【結】4-1
薬はヨクナイ。
でも薬でおかしくなる人間ってなんなんだろう?
やっぱり人間はよくわからない……。
【結】
4-1
沙夜と僕達(僕、音菜、佐鳥、まひる)の共同生活が始まった。
沙夜が入って一番に困った事は、僕と他の女性との接触が極端に制限されるようになってしまった事だった。
沙夜は僕が他の女性と会話をしているといつも、
「夕哉は私の事を裏切らない。夕哉は私の事を裏切らない。夕哉は私の事を裏切らない」
とブツブツとつぶやいては、両の腕が真っ赤になるくらい爪を立てる。セリフと僕の受ける被害はその都度違うけど。切り傷だったり、擦過傷だったり。でも、大体いつも展開は同じだ。
まひるを僕から引き離すのは難しそうだと思っていたのだが、沙夜と共同生活をする事になって以来、まひるは僕の方に来なくなっていた。
沙夜に怯えている……わけでもないようだった。
幼い子供特有の勘で、今僕に関わると面倒事が発生するという事がわかっていたのだろうか。
「夕哉、早く休んでおいた方がいいわよ」
音菜が沙夜に気付かれないようにこっそり言った。
「実験が終わったばっかりで、疲れてるでしょうから」
実験かあ。どうだったんだっけ? と思い出す。
僕の記憶によれば一周回って大成功、といっても過言ではないほど、大失敗したような気もするのだけど。
でも、絵美さんの説明によれば、実験は失敗に終わったらしい。
沙夜を真なる絶望に突き落とし、セカイシステムを完成させることには失敗した。同じ部屋にいてほとんど何もしゃべらない金髪の少女を見ながら、僕は、それで良かったんだよな? と自問。
沙夜の事を皆は嫌っているのかと思っていたが、結局身の回りの世話は音菜達でやってあげているようだった。……ま、当然だよな。僕が沙夜のパンツを履き変えさせてあげるわけにもいかないし。
結局沙夜の意識は戻ったものの、まだほとんど現実を現実として認識できていない状況は続いていた。
絵美さんと礼美さんによればまだ憎しみが強過ぎるかららしい。ひょっとしたら再度実験をする事ができるかもしれない、などと言っていた。僕はそれを聞いていやだな、と思っていた。
※回想
あの時、ダイブから戻って来た僕の耳に響いてきたのは耳触りな程に緊張した絵美さん(判別が難しいけど礼美ではなかった、と思う)の声。
「早く、早く被験者の精神レベルを低下させなさい!」
男の声が響く。ここの研究員だろうか。
「ダメです! 被験者の精神レベル、正常値に復帰してきています!」
「なんとかならないの?!」
歯噛みするような調子で絵美さんが問う。男はそれに対して、
「コントロールできません! ダイバーの精神レベルに呼応して回復してきています!」
「ダイバーの、夕哉君のココロがあの子の心を救ったってこと?」
僕はその時自分の身体のあちこちにケーブルのようなものが繋がれ、脳波やらなんやらがモニターされている自分の状態を理解しながら、ああ、なんかわからんけど僕は沙夜を、自分の腹違いの妹を救ったとかいう事になっているらしいぞ、でかした、でかした、僕はヒーローになったんだ、などとのん気に考えていた。
「ありえない! ありえないわ! 私は完璧に二人の心をコントロールしていた! まともな人間なら百人が百人とも心が壊れるようにしていたのに!」
カツカツと足音が激しく辺りを木霊する。イライラしているのだろうか。
「モルモットの方は上手くいってたのよ、どうでもいいような存在のダイバーの方が、よりにもよって最後の最後で私の邪魔を、予期せぬ行動とかいうのを取りやがって……! あああああ、上になんて報告書書けって言うのよ!」
足音が大きくなってくる。
上を見上げていたら開け放たれていた横の扉から白衣を来た女性がこちらにやってくるのが外視野で見えた。
体中にコードを張り巡らされた僕は水槽の中に入れられていた。
沙夜を見た時よりは小さくて、今度のはちゃんと天井より手前にガラスがあるのが自分でも見える。
絵美さんが僕の方にやってくる。
鬼の形相、とかいうやつだった。
赤鬼青鬼の話と違って、人間である僕と仲良くしようという気などさらさらなさそうな表情。
もっとも、僕が人間じゃないのかもしれないけど。
少なくとも、絵美さんの心の中では。
僕はさっきまで絵美さんがブツブツ言っていた言葉を頭の中で反芻していた。
薬で寝かされていたらしい僕の頭は混濁していて、まだ正常な判断ができていなかったのだろうか。
とりあえず絵美さんの悩みを解決する一助になりたくてただ一言、
「それは、そのまま真実を書くしかないんじゃないですかね?」
混濁した意識の中でそう言ったらすごい目で見られた。どうしてだろう。その時の僕には、わからなかった。
人の心って壊れたらマンガみたいに簡単に癒えたりしないと思う。
たゆってると思うんです。人間って。存在が、いつも。




