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解毒の腕輪

 ウィスマリア魔法国の王都スフェーンの三番通りにその店はあった。

 色褪せた金色の看板にはカロッサ宝飾店と書いてあり、宝飾店の文字は既に読めなくなっている。都の華やかな雰囲気には似合わぬ重苦しい佇まいの店だった。

 通りの番号が若いほど王宮に近いため、王宮の侍女が休暇を利用してやってくることが多く、この日も身なりの良い女性客が数人ほど、アクセサリーや銀細工の小物をガラスケース越しに眺めていた。

 


「すみません、店員さん。この小物入れを出して頂けないかしら? 手に取って見てみたいの」


「かしこまりました。少々お待ちくださいね?」



 日が窓の奥から差し込んだ頃、店のカウンターには少女が一人、暇を持て余しがちに座っていた。

 じっくりと商品を吟味していた女性客の一人が、カウンターの奥で座っている少女に声をかけた。少女は快くガラスケースに入れられていた、銀細工の凝った造りのペンダントを取り出し、女性客に商品の説明をしようとした時だった。

 来客を告げるベルの音と共に一人の男が店に入ってきた。



「いらっしゃいませー。あ、ヘルムさんだ」


「店主、以前注文をしていた品はできているだろうか?」


「少々お待ちください。こちらのお客様が先にお声をかけられましたので」


「わかった」



 ヘルムと少女に呼ばれた大柄な男は、常連客とまではいかないまでも少女と顔なじみの客だった。

 使い込まれた大剣と手入れの行き届いた防具を見て、少女はこの男は腕のいい傭兵なのだろうと考えていた。

 顔の造形は悪くないのだが、戦場帰りと思われる無精ひげをそっていないような荒々しい風貌で、今すぐ水を浴びてこいと言いたくなるような汗と埃の臭いで、少女を含め店の中にいた者たちは皆、顔をしかめ、男は女性客を興味なさそうに一瞥し少女に声をかけカウンターの前にやってくると、小物を見ていた別の女性客は男と目が合い小さな悲鳴をあげた。



「お客様? 顔色が優れないようですが……」


「あ、いいのよ。大丈夫。ちょっと用事を思い出したの、また来るからこのペンダント取り置きしておいて頂けるかしら……」


「はぁ、それは構いませんが……」



 王宮で働くような女性には、この荒々しい風貌の男は刺激が強すぎたかと少女は思った。もちろん、むせ返るような男臭さと言うのも原因の一つだろうが……。

 カウンターの前に直立不動で立っている男を横目に、女性たちはそそくさと手に持っていたものを戻し店から出て行ってしまった。



「まったく、いい営業妨害ですよ……」


「仕方ないだろう」


「宿に戻って体を拭いて、かつ髭を剃ってくれば少しはマシに見えますよ!」


「髭を剃ったとしても、この容姿では女性に逃げられない方がむしろおかしい」


「はぁ……、その発言は私をまるっきり女扱いしてないですよね」


「小娘には見える」

 

「はいはい、ありがとうございますー! 品物を持ってきますから、ちょっと待っててください」



 男が店主である少女の前に立つと、女性客が帰ってしまったことを嘆き、少女は深いため息を付いた。

 店の奥にある注文品が置いてある棚から、男が注文をした品を持ってきて、テーブルの上に置いた。



「こちらがご注文の『解毒の腕輪』です。全体の造りは魔石加工したルビーとミスリル銀、うちの店の腕輪は皮膚に触れる部分は裏打ちで皮を張るんですが、それをすると今度は解毒の効果が薄れてしまうので、そこで当店自慢のお肌にやさしいミスリル銀!」


「……お肌にやさしいミスリル銀」


「まぁ、ぶっちゃけ加工時にかぶれ難くしてあるだけなんですけどね」


「……」



 男が注文をしていたのは『解毒の腕輪』と言う解毒の魔法がかかった腕輪だった。

 魔法がかけられた装飾品は魔道具に分類されるが、その中でも特に意匠の凝らしてあるものは魔法宝飾品と呼ばれた。

 男の注文した『解毒の腕輪』もその例に漏れず、楕円の形をした質の良い真紅ルビーと青白く光るミスリル特有の美しさを引き立てる精巧な造りの腕輪を目の当たりにし、男は思わず感嘆の声をあげた。

 王宮の侍女たちが通うような銀細工の小物を売るのは表向きの商売で、王都でも数少ない魔法宝飾品を取り扱うこの店は、知る人ぞ知る店として一部の人たちに有名だった。

 少女は腕輪の説明を淡々とこなし、最後の最後で男を脱力させたのだった。



「どうぞ、手に取って確認してみてください。なんならサービスで猛毒の魔法でもかけますよ?」


「待て! そのサービスだけ(・・)はいらない!」


「あら、そうですか? 別に、遠慮しなくてもいいですよ。腕輪の効果が分かっていいじゃないですかー」


「店主の魔法は凶悪すぎる!」


「やだなぁ、冗談ですよ。常連さん相手に本気で魔法を唱えるサービスする訳がないじゃないですか。そんなことしたら、死んじゃいますし」


「そ、そうか……」



 店主である少女は店の二代目であるが、先代の時分より作成者が破壊できないような魔法宝飾品を作ることは禁止されていた。なぜなら、商品に何か問題があった場合に、破壊するのは製作者の使命だからだ。

 男もそのことを十二分にわきまえているため、少女が冗談で猛毒の魔術をかけようとした際に必死で断った。



「大きさはどうですか? 調整するならここで出来ますけど」


「いや、私が使う訳ではないからな。調整を必要とするなら、この店に来るだろう」


「わかりました。では、代金ですが。前金として半額の金貨15枚いただいておりましたので、残りをお願い致します」


「では、これを……」


「金貨15枚、確かにお受け取り致しました」



 男がカウンターに金貨が入った袋を置いた。少女はその金貨が本物かどうか確認し、金貨を仕舞い込み、『解毒の腕輪』をベルベット張りの木箱に入れて男に渡した。



「しかし、これだけの品を王都の他の店で買おうとすれば、金貨50枚以上はするだろうに」


「あ、そうなんだ。じゃあ、あと50枚払ってくださいよ」


「いやいや! 店主、値段が上がってないか!? 金貨30枚と依頼の際の契約書にも書いてあっただろう。これ以上は払うには金がない!」


「仕方ないですねぇ。いいこと教えて貰えたから、今度からヘルムさんの分は値上げすることにします」



 王都に限らず、魔法宝飾品を取り扱う店は少なく、少女の作品よりも粗悪なものでも、金貨30枚以上の値が付くことが多い。その点を踏まえると、少女の店はかなりの良心価格で商売をしていると言ってよかった。

 少女は魔法宝飾品の相場も理解しており、冗談めかして男に値上げ交渉をしたが、男ももちろん冗談だとわかっているため、大げさに嘆いて見せた。

 


「そういえば、店主。先ほどまで居た女は店の常連か?」


「ううん。店の常連さんに連れてきてもらった一見さんだよ?」



 男はふと思い出したように、男を一瞥して逃げるように帰ってしまった女性客の事を聞いてきた。店の中には数名の女性客が居たが、軽く世間話をした限りだと、王宮に入って間もない後輩を連れてきたようだった。



「それがどうかしたの?」


「いや、少々気になったものでな……。それから、この『解毒の腕輪』だが、効果を上書きされたりはしないだろうか?」


「それは無用の心配ですよ。うちの素材は魔力を通しやすい物が多いから、商品には魔法がかかっていようがいまいが、必ず上書き防止の魔法を込めてあります」


「そうか、それなら安心だ。」



 男は安堵の表情を見せ、『解毒の腕輪』が入った木箱を大事そうに鞄の中にしまうと、少女に礼を言って帰って行き。少女は店先まで男を見送った後、店に戻って真っ先にしたことと言えば、店の窓をすべて開け、気になって仕方なかった悪臭を、風の魔法で吹き飛ばし換気をしたのだった。





 男が来店してしばらくしたころ、王妃の暗殺未遂があったとの噂がたった。時たまやってくる侍女たちの話によれば、犯人は既に処刑されたらしいとのことだった。

 あの日に取り置きをお願いしていた侍女は、翌日に品物を取りに来て、「いい品物を売ってるから今後ひいきにするわね」と言ったきり来なかったなぁと、少女はのんびりと考えていた。

 そんな頃、彼女を連れてきた常連の侍女が興奮気味に少女の店にやってきた。



「店長さん聞いてよ! 王宮って本当に怖いところよね! この前一緒に連れてきた女の子が居たでしょ? あの子、暗殺ギルドから派遣された子だったって噂なのよ!」


「よくそんな詳しい話、知ってますねぇ……」



 王宮には箝口令は敷かれていないのだろうかと、少女は首を傾げたが、常連の侍女はそんなことをお構いなしに、自分の仕入れた話を聞いてほしいようで、来店してからぺらぺらと要らぬことまで喋っていた。



「それにしても、よく王妃様も毒殺を免れましたねぇ」


「さぁ、そこまでは私にも分からないわ。首謀者も側室の方っていう噂もあるけれど……」


「へぇ……」



 侍女の話題はコロコロと変わり、王宮は怖いと言う話から、怪談話のような話題に移ったあと、王妃様は素晴らしい方だとうっとりとした表情で語った。

 街では聞けないような話が多かったため、少女も最初は楽しんで聞いていたのだが、いつになったら終わるのだろうかと、表情こそ表に出さなかったが次第にうんざりしてきた。



「そうそう! この前、王妃様を間近でお会いすることができたのだけど、本当にお綺麗な方だったのよ! お人柄も良くてね、私みたいな下級侍女にまで声をかけてくださるのよ!」


「ほうほう」


「それに、先日のお召し物は真紅のドレスを着てらしてね! 一緒に付けていたルビーの腕輪がまた素敵だったのよ!」


「ルビーの腕輪?」



 王妃が付けていたと言う装飾品の話になった時、ルビーの腕輪の話が出た。先日、男に売った『解毒の腕輪』にルビーがはめられていたため、少女は思わず聞き返してしまった。



「そう、青みがかった銀に繊細な意匠でね、大きなルビーがはまっていて、王妃様にとても良くお似合いだったの」


「うちでも、そんな腕輪を作ったら売れるかなぁ」


「絶対に売れるわよ! このお店の品物はみんな素敵だもの。ただ、あんな上等な宝石を使われたら、私のお給料じゃ手も足も出なそうだけど」


「あははは」



 興味なさそうに聞いていた少女が腕輪の話題に食いついてきたため、侍女は気を良くして、少女に王妃が付けていた腕輪の意匠を詳しく話して聞かせた。

 少女は間違いなく自分が男に売った腕輪だと思った。

 男が買っていった『解毒の腕輪』に似ているようだと侍女に言えば、噂好きの侍女の事だから、必ず魔法宝飾品の注文が増えて面倒なことになりそうだったため、キリのいいところで話題を変えた。

 それから良く魔法宝飾品を買っていく、あの男が何者なのかは分からないが、少女は次に男が来店したときは、もっと高値で売りつけてやろうとこっそりと決意したのだった。





(金貨の価値は大体10万円くらい)


読んでくださりありがとうございます。

この作品は『傭兵ギルドの猫』と同じ世界観で書いております、そちらの人物が出るかもしれないし、この作品の登場人物があちらに出るかもしれません。

少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

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