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【転】3-1(僕の夢)

あー、友達欲しい(本音)。

【転】

3-1(僕の夢)

 目が覚めた。息苦しくて、喉がカラカラだった。部屋の中は埃が充満しているから、仕方が無い。

 母さんがちゃんと掃除をしてくれればいいのだけれど。

 でも、母さんはもういない。

 首を吊って自殺してしまったんだった。

 死体は、どこにあるんだろう。

 親戚の人が来たりだとか色々あったような気がするけど、よく覚えていない。

 結局一人で暮らすのが一番気楽だからって、僕は両親の自殺したこの家に今でも暮らしているんだった。

 みんな面倒臭いのは嫌いだから、無理に僕を引き取ろうとする人は、誰もいなかった。それでいいのだと思う。

 僕の部屋はまるで台風が来たかのように、何もかもが滅茶苦茶に散乱している。

 ……僕の混沌とした精神を象徴しているのだろうか?

 携帯電話を確認すると、メールが着ていた。

「いつまで休んでいるの? 早く学校出てきなさい」

 絵文字も何も無い、無愛想なものだ。佐鳥からのものだった。

 どうやら僕はいつの間にか随分学校を休んでいたらしい。よくないことだ。

 メールは、毎日着ていた。

 ずっと毎日、同じ文面。

 僕が自分で打ったものだ。

 あ、間違えた。

 訂正。

 僕の携帯電話の受信ボックスは、ここ最近、全て「彼女」からのメールで埋め尽くされていた。

 それを僕は別の人からのものだと思っていたようだ。

 あぶないあぶない。

 何があぶないのかわからないけど(実際『気付いたら』どうなってしまうんだろう? 今以上に壊れてしまうんだろうか。興味があるような気もする。現状も気に入っているけど)。

 佐鳥は機械的な行動を好むので、メールのくる時間も毎日全部同じだった。夜の七時三十分。

 たまには、機械的な日常を壊してあげようかな。

 学校へ行こう。そうだ。今日は、学校へ行こう。

 二階の僕の部屋から降りていくと父さんが居間で死んでいた。

 あまり気にならなかった。

 全然平気、大丈夫だった。

 僕は父さんが好きではなかったから。

 浴室には新しい母さんの死体があった。これも昨日と同じだ。

 僕は特に羞恥を抱く事も無くそこでシャワーを浴びる。

 若者には朝の手入れは欠かせない。

 シャワーは昨日から出しっぱなしだった。

 血のつながっていない母さんの身を清める為にそうしておいたのだけど、なんだか膨れている。逆効果だったかもしれない。

 夏場なので異臭が気になった。

 常に新しい死体だと考えていないと、さすがにわかってしまう。

 ま、家にいる時間は多くはないし気にするほどの事でもない。

 僕はひと通り体を洗うと準備を済ませ、家を出た。

 住宅街はイラつくほどでもない朝の光に照らされていた。

 僕は学校に行った。

 少し早く来すぎたらしい。

 教室には一人しかいなかった。

 その、僕より先に来ていた唯一の人、紫堂佐鳥は教室後方の出入り口から入った僕には気付いておらず、黙って緑色に光を反射した髪を揺らしながら黒板消しでもって黒板を綺麗にしようとしている。

 ツヤのある美しい黒髪は日の光の当たり加減では緑色に見えるというのを聞いた事があったけど、本当にそうなのだな、と思った。

 彼女の後姿を見ていてそれがはっきりと確認できた。

 黒板と同化することなく緑だった。

 まあ、黒板も緑っぽいんだけど。変な話だ。黒板なのに緑だなんて。昔は黒かったんだろうか?

 ……どうでもいいか。

 黒板には特に文字が書いてあるとかいうわけではなかった。

 けど、佐鳥は神経質なところがあるから、いつも黒板は綺麗でないといけないのだろう。

 何もないのに掃除をするというのは、結局のところ自分の意識の問題みたいなところがあるから、佐鳥の性格も鑑みるに、これを佐鳥の納得いくようにきれいに消すのは、本当に大変そうだった。

 だから僕は素直に、

「大変だね」

 振りむいた彼女は一瞬無表情な顔をほんの少し驚きの色で染めたかに見えたが、その色もすぐに消えいつもの無表情になると、

「学級委員だから。……図書委員もかけもちしてるけど」

「だから、大変だねって」

 佐鳥は急に俯き、それからちょっとだけ顔を上げ、ちいさな声で、

「やっと……来てくれたんだね。 沙夜、御鏡、沙夜……」

「え?」

 御鏡沙夜みかがみ さやとは僕の名前である。

 僕は久々に自分の名前を呼ばれて、少々狼狽しながら反応した。

 いつも自分で僕とか一人称を呼称していたのに、急に女の子みたいな名前で呼ばれたからだ。

 ……まあ実際、僕は女なんだけど。

 少しでも父さんから女性に見られたくなくて、自分の事を『僕』と呼んでいる。その理由は、想像に任せる。

 世間一般でいうよくある不幸話だ。

 つまらない。

 他人の不幸は笑い話にしかならない。

「ずっと学校、休んでたから。もう、来てくれないのかなって」

 眼鏡の奥にある佐鳥の瞳は、何故か潤んでいた。何故だろう?

「ずっと……ずっと待ってたんだから」

「あ、ご、ごめん……!」

 僕は何か、言葉にできない類の申し訳なさを感じて、うつむき加減に謝罪の言葉を発してしまう。

「もう……大丈夫なの?」

「な……何が?」

「病気……」

 佐鳥は多分僕の心の病気の事を言っているのだろう。

 僕は『黒神様』に選ばれた。それは彼女、七色絵美の診断によって明らかだった。

 もっとも、その診断結果を知っているのは僕だけなので、本当かどうかわからないのだけれど。

 『黒神様』に選ばれた人間は、二度と現実に戻ることが出来ずに夢の中を彷徨い続ける。

 僕は病気になる前、そんな噂を聞いた事がある。

 本当だったかどうか、わからない、が。

 「どちらにしても」

 僕がこうして学校に来ているというのは、彼女にとって結構驚きであったはずで。

 僕が病院で聞いたところによると僕の病気の進行状況は末期にあたり、既に現実と認識が一致しないようになっているのだという。

 それは、真実なのだろうか?

 だとしたら日常生活に支障をきたしそうなものなのだけれど。

 実際には全然平気、現実を普通に徘徊できていた。

「だ……大丈夫だよ。大丈夫……」

「バカ、心配かけないでよ……」

 穏やかな光の中、僕達だけの時間が過ぎていく。僕はそっと佐鳥の背中に両手をまわす。

 それから、生徒達は、来なかった。

 多分僕が望んでいなかったからだと思う。

 僕は末期症状になってからというもの、現実と認識を自在に剥離させる事ができるようになっていた。

 夕哉がいなくなってから、僕の生活は地獄だった。

 二人目の僕の母さん――つまり夕哉の母さんなんだけど――は夕哉がいなくなって、少しおかしくなってしまっていた。

 僕の父さんは、母さんが「あんたは本当の子供がいて、いいわよね」と言って泣くのを、止める事ができなかった。

 でも僕は父さんに特別愛されているわけでもなくて。むしろ再婚するのにも邪魔だと思われているような節さえあった。

 でも、今までは母さんが夕哉と僕に分け隔てなく接してくれていたからだから。

 だから、僕は何も負い目を感じることなく生きていく事ができていたんだ。

 だけど夕哉がいなくなって今はもう、僕はいらない子供だった。

 誰からも愛されていない、子供だった。

 僕は学校でも取りたてて友達がいなかった。

 そのうえ夕哉がいなくなってからの僕は、人との積極的な関わりを避けるようになっていた。

 家庭内で人間の醜さを見せつけられていたのも理由の一つかもしれない。

 話相手のいない僕は、妄想の中で人間をイメージして遊ぶようになった。

 初めは、紫堂佐鳥。

 僕の話相手には気の強い人間は似合わない。うるさくなく、でも気弱でもなく……確固たる意志を持っている人間。

 そういう人間と落ち着いて話がしたいと思って考えたのが佐鳥だった。

 彼女は先の見えない暗闇の中でも、確固とした希望を見出す事ができる。そして絶対に心折れず、不幸にならない。

 なぜなら彼女は既に悟っているから。

 名は体を表す、みたいな感じで安直に付けた名前だったけど。

 そして話相手としての彼女を考える為に容姿や、服装を考えた。

 規定より少しだけ短くしたスカート、三つ編みお下げ、眼鏡。

 どうせ頭の中で考えるだけなんだから、あんまりおしゃれに興味無さそうな感じなのに美人って事にしておこう、とか。

 次に、赤芯音菜。

 音菜は僕の話相手としての役割で考えたのではなかった。

 むしろ、僕と話をしない為に考えられた。

 音菜は、理想の僕。

 はっきりと自分の意思を示す所は佐鳥と同じだが、自由奔放で、行動力に溢れる。

 理想の僕、なりたい自分(笑)とかいうやつだった。

 佐鳥はつらい時でも心が折れないようにという意味で考えられた女の子だったけど、音菜はつらい状況を積極的に克服できる。それだけの行動力を持っている女の子、という事にした。

 容姿に関しても可愛らしさを保ちながらも行動力を現わす為に動きやすい服装や髪形を考えたりした。

 そして迷異昼まひる。

 僕の幼児性の顕現。

 純粋で、相手の事を信頼しきっている人間。

 一緒にいて、絶対楽だ。

 愛玩動物に限りなく近い。

 まひるは幼いから、みんながいたわってくれる。

 そんな雰囲気を持つように考えた。

 あまり行動的ではないし困難を乗り切るだけの悟りも行動力も無いけれど、そもそも嫌な目に遭わないようにみんなが考えてくれる。

 だから眉毛とかもあんまり整えられてなくて、でも元がいいから十分かわいくて。

 話相手は三人とも女性で、魅力的に考えた。

 多分それは、夕哉の事を考えていたから。

 いなくなって随分たつのに僕の頭の中はいつも夕哉の事ばかり考えていて、妄想で考える人間も、「どうしたら夕哉に好かれるか」そういった事を基準に容姿を考えてしまっていたらしい。

 もう一人、絵美という女性を考えていたが、あれは精神科の先生があまり好きでなくてその場で『逃げ』の為に考えた人間だったからどうでもいい。

 ……だって自分の事を断定する人間が幼い子供だったら、そんなの全然気にしなくたっていいじゃない?

「沙夜さん。何、やってるんですかぁ? もうみんな、待ってますよぉ? 早く、屋上に来てくださぁい」

 気付いたら教室にはほとんど誰もいなくなっていた。

 校内放送で呼び出しをかけたのは迷異昼まひるである。

「あ、ああ。うん」

「そっちの女の子も、一緒にですよぉ?」

 佐鳥は頷くと、ゆっくり席を立つ。

 そして廊下に出る。

 少し古くなった廊下を僕達は歩く。

 屋上。

 そこにはまひると音菜が向かい合うようにして立っていた。

 佐鳥と僕も扉から屋上に出る。音菜の隣に私達も並んで立った。

「あっはぁ。二人とも、来てくれたぁ。ご褒美、あげなきゃ、ですねえ」

 まひるの背中から羽が二枚、生えた。

 白い、翼。

 なんだろう?

「て……天使……?」

 いや、違う。

 違った。

 違ったのです。

 それは翼であって翼でない。

 シルエットが、白い翼の形をしているだけなのだ。

 よく見るとそれは無数の細い、イカの足のようなスパゲッティのようなイソギンチャクのような、そんな触手が無数に絡み合い、蠢き合ってできていたのだ。

 触手の隙間からはベトベトした粘液が滴り落ち、床、及び真夜の髪や制服までもを、汚している。

 真夜は自分を無尽蔵に汚していく粘液の事などまるで気にせず、笑んでいる。

 逆光を背にして天使の羽をその身に宿し、薄汚れた姿で狂的な笑みを浮かべる真夜。

 その光景はあまりにもグロテスクで神聖だった。

 だから僕はその神聖たる光景を目にして金縛りにあったように動けなかった。

 ……これも僕の望んだ妄想なのか?

 音菜はケテケテと笑いながら、

「さあ、どうでしょうぅ?」

 これまでの僕は黒神様に取り憑かれたといっても現実と認識を自分の意思で『一致させなくする』事ができるだけで、勝手に『一致しなくなる』何て事はなかった。

 だけどまひるは今明らかに僕に対して敵意を抱いていて、それは僕の意思ではない。

 ……どういう事だ?

「ご褒美、ご褒美ぃ」

 と、急に羽のシルエットをしていた触手の右羽の先端が、形を変えていく。鋭利な注射針のように。

 その触手の先端が明らかに音菜の頭部を狙っている事に気付いていたにも関わらず、僕は動けなかった。

 僕は自分の体に動けと念じた。


 動け!


 だけど動かない。

 僕は認識と行動が一致していないのに、今日は意志と行動も一致しないのか。理由は、分かっていた。歯痒かった。


 恐怖。


 僕は恐れているのだ。

 自分が死ぬ事を。

 音菜をかばって自分が死ぬ事を。

 変形した真夜の両翼が音菜の額に迫ってくる。

 多分それは音菜の額を貫通するのだろう。

 つまりそれは音菜が死ぬという事を意味しているわけで僕の妄想した幼馴染が死ぬというわけで、何よりも僕の代わりに好きな人に好かれるであろう理想の僕が死んでしまうという事を意味していた。

 それは僕の望むことではない。

 彼女を助けなければ。


 動け!


 だけど動かない。

「どこにいるんだよ。夕哉」

 いつの間にか屋上から僕は移動していた。僕は今学校を出てあてもなくフラフラとしている。

 結論からいって、音菜は死ななかった。

 僕がそこで見たのはもっとグロテスクで、僕を追い詰めるものだった。

 彼女達は互いで互いを傷付けあい首だけになってもまた争う事をやめない。

 死なずにいつまでも争い合い、口々に私の事を罵っては、

「こんなのに依存しているあんたは、大した事ないのね」

「こんなのに依存しているあんたは、大した事ないんですねぇ」

 などと罵倒し合っている。僕の方を見ながら。

 なんだ。なんだ。なんなんだ。

 持病の頭痛に取り憑かれ(疲れ)僕は歩道にうずくまる。頭が割れそうに痛い。

「あらあら、悪意に飲み込まれそうになっているのね。かわいそうに」

「誰?」

 急に話しかけられるのは好きじゃない。

「通りすがりの正義の味方、じゃないわよ」

「……絵美さん?」

 絵美さんは僕が通っている精神科の先生だ。

「正解」

 今の僕にとってはただの大人ぶった子供にしか見えないけど。僕は認識を自在に操る事が出来る。見たくないものは見たくない。

 絵美さんは白衣を着ていた。

 ……外でまで着るべきものなのか?

 それとも僕の認識齟齬がそう見せているだけなのか。わからない。

「にしても、辛そうにしてるわね、大丈夫?」

 不思議だった。

 僕は両親が死んだあと、精神科に通い始めたのだ。

 何故だろう?

 死体は、そのまま放置しているというのに。

「でも、それだけ耐えられるなら、上出来よ? 普通ならとっくに死んでいるくらい、あなたの病状は進行しているのだもの」

 それは、

「黒神様……」

「片田舎でしか生きられない風土病……ってわけじゃなくって、ねぇ? 知ってる? ここって昔から精神の研究が盛んだった場所なのよ。戦時中に日本人が日本人を実験に使ったのは、ここだけ」

 僕にはこの幼い少女が何を言っているのかわからなかった。

「戦時中っていえば、結核だって昔は隔離してみんなに見えなくしたでしょう? その後患者がどういう目にあったか、直接確認するすべはなかった。ひょっとしたら身寄りの無い人達とか助からない人達で、人体実験に使われた人もいたのかもしれないわね。ここの街の人達みたいに」

 僕にはこの幼い少女が何を言っているのかわからなかったが、嫌な感じだけ十全にしていた。

 だから、聞く。

「何しに来たの」

 直接的回答を期待したわけじゃないけどそれでも聞かずにはいられなかった。

 すると絵美さんは笑みをぴたりとやめ、

「あんたを保護しにきたのよ」

「僕は、別に保護される必要なんてない」

 絵美さんは再び貼りつけたような笑顔になり、

「あんたって今、幸せ?」

 僕は正直に答えた。

 それ以外に答え方を知らなかったから。

「夕哉がいればもっと」

 すると絵美さんから写真を見せられる。

 私の知らない人。

 でもどこか見覚えが、面影が、ある。

「私についてくれば、会わせてあげる」

「本当?」

「本当よ。ただしあなたにはその前に一つの実験に協力してもらわなければならないわ。ちょっと危険な、ね。もちろん協力してくれれば必ず夕哉君には遭わせてあげる。どう、協力してくれる?」

 夕哉がいるのなら私は、どんな事にも耐えられる。

 だから僕は迷わず。首肯した。

あー、ボクッ子の女友達欲しい(意味深)。

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