姫様勇者に会いたがる②
「お父様!」
昼食を終え、急いでフォバットを引き連れルナは王の間にて執務をしている父親であるリンゼル王に話しかけた。
リンゼルおは大臣と話をしていたが娘の姿が目に入ると大臣を下がらせ嬉しそうに笑う。ルナはリンゼル王の前に立ち、フォバットは姫の後ろに控えた。
「おお、ルナよ、どうした?」
「お父様、私も今日の昼の謁見に同席したいのですがよろしいでしょうか?」
「? 今日はルナな謁見の日ではなかろう?」
「お父様、私は勇者というものがみたいのです!」
目をキラキラさして見つめてくるルナにリンゼル王は苦笑いを浮かべ、フォバットに視線を向ける。
またか?
またです
一瞬でのアイコンタクト、フォバットもリンゼル王もルナがわがままなことは十分に承知している。主に被害を受けるのはフォバットだが。
「まぁ、見る分には構わんだろ。許可しよう」
「ありがとうございます。お父様」
優雅に礼をしルナは機嫌良さそうに王の間を退出する。フォバットは後ろに続きながら思った。嫌な予感がすると。
王の間での謁見者はかなりの数になる。
領主の貴族、商業同盟、ギルド、騎士団、教会など他にも小さな嘆願書のようなものもリンゼル王はさべつすることなく平等に扱う。それには長い時間を費やす物で、
「今年は麦が不作でありまして、税のほうを軽減していただきたく」
「うむ、報告は受けている。後に監査団を各領地に送り収穫具合を把握し、税を調整する。次」
「近隣領地から野盗の被害の訴えが最近増えております」
「先程、騎士団長が遠征訓練の要望があったところだ。隊を二部隊ほど遠征任務を組ませ野盗狩りを交代で行わせよ。次」
などなど、リンゼル王は次々と指示を出していく。そんな姿をフォバットはルナの後ろに控え尊敬の眼差しを向ける。
ルナはというと椅子に座り笑顔を振りまいてはいるがフォバットの目にすでに帰りたいという目をしているルナが見える。ルナが後ろを振り向きフォバットにすがるような目を向けていたがフォバットは全力で無視をした。
そうこうしているうちに謁見はどんどん進んでいく。といっても三時間位だがルナが死にそうな顔になるには十分の時間だった。
「最後に勇者候補の武器授与です」
リンゼル王の横に立つ大臣がそう言った瞬間、死んだ魚なような目をしていたルナな瞳に輝きが戻る。
「そうか、では来てもらえ。あと教会の司祭に連絡し結晶を持ってくるように告げよ」
娘の瞳の色が変わったことに気付かずにリンゼル王はテキパキと指示を出す。それと同じ位に何人かの貴族、騎士、神官などが王の間に集まり始める。
「ねぇねぇ、フォバット。結晶ってなに?」
「正式名称は精霊結晶といいます。精霊、神に祝福を受けた鉱物のことを言いまして加工には特殊な技術が必要となるものです」
「あれ? でも特殊な技術が必要なら今持って来ても意味がないんじゃないの?」
「おっしゃる通りです。ですが勇者様は例外になります。勇者の資質があるものが精霊結晶に触るとその勇者のイメージ通りの武器に形が変わるのです」
「へえ〜」
フォバットの説明にルナは感心したように声を出す。このあたり間は以前勉強したはずなんだが当の本人は完全に忘れているようだ。
そんな話をしているて教会の神官らしき人物と見るからにオドオドとした感じの少女?が腰に一振りの剣を下げ一緒にやってくる。
「女の子?」
「いえ、資料では男と記入されていますが」
「……なんか女の子みたいね。勇者候補。あとすごく怖がってない?」
「教会の聖女様に神託とやらが突然くるらしいですからね。その後に仰々しい騎士団に迎えに来られたら萎縮して当然だと思いますよ」
「それもそうね」
ルナはなんだか少年が可哀想になってきた。なんというか捨てられた子犬のようなのだ。なんとなく女装が似合いそうだなとルナは思った。
神官と少年が片膝を付き臣下の礼をとったところで、
「静粛に」
リンゼル王の威厳ある声が王の間に響き渡るとざわめき声が静寂に変わる。
「勇者候補よ。名をなんと申す?」
「は、はい! ティリーフ騎士団二級騎士ハインツです」
口をモゴモゴさしながらかろうじて少年、ハインツは答えた。
「リンゼル王。この者はティーリーフ王国騎士団の者にございます」
「ほう、資質はあるということか、では」
リンゼル王が神官に目配せを行う。神官はそれに頷き、精霊結晶を持ちハインツの前に立つ。
「汝、真の勇者たらんものならば精霊のご加護を」
ハインツはビクビクしながら差し出された精霊結晶を両の手で受け取る。
受け取った瞬間、薄く淡い光が精霊結晶から放たれ一瞬のうちに透き通るような蒼い剣へと姿を変える。
「すごいわ! フォバット。石があんな美しい剣に変わったわ!」
「ルナ様、まだ授与中なのでお静かにお願いします」
フォバットは興奮するルナをなだめるように言うが、ルナ本人はとても興奮しており、座っていた椅子から立ち上がりハインツの手元にある蒼い剣を凝視していた。
「ここに新たな勇者の誕生を宣言する! 勇者よ。世界に平和をもたらしてくれたまえ」
「きょ、恐縮です。自分にできることをやって行きたいと思います」
腰に下げていた剣を神官に渡し、ハインツは新たな蒼い剣を腰に下げる。
「これにて結晶授与を終了とする」
「勇者様!バンザーイ!」
「勇者様!バンザーイ!」
「勇者様!バンザーイ!」
リンゼル王が授与の終了を宣言すると王の間には勇者の誕生を祝福する声が響き渡った。
「さ、姫様。満足されましたか?」
フォバットが椅子に座っているであろうルナに話しかけるが返事が帰ってこない。横から覗きこむとルナの姿が見えない。慌てて周りを見渡すと勇者のほうにスタスタと、歩いていくルナの姿を発見する。
「る、ルナ様⁉︎」
フォバットが慌ててルナを追いかけるがそもそも今のルナには勇者ハインツの持つ蒼い聖剣しか目に入っていなかった。
「ごきげんよう! そしておめでとう! ハインツ様」
「え、ぁ、ルナ様⁉︎」
ハインツは先程よりさらに恐縮しながらも片膝を付き臣下の礼をとる。
ルナは見る人がうっとりするほどの満面の笑みを浮かべている。だが、フォバットが見れば『なにか企んでいる笑み』と称しただろう。
「そんなに硬くならないでいいわ。少しお願いがあるのよ」
「ぼっ僕にできることであればなんらなりと」
ハインツは頭を上げずにそう告げる。
「お願いというのは簡単よ。少しでいいからその聖剣を持たせて欲しいの」
「姫様、それは」
ハインツは返答に困った。聖剣を貸すことに抵抗を覚えたのではなく、ルナに聖剣は持つことができないということを伝えるべきか迷ったのである。
精霊結晶とは勇者の資質のあるものが触ることによりその勇者に最も適した武器と調整される。つまり持ち主以外が精霊結晶の武器を持ったところで武器として使い物にぬらないのである。それ以前に精霊結晶の武器は持ち主が持つと羽のように軽いと言われているが持ち主以外が持つととても重たく持ち上げることも困難なのだ。
ハインツはそれを勇者候補となった時に神官から教わった。それ故にためらっているのだ。
「ね! ちょっとだけだから」
「しかし、姫様、これは……」
ハインツがどう答えたらいいか迷っていると
「勇者ハインツよ、我が娘の頼みを聞いてやってくれぬか? 持てば満足するだろう」
リンゼル王が苦笑いをしながらそう告げる。
「は、わかりました」
ハインツは腰の聖剣を鞘ごと抜き、自分の両の手に乗せ、ルナに渡す。これならばルナが重みに負けても自分の手の上に落ち、ルナが怪我をしないとの判断であった。
「ありがと」
にこやかな笑みを浮かべ、ルナはハインツが差し出した聖剣を掴み、何も感じないかのごとく軽々と持ち上げた。
「「「「はぁ⁉︎」」」」
広間にいた全員が絶句した。