のはずなのに、何故。

 そう思うのに、何故か心がざわめいた。


「…あ…」


 眼から涙が勝手に零れた。

 なぜ自分が泣いているのかも分からないまま、気が付けば私は彼に抱きついていた。



 ――会いたかった


 会いたくて、会いたくて、たまらなかった



 君の名前を、教えて欲しい


 君の名前を、呼ばせて欲しい


 私の名前を、呼んで欲しい


 そんな不機嫌そうな表情じゃなく、もっと色々な表情を見せて欲しい


 好きだと言わせて欲しい


 好きだと言って欲しい


 傍にいて、二人で時を重ねさせてほしい



 無機質で灰色だった世界が、彼と出会った瞬間、極彩色に輝いた。



 少年を抱きしめながら、私は人目もはばからず、生れたての赤子のように大声で泣き叫ぶ。


 ――恋愛を拒絶していた私が、初めて恋に落ちた日の出来事だった。





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― 新着の感想 ―
[良い点] とても良い作品…!というか単純に好みにドンピシャ! 色々と感想を書きたいけれど中々言いたいことがまとまらず結局書くのはやめました。己の文才の無さが恨めしい… [気になる点] 「…一緒にに、…
[一言] カイザー編まで含めて一気に読ませていただきました。 とても面白かったです。 1作目のコメディなノリからのどんどん落ちていく過程もとても良かったです。 個人的にはとても会長が好きなので、あ…
[一言] うるっときました。 カイザー君とヒロインちゃん、幸せになって!
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