素材屋と武器屋
通称、職人通りと呼ばれるこの通りには、武器屋や防具屋をはじめとした、兵士や傭兵向けの店や、木工店や銀細工などの贅沢品を取り扱う店などが雑多に店を構えていた。
カロッサ宝飾店の店主である少女は、この日、店を休んで懇意にしている素材屋に来ていた。
素材屋は商業ギルドが買い付けた品物や、傭兵ギルドで討伐された魔獣の素材を扱う店だ。宝石や金属のインゴットから、魔獣の毛皮、魔石など、食材以外の物ならば大抵手に入るため職人通りでは重宝されている店だった。
職人通りで防具や武器、宝飾品を買い求める際には、自ら素材を持ち込むか、職人が素材屋で買ってくるかの二通りの手段がある。カロッサ宝飾店は後者の客が多いため、カレンは頻繁に足を運んでいた。
「いらっしゃい、カレンさん」
「こんにちは、ヘルマンさん」
「今日は質のいいサファイアが入ってるよ。見ていく?」
「うーん、どうしようかな……。値段にもよるけど、ちょっと見るだけ」
「そうかい? きっと気に入ると思うよ」
感じの良い笑みを浮かべた中年の男性が受付のヘルマンだった。昔は格好が良かったと職人通りの奥様方に評判だったが、現在は、本人曰く幸せ太りをしたそうで、カレンはこっそり腹の肉をちょっと引っ張ってみたい衝動に駆られていた。
素材を扱うカウンターの奥では、職人たちが商業ギルドと傭兵ギルドから運び込まれたばかりの素材の分類作業が行われており、数名の男達が重そうな荷物を持って走り回っていた。
「あぁ、本当に質が良いね。この前買ったルビーと同じくらいかな?」
「そうですね。金貨5枚ってところですかね。どうです? 買っていかれますか?」
「んー買わないよ。そんなに頻繁に高額な注文は入んないし? 売れないのに買っていたら破産しちゃうよ。それに、そのサファイアって魔石加工した装飾品から剥がした石じゃないの? 変な残滓が残ってるよ?」
「え、そんなはずは……」
「いやいや、もうちょっと良く鑑定してみてよ、ヘルマンさん。もしかしたら呪いの指輪とか、盗品だったって可能性だってあるかもよ?」
「ちょっと、確認してきます!!」
「ごゆっくりー」
カレンが、サファイアに魔力の残滓を感じると言うと、ヘルマンはそんなはずはないと疑っているようだった。しかし、何度も指摘され次第に不安になったヘルマンは、若手の女性職員に受付業務を任せ、奥に引っ込んでしまった。
「アンタ、またヘルマンさんからかったわけ?」
「あ、レベッカちゃんだ。久しぶりー」
「はいはい、久しぶりー。で? さっきの話は本当なの?」
「別にからかったわけじゃないよ。気になると言えば、少し気になるレベル?」
「ふうん……。まぁ、地の精霊に好かれているアンタの言うことなら、まず間違いないわね。それで? 今日来たのは宝石にいちゃもんを付けに来ただけじゃないんでしょう?」
「うん。ミスリル銀、あと普通の銀のインゴットが欲しくて」
「わかった、ちょっと待っててね。すぐ持ってくるから」
女性職員のレベッカは、素材を直接持ってくる猟師や傭兵の男達に大人気のすらっとした美人だった。保護欲を誘う可憐な性格ではなく、竹を割ったようなさっぱりとした姉貴肌な性格のため、女性からも好かれている人物だった。
レベッカはカレンが養父に引き取られた頃から、素材屋で働き始めたため、カレンの姉のような存在でもあった。
「申し訳ありませんでした、カレンさん。こちらのサファイアの入手先を確認したところ、少々不審な点がありまして……」
「亡くなった傭兵の流れ品とか?」
「!?」
「よくそんなことまで分かるわね……」
二人が他愛無い話をしているところへ、ヘルマンが恐縮しながら戻ってきた。表情が暗いことから、カレンが指摘した点は間違いではなかったようだった。
カレンは精霊の言葉は分からないが、石好きな精霊がヘルマンが手に持っているサファイアの周りでしょんぼりとしている様子を見て、おそらく持ち主が死んだのだろうと推測しただけだった。
「石を見れば大体わかるよ? で、ヘルマンさん。その石、曰く付きだけどいくらに値下げするの?」
「え、っと。これほどの品なので、値下げとあまり関係ない話なのでは?」
「そんな訳ないでしょう。もしもだよ? これくらい質の良いサファイアなんかあまり手に入らないよね。買うとしたら、一流の傭兵か貴族のどちらかでしょう。傭兵は曰く付きの物はまず買わないよ。自分の命を懸けて名声を手に入れた人たちだもの、験を担ぐことが多いしね。それに、もしも貴族の人に売ってしまったら? 不吉なものを買わせた店だって圧力をかけられて、お店がつぶれるかもしれないんだよ! もし、そんなことになったら、ヘルマンさん責任とれるの!?」
「いや、それは考えすぎでは……」
「考えすぎじゃないよ! 私は装飾品を扱ってるし、そういうお客ばかりだもの」
「まさかそんな……」
「ヘルマンさん。他のお客さんも見てるよ?」
「っ!」
カレンが店に来た時には誰もいなかったが、ヘルマンが奥の部屋にこもっている時に何人かの職人や商人が来店していたのだ。
他の担当者がやってきて対応をしているとはいえ、何かもめ事でも起きているのだろうかと、商人たちは聞き耳を立てていた。
カレンは商人たちが聞き耳を立てていることを、ヘルマンに耳打ちすると、ヘルマンはきまづくなって口を噤んでしまった。
「宝石の浄化をするなら、地の精霊に愛されている人に頼むしかないんだから、カレンに売っちゃえば?」
「いや、しかしだな……」
「それに、専属で浄化をしてくれる人に頼む方が高くつくでしょうが、今の値段を落とさずに浄化した値段を上乗せしたら、余計買う人も減ると思う」
不良在庫は出したくはないが、利益を考えるとあまり安値で売りたくもないのがヘルマンの本音だった。素材屋の売り場の責任者と言うこともあり、値段を決める権限を持っているとはいえ、安く買い叩かれると上司に叱られてしまうため、ヘルマンはジレンマにかられていた。
「じゃあ、ヘルマンさん。こっちのインゴットとそのサファイアを買うから、抱き合わせってことにして、少し値引きして?」
「……それなら、いいでしょう」
「ほんと!?」
「ええ、金とミスリル、銀のインゴット3つで金貨10枚。こちらのサファイアが金貨5枚。合計で金貨15枚で」
「高い! 13枚にして」
「いやいや、そんな! インゴットだけでも本来15枚するんですよ!? そんなに値引きをしたら上司に叱られてしまいます!」
「サファイアを浄化するなら金貨1枚以上は必ずかかるんだから、そのくらい引いてくれたっていいと思う!」
「それとこれとは別でしょう! こちらの利益がでないです! せめて14枚までです!!」
「知らなかったとは言え、浄化していないものを売りつけようとしたくせに……」
「ぐっ……、しかし!」
「呪いの品物だったら、どうするつもりだったのかしら……」
「14枚より値下げするのは、無理です……」
毒物を除去し、浄化をしたうえで販売することを信条に掲げている素材屋は、浄化していない品が流れると噂になってしまうと、素材屋は信頼が崩れて商売が成り立たなくなってしまう。
カレンに痛いところを突かれ、最初からヘルマンの形成は不利だったヘルマンは黙り込んでしまった。周りに居た客はレベッカがさばいてしまい、この場にはカレンのほかに、ヘルマンとレベッカしかいなかった。
レベッカはと言うと、手が空いたところでカレンの値下げ交渉の観客と化していた。
「じゃあ、金貨13枚と半金貨1枚で!」
「うっ、それで結構です……」
「やったー。ヘルマンさんありがとう!」
ヘルマンは深いため息とともに、これから待ち受ける上司からの説教を考えないように飛び上がって喜んでいるカレンを遠い目で見つめたのであった。
素材屋で思わぬ良い品物を手に入れることができたカレンは、重たいインゴットを入れた籐の籠を上機嫌に振り回しながら武器屋にやってきた。
顔なじみの女将さんに声をかけ、店舗の奥にある工房に足を踏み入れた。鉄を打つ鎚の音が響く工房では、炉の中の火の精霊が真っ赤に焼けた鉄の上で踊っていた。じっとりと汗が噴き出してくるのを我慢し、カレンはずんぐりとしたもじゃもじゃ髭の職人に声をかけたのだった。
「スミスおじさん。こんにちは」
「あぁ、カレンか、こないだの腕輪の件はどうだ? うまくいったか」
「ばっちりでした! 流石にミスリルに細工をするのは力技で何とかなりますけど、流石に腕輪の形にするのは無理なので助かりました」
「いや、力技で細工するのがどうにかなるお前さんがすごいと思うが……。ありゃあドワーフの技術か魔力の多いモンしか受け付けねぇ金属だからな」
カレンが訪ねたスミスという武器職人は、もじゃもじゃの髭が特徴的なドワーフ族の男だった。カレンと同じくらいの身長しかないものの、大鎚を振るう腕はがっちりとしてたくましく、筋骨隆々とした男だった。
先日売った『解毒の腕輪』の地金の部分を加工したのはスミスだった。
魔力を良く通す性質を持つミスリル銀は柔らかい金属なのだが、魔力を込めて加工しなければ、元のインゴットの状態に戻ってしまう性質があるため、ドワーフの技術が必要だった。
「お養父さんは軽々やっていたけど……」
「あいつはお前さんと同じ規格外だ、他の奴らと一緒にするんじゃねぇ」
「そうですか」
カロッサ宝飾店の先代はカレンの養父だった。既に鬼籍に入っているが、父親から叩き込まれた技術と宝飾店があったおかげで、カレンの今の生活があった。
「んで? 今日はお礼を言いに来ただけじゃねぇんだろ?」
「おじさん鋭いですねぇ。実はミスリルの指輪を作ろうかと思いまして、いくつか指輪の形に鋳造してもらおうかと……」
養父同様、カレンの魔力は多い。スミスの鋳金のやり方を真似て、実験的に自分の魔力でミスリル銀を加工し指輪を作ったことがあった。指輪の形に成型することは上手く行ったのだが、込められた魔力が均等ではなかったせいか、試しに指にはめてみたら魔力に反応し、指輪が収縮してしまい、呪いの指輪のように抜けなくなってしまったことがあった。
彫金の方に関しては、魔力を流しながら慎重に加工すれば問題はないため、カレンでも加工ができるのだが、指輪や腕輪のようなサイズが変わってはいけない物に関しては、ドワーフ族に大まかな加工をお願いするのが常だった。
「材料は持ってきてるか?」
「もちろん! 素材屋さんに融通してもらいましたよ」
「大きさはどんなもんだ?」
「男性用と女性用を3つずつ。余ったらバングルにするので、そちらもお願いします」
持ち込んだインゴットは指輪をいくつか作っただけでは確実に余ってしまうため、余りはバングルにしてもらうようにお願いをしておく。いつもの事のため、スミスは軽くうなずきインゴットを受け取ったのだった。
「どうする、加工してるところを見ていくか?」
「うーん……やっぱりいいです。インゴット溶かして型に入れるだけなのに、どうしても同じように作れないんですよねぇ……」
「そりゃそうだ! 加護している精霊が違うからな。せめて地の精霊と火の精霊の加護がねぇと無理だ」
「デスヨネー。
「明日にはできるから、都合が付いたら取りに来い」
「わかりました。また明日出来上がったのを取りに来ますね」
自分でミスリルを加工することにあこがれていたころは、食い入るようにスミスの作業風景を眺めていたが、ドワーフの技術を人間のカレンが習得するのはどうあがこうと無理だと理解してからは、インゴットをスミスに預けるだけで工房を出るようになった。
孫の様にかわいがっていたカレンが作業を見に来なくなってからは、時々カレンに作業風景を見ていくかと聞いてくることもあったが、やはりカレンが断ると、心なしか筋肉質な肩が下がるのだと奥さんに言われたこともあった。
爺孝行として今度から頻繁に顔を見せようと、カレンは心の中で思った。
カレンのインゴットを加工する前にスミスは休憩も兼ねてお茶をすることになった。スミスの奥さんが是非にと引き留めてきたため、カレンもお相伴にあずかって工房で小休止を取っていた。
炉の中の火の精霊に砂糖菓子をつまんで与えてみたが、ゆるゆると淡い火の粉が上がって、上機嫌な様子になったのを見てカレンはうれしくなった。
自らを加護している地の精霊にも砂糖菓子を与えてみようかと思い、周りを見渡してみたが。いつも外出するときに座っている籐の籠の縁には居らず、何処に居るのかと探してみたら、籠の中に入れてあったサファイアをうっとりとした様子で眺めていた。
こいつは食い気より宝石なのかと一瞬頭を抱えたくなったが、つまんだままの砂糖菓子を自分の口に運び、甘い味を堪能することでカレンは気持ちを落ち着かせたのだった。
「そういえば、そろそろ見習い騎士の御前試合の時期だが、カミルは試合に出るのか?」
「兄さんですか? そろそろ出られそうだとは言っていましたが、今度帰ってきたら聞いておきますよ」
スミスがお茶を飲み終わった頃、近々王都で行われる建国祭の御前試合の話になった。年に一度の大きな祭りのため、王都の外から多くの人が集まり、建国祭はまさしく職人通りの店は書き入れ時だった。
例年ならば、カレンもその例に漏れず朝から晩まで忙しく働くのだが、今年の建国祭は違った。数年前に騎士団に見習いで入団した双子の兄であるカミルが建国祭の御前試合に出られるかもしれないとの噂があったからだ。
カレンを孫のように思っているスミスは、同じようにカミルの事もかわいがっていたため、カミルが御前試合に出場できるか気になっていたようだった。
「あ、そうだ! おじさんまた王宮からの依頼を断ったでしょう。この前やってきた侍従の人が愚痴っていきましたけど」
「流石にひよっこすぎる奴に儂の作った物はもったいないからな。それに比べればカミルは儂が見てもいい腕をしている。優勝とは言わんが良いところまで行くだろうよ。あいつが優勝したら一振り作ってやってもいい!」
「国一番の武器を作るおじさんに作ってもらえるならカミルも喜ぶと思いますけど、カミル以外人でも作ってあげてくださいよ。おじさんが断ると私のところにもお鉢が回ってくるんですよ!? 面倒な事この上ないじゃないですかぁ……」
魔法国で一番の武器を作ると言われているスミスは、魔法国の建国当初にこの地で武器屋を始めたのだと言う、既に500年以上前の事ではあるが、帝国との戦争時に建国の五賢人に武器を作って渡したと言う逸話が残っている。
毎年、建国祭の時期になると御前試合の優勝者への報償を作ってくれと王宮から依頼が入る。職人通りの職人たちの技は国一番と名高いが、騎士たちが必要とする品を扱う店はそれほど多くはない。スミスの武器屋か、近所の防具屋、それと魔法宝飾品を扱うカレンの店くらいだ。
しかし、武器屋のスミスは、自らが認めた相手にしか武器を売らないことで有名で、武器を作ってもらえた騎士はそう多くない。防具屋の店主は気の良い人物だが、騎士の装備は国が誂えているため、特に必要がないため、スミスが武器を作るのを断ると必然的にカレンの店に注文が入るのだった。
「はっはっは、儂ら職人は作ってやりたい奴に作ってやるのが一番だ」
「そんなこと言えるのは、おじさんだけですよ……。ただでさえ、うちの店の品って公表していないのに、御前試合が終わると何処の店で売っているんだとか噂されてうるさいのに、常連さんが断りきれなくて他の人を紹介していいかって詰め寄ってくるんですよ? そんなに仕事を選り好みできる立場じゃないけど、面倒くさすぎですよ」
「だったら、親父くらい大物になってみるこった。あいつは王宮から依頼が来ようが好きな時にしか働かなかったからな。王族だろうが、貴族だろうが、金を積んでくるような成金野郎だろうが、気に入らなければトラウマを植え付けるようなえげつなさがあったな」
「あ、だからうちには王宮から直接依頼が来ないのか……」
「なにかあったのか?」
「いや、こっちの話」
やさしかった養父の意外な一面を聞いてしまい、カレンはひきつった笑みを浮かべたが、正直厄介ごとにしかならない王宮関連の依頼が少なくなっているのは感謝しなければいけないと思った。
基本的には、カレンは客に合わせた魔法宝飾品を作る。
以前ヘルムが注文した解毒の腕輪も本来ならば、彼が付けるよう調整した物だった。それが、いつの間にか王妃が付けていたと聞き、面白くないなと一瞬考えたこともあった。
王族ともなると、王都の城下とはいえ頻繁にお忍びをするわけにもいかないだろうが、だまし討ちのような代理人を使った注文は気に食わなかった。
今度、貴族や王族の代理人がやってきた時には、亡き養父を倣って使用者本人を連れてこいと魔法の一つでもぶっ放してやろうとカレンは心に決めたのだった。
読んでくださってありがとうございました。
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