secondDay 5
「《ワシら》の能力も吸えるのか!?」
「おいおいとんでもねぇなぁ」
椋の何気ない発言に二人が結構な反応を見せる。そんな事でどういうふうに反応したらいいのだろう?わからなくなった椋はただただだまり二人が次の発言をするのを待った。
「椋殿………少しイイかの……?」
こっちの反応を見るまでもなく《隠者》は小さな体でこちらに突っ込むように飛びかかってきた。
まるで最初からその位置に結晶があることを知っていたかのように、ハーミットは迷わず椋の胸元、結晶がある位置にその小さい拳を突きつけた。
ハーミットが服越しに椋の天然結晶に触れる。それと同時に現象が起こる。
若緑に光りだすハーミットの拳。特に衝撃も痛みもなく、鎮まっていった光。
「これはッ…………………」
ローブ越しにでもわかる驚きの表情を見せるハーミット。
状況を理解できずに戸惑う椋に《隠者》は問いただすように尋ねてきた。
「椋殿……お主《悪魔》までもを宿しておるのか………!!」
真剣な表情、そらすことを許そうとしないローブのしたから覗く眼光はまっすぐ椋だけを見つめる。
冷静に見ることができたのならばその中に恐怖や驚愕の感情が混ざっているということが理解できたのかもしれないが、言われていることの意味が理解できていない椋はそれに気がつくことができなかった。
「僕が………《悪魔》を………?」
「間違いない、椋殿のその結晶の中には《愚者》、そして正の《悪魔》二つの力を感じる……」
断言するハーミット。それを聞いた雁金さんもさすがに黙ってはいなかったようだ。
「おいおいミット。《アンタら》を同時に2種もことなんてできんのかよ?」
「不可能ではないはずじゃ………」
「でもよぉ、そこのガキからアイツみたいな強さは感じらんねぇよ」
「うむ……確かに……《悪魔》の方は力も弱い………」
その後も二人ぶつぶつと椋をほったらかしにし話に耽っている。当人を放っておいてだ。
今がどういう状態なのかをようやく理解出来始めた。
おそらく先日の出丘との戦闘の際、フールが『愚かな捕食者』を利用し《悪魔》から自分の力を回収した。その際に同時に《悪魔》の力も少量ながら吸い込んでしまったという感じなのだろう。
それを頭で理解してはいるのだが、目の前で熱弁を繰り広げる二人にどう説明したらいいものかと真剣に頭を悩ませた。
「…………………あ、あの」
「なんじゃ?」
決めなければならない。すべてを話す覚悟を。《愚者》の目的を。
フールという頼れる者が居ない中全ての選択が椋一人に降りかかる。いや、普通の人間ならば何事も自分自身の意思で決めていかねばならないものだ。
「いや…その……」
言葉につまる。出てこない。出していいのかわらない。フールの目的はおそらくほかの《愚者達》からは受け入れられないものだ。目の前にいる《隠者》も例外ではない。一方的に得をするのは《愚者》だけなのだから。
「どうしたんだクソガキ?」
籠もる椋を少々心配するように雁金さんが顔を覗いてくる。
決めなくては………
「何かあったのか?」
続いてハーミットまでにも心配の声をかけられる。
少々心苦しい思い。もちろん優先すべきは《愚者》の意思なのだろうが、目の前にいる二人、雁金さんとハーミットに嘘はつけない。おそらくこのまま隠し通そうとしてもいつかぼろを出してしまうだろう。下手したら《隠者》の能力を回収する機会を失ってしまうかもしれない。
「すいません………少し長くなるかもしれませんけど話を聞いていただけますか…………?」
勇気を振り絞って出したその言葉。心の奥に少しだけ《愚者》への背徳心を抱えながらも、《隠者》一行にありのままを話すことを決意した。
○~○~○~○
それからどれ程時間がたっただろうか。先程まで雁金さんが足を乗っけていた背の低いガラステーブルに向かい合う形で、椋は≪愚者≫の目的に関する話を二人(?)に隠すことなく話した。
とはいっても正の≪悪魔≫、出丘宗との戦闘の後に≪悪魔≫から力を回収したと言うことがメインなので、さほど時間がかからないと思っていたのだが、投げ掛けられる質問に答えていくうちに、『なぜ≪愚者≫の目的に付き合うのか』という話から、自分の過去の話にそれてしまったり、そのまま飛び降りようとした過去まで発展してしまったのだ。
向こうから投げられる質問にできるだけ隠し事はせずに答え続けていたらとうとう部屋に夕日が差し始めたのだ。
「すまぬな椋殿。本日はこのあたりで失礼するぞ」
ハーミットが小さな体の小さな頭を深々と下げ、そのまま再現出した若草の扉の中に消えていった。
「邪魔したね」
雁金さんも玄関で靴をしっかりと履きつま先をトントンとさせながら扉を開ける。
「いえいえ………明日は……何時頃に伺えば…………?」
「そうだね………4時に来な!」
「そんな遅い時間でいいんですか!?」
今の一瞬で椋は二つの勘違いをした。
「誰が16時って言った?朝だよ!朝!早朝4時にアタイの山まで来い!」
一つは単純に時間の勘違い。
「ちなみに……………アタイは相当厳しいぞ?」
もう一つは雁金さんが一瞬でも優しいコーチングをしてくれると思ってしまったことだ。
その発言と共に現れた彼女の笑顔には恐怖さえ覚えるものがあった。
○~○~○~○
一通り《隠者》一行と話して決まったことを自室のベッドに沈み込みながら思い返す。
単純に修行についての話だ。
正の《悪魔》との事を話した後に3人(主に雁金さんとハーミット)は伝授の件についての考え直しを行っていた。
過去の話を掘り下げた時に幼少期の能力の暴走のくだりにたどり着いてしまったせいだ。
具体的な内容までは未だに教えてもらうことは叶わなかったのだが、それの伝授とやらは能力暴走のトリガーとなりかねないとい言う判断が《隠者》からくだされたのだ。
今、《愚者》という巨大な力を持ち、さらに正の《悪魔》の断片を持つ辻井椋という人間がさらに《隠者》の力が加わり暴走を起こしてしまえば、それは取り返しのつかないの域を超えた惨事を生み出すことになるかもしれない。辻井椋個人だけではなく、ほかの人間の命さえをも危険にさらす事になる。それも指で数えるには余りあるほどに。
そんなことならもちろんこっちから願い下げなわけだ。
しかし、それでは《隠者》一行が負の《太陽》討伐の報奨として与えてくれるものがなくなってしまう。最終的に結論づけられたのは、入学までの残り4日間のあいだに全力で椋を鍛えぬくということだった。
それ(+若干の脅迫)と交換条件で負の《太陽》討伐に協力する。
そんな契約が成立したのだ。
《愚者》がいない中たった一人で全て判断していったわけで、これが正解なのかどうかはわからない。
所詮4日間だ。それまでに負の《太陽》が現れる可能性なんてものは限りなく0だ。
向こうもそれを承知の上での契約だ。
次回負の《太陽》出現の際に《隠者》の能力で半強制的に椋をその場に召喚するという事らしい。
(明日………4時か…………)
現在の時刻は午後8時。冷凍のピラフで夕食は既に済ましている。特にすることもない上に明日はとても早い。
(寝るか…………………)
沈み込んだベッドの上で完全に脱力し、まぶたが重くなっていくのを感じる。
脳裏に浮かぶ《隠者》一行が嫌な笑い顔を浮かべている気がする。
そんな恐ろしい幻想は必要ないので、雑念を必死に振り払い、そのまま深い深い眠りについた。